潮風の道、アストラム海峡へ
1. 夜明けの出立
太陽塔の影が背後でゆっくりと縮んでいく。
塩床を滑る相棒のエンジン音は低く、けれど確かな力を湛えていた。
砂の匂いと潮の匂いが混じる風が頬をかすめ、どこか旅の始まりを告げるようだった。
「ボリューム上げて行くでぇ!」
――よっしーが、ラベルの擦れた古いカセットを指ではじいた。
“ 浜田麻里/BLUE REVOLUTION” と手書きの文字。
「ほな、潮風モードやな」
「イエーイ!」
今度は全員が声を合わせる。
後部座席でリンクが二段ジャンプの勢いで尻尾を振り、ブラックが翼を軽く広げた。
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2. 塩梁の道
昼前、白い地平に褐色のラインが見えた。ハーリムの塩梁――古い交易路の名残で、砂丘を跨ぐ巨大な橋だ。
「この先、車幅いっぱいやな……」
よっしーが速度を落とす。
「橋脚が砂に沈んでる場所もあるみたいです。慎重に進みましょう」
クリフさんが地図を見ながら告げる。
あーさんは掌の盃に少しだけ水を溜め、その水を細い糸のように前方へ流した。水が床を滑るように進み、沈んだ部分でふっと消える。
「ここは危険です。少し左を通りましょう」
橋の上から見える光景は壮観だった。
左には砂の海が無限に広がり、右には遠く蒼い水平線が見える。
リンクはガラス窓に前足を押し付け、尻尾をバタバタさせた。
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3. 砂舟との邂逅
橋を渡りきった先、小さな集落があった。布製の帆を広げた**砂舟**が何艘も並び、砂漠の港のような光景を作り出している。
「お、こりゃ便利そうやな」
よっしーが口笛を吹いた。
港の管理者らしき老婆が近寄ってきた。
「アストラム海峡を渡るなら、これしかないよ。けど……今日は潮が荒い」
「いつ静まりますか?」
クリフさんが問うと、老婆は空を見上げて首を振った。
「三日後やね。けど、もし急ぐなら“潮呼びの笛”を持つ者を探すといい」
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4. 紅蓮の牙との再会
集落の奥、赤い幌の下で懐かしい顔があった。
紅蓮の牙の若頭格――サイードが、こちらに気付いて片手を上げた。
「おい、“氷の輪の猫”! そして“旗の野郎”! 奇遇じゃねぇか」
「潮待ちか?」
俺が問うと、サイードは肩をすくめる。
「白鎖が海を渡ったと聞いてな。俺たちも様子を見に行くつもりだ」
その言葉にニーヤの耳がぴくりと動く。
「またあいつかニャ……」
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5. 潮待ちの夜
港の外れで簡易のテントを張り、俺たちは夜を待った。
よっしーが虚空庫からたこ焼きを取り出し、砂浜の上で鉄板を温める。
「おい、こんなとこで日本の味は反則やぞ」
クリフさんが苦笑しながら串を手に取る。
「あーさん、こっちのお茶もどうぞ」
俺が差し出すと、あーさんは頬を赤く染め、静かに盃を受け取った。
リンクは果物を抱えたまま砂に転がり、ブラックは波打ち際で羽を洗う。
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6. 潮呼びの笛
夜半、砂浜に低い唸り声が響いた。
港の男たちが一斉に空を見上げる。
潮呼びの笛が鳴ったのだ。
「潮が……変わるぞ!」
老婆が叫ぶと、待機していた砂舟の帆が一斉に上がる。
俺たちも急いで荷を積み込み、船長に飛び乗った。
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7. 海峡の牙
海峡の中央に差し掛かったころ、海面が不自然に波打った。
「嫌な気配……」
クリフさんが弓を握り、リンクが低く鳴いた。
次の瞬間、巨大なサンドワームが海面を破って飛び出した。
背には無数の棘、口は真紅の縁取り――まさに“海の牙”だ。
「来やがったか!」
よっしーが盾を構え、俺は旗を握り直した。
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8. 海上の戦い
砂舟が揺れる中、ニーヤが杖を掲げる。
「氷結弾・波環!」
氷の輪が海面を走り、ワームの動きを鈍らせる。
クリフさんの矢が棘の根元を射抜き、ブラックが風の刃でその口を切り裂いた。
リンクは二段ジャンプでワームの背に飛び乗り、連続の蹴りで体勢を崩す。
その瞬間、よっしーが盾で水柱を弾き飛ばし、俺は旗で**〈返礼の拍〉**を刻んだ。
「今だ――!」
全員の攻撃が一斉に重なり、ワームは悲鳴を上げて海中へ沈んでいった。
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9. 彼方の群島
戦いが終わると、水平線の向こうにいくつもの島影が見えた。
そこが蒼玻の群島――次なる目的地だ。
「新しい拍が、待ってるニャ」
ニーヤが杖を抱えて笑う。
あーさんは静かに盃を掲げた。
「この道が、また礼の輪で満ちますように」
俺は指輪を胸に押し当て、深く息を吸った。
――次の輪へ。必ず繋げるために。
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次回予告
蒼玻群島の奥、古代の祭殿と潮の迷宮。
白鎖との再戦、炎糸の新たな術“灼環”。
ニーヤの日環が潮を鎮め、あーさんの水鏡が海流の拍を見せる。
そして、リンクとブラックが“潮の裂け目”を越えて走る――。




