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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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黄昏の旅団 ― 砂嵐を越えて ― その3




――


1 砂尾根の火柱


ソラハタの段を離れて二刻。砂尾根は、刃物みたいに薄い稜線を背中合わせに連ね、その間を熱風が横薙ぎに駆けていく。空は高く、太陽は白い。よっしーの相棒ハチロクは三速で粘り、FZRに跨るエレオノーラがミラー越しに後方を守る。肩の上でリンクが耳を風に伏せ、ブラックはダッシュボードの端で目を細めた。


「南の尾根、煙が立つ」


ラヤが指差した先――砂と空の境目から、灰白の煙柱が一本、ため息みたいに伸びていた。煙の根元は黒い塊。動いている。


「……動く“とりで”やな」


クリフさんの声が硬い。砂上を這う大型機関車みたいなキャタピラの箱――配達網南拠点「ハダル塁」。甲板に灰縁の筒《伝送塔》、側面に数の印、四隅には火籠が揺れている。甲板に立つ人影の中、ひときわ背の高い男が風にマントを鳴らした。腕には鎖――いや、炎の鎖。


「アイツが……」


よっしーが眉間を押さえる。俺の胸で小さく指輪が温くなった。


「“鎖火卿さびきょうイフラ=ジャラム”。赤砂の弦を束ねるボス。数の黙字と炎術を“鎖”で繋げる特殊体質――“いかり心臓ハートアンカー”の持ち主だ」


ラヤが短く告げる。錨心臓。拍の中心に“鉄の輪”を打ち込み、異なる術を固定して同調させる禁じ手。だから炎も数も、奴の胸一つに繋がっている。


「近寄れば焼かれ、離れれば縛られる……ってやつか」


俺は旗《〈囁き手〉》を斜に持ち直した。あーさんが盃の掌の水を少し揺らし、ミラは針箱の口を閉じて短剣を帯へ。キリアが熱瓶の蓋を半分だけ開け、クリフさんは弦をゆるく弾いて風の方向を聴く。ニーヤは杖の石突きを一度砂に立て、帽子のツバをきゅっと下げた。


「相棒の足で、塁の横っ腹に並ぶ。向こうはキャタピラ、こっちはタイヤや。拍で勝つで」


よっしーはギアを落とし、アクセルを深く踏んだ。エンジンの心拍が丸く一段上がる。FZRが二速で唸り、砂が後ろへ巻き戻るように流れた。





2 鎖の射程


接近する俺たちを、ハダル塁の見張りが指差す。数の術士が短杖で空に文字を走らせ、炎術士が火籠に火を焚き足す。甲板中央のイフラは、鎖の先端に刻まれた“リング”を鳴らして笑った。


「“炎矢フレイムアロー チェイン”」


炎と数の文字が鎖で繋がり、火の矢は一本では留まらず、鎖を伝って次々に“増殖”する。空に赤い鎖の網がかかり、前方からこちらへ落ちてくる。


「うわ、数が悪い!」


よっしーが身を沈める。相棒は畝を一本跨ぎ、鎖の落下点を辛くも踏み外した。だが、鎖は“追ってくる”。数の黙字が火に“追尾の意志”を与えているからだ。


氷結弾フリーズ・ブリッドリング!」


ニーヤの杖が円を描く。青白い氷の輪が空へ投げられ、落ちてくる炎の鎖に“重なる”。輪は鎖の節目だけを冷やし、節が“凍結疲労”で折れた。炎は鎖の形を失い、ばらけて砂に散った。


「にゃっふー。鎖に輪、相性よき!」


「次来る!」


エレオノーラが叫び、甲板の側面から“数の杭”が打ち出された。薄い金属板に黙字を刻んだ杭が、地面に刺さるとその周囲の拍を“固定”する。相棒の足元が急に“重く”なる。


