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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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地底探検の章「黒糸の門」



前書き(よっしー視点/約700字)


 ――おれの時代、宝箱いうたらゲームの中だけのもんやった。ドラクエとかファミコンの中で、パカッと開けたら薬草とか銅の剣が入っとる、あれや。けどな、今は違う。目の前の石造りの通路に置かれとるのは、まごうことなき「ほんまもんの宝箱」。しかも中身はわからへん。そら、ワクワクせんわけないやろ?

 ユウキは真剣そのもの、クリフは槍を担いで護衛みたいに後ろに立っとる。ニーヤは目を細めて「怪しいですニャ」なんて言うとるが……そんなこと言われたら余計に開けたなるやんか。

 おれの1989アイテムボックスには、まだまだ妙なもんが詰まっとる。懐中電灯、チョーク、タイラップ、あと何故かスカジャンの替えまで。けど、罠を解除するためのピッキング道具? そんなん入っとるわけない。結局は「だいたいやな」でどうにかするしかないんよ。

 インディジョーンズの映画で見たやろ? 金色の像を持ち上げて、砂袋と入れ替えるやつ。あんなん現実にやれるんかいなって思っとったけど……いざこの世界に来たら、笑いごとちゃう。目の前の石床、いかにも「踏んだら落ちます」って顔しとるし、壁には矢を飛ばす穴がポツポツ。ほんで天井には……なんや、スイッチみたいな突起。ぜんぶ怪しい。

 「おれに任せろ」――つい口に出したら、ユウキにジト目で見られた。お前、空気読めよな……てか? ふふん、空気は読むもんやなくて、吸うもんや! まあ失敗したら、ほんまに吸い込まれるかも知らんけどな。

 鐘を鳴らさず、蝶番を外す。あーさんがよう言うとるけど、まさにそんな感じや。派手にやったら命がけ、静かにやったら活路がある。今回のおれの役目は、たぶんそれやろな。……よし、いっちょやったるか。


王城を出て、案内役の学士と兵士に導かれ、一行は地下導線の入口へと降りていった。

 螺旋階段はじめじめと濡れており、苔が石段を覆っている。足音をひとつ立てるたび、しとどに響く水滴の音。

 やがて開けた空間に出ると、そこには古代の門扉が鎮座していた。黒い鉄枠、中央には鐘の浮き彫り。

 「鐘を鳴らせば通れる……と、刻まれておりますな」案内の学士が指差す。

 あーさんは二鈴をそっと鳴らし、首を横に振った。

 「いけません。鐘を鳴らせば……呼ばれてしまいます」

 ユウキが小さく頷き、手をかざす。

 光の縁取りが走り、浮き彫りの鐘の隣――蝶番の位置に隠し継ぎ目が現れた。

 「……こっちだ」

 押すと、重く軋んで門が開く。湿った風がぶわっと吹き出し、地下の闇が口を開ける。


 「おぉ〜……!」よっしーは思わず声を上げた。

 通路の奥には、燭台のような石台が並び、ところどころに古びた宝箱が鎮座している。

 「だいたいやな、こういうときは奥の箱が当たりや」

 そう言って近づこうとした足元――石床がカチリと沈んだ。


 「よっしー、危ない!」

 直後、壁の穴から矢が数十本、雨のように飛び出した――。


矢が雨のように襲いかかる。

 「うわぁぁっ!」よっしーは慌ててしゃがみ込み、肩すれすれを矢が掠めていった。

 クリフが咄嗟に槍を薙ぎ払って数本を弾き、ニーヤが即座に詠唱。

 「《アイスシールド》――っ!」

 薄氷の壁が走り、矢の群れを受け止めて散らす。氷片が床に散り、カンカンと乾いた音を響かせた。


 「ま、まじで映画やんけ……」よっしーは冷や汗を拭った。

 ユウキが肩で息を整えつつ睨む。「次からは足元を見ろ」

 「……はい」


 緊張の空気を切るように、あーさんが小さく二鈴を鳴らす。

 「鐘は鳴らさずとも、蝶番を探せば道はひらけます。……皆さま、進みませう」

 その声に促され、一行は再び通路を奥へ。


 やがて石造りの間に入った。

 四隅に燭台、中央に鎮座するのは――古びた宝箱。

 「で、でたぁ……!」よっしーの目が輝く。

 「やめとけ、どう見ても罠だろ」クリフが眉をひそめる。

 「いやいや、だいたいこういうのは“奥にあるやつ”が本物や!」


 よっしーが勢いよく箱に手をかけた、その瞬間――。

 ガタン、と石床が沈み、蓋が勝手に開いた。

 中から白骨の腕が伸び、ドロリと腐肉を纏った影が這い出す。

 「……ゾンビ兵っ!」


 壁の裂け目からも次々と這い出す影。十、二十……数えきれない。

 「こ、これ……まさかのモンスターハウスやないかぁぁぁ!」

 よっしーの絶叫に重なるように、ニーヤが詠唱を開始する。

 「《ファイアウォール》!」

 炎の壁が轟々と走り、迫りくるゾンビを焼く。しかし――奥から響く低い唸り声。


 燭台の向こう、黒ずんだ棺がギギ……と音を立てて開いた。

 現れたのは、黒鎧に身を包み、赤い瞳を光らせた異形。

 「……血の匂い。久方ぶりだな」

 口元の牙が月影のように光る。


 ――吸血騎士。


 「こいつが……群れを操っとるんか!」クリフが槍を構えた。

 ユウキの拳に光が集まる。

 オルタが静かに剣を抜き、低く告げる。


 「下がれ。……こいつは俺が受ける」


吸血騎士は赤眼を光らせ、黒い剣を抜いた。刃先から黒霧が滴る。

 「貴様らも……門の餌となれ」


 オルタが前に立つ。「下がれ! こいつは俺が受ける!」

 剣が青に輝き、水竜王の加護が奔流となる。


 ――激突。

 火花が飛び散り、石床が割れる。騎士の一撃は重く、黒い衝撃波となって広間を揺らした。


 「《ライトアロー》!」ニーヤが光矢を放ち、闇を裂く。

 「疾風脚ッ!」リンクが跳び込み、蹴撃を叩き込むが、鎧はびくともしない。

 クリフが槍で押さえ込み、よっしーは慌てて1989ボックスから――「ねり消し+針金! これで十字架や!」

 冗談のような即席道具が、意外にも黒霧を裂いた。


 「ぐっ……光と形が……!」

 吸血騎士の動きが鈍る。


 「今だ、鎮めろ!」オルタが叫ぶ。

 あーさんが二鈴を静かに鳴らした。涼やかな音が広間に響き、闇を覆う黒糸が解けていく。


 吸血騎士は最後に呻き声を上げ、棺の中へと沈んだ。

 ゾンビ兵も、砂のように崩れ去る。


 静寂。


 ユウキが拳を下ろした。「……終わったか」

 オルタは剣を収めつつ、厳しい声で告げた。

 「いや。黒糸はまだ深くにある。……次は、もっと強いものが待っている」



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