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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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青嵐の道(あおあらしのみち)、第五断章

1)峠の手前、風を聞く


 天骨の峡を抜けた翌朝、俺たちは北東へ折れ、地図に細い青い線で描かれた**“青嵐の道”**の入口を目指した。

 平原は次第に起伏を増し、低木の葉裏がずっと右へめくれている。風向きが固定されているみたいだ。


「ここから先は、風が道を造っとる」

 よっしーがハンドルを握りながら言う。「青嵐の道は、輪っかみたいな宙橋ちゅうきょうと地の懸け梯子が交互に続いとる。セドでは行ける所まで、あとは徒歩やな」


「風の骨が太いニャ。たぶん白鎖はくさ鎖翔さりかけ炎糸えんし焔風えんぷう黒涌こくようの**深嵐しんらん**が順繰りに来るニャ」

 ニーヤが帽子のつばを押さえ、耳をぴくりと動かす。


「あーさん、風の面は張れそう?」

「承りうけたまわりそうろう。“風面ふうめん”は流れが早うございますゆえ、静の面と薄く重ねて写し取りましょう」

 盃の水面がひと撫で、ひと撫でのたびに細い皺を刻む。


 リンクは荷台の幌にちょこんと乗って、二段ジャンプのタイミングを風で測り、ブラックは時々高く舞いあがっては、翼で**風背かぜせ**を短く刻んで戻ってくる。

 クリフさんは矢羽根を指で撫で、風切りの音を確認していた。



2)風驛かざえき――嵐の前の甘い補給


 青嵐の道の基部に、小さな風驛があった。風車かざぐるまが四方に立ち、帆布屋根の屋台がかすかに鳴っている。

 乾いた果実、塩で〆た白身魚、風で冷やした薄い甘酒。屋台の婆さんが声を張った。


「よう来た風の子ら! 今日は青が強いよ、**甘風あまかぜ**をひとかけいかがかね」


「甘風?」

 よっしーが目を丸くする。婆さんは笑って、掌の上で小さな砂糖玉をころころ転がした。風を受けて玉の角がきらりと光る。


「口に含めば風の癖がわかるよ。道の機嫌取りさ」

 俺たちは一粒ずつ受け取って口に含んだ。最初は甘い。次の瞬間、舌の縁だけが少し痺れるように涼しくなる。――青の風は、舌の右を冷やす癖があるらしい。


「こういうの、平成にもあったら売れるで」

 よっしーが笑い、虚空庫アイテムボックスからタコ焼きパックをそっと差し出す。婆さんは鼻をひくつかせ、「おや、ええ匂いやねぇ」と目を細めた。


「行ってらっしゃい。風の拍を踏み外すでないよ」



3)セド、共鳴台レゾナンス・ベースになる


 驛を出て数分、地面の砂礫が細かく震えはじめた。視界の先で、白いもやが薄く横に流れている。

 青嵐の道の一本目、半透明の宙橋が山腹から浮き上がるように現れた。


「ここからはセドで“音の仕事”や」

 よっしーがギアを落とし、エンジンの回転を一定に固定する。「二千八百回転、一定。この鼓動を拍の芯にする」


「平成の鼓動、頼もしいニャ」

 ニーヤが杖先でボンネットを軽くこつくと、セドの音に薄い輪が現れて、橋の継ぎ目にぴたりとはまった。


 俺は旗を胸に、鈴帳りんちょうを開く。無鈴を指で転がし、〈拝〉〈返〉〈送〉のを風の骨に合わせる。

 あーさんは風面+静面を重ね写し、クリフさんは弦を鳴らさず指の張りだけで節を保つ。

 リンクは二段で先の継ぎ目に“ここ”を示し、ブラックは上から風背を撫でて、ズレの兆しを先に教えてくれる。


「行くでぇ」

 よっしーがセドをそっと橋に乗せる。四つのタイヤが青い風に支えられて、重さが半分になったみたいだ。

 ――橋が鳴った。チ・リ・リ。拍が、車輪のリムを通じて足裏へ入ってくる。



4)第一試――鎖翔さりかけ


 宙橋の中央に差しかかった瞬間、高所で銀白の光が閃いた。

 白鎖が、風をきざはしにして降りてくる。鎖の一節一節が、拍の「間」を半拍ずらす術――鎖翔。


「ズラしで落とす気や!」

 よっしーがブレーキを踏みかけたのを、俺は手で制した。「止まらないで。拍の芯はセドに任せる。鈴条、逆位相!」


返鈴へんりん・半拍遅らせニャ!」