「束紐の親玉か!」


ミラが針箱から黒糸を一本引き抜き、空へ投げた。糸は杭の影へ滑り込み、黙字の穴を“ほつれ”に変える。俺は旗で〈戻る拍〉を杭のすぐ先に置き、踏み込む瞬間だけ拍を“返す”。よっしーの足と手が一拍早く、相棒は重さを置き去りにした。FZRはステップで杭の隙間を跳ねて抜ける。


「イフラ、鎖伸ばす!」


ラヤの声と同時に、ボスの胸元の鎖が甲板沿いに滑り、砂上へ“槍”のように突き出された。黒い鎖の先がかぎに割れ、俺たちの車体を引っ掛けにくる。


「相棒、しゃがむ!」


よっしーがとっさに車体を沈めるように段差へ落とし、鎖の鈎が屋根すれすれで空を切った。リンクが俺の肩で「キュイ!」と跳ね、ブラックは前脚でダッシュボードをコンと叩く。ニーヤが杖をしならせる。


氷結弾フリーズ・ブリッドステイク!」


氷の“杭”が空中に三本、点線のように打ち込まれ、鎖の進路を“支える”。鎖は杭に自分の重さを預けた瞬間、氷の杭が“自重で折れる”ように融け、鎖は惰性で沈んで砂を噛む。イフラが唇の端を上げた。


「氷で鎖を支える、とな。だが――」


鎖が地面に着いた瞬間、黙字が発火して“地火じび”が走った。砂の中の空気が燃え、路面が波のように揺れる。


「地面ごと焼く気か!」


キリアが熱瓶の口をすばやく閉じ、相棒の車底へ**逆位リバース**の熱膜を薄く張る。あーさんが掌の水を窓下から砂へ落とし、波の先端を“湿らせる”。ラヤが喉奥で母音を揺らし、波の拍を“遅らせる”。俺は旗で《空白》を進路の一部に置いて“波の山”を鈍らせた。エレオノーラはFZRで波の谷だけを踏み、クリフさんは弦の低い音でよっしーに“いま”を示す。


「ふっ……面白い」


イフラは小さく笑い、片手で胸の鎖を叩いた。鎖の節目が音叉みたいに震え、彼の心臓の拍がこちらの胸にまで届く。強い。嫌でもわかる。錨心臓は“拍”をこっちへ引き込む。吸われる。


「ユウキ」


ラヤが囁き、俺は頷いた。旗の先を少しだけ“下げる”。構えを大きく見せない。〈戻る拍〉をイフラの胸の“半拍遅れ”に置く。吸う手に“返し”を仕込む。


イフラの眉がわずかに動いた。吸おうとした拍が“戻る”違和感。そこへ。


氷結弾フリーズ・ブリッド零相ゼロ・フェイズ!」


ニーヤが地を蹴るように杖を振る。生まれた弾は、触れたものの“温度差”を一時的に“ゼロ”にする極小の核。炎と数の同調点――錨心臓の“輪”を狙う。


「ッ!」


イフラが鎖を胸の前で“縦一文字”に鳴らした。鎖の輪が盾になり、零相は輪の側面を削って消えた。火花ならぬ“霜花”が散り、イフラの口元に愉悦と警戒が同時に浮かぶ。


「その弾、いい。もらう」


「やだニャ」


ニーヤは帽子を撫で、舳鈴を布越しに一度だけ擦る。谷で仕立て直した“心”が、ここでも細く良い道を探す。彼女の尾がピンと立った。





3 塁の腹へ


正面からの撃ち合いは分が悪い。数の杭が増え、地火の波も厚くなる。相棒はまだ生き生きとしているが、長期戦は避けたい。塁の足回り――キャタピラの“拍”を崩せば、一時的にでも停止させられる。


「腹割る!」


よっしーが叫び、塁の側面に並走しながら、前輪だけを“段差”へ滑り上げる。相棒の車体が少し傾き、俺の胃がふわっとなる。ミラが素早く窓枠から身を乗り出し、針で“キャタピラの継ぎ目の縫い目”を探る。針先が一目で止まり、黒糸がそこへ滑る。


