-地底探検の章- 水路の試練・後編(黒糸の導き)
濁流を渡り切った一行は、崩れかけた橋を振り返った。
巨ワームの骸は流れに呑まれ、すでに影もない。残るのは、湿った石と、疲労で軋む胸だけだ。
「……ふぅ、なんとかなったのですニャ」
ニーヤが肩の毛並みを震わせる。尾はまだ硬く立ったままだ。
「でも、あるじ殿。気を抜いたら、ほんとに落ちるですニャ」
「わかってる……次はもう転ばない」
ユウキはぎこちなく笑った。
だが心の奥には、不思議な静けさがあった。自分ひとりではどうにもならなかった戦いを、仲間と共に切り抜けた――その事実が胸を支えていた。
進んだ先は、小さな祭壇の間だった。
石造りの広間。中央に黒石の台座があり、そこには“古代硬貨”のような丸い板が三枚、均等に置かれている。表面には、蛇と環を模した奇怪な紋様。
「ほほぉ、これが戦利品ってやつやな」
よっしーがにやつきながら拾い上げる。
「なんや、妙に軽い……おもちゃのメダルか?」
「違いますわ」
あーさんがそっと硬貨を覗き込み、眉を曇らせる。
「これは“黒糸”の結び目。いずれ、別の門を開く札になりましょう。安易に持ち出すと……」
「でも、放っておくわけにもいかねぇだろ」
クリフが短くうなずいた。
「持ち帰って、ミカエラに見せるのが筋だ」
ノクティアは槍を突き立て、周囲を見渡した。
「壁の模様が……流れている。水の流れではなく、糸の流れだ。次の層に繋がっている」
確かに。
壁面を走る青白い光が、まるで血管のように“奥”へ吸い込まれていく。
その先には、重く低い音。水音ではない――鼓動のような、どす黒い脈動。
「……待ってるんだな」
ユウキは呟いた。
バジリスクか、あるいはもっと別の影か。
不安は喉を締めつけるが、もう視線を逸らすことはなかった。
「ダーリン!」
突然、朗々とした声が広間に響いた。
ルフィだ。どこからか届く大声に、一同が一斉に肩を跳ねる。
「飯はちゃんと食っとるか! 次の試練はワシが直々に見に行くからな! がーはっはっは!」
「……うるさい」
ブラックが翼をばさりと振る。
「まったく……」
ニーヤが尻尾を振り回し、リンクは小さく「キュイ」と鳴いた。
しかしその喧噪に、張りつめた空気が少しだけ緩んだのも確かだった。
「行こう」
ユウキは灯りを掲げる。
「黒糸の先が、次の蝶番だ。俺たちで外そう」
皆が頷いた。
黒い糸は、深層へ――地下世界の核心へと導いている。




