天骨の峡、連環の兆し
1)玻璃環を後に
玻璃環の朝は、相変わらず澄んだ無音の鐘で始まった。
俺たちは祝宴の名残を片付け、宿を出た。セドは荷台にきっちり積み直され、よっしーがボンネットを軽く叩く。
「さて、次は“天骨の峡”やな」
地図を広げたよっしーの指先が、東北へ向かう長いルートを指し示す。「宙路と地路が交わる難所や。フル装備で挑んだほうがええ」
ニーヤが杖を抱え、鋭い目を細めた。
「白鎖の鎖嵐、炎糸の焔柱、黒涌の深環……全部まとめて来るニャ。試練の場や」
あーさんは盃を胸に寄せ、淡く笑う。「“静と音”を重ね張りし、輪を崩さぬ稽古……今こそ致しましょう」
リンクが天幕の上で二段ジャンプを繰り返し、ブラックは低い旋回で風を測っている。
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2)峡へ向かう道程
セドのエンジンが地面を撫でるように響き、俺たちは峡へ向かう長い道を走った。
平原を抜け、ゆるやかな丘を越えると、地平線に高い断崖が見えた。
その中央を、まるで巨大な槍で貫いたかのように裂けた峡谷――天骨の峡が姿を現した。
「圧が……重いな」
クリフが低く呟く。
峡を囲む空気は澱んでいるわけではない。ただ、異様に濃く、拍の一つ一つが重たく感じられる。
あーさんが盃を揺らし、「音も静も、深い底から響いておりまする」と言った。
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3)峡の入り口
峡の入り口には古い門があり、そこには風化した文字が刻まれていた。
宙と地の交わる処、輪を踏み外すな。
骨を砕けば、峡はその身を呑む。
「なんか、昔の“礼の戒め”っぽいニャ」
ニーヤが文字をなぞる。
俺は旗を胸に押し当て、深く息を吸った。――気を抜いたら、ここでは即アウトだ。
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4)鎖嵐
峡の中央部を抜けようとしたその時、空気が突然裂けた。
白鎖の鎖が渦を巻き、竜巻のように絡み合って降り注ぐ。
「鎖嵐か……厄介だな」
よっしーがセドを止め、盾を構える。
「鈴帳・位相写し!」
俺は旗を掲げ、鈴の骨を合わせる。
ニーヤが鈴条を叩き、返鈴の拍を響かせる。
あーさんが音面と静面を重ね、鎖の音を受け止める。
クリフは弦を弾き、リンクは二段で鎖の拍の乱れを示し、ブラックが風背を整える。
鎖嵐はわずかに軌道をずらされ、道の脇に逸れた。
白鎖の声が峡の上から響く。「……美」
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5)焔柱
峡の奥から、炎の唸りが迫る。
炎糸の焔柱が天へ向けて噴き上がり、峡全体を熱の渦で覆った。
「熱が強すぎる!」
クリフが目を細める。
「氷結弾・露鎧!」
ニーヤの氷結弾が、熱の根元を冷やす。
あーさんが空鏡を反転させ、熱を分散する面を張る。
よっしーは盾を撓ませ、平成の鼓動で拍を支えた。
リンクが二段で炎の隙間を飛び、ブラックが風背を流して熱を逃がした。
焔柱はやがて勢いを失い、炎糸の笑い声だけが峡に残った。
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6)深環
静かに訪れたのは、黒涌の気配だった。
峡の底がぐらりと揺れ、影が水のように広がる。
拍が一瞬で吸い込まれ、全てが無音に沈む。
「……来たな、深環」
あーさんが盃を掲げ、静面を張る。
俺は旗を握り、無鈴を転がした。
ニーヤの鈴条が返鈴を響かせ、よっしーの盾が心臓の拍を拾う。
クリフは弦で静かな節を結び、リンクは二段で影の隙間を踏み、ブラックが頭上で円を描く。
深環の渦は、やがて拍を返した。
骨の底から、鈴文の響きが戻る――チ・リン・リ。
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7)峡の奥で
峡を抜けた先に、小さな石碑があった。
その上には淡い光の欠片が浮かび、旗の裏に吸い込まれていく。
「骨の第四断章、回収完了やな」
よっしーが笑う。
ニーヤは杖を軽く振り、「連環の稽古、いよいよ本格化するニャ」と呟く。
あーさんは盃を胸に寄せ、「輪はさらに重なりまする」と静かに言った。
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8)峡を抜けた野営
日が傾くころ、峡を抜けた先の広い平原に野営を張った。
よっしーがセドの荷台からタコ焼きを取り出し、虚空庫から冷えた缶を並べる。
リンクは周囲を跳ね回り、ブラックは高所で周囲を警戒している。
「平成の味、悪くないやろ」
よっしーが缶を掲げる。
あーさんは盃を傾け、淡い笑みを浮かべた。
ニーヤは焼けたタコ焼きを頬張りながら、「連環、面白くなってきたニャ」とご満悦だ。
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9)指標の告げ
夜。
指輪が熱を帯び、旗の裏に新しい文が浮かぶ。
――瑠璃と玻璃の環を繋ぐ宙路、“青嵐の道”。
――骨の第五断章、風と音の交わる高所に眠る。
――白鎖は“鎖翔”、炎糸は“焔風”、黒涌は“深嵐”を回す。
「次は……青嵐か」
俺が呟くと、ニーヤが杖を握り直した。「風と輪の試練ニャ」
あーさんは盃を胸に寄せ、「静と音、風の面を重ね張りいたしましょう」と言う。
よっしーは地図を睨み、「セドもバイクも全開で行くしかないな」と笑った。
リンクが二段で跳び、ブラックが夜空を旋回する。
遠くで風が鳴り、骨の奥でチ・リン・リが響いた。
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次回予告
• 青嵐の道での第五断章の試練。
• 白鎖の鎖翔、炎糸の焔風、黒涌の深嵐が絡む風の試練。
• ニーヤが連環を完成させ、あーさんが風面を写す。
• よっしーのセドとクリフの矢が風の節を縫い、リンクとブラックが風を読んで跳ぶ。




