静かすぎる森道
夜の街を離れ、
旅は再び、山と森へ向かう。
谷の町フレーネンヴェルクまで、
まだ少し距離がある。
これは、その途中――
静かすぎる森道での、小さな出来事である。
街道を外れ、森へ入った途端――
音が、消えた。
風はある。
葉も揺れている。
だが、鳥の声がない。
「……静かすぎるな」
ユウキが周囲を見回す。
「せやな。
森って普通、もっとうるさいもんやけど」
よっしーも顎に手を当てた。
「……耳が、寂しいですニャ」
ニーヤの尻尾が、わずかに揺れる。
「警戒は続けよう」
クリフは淡々と前を見据えた。
そのまま歩くことしばらく。
やがて、森を割るように小さな川が現れた。
「……お、ええ流れやん」
よっしーが覗き込む。
「魚、いるな」
「昼前やし、少し休むか」
クリフの判断で、一行は川辺に腰を下ろした。
⸻
川とグリルと、文明の勝利
「ほな、ちょっと釣るで」
よっしーが取り出したのは、
――簡易釣りキット(1989年仕様)。
「それ、どこから出てくるんだよ……」
「秘密や」
数分もしないうちに、銀色の小魚が数匹。
「よし、グリルやな」
続いて出てくるのは、折りたたみ式簡易グリル。
「……文明って、すごいな」
ユウキが呆然とする。
「これは……野外調理の神器、でございますか」
あーさんの目が、きらきらと輝いた。
焼ける音。
脂の香り。
そこに――
「ワインも、少しだけ」
よっしーが差し出すグラス。
「まあ……!
このような美しき自然の中で、
この香り、この火、このお酒……」
あーさんは胸に手を当て、感極まったように言った。
「なんと贅沢な……
まるで、絵巻の一場面のようでございます……!」
「……同感だ」
クリフも静かに頷く。
「魚、うまいですニャ」
ニーヤも満足そうだ。
⸻
立ちションと、コボルト
「……ちょっと、離れてくる」
ユウキがふらりと立ち上がる。
「おい、飲みすぎやろ」
「大丈夫だって」
数歩、茂みの奥。
――チャリ。
枝を踏む音。
「……ん?」
ユウキが振り向いた瞬間――
低い唸り声。
「うわっ!?」
飛び出してきたのは、コボルトだった。
「……このタイミングかよ!!」
叫び声に、即座に反応。
⸻
即席迎撃戦
「下がれ、ユウキ!」
クリフの声と同時に――
矢が一本、地面すれすれをかすめて牽制。
「火、いくニャ!」
ニーヤの魔法が足元を照らし、コボルトの動きを止める。
「ほな、怖がらせたろか」
――エンジン音ほな――文明の恐怖、いこか」
よっしーが地面に鍵を投げるように放り、
次の瞬間――
赤いオフロードバイクHONDA XLR250Rが、
森の中に唐突に“現れた”。
「……なっ!?」
コボルトが目を見開く。
セルが回る。
――バァン!!
低く、腹に響く単気筒の咆哮。
鳥のいない森に、暴力的な音だけが叩き込まれた。
「ギャゥッ!?」
「そらそうなるわな」
よっしーはそのまま跨がり、
フルスロットルで円を描く。
砂利と土が跳ね上がり、
コボルトの足元をえぐる。
「何が起きてるか分からんやろ?
それが正解や!!」
バイクは一度川へ突っ込み、
水しぶきを上げてそのまま跳ねる。
――着地。
地面が震えた。
「今や!」
「火、止めるニャ!」
ニーヤの魔法が視界を奪い、
クリフの矢が寸分違わず足元へ突き刺さる。
完全に怯え切ったコボルトの前に、
バイクが真正面で急停止。
エンジンは止めない。
――ドドドドド……
あーさんとユウキが、
左右から短剣で武器を弾き落とす。
「これ以上は、なりませぬ」
「帰れ」
その一言で、十分だった。
コボルトは悲鳴を上げ、
転げるように森の奥へ逃げていった。
⸻
戦闘後の一言(余韻)
「……あれは、獣に効きすぎるな」
「そらそうや。
馬でもドラゴンでもない音やからな」
「文明の怪物……ですニャ」
「ですが……
とても頼もしい怪物でございます」
あーさんが、感心したように言った。
「今だ!」
あーさんとユウキが、左右から短剣で打ち払い。
――致命傷は与えない。
ただ、完全に戦意を削ぐ。
数秒後。
コボルトは尻尾を巻いて、森の奥へ逃げていった。
⸻
そして、また歩き出す
「……無事か」
「最悪のタイミングだった……」
「まあ、怪我なくて何よりや」
よっしーがバイクを片付ける。
「静かな森には、理由がある……ですニャ」
「だが、越えられない道ではない」
クリフは再び前を向いた。
川を離れ、森道へ。
騒ぎは、もうない。
ただ、葉擦れの音が戻ってきただけだった。
「……次は谷の町やな」
「フレーネンヴェルクだ」
一行は、歩き出す。
森を越えて。
次の物語へ。
今回は、
大きな戦いでも、重要な転換点でもありません。
川で魚を焼き、
ワインを飲み、
少し油断して、
少しだけ騒ぎが起きる。
そんな「旅の途中の一幕」を描きました。
よっしーのバイクは、
この世界にとっては完全な異物です。
剣でも魔法でもなく、
ただの機械音と土煙。
それでも――
だからこそ、魔物は怯み、
誰も命を落とさずに済みました。
あーさんが感じた自然の美しさも、
ニーヤやクリフが口にした静けさも、
すべて「旅をしているからこそ得られるもの」です。
フレーネンヴェルクは、
もうすぐそこにあります。
山を越え、森を抜け、
谷へ降りた先で、
また新しい人と景色が待っているでしょう。
旅は続きます。
次は、石と水と風の町へ。




