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-地底探検の章- 第二十一章「黒糸の門」前半:門前の乱戦

前書き(あーさん視点)


 わたくしが幾度も旅の途上で耳にしてまいりましたのは、鐘を鳴らす音ではなく、蝶番の軋む声にございます。

 扉の姿はなくとも、拍の間に確かに「音」は潜んでおります。


 かつては人の名を奪い、未来を見せる呼び声として現れました。

 あるいは黒き糸の巣を編み、命を吸い尽くす影となりました。

 そのいずれも、鍵穴を壊すことなく、蝶番を撓め、鎮める──わたくしたち旅人の務めは同じにございます。


 いま我らが立つは、地底水路の奥。

 冷たき滴りが岩を打ち、黒い苔が呼吸をするこの場に、ただひとつ「見えざる門」が脈打っております。

 空気を軋ませ、黒糸をひそやかに震わせながら。


 ユウキ殿は幾度も不器用に、己を奮い立たせてまいりました。

 氷河期の世に育ち、報われぬままの歩みを重ね、それでもなお、仲間の言葉に励まされ、足を進める。

 その姿こそ、鐘を鳴らさぬ勇でありましょう。


 さればこの後編、門の蝶番は撓められましょう。

 黒糸の向こうに待つは、さらなる影か、それとも救いか──。


地底の空気は重たく、濡れた布のように肌へ張り付く。

水路を抜けた先、石造りの広間に、異様なものがあった。


それは門のはずなのに、門の形をしていない。

見上げれば、空間そのものが裂け、縦一条の影が伸びている。

そして──見えぬ蝶番が、ぎり、と音を立てていた。


「……これが、“黒糸の門”か」

クリフが唸るように言った。剣を握る手に、汗が滲む。


「なんや気色悪いなぁ。鉄扉ちゃう、糸やぞ? しかも生きとるみたいに脈打っとるやん」

よっしーが肩をすくめ、手にした懐中電灯を照らす。

光に照らされ、黒糸は細かく震え、まるで呼吸しているようだった。


ニーヤはしっぽを膨らませ、前足を交互に踏み替える。

「……主様。この蝶番、鎮めるしかないのですニャ。鐘を鳴らさぬためにも」


「ああ……」ユウキは頷いた。

仲間の顔を見渡し、胸の奥でつぶやく。

(俺にできるのは……鐘を鳴らさず、蝶番を外すことだ。それだけだ……)


だが、不思議と孤独ではなかった。

クリフの真剣な眼差し、ニーヤの鋭い忠言、あーさんの静謐な気配、

よっしーの軽口すら、背を押していた。


──そして。

突如、門の両脇に置かれた石像が、ずるりと動き出す。

黒糸をまとった番兵だ。


「出たぞ!」

リンクが叫び、矢を番える。

サジとカエナは息を合わせて飛び込み、撒菱を撒き散らしながら走る。


「よっしゃぁ、乱戦やな! サジ、足狙えや!」

「フン、言われんでも!」


乱戦の気配が広間に満ちる。

その奥、門の蝶番が──さらに軋んだ。


「視線、避けろ!」クリフが叫び、前へ。

「祈り、重ねます」ノクティアの声が低く澄む。白い薄膜が隊列を包み、蛇避けの環と重なって視線の歪みを強めた。


「おりゃー!」

 サジは木刀を水平に走らせ、同時に指の間から撒菱を扇状に散らす。ぱちぱちと光苔が反射し、床の“安全そうな黒”が偽の足場に変わる。番兵の一体が踏み抜き、がくりと膝を落とした。


「いまだ、リンク!」

「キュイ!」

 リンクが二段跳躍で肩口へ。疾風脚がぶち当たり、石の肩甲が割れる。そこへニーヤの炎弾魔法ファイアボールが走り、継ぎ目の黒糸を焦がした。


「左はわたしが!」

 カエナが竹槍で牽制線を引き、番兵の槍を軌道ごと押し流す。勢い余って足が滑る——が、竹槍の石突が床の目地に噛んで体勢が戻る。「っぶな! 今のナシ!」


「ユウキ様、蝶番は“門そのもの”ではなく、門を吊る“空気”側にございます」

 あーさんが二鈴を鳴らし、耳で拍を刻む。「撓めれば音は消えましょう」


「ああ……わかった」

 ユウキは黒糸の核を一瞥し、短剣を握り直す。ノクティアの『静環・薄絹』が刃の周りへ薄氷の輪を落とした。


「ふむ、番兵の糸は“門の外縁”から供給されている。ならば——」

 セドリックが杖を地へ。「魔術式、連鎖解糸」

 床に走った術式が番兵の脚部の糸へ食い込み、供給線を鈍らせる。


「へぇ、良い線。じゃ、こっちは一発で落とす」

 イルマが指をはじく。「ショック・針」

 空気の細い杭が継ぎ目へ刺さり、番兵の槍を持つ手首が砕けた。


「よっしゃ、減っとる減っとる! ほな、決めんでええとこを決める男、よっしー登場や!」

 よっしーは袋からチョークラインを取り出し、白い線を左右へスパッと張る。「ここ踏め! そこは踏むな!」


 番兵が線に触れた途端、白粉が黒糸にまとわり視線誘導の歪みが大きくなる。赤黒い脈が見えやすくなった。


「喉の“拍”、見えた!」

 ユウキは正面を避けて半身へ。剣先で空気の“蝶番”を撫でるように、黒糸の束を一本、また一本、切らずに“緩める”。

 鐘は鳴らさない。ただ、止める。


「右、空いた!」

「キュイ!」——リンクの踵が番兵の頭頂を砕き、クリフの矢が中枢の黒点を穿つ。石塊がばらばらと崩れ、黒糸だけがぬるりと後退した。


 残る一体が槍を薙いだ。カエナが突き上げて受け止める。

「お、サジ! 今や! いけいけー!」

「任せろ!」

 サジは木刀で槍柄を**“蝶番側”に打ち込み、関節を抜く角度へひねる。短い軋み、槍はゆるむ。そこへニーヤの炎が舐め、ノクティアの祈りが「ほどほどの封」**を重ねた。


 石像が沈黙する。

 広間に残ったのは、縦一条の黒い門と、かすかな呼吸の音だけだった。


「……生きてるみたいだな、こいつ」ユウキが呟く。

「ミナデ、息ヲ合ワセレバ、門ノ息ハ狂ウ」ブラックが低く鳴いた。


「では、合わせましょう」

 あーさんが二鈴を胸の前で重ねる。ちり、ちり——輪の拍が揃う。


「非致死、ほどほど、鐘は鳴らさない。……行くぞ」

 ユウキは皆を見た。頷きが返る。



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