「ここ!」


「了解」


クリフさんの弦が「いま」と鳴り、エレオノーラがFZRで逆側のキャタピラの“張り”を崩す。キリアは熱瓶を塁の腹に向けて**冷逆クール・リバース**を吹き、あーさんが掌の水を“細霧”にして金属の呼吸を冷やす。俺は旗で〈戻る拍〉をキャタピラの“次の噛み”に置いた。


氷結弾フリーズ・ブリッドくさび!」


ニーヤの弾が継ぎ目に座り、凍って“増える”。歯車が一瞬だけ“嚙みすぎる”ように固着――甲板全体がギギ、と嫌な音を立てた。塁の速度が落ちる。


「よっしゃ!」


よっしーがクラッチを一瞬切って回転を合わせ、相棒を塁の側板すれすれに寄せる。俺は半身を窓から出し、旗の先端で側板の“数の封印”をこじ開けて「へ」を一つ書き込んだ。封印が息を吸い、わずかに開く。


「やるやないか」


イフラが上から覗き込み、鎖をこちらへ落とす。反射的に身を引いた俺の目の前で、リンクが“チャージ”で鎖の節を小突いた。ほんの僅かな角度のずれ。鎖の鈎が相棒の屋根の縁を掠め、窓の外で砂を引っ掻いた。


「キュイ!」


「ナイス!」


ブラックが肩の上に飛び移り、小さく「ン」と鳴く。――その瞬間、塁の甲板の反対側、火柱が一本、空へ伸びた。炎術士の増援か。煙の中から新たな“火のほや”が持ち込まれている。甲板の上、イフラの左右に二人、背丈の違う炎術士。片方は細身で指が長い。もう片方は短躯で首が太い。ラヤが息を呑む。


「“炎糸えんし”と“炎鈍えんどん”。糸は速く、鈍は重い」


「名前がそのまんまやな!」


よっしーが叫び、相棒はさらに塁へ寄った。FZRが逆側で囮になり、エレオノーラが炎鈍の“溜め”を矢で寸断。炎糸の方は、細い炎を糸のように幾筋も走らせ、こちらのハンドルと足の“動き”に絡めてくる。見えない糸が、運転のリズムを“狂わせる”術。


「そっちは任せて!」


ミラが窓外に手を伸ばし、見えない“縫い目”を指で掴むようにひと撫で。炎糸の“縫い止め”に針先を滑らせ、一目ずつ“ほどく”。糸の張りが抜け、よっしーの手足が自由を取り戻す。


「ありがと!」


「ニーヤ、上だ!」


俺の声に、ニーヤは杖を斜めに構えた。炎鈍が“炎の塊”をためている。落ちてくる直前、ニーヤは短く詠唱。


氷結弾フリーズ・ブリッド霜華散そうかさん!」


花びらみたいな薄い氷片が、風に逆らわずに舞い上がり、炎の塊を“冷たい面”で撫でる。熱は角を失い、落ち際の“勢い”が消える。キリアの逆位熱膜がそれを受け止め、相棒の屋根でただの蒸気になった。


「あああ、もう!」


炎糸が苛立ち、十本の糸を同時に走らせる。だが、あーさんの掌の水がそれぞれの糸目に“滴り目”を落とし、糸はほどけやすくなった。ミラの針が“ぽとん”と外す音がした《気がした》。


「……よし。あとは塁を止め切る!」


ラヤが歌の拍を強くする。俺は旗で〈戻る拍〉を“キャタピラの心臓”に置き、よっしーがクラッチで“合わせる”。エレオノーラはFZRで逆側の歯車に“負荷”をかけ、クリフさんが弦で“遅れ”を作る。ニーヤが最後の楔を継ぎ目に入れ、キリアが冷逆で金属の膨張を抑える。あーさんが掌の水で“油の通り”を良くし、ミラが針で“へ”をもう一目。


