ライラ、学園食堂へ
モンテーヌの町は、やはり陰を帯びていた。
石畳の門前で、手を差し出す門番の視線は相変わらず濁っている。銀貨を数枚握らせ、通りを抜けると、かつて薬草の香りが漂った小路は、今や半ば閉ざされたままだった。
「……ここだ」
クリフが立ち止まる。
そこには、もう看板もかすれて読めぬ小さな薬屋。戸口に腰を下ろし、疲れたようにこちらを見上げる影があった。
「……あ、おまえら」
ライラだった。かつて幼いながら気丈に立っていた少女は、今は瞳の奥に影を宿していた。
背後には小柄なおばあちゃんがいて、椅子に凭れ、咳を押し殺している。
「ライラ、久しぶりだな」ユウキが声をかける。
「……どうした? 店を閉めるのか?」
ライラは、無造作に髪をかきあげて肩をすくめた。
「……親は、もう。あんたらの言ってた通り、戻ってこなかった。……あたしらだけで続けるのも限界だ。薬草も入らねぇし、もう閉めるしかない」
その言葉に、ニーヤが小さく耳を垂らす。
「……つらかったですニャ」
だがクリフは、真っ直ぐに彼女を見据えた。
「ならば、学園に来い」
「……は?」
「お前には薬師としての腕がある。学園では薬学の研究も必要だ。子供たちを支える者がいなくては困る」
「……でも、あたしなんか」
言い淀むライラの前に、唐突に光が揺らめいた。
「──お呼びでしょうか、我が主人」
ユウキが振り向くより早く、そこにミカエラが立っていた。艶やかな黒衣に白銀のライン。学園の“CEO”たる彼女は、軽く頭を垂れる。
「お呼びですか、我が主人よ」
ユウキは軽く事情をミカに説明する…
「……ライラ、この人が学園の責任者だ」
「な、なんだよいきなり!?」ライラは後ずさる。
だがミカは柔らかく笑んだ。
「薬師は学園にとっても要です。学生たちの士気を保つのに、食と薬は欠かせませんから」
ユウキは、ちらりとおばあちゃんへ目をやる。
「……祖母も一緒に」
「もちろんです」
次の瞬間、ミカは光の門を開いた。
⸻
学園食堂にて
「……っな、なにここ!?」
ライラが思わず声を上げる。
見渡す限り整然と並ぶテーブル、光で満ちた広い空間。厨房からは鉄板の焼ける音、香辛料の香りが溢れていた。
石の竈や木の棚しか知らぬ彼女にとって、それはまるで未来の都そのものだった。
端末にカードを“ピッ”とかざす音が響くたび、料理が渡されていく。
「ちなみに今日のメニューは──」ミカが説明を続ける。
「Aがチーズステーキ定食。Bがピリ辛特盛定食。……あとは日替わりで」
「……チーズ? ……ステーキ?」
ライラは固まった。だが隣であーさんがそっと微笑む。
「これが未来の御馳走にござります」
ノクティアは、緊張した面持ちでそっと席に着く。かつて血しか口にできなかった自分が、こうして人と同じ膳を前にする──それだけで胸がいっぱいになった。
食堂のテーブルに並ぶ料理を前に、ライラと祖母は目を丸くしていた。
見慣れぬ皿、見たこともない肉料理、香辛料の匂い──すべてが異世界の驚きだ。
「……な、なんだこれ」
ライラは箸を手に取ったものの、慣れない動きでぎこちなく扱う。
祖母は恐る恐るパンをちぎり、湯気を立てるスープに浸して口に運んだ。
「う、うまい……」
「よかったですね」ミカは静かに笑みを浮かべる。
「学園の食堂は、忍びの里の献立を参考にしています。栄養と士気を兼ね備えた食事は、戦いに臨む者に不可欠ですから」
「……なんだか、信じられねぇな」ライラは呟く。
その横でクリフが静かに頷いた。
「ここなら、お前の力も生かせるだろう。薬師として──あるいは、この街の未来の一員として」
「……!」
ライラの瞳が大きく見開かれた。
彼女の小さな肩が、今まで背負ってきた重みから少し解き放たれたように震える。
「でも……」ライラは視線を落とした。
「うちの店は、もう……」
「店は残しましょう」ミカが口を挟んだ。
「薬師としての拠点を、この学園と結びつければいいのです。必要な器具、材料、人材……すべて整えましょう」
「……そ、そんなことが」
ライラの祖母が目を潤ませる。
ミカは軽く頷き、空間に光の環を展開した。
「まずは見てもらいましょう。こちらへ」
──ポータルが開く。
ユウキたちとライラ、そして祖母は眩しい光の中を進み、次の瞬間、学園の施設へと足を踏み入れた。
石造りの街並みしか知らなかった少女の目に映るのは、広大な食堂と整然と並ぶ机、見たこともない調理器具。
鉄と炎の匂い、漂う香辛料──そして、未来めいた活気。
ライラはただ立ち尽くし、口を開けたまま声を失っていた。




