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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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-地底探検の章- 第二十六章「王家の第一墓所」(続)


 石棺から這い出た騎士は、蛇の鱗を縫い合わせたような黒甲冑に身を包み、面頬の奥で青い光を灯していた。腰の長剣は、柄から刃にかけて微細な紋が脈打つたび、墓所の刻印が応えるように明滅する。


「我は王家の影。刻印の鐘を守護する者。侵入者は、骨の粉に帰れ」


「守る気概は買うが、鐘は鳴らさない。……通してもらう」

 ユウキが短剣を低く構える。


 瞬き。黒い残像。

 騎士は一歩も見せずに距離を詰め、長剣が横薙ぎに走った。低い音と共に床石が裂け、石粉が霧のように舞い上がる。


「前受ける!」

 クリフが半身で踏み込み、刃を“止めずに流す”角度で受けた。火花が散り、軌道が半寸逸れる。

「リンク、肩上!」

「キュイ!」

 二段跳躍からの踵が面頬を打ち、衝撃で騎士の首がわずかにのけぞる。すぐさま長剣の返しが来るが、よっしーの白線が床に走っており、踏み替えの“安全帯”が一目でわかった。


「へへ、見える化は任せぇ。赤線は危険、白線は可、や!」

「助かる!」

 ユウキは白線から外れないよう前へ出る。


「火力は抑えるのですニャ。刻印が呼応するです」

 ニーヤは火弾を封じ、代わりに視線誘導の微光を散らす。面頬の“眼”が一瞬だけ釣られ、騎士のガードに穴が生じた。


「祈り、重ねます。『静環・薄絹』」

 ノクティアの薄膜が隊列に被さり、斬撃の圧を半呼吸ほど鈍らせる。


「ふむ……刻印と剣が同調している。拍は四拍子、三小節で張力が最大」

 セドリックが冷静に解析し、杖で床に小さな印を打つ。「イルマ、三小節目の頭で押せ」


「了解。――ショック、針」

 空気の細杭が面頬の継ぎ目に刺さり、黒甲冑の紐が一つ切れた。


「今やサジ!」

「言われんでも!」

 サジは木刀で長剣の鍔元をカンと叩き、てこの角度で“蝶番”側へひねる。力比べではない、角度で外す一閃。

「よっしゃカエナ!」

「おうとも!」

 カエナの竹槍が足甲の紐を突き、踏ん張りの拍を壊す。撒菱はすでに散らしてあり、踵が半歩だけ殺された。


 騎士の剣閃が鈍る。だが、棺の刻印が強く光った。

 墓所全体に、鐘の前触れのような低音がふくらむ。


「まずい、鳴る」

 ユウキの背筋に冷たいものが走る。


「鈴は鳴らしておりませぬ。今、蝶番を」

 あーさんが二鈴をちりり、とごく短く鳴らす。輪の拍が揃い、隊の呼吸が一つになる。


「非致死、ほどほど。鐘は鳴らさず……蝶番だけ、外す」

 ユウキは自分に言い聞かせるように呟き、騎士そのものではなく、**騎士と墓所を繋ぐ“見えない蝶番”**に指の腹を滑らせた。切らない。押さない。撓める。

 短剣にまとわりつく薄光が、黒い同調線の角度をほんの少し変える。


「ふむ、同調が“半音”ずれたである」セドリックの目が細くなる。

「なら、こっちは和音で蓋するね」イルマが衝を二層に重ね、張力の山だけを消す。


 黒甲冑の光がいくつか消えた。

 騎士は低く唸り、長剣を突きへ変える。一直線、速い。


「任された」

 クリフが身を捻り、刃の腹で押し込んで軌道を落とす。その狭間をリンクが滑り込み、喉元へ一撃。

「キュイッ!」


 ノクティアの槍が次の刹那に走り、刃先の前でふっと止まる。

「ほどほどに——封」

 祈りの縫い目が鎧の隙間に貼り付き、可動を一拍鈍らせた。


「今!」

 ユウキは白線から外れず踏み込み、騎士の“剣と墓所を繋ぐ目に見えぬ糸”を三本、順番に撓めた。

 同調の軋みが消え、鐘の前触れは静まる。


 黒騎士の面頬に、薄いひびが走った。

 その奥の青い光が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。


「押し切る!」

 よっしーが赤線で喉元にマーキングを引き、ニーヤが視線誘導の光で“狙うべき線”を細く照らす。

「ご主人、そこなのです!」


「行く!」

 ユウキが跳躍し、短剣を突き立てずに、面頬の蝶番へ指を添えて撓める。

 面の片側が自重で外れ、隙間から黒い霧が漏れた。


 サジの木刀がその霧へ横打ちを入れ、カエナの竹槍が床へ縫い止める。

 クリフの刃が首元の紐を断ち、リンクの踵が最後の留め具を弾いた。

 イルマの衝が内圧を抜き、セドリックの連鎖解糸が結び目を解く。

 ノクティアの祈りが「ほどほどの封」を落とし、あーさんの鈴が拍を揃える。


 黒騎士は、崩れた。

 鐘は鳴らなかった。


 静けさの中、棺の刻印がすうっと色を失っていく。

 床の小さな穴から、黒い霧が糸のように引かれて消えた。墓所全体の重さが、ひと息ぶん軽くなる。


「……やった、のか」

 ユウキの手が少し震えていた。よっしーが白線だらけの手で、ぱん、と背を叩く。


「やったやった。ほな戦利品チェックやろ?」


 石棺の底板が、ひとりでに外れた。浅い隠し箱の中に、三つの品が静かに収まっている。

•《刻印よけの紐》:紋章の“鳴る線”を一時的に鈍らせる細紐。指先に巻けば、触れても拍が半拍ずれる。

•《影渡りの札》:壁面の影を一歩だけ渡る簡易符。忍び向け。

•《王家の欠片》:破片状の印章核。黒糸の門で見た核に似て、しかし澄んだ手触り。


「紐はユウキ様に相応しいでしょう」

 ノクティアが差し出す。

「札は……オレ」サジが手を挙げ、すぐ横からカエナが「半分こ!」と食い気味に言う。

「いや札は一枚や」「じゃ交代!」「はいはい、喧嘩しない」よっしーが苦笑し、赤線で“共有中”と書き込んだ。


「欠片は分析するである」セドリックが包み、イルマが軽く覗き込む。「揺らぎは低いけど、深い。……いい感じね」


「鐘、鳴っておりませぬ」

 あーさんが鈴を胸に戻し、静かに言う。「皆さま、見事にござります」


 そのとき、墓所の最奥——影の積もる壁が、かすかに呼吸した。

 王家の印章が一つ、光を取り戻し、矢じりの形を浮かび上がらせる。向きは、さらに下だ。


「……まだ続きがあるみたいだな」

 ユウキが矢じりの先を見つめる。恐れはある。だが、心はもう折れない。


「非致死。ほどほど。鐘は鳴らさない。……いつも通りで」

 短く言えば、仲間の頷きが返ってきた。


 輪の拍が、また一つに揃う。

 第一墓所を後にし、一行は矢じりが示す通路へと歩を進めた。


――――


予告:第二十七章「王家の第二墓所/影の近衛、覚醒」


刻印の密度は増し、黒糸はより細く、より鋭く。

王家の“記憶”を守る近衛が目覚め、鳴らせば終わる広間での攻防が始まる。

ほどほどに、前へ。

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