玻璃の外輪、風の骨
1)ミュラ港の朝、出立の合図
港町ミュラの朝は、前夜の喧騒が嘘のように静かだった。
波止場で網を干す老人、屋台で朝餉を整える若い娘たち、そして遠くで灯台の鐘がひとつ鳴る。
俺たちはセドに荷を積み込み、クリフさんのバイクも整備を終えていた。
「今日の目標は玻璃の外輪を抜けて、翡青列島や」
よっしーが地図を広げ、羅針と合わせながらルートを示す。
「潮も風も、午前中は穏やか。けど午後から“風目”が荒れるらしい。全員、準備ええか?」
「キューイ!」
リンクが元気よく鳴き、ブラックが頭上で「ン」と短く答える。
ニーヤは杖を抱え、あーさんは掌の盃を軽く揺らして頷いた。
俺は指輪を握り、深く息を吸った。今日も拍を乱さない――そのための儀式だ。
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2)青の細道、玻璃の外輪へ
午前の青道は穏やかだった。
舟の舳先を滑らせる風は柔らかく、羅針の針も揺らがない。
リンクは舳先で二段ジャンプを繰り返し、ブラックは高みから青道の脈を見ている。
だが、外輪が見えてくると、空気が変わった。
遠くの水平線にガラスのような光が揺れ、白い泡が輪を描いている。
「あれが玻璃の外輪……」
あーさんの声は少し低く響いた。
ニーヤが杖を掲げ、耳をぴくりと動かす。
「嫌な拍ニャ。“風骨”が暴れてるニャ」
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3)風背峠と、石の背
外輪を越えるには、海に沈む石の背を駆け抜けなければならない。
舟をセドに積み替え、車とバイクの混成でルートに挑む。
「ボリューム上げて行くでぇ!」
よっしーの声が響き、セドのエンジンが低く唸る。
クリフさんのバイクが先導し、俺たちはその背を追った。
石の背は想像以上に細く、風が横殴りで吹く。
あーさんが掌の盃を掲げ、水鏡で風の刃を丸める。
ニーヤが「風環」を描き、風骨を軽く撫でて鎮める。
その拍に合わせ、俺は旗で〈空白〉を置き、セドを安定させた。
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4)風の試練 ―― 風鬼の襲撃
峠の中程、突如として空が裂けた。
風鬼――透明な鱗を持つ鳥型の魔物が、複数羽現れた。
その翼が振れるたび、石の背に鋭い風刃が叩きつけられる。
「我が主人、合図を!」
「ニーヤ、氷結弾で足止め!」
「任せるニャ!」
白い弾丸が放たれ、風鬼の翼を一瞬凍らせる。
その隙を狙ってクリフさんが矢を放ち、リンクが二段ジャンプで首筋に蹴りを叩き込む。
よっしーは盾で風刃を弾き、俺は旗で〈返礼〉の拍を刻むことで風骨の揺らぎを整えた。
最後の一羽が落ちると、風は急速に静まった。
風骨が拍を認めたのだ。
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5)翡青列島の港、アウライの影
外輪を抜けた先に現れたのは、翡青列島のひとつ――ティラ砂洲だった。
白い砂浜、背後には翡翠色のジャングル、そして空には小さな浮島がいくつも漂っている。
「あれが……アウライか」
クリフさんが空を見上げる。
そこには空を漂う都市――帆と塔を持つ巨大な浮遊島の影が、青空の中にゆっくりと動いていた。
「浮遊都市ってやつニャ」
ニーヤが目を細める。
あーさんは掌の盃を胸に寄せ、静かに微笑んだ。
「この地は“風骨”が濃い。礼を乱せば、すぐに牙を剥きまする」
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6)砂浜の夜市と、笑い声
港に舟を預け、町の宿で荷を降ろした俺たちは、砂浜に並ぶ夜市を歩いた。
焼き貝の匂い、風鈴の音、潮風に混ざる笑い声――どこかミュラと似た賑わいだが、空には浮島がゆっくりと移動している。
「よっしゃ、たこ焼き会でもするか!」
よっしーが虚空庫から鉄板を取り出すと、子どもたちが「なにそれ!」と目を輝かせて集まってきた。
リンクは果物屋で小さな実を頬張り、ブラックは提灯の上で静かに風を感じている。
ニーヤは香草の屋台で珍しい葉を手に入れ、あーさんは掌の盃を傾け、風骨の響きを探っていた。
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7)黒涌の影、再び
夜市の端、波打ち際で不自然な気配がした。
砂浜を染める黒い影――**黒涌**の残滓だ。
「……来てるな」
クリフさんが弓を構える。
俺は旗を握り、拍を整えた。
リンクが低く唸り、ブラックが「ン」と短く鳴く。
「明日、アウライへ向かうニャ。その前に“風骨”を通す必要があるニャ」
ニーヤが杖を抱きしめ、目を閉じた。
風が、何かを試すように頬を撫でた。
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8)風骨の稽古
宿に戻ると、あーさんが掌の盃を掲げた。
「ユウキさん、今宵は“風骨”の稽古をいたしましょう」
ニーヤが描いた細い風環を前に、俺は旗で〈空白〉を刻む。
あーさんの水鏡が面を広げ、風の刃を丸めていく。
よっしーは盾で角を整え、クリフさんの矢は拍の節を打つ。
リンクは二段で風環を飛び越え、ブラックは上空から均衡を測る。
「いい拍です、ユウキさん」
あーさんの声が優しく響く。
その瞬間、指輪がひんやりと震えた。
アンリが微かに笑う気配がした。
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9)アウライへの道
翌朝、空を漂うアウライへ向かうため、港の桟橋に立った。
空行きの帆船――風骨を纏った特別な舟が、ゆっくりと浮かんでいる。
「さあ、行くで!」
よっしーが荷を整え、クリフさんは弓を背に。
リンクは舳先に飛び乗り、ブラックは帆の先端で羽を広げた。
ニーヤが杖を掲げ、あーさんが掌の盃を胸に寄せる。
空の道を抜けた先にあるのは、風骨の中心地――アウライ。
白鎖も、炎糸も、黒涌も、この地でまた牙を研いで待っている。
俺は旗を握り、指輪を胸に押し当てた。
――今日も、拍を乱さない。
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次回予告
アウライの浮遊市場と、風骨の試練。
白鎖の「風目」、炎糸の「灼環・砂霧」、黒涌の新たな影。
ニーヤが操る三環、あーさんの空鏡、クリフの滑空矢が躍動する。
よっしーはセドで浮島の稜線を駆け、リンクとブラックは空の継ぎ目を跳ぶ。
そして俺は旗と羅針で「送風」の道を切り開く――輪はさらに軽く、深く、次の礼へと繋がっていく。