 ニーヤの鈴条がち・ちと二度鳴り、鎖のズレにぴったりかみ合う。

 あーさんが風面の上に薄面を重ね、ズレを写して返す。

 クリフは弦の張りで車体の揺れを吸い、リンクは二段で前方の踏み点を示し、ブラックが降下して**側風がわかぜ**の角を丸めた。


 白鎖が頭上で小さく笑う。「……美」

 鎖は橋の縁にわずかな歪みを残して去った。

 セドの回転はぶれない。平成の鼓動が拍の芯で淡々と燃えている。



5)第二試――焔風えんぷう


 次の区画は地の懸け梯子だ。深い谷に、節ごとに揺れる板がはめ込まれている。

 ここで風が急に熱を帯びた。空気が波打つ。炎糸の焔風が、板と板の間の空拍を歪ませに来たのだ。


「熱で“間”を伸ばそうとしてる」

 あーさんが眉をひそめる。「このままでは返鈴が遅れるやもしれませぬ」


氷結弾フリーズ・ブリッド露鎧つゆよろい! 板の縁、薄く冷やすニャ!」

 ニーヤの白珠が列になって走り、板の縁に薄い氷の皮を張る。

 よっしーは回転一定のまま、クラッチでわずかに伝達を逃がす。平成の技で、拍の遅れを機械側で相殺するつもりだ。

 クリフは矢を番え、空拍の着地点に音なしの印を置く。

 リンクが二段で飛び、板のしなりに合わせて軽く踏み、ブラックは上で風背を跳ねさせて熱の層を割った。


 焔風は鼻歌のような笑い声を残し、「上手いね」と風下へ逃げた。

 汗が耳の後ろを伝う。だが、拍は保たれている。



6)第三試――深嵐しんらん


 懸け梯子の先、岩肌の道がそのまま空へ伸びる。

 視界の下から黒いものが広がった。音が吸われる。――深嵐。黒涌の黙輪が風に乗って、拍そのものを消しに来た。


無鈴むりん、鳴らさず撫でる」

 俺は指先で無鈴を転がし、鳴らさずに骨だけを触る。

 あーさんが静面を厚くし、風面と一部重ねる。

 ニーヤは鈴条を胸で抱え、拍ではなく**“拍の居場所”を指で描く。

 よっしーはセドの回転を一瞬だけ下げ、再び定回転へ戻す。エンジンの鼓動が空白に糸を渡す。

クリフは弦に矢を当てず、張りだけで節を保つ。リンクは二段で“ここ”を二度連続で叩き、ブラックが真上で翼を固定して風背を一本**通した。


 ――黒がほどけた。

 深嵐は底へ沈み、空の青だけが戻る。心臓が二拍、遅れて追いつく。


「よし」

 俺は息を吐いた。三試、突破。



7)風骨の堂


 青嵐の道の最奥には、小さな風骨の堂があった。建物というより、風が柱になって立っている。

 中央に青い羽根のような石片がひとつ、浮かんでいる。俺が旗を差し出すと、石片は鈴文に吸い込まれ、裏に新しい文がすっと刻まれた。


「第五断章、これで揃ったか」

 クリフが静かに息をつく。


連環れんかんを“合符ごうふ”にまとめる鍵、これでやっと揃いましたる」

 あーさんが盃を胸に寄せる。ニーヤが嬉しそうに跳ね、「猫印の余白、埋め放題ニャ」と笑った。


 よっしーはセドのボンネットを撫で、「平成も役立ってるやろ」とにやり。

 リンクは二段で小さく一回転、ブラックは梁に止まって羽をふるりと撫でた。



8)帰途――風の宴


 帰りは風驛にもう一度寄った。婆さんが待っていたみたいに手を振る。


「顔がちょっと大人になったね」

「拍を三つ、越えてきたからや」

 よっしーが肩を回し、虚空庫から缶を数本、ノンアルのやつを出す。「風の場では酔わんで。気分だけな」


 風干し肉の串、薄いパン、甘風の砂糖玉を頬張りながら、俺たちは今日のうまくいったところと危なかったところを洗い出した。

 あーさんは面の重ね方の角度を少し修正し、ニーヤは返鈴の半拍遅らせに“たわみ”の揺らぎを足すことを提案。

 クリフは矢の張りだけで節を支えるときの指の置き所を、俺の旗の柄の握りと合わせてくれた。

 リンクはパンの端を齧りながら「キューイ」と相槌、ブラックは屋根の上で片目を細めていた。



9)風狩りのならず者


 日が傾き、風驛の影が長くなる頃、道の外れで金属が擦れる音がした。

 風を袋にためる風狩りの男たちが、屋台に因縁をつけている。婆さんの甘風玉を全部よこせってわけだ。


「やめとき」

 よっしーが盾を持って立つ。

 リーダー格の男が鼻で笑う。「旅人風情が風の商売に口出しすんなよ」


