-地底探検の章- 蛇影と眼光(前編)
前書き(クリフ視点)
ふむ……人は光の届かぬ場所に踏み入ると、自然と口数が減るものらしい。
俺も騎士として幾多の戦場を渡ってきたが、この地底の気配はまた別格だ。
湿った風、滴る水音、見えぬ闇が迫ってくる。剣を握る手に汗が滲むほどに。
だが、だからこそ俺は仲間を見ている。
ユウキは不器用な男だ。だが先ほどの一撃で、奴の心に火がついたのを確かに見た。
ニーヤは肩を張り、よっしーは飄々と笑い、あーさんは鈴の音で緊張を和らげる。
リンクは無言で刃を磨き、ブラックは黒い翼を畳んで耳を澄まし、ノクティアは槍の穂先を冷気に晒すように静めている。
俺にできることは一つ。
剣を掲げ、仲間が迷わぬように前を歩むことだ。
その先に待ち受ける「蛇影」なるものが何であれ、俺たちなら必ず打ち破れる。
――鐘を鳴らすことなく、蝶番を外す。
その心得を胸に刻み、俺はこの闇を切り裂こう。
-地底探検の章- 蛇影と眼光(前編)
石段を下り切った先には、湿気を含む冷たい風が待ち構えていた。
たいまつの炎が頼りなく揺れ、闇の奥で水滴が落ちる音が反響している。
ユウキは思わず肩をすくめた。
――またか。オレは場数を踏んでるつもりでも、こういう時に胸がざわつく。
どこかで「失敗したらどうしよう」と思ってしまう。
あの時代、氷河期ってやつで就職口もなく、誰からも必要とされてない気がして……。
だが今は違う。オレには仲間がいる。
「ユウキ、顔がこわばってるぞ」
隣でクリフが片眉を上げ、静かに言った。
「おまえが振り返れば、もう俺たちがいる。……それを忘れるな」
ハッ、と息を呑む。
その言葉は、胸の奥にしまい込んでいた不安を切り裂くように響いた。
「ご主人、しゃんとするですニャ!」
今度はニーヤが尻尾をばしりと振って叱咤する。
「鐘を鳴らさず蝶番を外す術を考えるのは、あんたの役目なんだからニャ!」
「……わかってる」
ユウキは小さく頷いた。
足取りはまだぎこちない。だが、胸に刺さったふたつの言葉が、自分を前へ押し出してくれる。
その時、前を歩いていたリンクがぴたりと止まった。
「……何か、いる」
低く言い残し、彼は二段跳躍で宙に跳び、暗がりへ目を凝らす。
闇の奥から、石を擦るような音。
やがて、長大な影がずるりと姿を現した。
うねる胴体、鋭い鉤爪、黄金の眼。
「バジリスク……!」
あーさんが小声で告げる。
「視線に触れれば、たちまち石と化す大蛇でございます」
仲間たちが息を呑む。
ユウキはごくりと唾を飲み込みながら、剣を握り直した。
「よし、みんな……オレに任せろとは言えない。でも、今度は逃げない」
そう口にして、自分に言い聞かせる。
仲間がいる。クリフの言葉も、ニーヤの叱咤も、オレの背中を支えてくれている。
バジリスクが大口を開き、咆哮した。
次の瞬間、地底の戦いが始まった。




