反響の井、黙輪の渦
1)玻璃環の暁
玻璃環の朝は、無音の鐘が鳴ることで始まる。誰も音を聞けないはずのその響きが、俺たちにははっきりと骨の奥で鳴るのが分かった。
宿の窓を開けると、淡い光が街を透かし、外縁の宙路には早朝の帆車が並び始めていた。
「今日が“反響の井”の試しニャ」
ニーヤが杖を抱えて帽子を軽く押さえる。「黒涌の“黙輪”、白鎖の“鎖環”、炎糸の“火環”。ぜんぶ絡んでくるニャ」
「準備は整ってる」
よっしーはセドのボンネットを開け、平成エンジンの鼓動を確かめていた。「どのみちあいつらが音を試すなら、こっちも鳴らすだけや」
あーさんは盃を胸に寄せ、鏡面を淡く揺らす。「静の面と音面、両方を重ね張り致しまする。……ユウキ様、旗の鈴文を、どうぞ確かめてくださいませ」
旗の裏を撫でると、鈴文が淡く温かい。――今日が、骨の第三断章を取り戻す日だ。
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2)反響殿への道
玻璃環の中心にある響殿。その下層に降りる階段は、透明な板で作られていた。
階段を踏むたびに、わずかな音が足裏から伝わる。低い拍と高い拍が交互に続き、俺たちを井の底へと導いていた。
「下に降りるほど、音が深くなる」
クリフが弓を握り直す。「矢を使うのは、ここぞという時だけだ」
リンクは階段の縁を二段ジャンプで軽く蹴り、ブラックは上空を旋回して風背を整えている。
ニーヤは杖をくるりと回し、「木輪と鈴条、そして宙輪を薄く回しておくニャ」と呟く。
あーさんは空鏡を薄く広げ、静と音を同時に写していた。
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3)反響の井――黙輪の渦
井戸の底は広い円形の空間で、中央に透き通る柱が立っていた。
その柱がゆっくりと震え、淡い波紋を放つ。音ではない――けれど骨の奥がざわりとする感覚。
「来たか」
低い声が響いた。
黒涌の影が井戸の縁から立ち昇り、沈むように散らばる。輪のように見えるその影が、静かに回転を始めた。――黙輪。
同時に、空中から鎖が降りる。白鎖の鎖環が、井戸の柱を絡めるように走る。
さらに、炎糸の指先から吹き出した火環が、円形の炎を描きながら周囲を包む。
「三重の試し……!」
あーさんが盃を胸に寄せる。「静と音、同時に保たねば、拍が壊れまする」
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4)礼の構築
「ユウキ、旗を!」
よっしーの声で我に返る。
俺は旗を胸に、七輪を同時に重ねる。
風・水・土・鈴・木・宙――そして静。
ニーヤが鈴条を鳴らし、返鈴の拍を刻む。
あーさんの空鏡が静と音の両面を写し、よっしーは盾を撓ませ、クリフは弦で節を支える。
リンクは柱の根元を二段で踏み、ブラックは高所から風背を整えた。
――井戸がわずかに鳴った。チ・リン・リ。
だが、黙輪がその音を飲み込もうと渦を深める。
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5)鎖環の罠
白鎖の鎖が、柱の節を狙ってきた。
鎖が節を切れば、拍は壊れ、井戸の骨は沈む。
「クリフ!」
「任せろ」
クリフの矢が宙を裂き、鎖の動きを寸前で止めた。
リンクが二段で鎖の間を飛び、ブラックが鎖の上を踏むように風背を送る。
鎖は鈴条の逆位相で痺れ、「……美」と短く呟き、わずかに退いた。
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6)火環の揺らぎ
炎糸の火環が周囲を縮める。
音を熱で歪ませ、返鈴の拍を狂わせようとしていた。
「ニーヤ、氷結弾!」
「任せるニャ!」
ニーヤの氷結弾が火環の縁を冷やし、あーさんの空鏡がその熱を均一に散らす。
よっしーが盾を撓ませて拍を保ち、クリフの弦が節を押さえる。
リンクが跳んで火の中心を蹴り、ブラックが風背を通した。
火環は音を取り戻し、炎糸が笑った。「やっぱり、君たちは面白いね」
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7)黙輪の返し
黒涌の黙輪は最後まで音を吸おうとし続けた。
けれど俺たちは、鈴帳と旗で輪を描き、無鈴を指で転がした。
チ・リン・リ――音が返った。
黙輪はゆっくりと崩れ、静かな影だけが残った。
黒涌は声を発さないまま、井戸の奥へ沈んでいった。
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8)第三断章
柱の中から淡い光が走り、旗の裏に新しい鈴文が刻まれる。
骨の第三断章――音の底に眠る礼が、俺たちの拍に応えたのだ。
あーさんは盃を掲げ、静かに微笑む。
ニーヤは杖を撫で、「返鈴、もう一段深くできるニャ」と呟いた。
よっしーは盾を軽く叩き、「平成の鼓動も悪くないやろ?」と笑う。
クリフは静かに弓を背に収め、リンクは嬉しそうに二段ジャンプを繰り返し、ブラックは頭上で円を描いた。
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9)玻璃環の祝宴
試しを終えた俺たちは、響殿の外で開かれた祝宴に招かれた。
透明な器に盛られた果実、風で冷やした甘酒、そして宙路の魚を使った料理。
よっしーは虚空庫からタコ焼きを出し、「交換会や!」と笑った。
子どもたちがリンクを追いかけ、ブラックが高所からその様子を見守る。
あーさんは女性たちに盃を褒められ、ニーヤは音士たちと鈴条の技を語り合っていた。
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10)次なる指標
夜。
宿の窓辺で指輪が熱を帯び、旗の裏に新しい文が浮かぶ。
――瑠璃と玻璃の狭間、天骨の峡。
――骨の第四断章、宙路と地路の交わる場所に沈む。
――白鎖は“鎖嵐”、炎糸は“焔柱”、黒涌は“深環”を回す。
「次は峡か」
俺が呟くと、よっしーが地図を広げ、「峠やな。セドもバイクもフル稼働や」と笑う。
ニーヤは杖を撫で、「五環を“連環”にまとめる稽古、始めるニャ」と頷く。
あーさんは盃の面を撫で、「次は“深い静”が試されまする」と静かに告げた。
リンクが膝に飛び乗り、ブラックが肩に止まる。
玻璃環の鐘が夜空で無音に鳴り、骨の奥でチ・リン・リと響いた。
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次回予告
• 天骨の峡で待ち受ける第四断章。
• 白鎖の鎖嵐、炎糸の焔柱、黒涌の深環が絡み、礼と拍を試す。
• ニーヤは返鈴を深化させ、あーさんは静と音の重ね張りを完成させる。
• よっしーのセドとバイクが再び活躍し、クリフは無音矢で節を縫う。
• リンクとブラックは峡の風を読んで飛び、旗の鈴文が新たな響きを迎える。