「音の礼の土地で、拍を踏み外すな」

 俺は鈴帳を薄く開き、無鈴を指で撫でた。風驛の拍が男たちの腰に引っかかる。

 ニーヤが鈴条をちと鳴らして逆位相を走らせ、あーさんが静面で動線をゆるやかに曲げる。

 クリフは矢を番えずに張りだけで睨み、リンクは二段で男の足元の“ここ”を示し、ブラックが頭上から影を落とした。


「……面倒だ」

 男たちは舌打ちして風袋を抱え、上流へ引っ込んだ。

 婆さんは手を合わせ、「助かったよ」と甘風をもうひとつ、俺の掌に転がした。



10)夜、平成からの短い手紙


 野営地に戻ると、よっしーの胸ポケットがブルと震えた。

 あの、不思議なつながり――平成からの短い文が届いたのだ。


『風の音、聞こえた気がしたわ。

大変でも、たのしんで。

こっちは秋風。帰ってきたら、商店街の夜店行こな。』


 字面を追ってた俺は、勝手に目の奥が熱くなった。

 胸の指輪がちりと鳴る。チ・リン・リ。

 誰も口に出さないけれど、車内の空気が少しだけ湿る。リンクが俺の膝に額を押し付け、「キューイ」と短く鳴いた。ブラックが肩で「ン」と答える。



11)連環れんかん――合符の稽古


 焚き火のそば、俺たちは連環の組み方をもう一度なぞった。

 風・水・土・鈴・木――宙と静を薄く足し、七輪を一筆書きのように巡らせる。

 それを旗の鈴文と、セドの定回転の芯で束ねる。


「連環を“合符”として胸で折りたためるようにするニャ。危ない時、一拍でひろげられる」

 ニーヤが杖の上に鈴条をかけ、猫手で輪の形を作る。

 あーさんは盃の面に七輪をそっと置き、面の角度を微調整してゆく。

 クリフは矢羽根の向きを、俺の旗の縁に沿わせて共有。

 よっしーはセドの回転に軽いをわざと入れ、“焦った拍”でも芯を見失わない練習をする。

 リンクとブラックは、踏み点と風背の基準位置を、俺の視界の端に小さな合図として出してくれるようになった。


「……できる」

 合図も掛け声も最小限で、輪が自然に立ち上がる。

 旗の裏で鈴文が少し光って、チとひと鳴き。第五断章が身に馴染む感覚が、ようやく腹に落ちた。



12)次なる指標――“瑠璃玻璃の谷”と、間近の“紹介回”


 指輪がふたたび熱を帯び、旗の裏に文が浮かぶ。


 ――瑠璃と玻璃の交わる谷、“瑠璃玻璃るりはりの谷”。

 ――骨の第六断章、“合符”を試す繋音けいおんの場。

 ――白鎖は“鎖輪さりわ”、炎糸は“焔輪かりん”、黒涌は“黙輪もくりん”を同拍で回す。

 ――返す音、押す音、引く音――三音で輪を保て。


「いよいよ“合符”の総稽古やな」

 よっしーが肩を鳴らす。「セドは谷の手前まで。中は徒歩と拍や」


「承り候。“三音”の図、盃に記しまする」

 あーさんが微笑み、面に薄い三つの円を描いた。

 ニーヤは鈴条を指で弾き、「返す音は任せるニャ。押す音は我が主人あるじ、引く音は静で受け持つニャ」と短く整理する。

 クリフは「弦で節を結び、必要な時だけ“押す”に矢を足す」と頷いた。

 リンクは二段で三回、ブラックは三度円を描き――三音のサインを覚えたみたいだ。


「それと――登場人物紹介・特別篇、次の次でやろう」

 俺は笑って宣言する。「瑠璃玻璃の谷を越えたら、今の“自分の拍”を、ちゃんと言葉にしておきたい」


「賛成や!」

「猫印の見開き、準備できてるニャ」

「承り候」

「うむ」

「キューイ」

「ン」


 焚き火がぱちと鳴った。

 風の音が少し弱まり、空は星を増やす。

 平成、明治、平成元年、そしてこの黄昏の世界。ばらばらだった拍が、少しずつ連なる。

 旗の鈴文が胸の内側でひそかに光り、チ・リン・リと短く鳴いた。



次回予告

• 瑠璃玻璃の谷――“合符”の総稽古、三音の試し。

• 白鎖の鎖輪、炎糸の焔輪、黒涌の黙輪が同拍で迫る。

• ニーヤは“返す音”を極め、俺は“押す音”で旗を立て、あーさんが“引く音”で面を支える。

• よっしーは谷外で共鳴台を組み、平成の鼓動で芯を送り、クリフは無音矢で節の影を縫う。

• リンクとブラックは三音のを跳び、第六断章が旗の裏に刻まれる。

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