砂の底でチリチリしてきた
午後の陽はまだ高いのに、砂の匂いが重くなっていた。
よっしーがサングラスをずらして前を見据える。
「……風、止まってきたな」
カセットを入れ替える音が響く。
ロクセットの《The Look》が流れ出し、軽やかなギターのリフが車内の空気を震わせた。
「よっしゃ、午後の部スタートや!」
よっしーがノリノリでハンドルを叩く。
「ラファルドまで、ボリューム全開で突っ走るで〜!」
「イエーイ!」
返事をしたのは俺だけだった。
後部座席の面々は、日差しにぐったりしている。
「……なんか寂しいなぁ」
よっしーが苦笑したその時、
「キューイ!」「クルルッ!」
リンクとブラックが同時に鳴いた。
「ど、どうしたニャ!?」
ニーヤが杖を抱え、耳を動かす。
サイドミラーの隅で、黒い粒のようなものが動いた。
小さな影が、砂に溶けるように流れていく。
「虫か?」
「……アリ、ですわね」
あーさんの声は落ち着いていた。だが次の瞬間、
「ア、アリィ!? やだニャ! 絶対イヤニャ!」
ニーヤがシートの上に飛び上がる。
「ちょ、ちょっと! 落ち着いて! 小さい一匹や!」
「二匹ニャ! 三匹ニャアァ!」
リンクが背もたれの上を跳ね、ブラックが羽を震わせる。
その足元で、黒い点が列を作って動いていた。
「……増えてへんか?」
よっしーが目を凝らす。
俺も覗き込み、思わず息をのんだ。
砂の粒に紛れて、アリたちが通風口から入ってきている。
「外から!?」
「塞げ!」
よっしーが布テープを掴み、手早く通風口を封じる。
「こんなときこそ89年アイテムや!」
だが風が止まった。
途端に、車内の空気が異様に静まり返る。
「……聞こえるニャ?」
ニーヤが息を止める。
床の下から、くぐもった音がした。
ごぼっ……。
車体が、少し沈んだ。
「い、今の何!?」
「砂が……動いてる」
メーターが震え、ブレーキが妙に軽い。
よっしーが叫ぶ。
「沈んでる! 砂が車を引っ張っとる!」
「蟻地獄……?」
あーさんが呟いた。
彼女の二鈴がわずかに鳴る。
「魔素を吸ってる……生き物です」
リンクが「キュイッ!」と鳴き、ダッシュボードに跳び乗る。
外を見た俺の目に、信じがたい光景が映った。
砂の地面が円を描きながら沈み、
中心部が螺旋状に“開いて”いく。
「やばい! 底が抜ける!」
「逃げろって、どこに!?」
車体が前のめりになり、右前輪が沈んだ。
砂の渦が、巨大な口のように開いていく。
よっしーが歯を食いしばる。
「全員、ベルト外すな! そのまま耐えろ!」
「どないするねん!」
「知らん! けど——落ちるよりはマシや!」
言葉と同時に、カセットの音が途切れた。
テープが一瞬鳴って、次の曲に切り替わる。
《Dangerous》のイントロ。
ギターのリフが鳴った瞬間、車体が真下に落ちた。
視界が回る。
砂と光が反転し、車体が吸い込まれていく。
「ぎゃああ!」
「キュイーー!」
「ニャアーー!」
エンジン音が消え、代わりに聞こえるのは風の唸り。
砂に呑まれた音。
あーさんが二鈴を掲げる。
「拍、保ってください——落ちるだけです!」
その声も、砂に消えていった。
⸻
音が止んだ。
ただ、かすかにテープの伸びた音だけが残った。
ロクセットの歌声が、歪んで聞こえる。
――Hold on tight, you know she’s a little bit dangerous。
ほんの一瞬、そう聞こえた気がした。




