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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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翌朝、音の正体 ― フレーネンヴェルクへの道


夜は、人を緩める。

朝は、また歩かせる。


ほんの一晩、灯りと音に包まれた街を離れ、

彼らは再び旅人へと戻る。


音の余韻を胸に、

山を越え谷を越え、次の町を目指して。






 朝の光は、石造りの宿の窓から柔らかく差し込んでいた。

 夜市の熱をまだ少しだけ残した空気が、朝の冷えと混ざって心地いい。


 食堂では、すでに朝食の支度が整っている。


「おはようございますー」


 宿の娘が運んできたのは、焼きたての黒パン、干し肉、卵の香草焼き、そして薄いスープ。

 質素だが、旅人の朝としては十分すぎる。


「ふむ……うん、こういうのが一番だな」


 クリフが静かに頷く。


「そうですニャ〜」

「ホンマやで、朝は胃に優しいのが正義やで」


 よっしーはそう言いながら、なぜか机の下に置いた鞄を足で引き寄せていた。


 ユウキはそれを見逃さない。


「……なぁ」


「なんや」


「その動き、絶対なんか出すやつだよね」


「まあまあ、朝の空気に合うやつや」


 そう言って、よっしーはラジカセを取り出した。


 黒く、角ばった、明らかにこの世界の物ではない代物。


「……またそれかよ」


「今日はな、選曲がええねん」


 カチ、と再生ボタンが押される。


 次の瞬間――

 低く、澄んだシンセの音が、食堂に流れ出した。


Berlin — Take My Breath Away ♪


「……」



 一拍の沈黙。


「……なんだ、その……音は?」


 近くの席の商人が、思わず振り向いた。


「楽器……ではない?」


「歌……なのか?」


 人々がざわつき始める。


 旋律は静かで、朝の光に溶けるようだった。

 強くはないが、妙に胸に残る。


「ええやろ?」


 よっしーは得意げだ。


「よっしーさん、これは……」


 あーさんが少し首を傾げる。


「はい、異国の歌ですか?」

「まあ、めっちゃ遠い異国やな」


 よっしーがそう言って肩をすくめた、そのとき――

 ユウキが、ふと目を細めた。


「あ……コレって、トップガンじゃね?」


 一瞬、よっしーが動きを止める。


「……おぉ?」


「亡くなった親父が、好きだったんだよね。

 これ流れると、やたらテンション上がってさ」


 朝の食堂に、ほんの短い間が落ちた。


「……おぉぉ」


 よっしーは、次の瞬間ぱっと笑った。


「ええやん!

 親父さん、ええ趣味してるで!!」


「だろ」


 ユウキも、少しだけ口元を緩める。


「ほかにもあったな。

 フットルースとか、マネキンとか」


「出た出た!

 金ローと日曜洋画の黄金ルートや!」


「うむ……映像の記憶が、音に残るのだな」


 クリフが静かに言う。


「音は、心の奥に残る……ですニャ」

「確かに…」


 ニーヤとあーさんが小さく頷いた。


「せやからや。

 こういう朝に流すと、道が前向きになる」


 よっしーはそう言って、ラジカセを軽く叩いた。

 そのとき――

 食堂の入口から、小さな声が聞こえた。


「あっ……」


 昨夜の子どもたちだった。


 木彫りのお守りを首から下げたまま、興味津々でこちらを見ている。


「昨日の……不思議な人たちだ!」


「この音、きれい!」


 子どもたちは笑い、自然とリズムに体を揺らす。


「……人気者やな」


 ユウキが苦笑する。


「音は、心を越える……ですニャ」


 ニーヤが小さく頷いた。


「……そういうことも、あるな」


 クリフもまた、音に耳を傾けていた。


 曲が終わると、しばしの拍手が起こる。


「もう一曲は?」


「いや、朝はここまでや」


 よっしーはそう言って、ラジカセをしまった。


「名残惜しいくらいがちょうどええ」



旅立ちの合図


 朝食を終え、荷をまとめる。


 宿の前には、昨日より澄んだ空気が広がっていた。

 街の外れには、緑の稜線が連なっている。


「……うむ」


 クリフが立ち止まり、振り返る。


「では、そろそろ行くぞ」


「了解」


「ほな、次の道へやな」


「……ですニャ」


 ニーヤが軽く尻尾を揺らす。


 子どもたちが手を振っている。


「またね!」


「気をつけて!」


 誰も、大きな言葉は返さない。

 ただ、軽く手を挙げるだけ。


 旅は続く。


 山へ。

 森へ。


 朝の光の中、彼らは再び歩き出した。


 ――音の余韻と、昨夜の灯りを背に。





 街門を抜け、舗装の終わるあたりまで来たところで、

 道脇の水汲み場に立っていた男が声をかけてきた。


「旅の方々かい?」


 年の頃は五十前後。

 木こりか、山仕事帰りの風体だ。


「ええ、次の町へ向かう途中です」


 クリフが応じると、男は頷いた。


「なら……フレーネンヴェルクだろうな」


「フレーネンヴェルク?」


 ユウキが繰り返す。


「ああ。この先、山と森を越えて十五キロほど。

 谷に沿った町だ。水がきれいで、石切り場もある」


「結構、歩くなぁ」


 よっしーが肩を回す。


「道は悪くない。

 ただ、途中に古い森道がある」


 男は少し声を落とした。


「昔は街道だったが、今は使う人も減った。

 迷うほどじゃないが……静かすぎる」


「……静かすぎる?」


「獣も、鳥も、妙に音を立てない場所がある」


 ニーヤの耳が、ぴくりと動く。


「……嫌な静けさ、ですニャ」


「まあ、何も起きないことがほとんどだがな」


 男はそう言って笑った。


「フレーネンヴェルク自体は、いい町だ。

 宿もあるし、朝市も賑やかだ」


「ありがとう。参考になります」


 クリフが礼を言うと、男は満足そうに去っていった。


「……次は谷の町か」


 ユウキが前を見据える。


「石と水の町、ええ響きやな」


「気を抜かず行こう」


 クリフの声は穏やかだが、芯があった。


「……森は、耳で歩くところですニャ」


 ニーヤがぽつりと付け加える。


 彼らは道を選び、歩き出す。


 山へ。

 森へ。

 そして谷の町、フレーネンヴェルクへ。



夜市の灯りから一転、

今回は「朝」と「再出発」の回でした。


よっしーの音楽は、この世界にとって異物ですが、

不思議と拒まれず、静かに受け入れられます。


次の舞台は、山と森を越えた先――

フレーネンヴェルク。


何も起きないかもしれない。

けれど、旅は必ず何かを連れてきます。


次回、谷の町での出来事へ。


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