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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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子犬の導きと、森の縁(えにし)

《前書き/よっしー視点》


昨夜のカレーと夜景と乾杯で、

ユウキの中の「令和の絶望」は、たぶん一回、静かになった。


嵐の後の静けさ、ってやつやな。

知らんけど。


せやけどな――

山は、朝になっても容赦せえへん。


空気は澄んどる。

景色もええ。

せやのに、身体は正直や。


ユウキがテントから出てきた時の顔で分かる。

膝とふくらはぎに、昨日の酒がちゃんと残っとる。


「しゃあないなぁ」


ワイはラジカセの前に座って相棒を撫でる。

1989年のデカくて頑丈で完璧なやつや。

朝日に照らされると、まだ現役みたいに見えるから不思議やな。


「朝もこれや」


カチッ、と再生。


♪ THE BLUE HEARTS ――『青空』


音は大きくせえへん。

山に響かせるんやなくて、山に溶かす感じで。


焚き火の残り香と、湿った土の匂い。

そこにこの曲が混じると、

なんやろな……ちゃんと“旅”になる。


「朝から元気すぎやろ……」

ユウキがぼやく。


「元気はな、作るもんや」

それだけ言うと、だいたい黙る。

このへん、付き合い長いと分かる。


クリフは相変わらず早い。

もう荷をまとめて、足跡を見とる。


「……昨夜は獣も寄らなかったようだ。良い場所を選んだな」


お、兄貴評価いただきました。


あーさんは布を丁寧に畳んで、

胸元の鈴に指を添えて微笑む。


「静けさは、心を整えてくれますね」


……言葉が綺麗すぎて、

ワイまで背筋伸びるの、ほんま反則やと思う。


ニーヤはユウキの足元で尻尾を揺らしながら、

ブラックと小声で話しとる。


「ブラック殿、今日は森の匂いが濃いですニャ」

「……」


返事しとるんか、しとらんのか分からんのに、

会話成立しとるのが腹立つ。


ユウキが水を一口飲んで、山を見上げた。


「……で、今日は下りだけ?」

「せや。下ったら森が見えてくるはずや」


軽く言う。

でも、この“軽さ”がないと、旅は続かん。


「よし、行こう」


クリフの号令で、

ワイらは山を下り始めた。


青空の下、

まだ知らん物語が、待っとる方向へ。


◆ 山を下る――それぞれの会話、足元の現実


下りは楽、なんて嘘だ。

楽なのは息だけで、膝に来る。

石は滑るし、足場は不規則だし、気を抜いた瞬間に“旅”が“事故”に変わる。


「ユウキ君、踵から落とすな。つま先で石を掴むように」

クリフさんが言う。

言われた通りにすると、確かに少し安定する。


「……兄貴、ガチで山慣れしてるな」

俺が言うと、クリフさんは少しだけ笑う。

「狩人は、山で生きる。山が師だ」


よっしーが後ろで文句を言う。

「師が厳しすぎるわ。膝が先に卒業しそうや」

「お前、昨日の夜は“山は裏切らん”言うてたやん」

「裏切らんけど、追い込んでくるねん」


あーさんが、足元を確かめながら言った。

「山とは、まこと……人を試す場所でございますね。

けれど、皆さまが声を掛け合うだけで、怖さが薄らぐようにございます」

その言葉が、妙に効く。


ニーヤは、耳をぴくぴくさせて周囲を警戒していた。

「我が主人あるじ、木の葉の擦れる音が多いですニャ。小動物が多い森ですニャ」

「小動物が多いってことは、捕食者も――」

俺が言いかけたところで、クリフさんが頷いた。

「うむ。森は賑やかな分、危険も多い」


ブラックが小さく肩の上で体勢を変える。

あいつは、こういう時だけ“仕事してます”感を出す。


しばらく下ると、遠くに木々の濃い影が見えてきた。

山の岩肌の色が薄れ、緑が増えていく。

空気の匂いも変わる。乾いた風から、湿った葉の香りへ。


「お、森林や」

よっしーが前を指さす。

「やっと柔らかい地面に会える……」

俺が呟くと、よっしーが笑う。

「ユウキ、地面に恋しとるやん」


あーさんが小さく手を合わせた。

「森は……どこか懐かしゅうございます。木々の匂いは、時代を越えて同じなのですね」

明治と令和の共通点、森の匂い。

なんか、いい。


クリフさんは表情を少し引き締める。

「だが、ここからは視界が狭くなる。油断するな」

「はいはい、兄貴」

俺は軽口を返しながらも、背筋が伸びる。



◆ 森の入口――子犬が駆け寄ってくる


森林の端まで来た時だった。


草を掻き分ける音。

小さな足音。

黒い影が、ぱっと飛び出してくる。


「うおっ!?」

俺が反射的に身構えると――それは、犬だった。

いや、“犬っぽい”小さな獣。


子犬くらいの大きさ。

毛は灰色がかった茶。

耳が少し尖っていて、目が妙に賢い。


そいつは俺たちに向かって駆け寄り――

ある程度の距離で、ピタッと止まった。


逃げない。

でも近づかない。


そして、こっちを見上げて、短く鳴いた。

「クゥン……」


その目が、言ってる。

“来て”って。


クリフさんが膝をついて、じっと観察する。

「ふむ……コレは」


ニーヤが耳を立て、尻尾を揺らす。

「何かを伝えたがってますニャ」

ニーヤの声が少し柔らかい。猫なのに、犬に弱いのか?