ギギギ――


ハダル塁の足が、ついに止まった。砂が塁の腹に寄せる波の音だけがしばらく続く。甲板の上で、黙字の短杖が一本、砂に落ちてカランと鳴った。





4 鎖火卿


静止した甲板の中央、イフラ=ジャラムは、静かに鎖を肩に回してこちらを見下ろした。炎糸は肩で息をし、炎鈍は膝をつく。数の術士は黙字の輪を拾い直しながら後退。イフラは顎をわずかに上げた。


「谷を渡ってきた拍、悪くない。……“旗の置き方”が綺麗だ。名は」


「相良ユウキ」


「ユウキ。――お前、拍を“返す”のが趣味か?」


「礼儀だよ」


「いい。礼は嫌いじゃない」


男の笑いは短い。鎖が肩で軽く鳴り、胸の錨の輪が太陽を撥ねた。


「だが、数を馬鹿にするな。数は礼に似せられる」


イフラの足元で、黙字が“礼の形”に並ぶ。礼の所作を真似た筆順。偽物の礼が、風を騙す。俺の旗の〈戻る拍〉が、わずかに途切れた。


「……っ!」


「“鎖火チェインフレア礼式レイフォーム**”」


鎖に炎が“礼の形”で巻きつき、偽礼の風が熱に従ってこちらへ滑る。礼を模した熱。ラヤが歯噛みし、ミラが針を握る。あーさんは盃を胸に押し当て、キリアは熱瓶の口を閉じて目を細めた。クリフさんの弦が低く震え、エレオノーラは矢を半ばで止める。ニーヤは――笑った。


「礼のふりして、舌が出とるニャ」


彼女は杖を胸の前へ。舳鈴の心を指で撫で、帽子のツバをそっと上げる。


「礼には――**返礼へんれい**があるニャ」


氷結弾フリーズ・ブリッド返礼輪へんれいりん!」


青白い輪が二重に生まれ、互いに反対方向へ回りながらイフラの“偽礼”に重なった。輪は“礼の空白”だけを拾い、偽礼の“舌”――熱の悪意の部分を掬い上げる。掬われた熱は輪の間で凍り、“礼の形”だけが残る。残った礼は、風に恥ずかしそうに頭を下げ、熱を捨てて消えた。


「ほう」


イフラの目が少しだけ細くなる。胸の鎖がトン、と一度だけ鳴り、彼の心拍が半拍だけ早くなる。欲しい、という顔だ。――ニーヤの弾を“学んで奪う”気配。


「やらせるか!」


よっしーが相棒の鼻先を甲板へ向けてぐっと寄せた。イフラが鎖を“前へ”。俺は旗で〈戻る拍〉を半歩前に置き、鎖の鈎が空を切る。リンクが肩から飛び、チャージで鎖の節を再び小突く。ブラックが肩に戻り「ン」と鳴く。あーさんが掌の水で俺の頬を冷やし、心臓を落ち着かせてくれた。


「ユウキ」


ラヤが低く呼ぶ。イフラの胸の錨輪――あれが“鍵”だ。輪が壊れれば、数と炎の同調はほどける。だが、輪は鎖で保護され、偽礼で覆われている。直接打てば学習される。ならば――。


「ミラ、“へ”をもう一つ」


「了解」


ミラの針先が空へ滑り、見えない布に「へ」をひと目足す。その目は、イフラの胸元を直接狙わず、“輪の影”に“ほどけ目”を作る細工。キリアがほんのひと吹き、逆位の熱を“影”に流し、影の輪郭をやわらげる。クリフさんが弦の“ハーモ二クス”で輪の共鳴を“ずらす”。エレオノーラは矢を番え、矢羽根で微細な風を“読ませる”。


