いつものブランチ――ゾンビにならなくて良かった朝
大事件の翌朝は、
だいたい、どうでもいいことで笑える。
生きているか。
無事か。
そして――ゾンビになっていないか。
学園都市のカフェテリアでは、
今日も変わらない顔ぶれが、
変わらない冗談を飛ばしている。
それが続くなら、
きっと、まだ大丈夫だ。
いつものブランチ、少しだけ違う朝(完全版)
学園都市の朝は、どこか忙しない。
中央塔の影がゆっくりと伸び、カフェテリアには早くも人の気配が満ち始めていた。
湯気の立つ皿。
焼きたてのパン。
軽い油の匂いと、コーヒーの香り。
――いつもの光景。
だが、そのテーブルを囲む面子は、
全員が、さりげなく一人の男を観察していた。
「……なんや」
ユウキが、居心地悪そうに肩をすくめる。
その瞬間だった。
「おう」
よっしーが、フォークを持ったままニヤリと笑う。
「人間辞めて、ゾンビなってへんか?」
一拍置いて、隣のロウルが淡々と続けた。
「なってたら、オレが退治したる」
「いや、農業区勤務が何言うてんねん」
ヤスが即座に突っ込む。
ロウルは首を傾げた。
「腐敗対策は土壌管理の基本だ」
「基礎知識の方向が違うわ!」
テーブルに軽い笑いが広がる。
ヤスはユウキをじっと見た。
「……で?」
視線が鋭くなる。
「やってきたんスか?」
一瞬、空気が止まった。
「……お前、聞き方ってもんがあるだろ」
ユウキが渋い顔をした、その瞬間。
「あーーーーー」
ハッサンが、心底羨ましそうな声を出した。
「あーーーーーー羨ましい」
「何がやねん!」
よっしーが即ツッコミ。
「ほんならお前ら二人でホモっとけや」
爆弾発言。
「ブフッ!」
「やめろや!!」
「腹痛い!!」
笑い声がテーブルを揺らす。
ロウルが真顔で頷いた。
「効率は悪くない」
「納得すな!!」
そんな騒ぎの中、
クリフだけは静かに紅茶を置いた。
「うむ」
落ち着いた声。
「何事もなく……
満足そうな顔で戻ってきたのなら、それで良い」
その視線には、兄のような安堵があった。
「無理に我慢する必要はないからな」
「……ありがとう」
ユウキは短く答える。
その隣で。
「……もし、我が主人がゾンビになっていたらと思うと……」
ニーヤが、ふと真顔になる。
一瞬の沈黙。
「ちょ、待てニーヤ」
ユウキが言いかけた、その瞬間。
「その時はな」
よっしーが、即座に親指を立てた。
「新たに名前つけたるわ」
「名前……?」
「スリラーや」
ドヤ顔。
「ムーンダンスも、バッチリ教えたんでー♪」
なぜか肩をくいっと揺らす。
「……なんで踊れる前提やねん!」
ヤスが即ツッコミ。
そして間髪入れずに。
「マイケルやんけ」
テーブルが揺れるほどの爆笑。
ロウルが真顔で言う。
「動きが不規則な個体には、リズム教育が有効だ」
「だから納得すな!!」
笑いの渦の中、
ニーヤは小さく胸をなで下ろした。
「……でも、ゾンビでなくて本当によかったですニャ」
その目は、冗談ではなかった。
ユウキは何も言わず、
ブラックの頭をそっと撫でる。
白い羽毛の感触が、指に残る。
リンクはいつの間にか膝の上に飛び乗り、
丸くなっていた。
「……安心してるな」
ユウキが呟く。
「キュイ」
短い鳴き声。
その温もりに、胸の奥がゆっくりと落ち着いていく。
だが――
ユウキの視線は、自然と空いた席へ向かっていた。
「……ノクティは?」
よっしーが、少しだけ声を軽くする。
「トレーニングやろ。
朝から気合入っとったで」
「……無理してないといいけど」
その呟きは、誰に向けたものでもなかった。
ニーヤが、静かに頷く。
「大丈夫ですニャ。
ノクティア殿は、“決めたこと”は必ずやり遂げる方ですニャ」
クリフも、短く言った。
「心配するのは悪くない。
だが、信じるのも同じくらい大切だ」
「……だよな」
ユウキは、コーヒーに視線を落とす。
昨日の夜。
夢だったのか、現実だったのか、まだ曖昧だ。
だが。
こうしてここに座り、
笑われ、突っ込まれ、心配されている。
(……ちゃんと戻ってきたんだな)
「ま、なんにせよ」
よっしーがパンをちぎりながら言う。
「ゾンビやなくてよかったわ」
「ほんそれ」
ヤスが頷く。
ブランチの時間は、今日も変わらず流れていく。
けれど、ユウキの中では――
確かに何かが、少し前に進んでいた。
今回は完全に「日常回」です。
ゾンビになっていないことを確認し、
無駄な冗談を言い合い、
心配されて、笑われて、
それでもちゃんと受け入れられている――
そんな朝を描きました。
戦闘や進化のあとに、
こうして何も起きない時間があること自体が、
学園都市という場所の強さでもあります。
次回は、
このブランチの席にはいなかった人物や、
別の場所で動いている“変化”に、
少しずつ視点を移していく予定です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