よっしーが腕を組む。

「親犬になんかあったんちゃうやろか?」

声は軽いのに、目が真面目だ。


あーさんが、そっと言った。

「ついて行ってあげては? この子……お願いしているように見えます」

鈴が、小さく揺れる。


俺は思わず本音が出た。

「マジか? こういうの、イベントの匂いしかしねえんだけど」

言いながらも、子犬の目から目を逸らせない。


クリフさんが立ち上がる。

「害意はない。だが、罠の可能性もある。

――行くなら、警戒を保ったままだ」


ニーヤが胸を張る。

「我が主人あるじ、あっしが前を見ますニャ」

ブラックも小さく「……」と鳴いて、俺の肩の上で爪を引っ込めた。

“行くなら行け”ってことらしい。


「……分かった。行こう」

俺が言うと、子犬はくるりと背を向けて、森の奥へ走り出した。

振り返りながら、ちゃんと“ついて来てるか”確認するみたいに。


「賢いな」

俺が呟くと、よっしーが言う。

「賢いのはだいたい、苦労しとる」


その言葉が、少しだけ胸に刺さった。



◆ 導かれた先――瀕死の親犬、襲撃の痕跡


森の中を少し進む。

湿った土。落ち葉。倒木。

光は木漏れ日になり、視界は狭くなる。


子犬は迷わず走り、途中で止まっては俺たちを待つ。

……急ぎたいのに、ちゃんと配慮してくる。

余計に嫌な予感がする。


そして、開けた小さな窪地に出た。


そこに――


倒れている獣がいた。

大きい。犬よりずっと大きい。

毛は灰色。体格は引き締まっていて、口元が長い。


血の匂い。

土に擦れた跡。

葉が踏み荒らされている。


子犬がその獣のそばに駆け寄り、鼻先を押し当てて鳴いた。

「クゥン……クゥン……!」


親犬――いや、これは。


「……瀕死だ」

クリフさんが低い声で言う。


俺は喉が鳴った。

「……襲われた、のか」


クリフさんが膝をついて、周囲を調べ始める。

足跡。爪痕。倒れた枝。血の飛び方。

職人みたいな目つきになる。


よっしーが口元を押さえて言った。

「なぁ……犬じゃなくて、オオカミやないか?」

声が少し下がる。


あーさんも近づき、慎重に観察する。

「……っぽいですね。耳立ち、口の形……野性味が強うございます」

明治の人なのに観察が的確。


ニーヤは少し首を傾げて、鼻をひくひくさせた。

「ハーフかもですニャ。匂いが……犬寄りと狼寄り、混ざってますニャ」

そんな判別あるんだ。


子犬が俺たちを見上げる。

助けて、と。

でも――親の胸はほとんど動いていない。


ブラックが小さく跳び、親の鼻先に近づいて、数秒だけじっとする。

そして、俺の肩に戻ってきた。


……遅い、って顔をしている気がした。


「治せないの?」

