夜市の灯りは、まだ温かい
旅の途中、
ほんの一晩だけ立ち寄った街には、
戦いも、陰謀も、使命もない。
あるのは、灯りと、食事と、
少しの酒と、子どもたちの笑顔。
これは、何も起きない夜の話だ。
けれど、確かに“大切なもの”が残った夜の記録である。
街門は、夜に入っても開いていた。
ただし、誰でもというわけではない。
「――失礼。入市許可を」
門番の声は硬い。
それに対し、クリフは慣れた手つきで外套の内側から一枚の札を取り出した。
金属製の、簡素な許可証。
だが、刻まれた印章を見た瞬間、門番の表情がわずかに変わる。
「……ああ。確認しました。
ようこそ、ランゼン市へ」
「ありがとう。夜分に失礼する」
深く、丁寧に一礼するクリフの隣で、よっしーが小さく口笛を吹いた。
「おー、相変わらず顔パスやなぁ」
「正式な手続きだよ」
「はいはい」
門をくぐると、途端に空気が変わった。
石畳の通りに灯る無数のランタン。
香辛料、焼き油、甘い蜜の匂いが混ざり合い、夜市特有のざわめきが耳を満たす。
「……腹、減ったな」
ユウキがぽつりと呟く。
「なら、まずは腹ごしらえだな」
クリフがそう言って指差した先には、屋台が並ぶ一角があった。
⸻
屋台のおばちゃんと、まず一杯
「いらっしゃい!
あら、今日はいい顔ぶれねぇ!」
屋台の主は、恰幅のいい中年の女性だった。
腕まくりした両腕には年季が入り、声には張りがある。
「おすすめは?」
クリフが尋ねると、おばちゃんは待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「まずは炭焼きソーセージ。
あと、この時間なら香草シチューもいいわよ。
油が軽いから、酒にも合うの」
「ほな、それ全部で」
即答したのはよっしーだった。
「ええ!? 全部?」
「食うときは食う主義なんで」
「いいわねぇ、そういうの好きよ」
そう言っておばちゃんは手際よく鍋を動かし始めた。
その様子を見ながら、ユウキがそわそわと視線を泳がせる。
「なぁ……」
「なんだ?」
「酒、出してくれよ」
それは、あまりにも自然な一言だった。
「は?」
「いや、ほら。夜市だし。
なんか一杯くらいさ」
「……」
クリフは一瞬考え、そして微笑んだ。
「いいな。
私もぜひ、いただきたい」
「お、兄貴まで」
「旅の一区切りだ。悪くないだろう」
その瞬間、よっしーがニヤリと笑った。
「ほな――」
彼は肩にかけていた鞄を開き、中から次々と取り出す。
「まずは、瓶ビール。
こっちは軽めの白ワイン。
あ、こっちは……えーと、89年モノの発泡酒やな」
「なんでそんなもん持ってるの……」
ユウキが呆れながらも目を輝かせる。
「ニーヤも!」
「……あ、私も」
ニーヤが小さく手を挙げ、あーさんもそれに続いた。
「わたくしも……少しだけ、よろしいでしょうか」
「お、全員参加やな」
おばちゃんが豪快に笑う。
「いいじゃない!
ほら、器なら貸すわよ!」
木製のカップ、陶器の杯、そして瓶のままの者もいる。
「それじゃ――」
クリフが静かに杯を掲げた。
「この街の夜と、無事にここまで来たことに」
「乾杯!」
杯が触れ合い、軽い音が夜に溶ける。
⸻
ぶらつく夜、集まる人
食事を終えた一行は、腹ごなしに街を歩いた。
楽師の演奏。
露店の呼び声。
子どもたちの笑い声。
その流れの先で、人だかりができているのが見えた。
「……なんだ?」
「見世物かな」
近づくと、中央に立つのは――白髪交じりの老人だった。
小柄で、背を少し丸め、しかし目は妙に生き生きとしている。
「さあさあ、よく見ておくれ」
老人は手のひらを見せ、何も持っていないことを示す。
次の瞬間、指の間から――
小さな木彫りの人形が現れた。
「おお……!」
どよめきが起きる。
老人は笑い、今度はゆっくりとしゃがみ込んだ。
目の前には、三人の子どもたち。
「君たちには、これを」
差し出されたのは、小さな木彫りのお守りだった。
表面には、街の古い紋様が刻まれている。
「すごい!」
「本物だ!」
子どもたちは素直に喜び、拍手を送る。
その瞬間――
夜空に、花火が上がった。
赤、青、金。
音が遅れて響き、街全体が一瞬だけ静まり返る。
誰からともなく、拍手が起きた。
老人も、子どもも、見物人も。
少し離れた場所で、四人は立ったまま、それを見ていた。
声は出さない。
ただ、静かに。
「……いい夜だな」
誰かが、そう呟いた。
⸻
宿へ
やがて人波は散り、夜市も落ち着いていく。
「そろそろ、宿に戻ろう」
クリフの言葉に、皆が頷いた。
灯りはまだ消えない。
だが、今夜はもう十分だ。
街の夜は、優しく背中を押すように続いていた。
今回は完全に「幕間」のエピソードでした。
大きな事件は起きません。
誰かが前に出て、何かを成し遂げる話でもありません。
けれど――
子どもたちが笑い、
老人が手品を見せ、
背景で立つ者たちが、それを静かに見守る。
そんな夜があったからこそ、
また次の道を歩けるのだと思っています。
次回は、再び旅路へ。
山と森の向こうで、また別の物語が待っているかも…