「ニーヤ」


「心得たニャ」


ニーヤは杖を高く掲げ、舳鈴に頬を寄せる。詠唱は短い。声ではなく、拍で。


氷結弾フリーズ・ブリッド薄片はくへん


見えないほど薄い氷の“鱗”が数十枚、光の角度でだけ反射しながら、空へ散った。鱗は“輪の影”へ、ミラの“へ”の目へ、キリアのやわらげた輪郭へ、クリフさんのずらした共鳴へ――一枚ずつ吸い込まれていく。イフラは鎖を前に、偽礼を一段、重ねようとして――。


「……ッ」


鎖の保護が“影から”剥がれ、輪の側面に“霜”が咲く。エレオノーラの矢がそこへ“触れるだけ”に飛び、霜を一片だけ“割る”。俺は旗で〈戻る拍〉を輪の“割れ目”にそっと置いた。輪が、半拍だけ“自分に返る”。


零相ゼロ・フェイズ、一粒!」


ニーヤの囁きとともに、極小の核が割れ目に吸い込まれ、輪の“温度差”を一瞬だけ“ゼロ”にした。数と炎の同調――鎖火の結び目が、「ほどける」。


「――っ!」


イフラの胸の拍が乱れ、鎖が一瞬だけ“重し”になる。炎糸と炎鈍の術が“ちぐはぐ”になり、甲板の上で火が自分を焦がす。数の術士の黙字は“順序”を見失い、輪が二つに割れて砂に落ちた。


「今!」


よっしーが相棒をぐいと寄せ、俺は窓から身を乗り出して旗の先でイフラの鎖を“押さえる”。押さえる――切らない。礼だ。イフラは俺を見て、わずかに笑った。


「……やる」


彼は鎖を一度だけ肩で鳴らし、後方へ飛ぶ。甲板の周縁、数の術士が開けた“落ち口”――砂下へ滑る“逃げ穴”に身を投げ込む。炎糸と炎鈍がそれを守るように火の帯を引き、塁の背面に砂煙が広がる。


「追う?」


エレオノーラが顎で合図。俺は首を横に振った。追えば“数の罠”に落ちる。塁の足を止め、偽礼を剥がし、鎖火を“ほどいた”。今日は、これで充分だ。


5 灰のあと、風の前


ハダル塁の甲板に残った火籠をキリアとあーさんが処理し、数の杭はミラが“ほどき”に印を入れて外した。ラヤは甲板の端で風の歌を一つ置き、クリフさんは弦で“終わりの和音”を弾く。エレオノーラはFZRを陰へ入れて息を整え、よっしーは相棒のボンネットを開けて心拍を下げる。リンクは甲板の手すりを二段ジャンプで渡り歩き、ブラックは舳鈴の袋に鼻を入れて「ン」と一声。


ニーヤは杖を抱え、帽子のツバをちょっと上げて俺を見た。瞳は輝き、鼻は得意げに高い。


「零相、刺さったニャ」


「ああ。みんなで作った“隙”に、ぴったり」


「……でも、輪は全部は割れなかった。あの錨、もう一つ“内輪”があるニャ」


「うん」


俺は頷いた。イフラの胸の奥、鎖はまだ続きを隠している。今日ほどいたのは“外輪”。内輪は、きっと“誰かの拍”と繋がっている。都の奥か、配達網の心臓か――。


「それと……今の偽礼、厄介やね」


よっしーが冷えたペットボトル《熱瓶を逆位で冷やしたやつ》を俺に放ってよこした。受け止めて、一口。舌に砂の味。美味い。


「礼の“かたち”だけ真似されたら、旗の〈戻る拍〉はすぐには差し込めない」


「せやから、返礼輪が効いた。礼には返礼、や」


ニーヤが胸を張る。あーさんがくすりと笑い、掌の水を盃から一口含んだ。


「返礼――良い言の葉でございますね」


「ほんまや」


ラヤが頷く。ミラは針箱の糸を指にかけ、甲板の“ほつれ”を丁寧に縫い直していく。キリアは紅炎触媒を布に包み直し、クリフさんは弦の張りを一点だけ緩めた。エレオノーラは矢羽根を整え、よっしーは相棒のタイヤに砂を払って笑う。


