第十八章 黒糸のゆくえ
前書き(よっしー視点)
ほな、今回の前置きはワイに任されとるみたいやな。
いやぁ、なんやかんやで吊り棚の黒祭壇っちゅう修羅場をくぐり抜けてきてな。鐘を鳴らさず蝶番を外す? ほぉんまに難しいことようやるわ、みんな。ワイはワイで「1989アイテムボックス」からチョークラインやらラミネート板やら取り出して、妙ちきりんな大活躍したっちゅうてもええんやけどな……。まぁ、そんなん誰も褒めてくれへんわけで。
けどなぁ、あの顕現っちゅうやつ、正直いま思い出しても背筋がぞわっとする。あんなん人間相手にしたら戦力差どころの話やあらへん。クリフは勇ましく前に出るし、ニーヤは魔法でフォローするし、リンクはピョンピョン跳ねるし、オルタに至っては血まみれで剣構えてたんやぞ。ほんでルフィ……あいつは別格や。ワイを「ダーリン」呼ばわりしよって、あんなん恥ずかしくてやってられんわ!
ともあれ、無事に吊り棚から帰還できたんは僥倖やった。せやけどな、最後に残った黒い糸……あれが気がかりでしゃあない。霧の底にスルリと消えていった細っそい残滓やけど、絶対あれで終いやない。ユウキの顔見てても分かる。イシュタムの声がまだ囁いとるんやろ。
ほんで、今度は城へ戻って報告せなあかんらしい。王様や側近らに説明とか、ワイほんま苦手やねん。うっかり「鐘の代わりに蝶番外しました」なんて言おたら「なんの話や?」てなるやろな。説明役はあーさんに押し付けとこ。明治のお嬢は言葉回しがうまいからな。
ほなまあ、次は王城での報告会や。黒糸の行き先も探らなあかんし、まだまだ一息つける暇はあらへんみたいやな。
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市のざわめきを抜け、ユウキたちは王城へと戻っていた。
吊り棚の戦いを終えてなお、靴裏に霧の湿り気が残っている気がする。黒い糸の残滓が視界の端にちらつくようで、誰も気を緩められなかった。
「ふう……ここまで来れば、ようやく一段落ですな」
あーさんが二鈴を軽く揺らし、落ち着きを取り戻させるように微笑んだ。
「報告をどうするか、だな」
クリフが肩を回しながら呟く。
「正直、あの顕現が何だったのか……言葉にするのは難しいぞ」
「言葉はあーさんに任せよや。うちはうっかり口滑らすからな」
よっしーが両手を振り、苦笑する。
「『鐘は鳴らさず蝶番を外しました』とか言うても通じんやろ」
ニーヤは耳を伏せつつ、くすっと笑った。
「それ、わたしも説明できませんニャ」
やがて城門が見えてきた。
衛兵が彼らを認め、重い扉を開ける。
王の待つ謁見の間へ――。
王城にて
謁見の間は広く、磨かれた石床に陽光が差し込み、彩り豊かなタペストリーが壁を覆っていた。
玉座にはこの国の王――オルディス王が腰掛け、その両脇に側近と兵士たちが控えている。
「戻ったか。吊り棚での戦い、聞き及んでいる」
王の声は低く落ち着いていたが、その奥に緊張が混じる。
ユウキが一歩前に出て膝をつく。
「陛下。我ら、黒祭壇にて行われていた儀式を阻止し、顕現を……鎮めました」
ざわ、と側近たちが顔を見合わせる。
「顕現、だと……」
「鐘は鳴らなかったと聞いたが……」
あーさんが二鈴を両手に納め、静かに口を開いた。
「はい。鐘を鳴らすことなく、蝶番を外すように……。依代を支える要を断ち切ることで、音を立てずに鎮めることができました」
その言葉に王は目を細めた。
「鐘を鳴らさず……蝶番を外す、か」
やがて深く頷く。
「なるほど、鐘を鳴らせば国中に響き渡る。だが音なき封じならば、混乱も広がらぬ。見事だ」
よっしーは横で小声を漏らした。
「……やっぱ説明役はあーさんに任せて正解やな」
クリフが肘で小突き、ニーヤが「しーっ」と耳を立てる。
王の横に立つ年配の側近が口を開いた。
「しかし、陛下。報告によれば、最後に“黒い糸”が残ったと……」