俺が言うと、ニーヤが唇を噛む。

「我が主人あるじ、傷が深すぎますニャ……。

回復魔法は……“戻す”力ですニャ。失ったものが大きすぎると……」

言い切れない。


クリフさんが静かに立ち上がった。

「……そして、これは一匹の獣の襲撃ではない。複数だ」

周囲を見回す。

「ここの匂いが……生臭い。まだ近い」


その瞬間。


森の奥から、低い笑い声みたいな声が聞こえた。

ゴフ、ゴフ、と喉を鳴らすような――

人の声に似ていて、人じゃない。


ニーヤの耳が立つ。

「来ますニャ」

クリフさんの手が弓へ伸びる。

「気配が多い。包囲だ」


よっしーが、虚空庫に手を突っ込みながら言う。

「うわ、マジのやつやん。ユウキ、下がれ!」

「言われなくても!」


あーさんが子犬の頭にそっと手を置く。

「大丈夫。置いて行きませぬ」

子犬が小さく震えた。



◆ 魔物――オークがジリジリと近づく


木々の隙間から、影が現れる。

背が高い。肩幅が広い。

肌はくすんだ緑がかった灰。

牙。鼻面。

武器は粗雑な斧や棍棒。


――オークだ。

この世界の“人に似てるけど人じゃない”やつ。


「オーク……複数」

クリフさんが短く告げる。


ニーヤが杖を構えた。

「我が主人あるじ、あっしが火で牽制しますニャ」

よっしーは口の端を上げる。

「ほな、ワイは後ろの守りや。千鶴さん、ユウキ、子犬守ってな」

「おい、俺が守る側なのかよ」

「今日は二日酔いやろがい」

正論やめろ。


あーさんが鈴を胸元へ寄せ、静かに頷く。

「承知いたしました。ユウキさん、こちらへ」

その声に、不思議と落ち着く。


オークたちはジリジリ近づく。

唾液の匂い。汗の匂い。

子犬が歯を見せて唸るが、足が震えてる。


「来るぞ」

クリフさんの声。



◆ 交戦――クリフのテクニック、ニーヤの魔法


最初の一体が踏み込んだ瞬間、クリフさんの矢が飛んだ。

弦の音が短く鳴り、矢が“急所じゃない場所”へ刺さる。


オークが叫んでバランスを崩す。

そこへクリフさんが距離を詰め、剣――いや、短い刃で手首を払う。


武器が落ちる。

倒さない。奪う。

“非致死・ほどほど”の戦い方。


「……上手すぎだろ」

俺が呟くと、よっしーが叫ぶ。

「ユウキ、見とる場合ちゃう! 後ろ来とる!」


横から回り込んだオークが二体。

俺の方へ――子犬とあーさんの方へ寄ってくる。


「ッ……!」

俺が身体を前に出しかけた瞬間、ニーヤが一歩前に出た。


炎弾魔法ファイアボール!」


杖先から、赤い球が放たれ、オークの足元で炸裂する。

炎が地面を舐め、オークが怯んで後退する。


「熱ッ!?」

俺の頬にも熱が来る。

ニーヤ、火力あるな……!


