地底探検の章・黒糸の門(続)
戦いを終えた一行の足元には、巨大な吸血公の骸が崩れ落ちていた。
だが、そこに漂う空気は勝利の安堵よりも、張りつめた緊張の残り香であった。
「ふぅ……おわった、のか」
ユウキが深く息を吐く。
その横で、よっしーが背負い袋をごそごそ探りながら笑った。
「はいはい、おつかれさま~。こういう時は甘いモンや」
彼が取り出したのは、どこか懐かしいパッケージのお菓子だった。
「おばけアイス」と印刷された細長い棒菓子に、わさビーフの袋。
「なんだ、これは」
クリフが怪訝そうに眉をひそめる。
ノクティアは、手にした棒アイスをじっと見つめて呟いた。
「……聖餐? 氷の棒に、聖なる香りが染み込んでおる」
その真剣な顔に、リンクが腹を抱えて笑い転げる。
ニーヤは耳をぴくりと動かし「ニャにそれ、ただの氷菓子でしょ!」と突っ込みながらも、結局は一口かじって目を細めていた。
「ほう……悪くないな」
クリフも恐る恐る口に含み、眉を緩めた。
そんな様子を眺め、ユウキの胸に温かな感情が湧き上がる。
氷河期世代として、孤独な日々を過ごしてきた自分が、今は仲間と共に笑い合っている。
――俺は、一人じゃない。
その実感が、不器用な胸の奥で小さな灯火のように揺れた。
⸻
しばらくして、クリフが壇上の奥に目をやった。
「……あれは」
重厚な鉄の宝箱が、祭壇の中央に鎮座していた。
誰もが息を呑む。戦いの後、冒険者の心を掻き立てる光景だ。
「おお! お宝やお宝!」
よっしーが駆け寄り、蓋を押し開ける。
きらめく光の中から現れたのは、三つの品。
一振りの剣、一条の槍、そして光輪のごとき指輪。
「……魔破の剣」
「……軌跡の槍」
「……颯のリング」
古の銘が、自然と口をついて出る。
いずれも一級品、冒険譚に語られる伝説級の装備だ。
「どれもすごい……!」
ユウキが目を丸くした瞬間、横からニーヤがぴょんと飛びつく。
「わたしには? わたしには何かないのかニャー!?」
よっしーがにやりと笑い、どこからか小袋を取り出した。
「はいはい、特別プレゼントや。ほれ、『ねるねるねるね』やで!」
「ニャっ!? な、なんですかこの怪しい粉!」
ニーヤが半泣きになりながらも受け取り、場は笑いに包まれた。
⸻
その刹那、足元の床が震えた。
宝箱の奥、祭壇の石板に亀裂が走る。
次の瞬間、床に描かれた古い魔法陣が青白く光を放った。
「……まだ続きがあるということか」
クリフが剣を構え直す。
石板がゆっくりと沈み、奥へと続く階段が姿を現した。
冷たい風が吹き上がり、その奥からは、低くくぐもった咆哮が木霊する。
――シューウウ……ッ。
耳をつんざくような蛇の嘶き。
ただの魔物ではない。
「バジリスク……?」
ノクティアが蒼白な顔で呟いた。
ユウキは拳を握りしめ、仲間たちを見回す。
「……行こう。次の階層だ」
緊張と笑いを胸に、一行は再び闇の階段へと足を踏み出した。