ユウキが頷く。
「はい。顕現は鎮まりましたが、その残滓が糸のように霧の底へと消えていきました。まるで別の“門”へ導かれるかのように」
広間に緊張が走る。
「……門?」
「それは、この地に別の拠点があるということか……」
オルディス王は沈黙し、やがて口を開いた。
「王都に“地下の導線”が存在するという古い記録がある。あるいは塔の基底符に繋がっているのかもしれぬ」
その場の空気が重くなった。
誰もが次の戦いがまだ終わらぬことを悟ったからだ。
宿にて ― 塔との通信
謁見を終え、夕暮れの街を抜けて宿へ戻ると、すでに部屋の机の上には簡易の通信器が据えられていた。
リリアーナがあらかじめ用意してくれたものだ。台帳と呼び戻し札、そして符の束。
「よし、繋ぐで」
よっしーが手早くラミネート板を敷き、符を定規で押さえる。
「1989ボックスの付箋は万能や。はい、これで接点がズレへん」
ぱちり、と光が弾ける。
札面に映し出されたのは、塔の仲間たちの姿だった。
「ユウキ!」
《蒼角》ロウルがすぐに声を上げる。
「無事だったか! 吊り棚で顕現が出たと聞いて……」
「鎮めた。ただ、黒い糸が残った」
ユウキの答えに、画面越しの空気が一瞬固まる。
「黒い糸……」
《炎狐》フェイが眉をひそめ、隣のチトセも深刻な顔で頷いた。
「それは……塔の基底符に干渉している可能性があるわ」
その時だった。
ひょい、と画面の端から小さなおかっぱ頭が飛び込んできた。
「ユウキー! 歯が抜けたー!」
カエナだ。笑いながら真ん中の歯の抜けた口を突き出す。
「こら、カエナ!」
ツグリが慌てて押しとどめるが、もう遅い。
「黒い糸、こっちにもくるの? ねえ、ユウキー!」
無邪気な問いかけに、部屋の空気が少し和らぐ。
続いて坊主頭の少年サジが顔を覗かせた。
「……塔の下、暗い声。きこえる」
短い一言に、皆が息を呑む。
ロウルが眉を寄せる。
「サジ……本当か?」
「うん」
少年は頷いた。
「深いところで、誰か呼んでる」
通信の向こうでざわめきが広がる。
黒糸の行き先――塔の基底か、それとも地下世界か。
子供の直感が、不穏な伏線を示した。
エピローグ ― 黒糸の行き先
通信が切れたあと、宿の部屋には静けさが落ちた。
誰もが子供たちの言葉を反芻していた。
「……塔の下、暗い声」
クリフが腕を組み、低く呟く。
「子供の戯言に聞こえるが、あのサジって子の勘は侮れん」
「カエナの無邪気な問いかけも……ただの遊びじゃなさそうですニャ」
ニーヤが耳を伏せる。
ユウキは胸の奥に手を当てた。
イシュタムが、淡い響きを返す。
――次なる蝶番は、深く。上か、下か。
「あーさん」
ユウキが視線を向けると、彼女は小さく二鈴を鳴らした。
「霧の底に落ちた黒い糸。あれは、どこかの門に繋がっているはずです。……次に鳴らぬ鐘は、どちらにあるのでしょう」
よっしーが頭をかき、ため息をついた。
「ほな、また一波乱あるっちゅうわけやな。……とりあえず飯や、飯」
「いや、まずは風呂だろ」
クリフが呆れたように返す。
「どっちもですニャ」
ニーヤが笑い、リンクが「キュイ」と鳴いた。
ブラックが窓辺で羽を震わせ、「……カァ」と短く答える。
仲間の笑い声が重なり、戦いの疲れを少しだけ溶かしていく。
だが全員の胸には、黒糸の残滓が刻んだ不穏な予感が消えなかった。
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次章予告
黒祭壇の顕現を鎮めた一行。
だが霧の底へ滑り落ちた“黒い糸”は、塔か地下世界か――新たな門へと繋がっていた。
カエナとサジの無邪気な声が示した未来。
「塔の下、暗い声」。
その言葉が真実であれば、次なる戦場は深淵の底かもしれない。
鐘は鳴らさず、蝶番を外す。
その覚悟を胸に、一行は次なる一歩を踏み出す。
(→第十九章「黒糸の門」へ続く)