ニーヤは続けて杖を振る。

「もう一発ですニャ! 炎弾魔法ファイアボール!」

二発目は、木の根元に当てて“煙”を作った。

視界を遮り、足を止めさせる。

ただ燃やすんじゃない。コントロールしてる。


クリフさんはその隙に、別のオークの膝裏を矢で打ち、転ばせる。

倒れたところに剣先を突き付け、低い声で言った。

「退け。次は関節を折る」


言葉だけで圧がある。

オークが怯み、後ろの仲間が一瞬、足を止めた。


よっしーはその間に、地面にロープを張って“足を取る線”を作っていた。

「はい、昭和の希望――チョークラインとタイラップや!」

「それ希望なのかよ!」

でも効果はあった。

突っ込んできたオークが足を引っかけて転ぶ。


ブラックが、転んだオークの顔に高速で噛みつき、すぐ離れる。

大きな傷じゃない。

でも、びっくりするほど効いてる。

オークが叫び、後退する。


最後に残った一体が吠えて突進してきたが、クリフさんが矢で武器腕を打ち、ニーヤが火で前を塞ぐ。

数秒で形勢が決まった。


オークたちは、唸り声を上げながら森の奥へ退いていく。

追撃はしない。

追えば、こっちも危ない。


「……退いたな」

クリフさんが息を吐く。


ニーヤが杖を下ろし、尻尾を揺らした。

「なんとか撃退ですニャ……!」

「よくやった」

俺が言うと、ニーヤは耳をぴくっと動かして照れた。


あーさんは子犬を抱き上げて、胸に寄せる。

「大丈夫……大丈夫でございます」

子犬は震えながらも、あーさんの服をぎゅっと掴むみたいにしがみついた。



◆ 親狼、息を引き取る


戦いが終わり、静けさが戻る。

でも、それは“嵐の後の静けさ”じゃない。

もっと冷たい静けさ。


親の獣――狼なのか犬なのか分からないその身体は、もう動かなかった。

胸は上がらない。目も開かない。


子犬が、親の鼻先に顔を押し当てて、短く鳴く。

「……クゥン……」


俺は言葉が出なかった。

こういうのは、何回見ても慣れない。


クリフさんが、短く黙祷するみたいに目を伏せてから、言った。

「……間に合わなかった」

悔しそうな声。


ニーヤも小さく俯いた。

「我が主人あるじ……あっし……」

「いい。お前は、守った」

俺はそう言うしかなかった。


よっしーが、子犬の方を見る。

「……この子だけ置いてくわけにいかんな」

軽口が消えてる。


あーさんが優しく頷く。

「ええ。縁が、ここに結ばれてしまいました。

この子を、ひとりにはいたしませぬ」

鈴が微かに鳴った。


俺は頭を掻いて、ため息を吐く。

「……町まで連れて行く? 俺たち、旅の途中だぞ」

言いながらも、答えは分かってる。


クリフさんが静かに言う。

「相談するまでもない。連れて行こう。

町なら世話をできる者もいる。……そして、何より」

子犬を見る。

「この子は、我々を選んだ」


ニーヤが尻尾を揺らす。

「我が主人あるじ、あっしも賛成ですニャ。

……この子、強いですニャ。助けを呼べたのですニャ」

「確かに」


よっしーが手を叩いて、無理やり明るさを少し戻す。

「ほな決まり! 町まで一緒や。名前は……」

「勝手に決めんな」

「ええやん、旅はそういうもんやろ」

「そういうもんかなぁ……」


あーさんが子犬を抱き直し、微笑んだ。

「まずは、温かいものを。お腹も心も、空いておられましょう」

その一言で、子犬が少しだけ落ち着いた気がした。


俺は指輪に触れる。

不思議な縁が、またひとつ増えた。

望んだわけじゃない。

でも、こうして結ばれたなら――ほどほどに、背負うしかない。


「……行こう。森を抜けて、町へ」

俺が言うと、みんなが頷いた。


クリフさんが先頭に立つ。

よっしーが後ろを固める。

ニーヤが左右を警戒し、ブラックが肩で静かに息をする。


そして、あーさんの腕の中で、子犬が小さく鳴いた。

まるで――“ありがとう”と言うみたいに。




後書き


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

山を下り、森で出会った“子犬”の導きは、ユウキたちを小さな悲劇へ連れていきました。間に合わなかった命、そして残された小さな命。

それでも彼らは、見捨てず、抱え、町へ連れていくことを選びます。

この選択が、後々どんな“縁”へ繋がっていくのか――次回も見守っていただけると嬉しいです。

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