「帰りたいときに帰れるように、今日も“良い拍”を拾えたわ」


俺は空を見上げた。白い太陽、薄い雲。遠く、箏の谷がもう一度だけ低く鳴く。ソラハタの段の老女の声が、風に混ざって聴こえた気がした。「拍を忘れんように」。


6 “写し渡し”の葉、そして予兆


ハダル塁の甲板には、配達網の“写し渡し”の小塔が据え付けてあった。壊れてはいない。よっしーが「ちょい借りやで」と言って、短い“映像の紋片”を滑らせる。赤い鎖が凍る瞬間、相棒が甲板に寄る瞬間、ニーヤの輪が偽礼を剥がす瞬間――全部は要らない。二息ぶん。塔の薄板がぱたりと閉まり、少し遅れて、紙の葉が一枚、風に落ちてきた。


【見た。無茶しすぎ。……でも、なんかカッコええやん。はよ帰ってきて、またアホみたいなドライブしよ】


よっしーは鼻の頭をこすって笑い、紙を胸ポケットへしまった。リンクが「キュイ」と鳴いて、俺の肩で丸くなる。ブラックは紙の角を一度だけ突き、あーさんは盃の水で紙を湿らせないように両手を組んだ。


「――さて」


ラヤが地図歌の余白を指でなぞる。南東には“ヘリオポラ”――太陽の街。東には“フェズル断層”――数の街道が通る岩の割れ目。西には“ナクブの塩床”――風が塩を吹き上げる平原。


「二、三話先で地域を移す、の、ですよね?」


あーさんが首を傾げる。俺は笑って頷いた。


「南東、“ヘリオポラ”。太陽の塔に、数の“内輪”の気配がある。イフラの輪の奥に繋がってるやつ」


「賛成。――太陽の塔は、礼を嫌う。返礼輪を磨いておきたい」


ニーヤが帽子をコツン。エレオノーラは矢を一本だけ選び、先端を微かに削いだ。ミラは薄布を二枚、針で重ねて“礼の縁”を縫い、キリアは熱瓶に“日避け帽”みたいな布をかぶせる。クリフさんは弦に“太陽避け”の樹脂を薄く塗り、よっしーは相棒のラジエターの砂を払い落とした。


その時だ。北の空の端――白い太陽の周囲に、黒い線が一本、薄く走った。雲ではない。風でもない。――裂け目?


ラヤが顔色を変え、俺は旗を握り直した。イフラの“内輪”が、どこかで誰かと繋がった音。砂の奥、数の街道のさらに先。――青銅の都の“写し渡し塔”のもっと上。


「……ボスの上が、おる」


よっしーがぽつりと言い、ニーヤがしっぽをぴんと立てた。あーさんは盃を胸に抱き、エレオノーラは目を細める。ミラは針を仕舞い、キリアは熱瓶の紐を結び直す。クリフさんの弦が、一度だけ低く鳴った。


「行こう」


俺は言った。相棒のドアが、風で軽く鳴る。FZRが低く笑う。リンクが肩で体勢を低くし、ブラックは前脚で二拍――コツ、コツ。


「ボリューム、ひとつ上げる?」


「イエーイ」


よっしーが笑ってカセットを押し込み、音が砂に溶けた。ハダル塁の影は後ろへ短く伸び、前には白い光の街道が細く続く。


――次の拍へ。


《つづく/次話「太陽塔ヘリオポラ」――鎖火卿の“内輪”の行き先、塔に潜む“黙字の太陽”、礼と返礼の攻防。よっしーの相棒×灼熱街道、ニーヤの氷結弾“日環サンリング”、そしてあーさんの掌の水が“陽炎”をほどく。》

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