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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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第十四章 疾風脚、吊り棚を裂く(後半)



 吊り棚の空気は冷たく、湿り気を帯びて重く張りついていた。

 足場は朽ちかけた木と岩を繋いだだけの脆い通路。下を覗けば霧しか見えず、その底がどこなのか誰も知れない。


「ええか……だいたいやな……」

 よっしーが得意げに語り出した瞬間、足元の板がぐらりと傾き、彼の体が前に投げ出される。

「うわっ!? お、おちるぅぅぅ!!」


「よっしーっ!」

 クリフが駆け寄り、剣を逆手にして板の隙間へ突き立て、彼の腕を掴む。

 ニーヤが叫ぶ。

「アイスシールド! 足場を補強しますニャ!」

 氷の結晶がひび割れた木板を覆い、よっしーを辛うじて引き上げる。


「も、もうちょいで二度と地上に戻れんとこやったで……」

 汗まみれのよっしーは震える足で立ち上がるが、その背後に影が差す。


 吊り棚の柱に刻まれた魔紋が赤黒く光り、そこから獣めいた異形が這い出てきた。

 四足でありながら人の面影を残す魔物。陰匿教会が放った眷属である。


「くるよ!」

 ニーヤの詠唱が走る。炎の壁が眷属の前に立ちはだかり、通路を灼く。

「ファイアウォール!」


「いっけぇ!」

 リンクが声にならぬ気合を発し、疾風のように跳びかかる。

 二段跳躍で霧を蹴り、眷属の頭上を裂く蹴撃――「疾風脚」。

 轟音と共に魔物の頭部が弾け飛ぶが、黒い靄がすぐさま形を繕う。


「効いてねぇのか……!」

 クリフが歯噛みし、剣を構え直す。

 よっしーは背から取り出した1989アイテムのひとつ、チョークラインを引き出して床に叩きつける。

 ぱんっ、と白い粉が舞い、視界を区切る。

「とりあえず、見えんようにしといたる!」


 しかし黒い靄は粉を突き破り、隊列を呑み込もうと広がる。

 ニーヤの魔法も、リンクの蹴撃も、時間稼ぎにしかならない。


「……来るぞ!」

 ユウキが胸の奥に響く声を感じ、イシュタムの魂が警鐘を鳴らす。


 その時だった。

 青の外套を纏った影が、吊り棚の縁から跳躍し、壇上に降り立った。

 振るわれた剣が黒い靄を切り払い、空気が一気に澄む。


「オルタ!」

 ユウキが声を上げる。


 騎士は盾のように剣を構え、仲間の前に立った。

「下がれ。ここは我が受ける」


 眷属の靄がうねり、ひとつの人型を作り上げる。

 黒き四肢、無貌の異形――魔王種の顕現である。


「俺たちも!」

 クリフが前に出ようとするが、オルタは首を振った。

「時間を稼ぐ。お前たちは祭壇を――鐘を鳴らさぬ解を探せ」


 その声は硬くも温かかった。

 剣が青光を帯び、水竜王の加護が脈打つ。

 騎士の戦闘能力は、いま確かに三千を超えた。


「……ここからは私が守る。行け!」


 仲間たちは頷き、それぞれに役割を定めて駆け出す。

 吊り棚の霧を裂き、黒祭壇の方角へ――。


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