ジャングル編 序章
前書き(ユウキ視点)
街を出る門の前で、若き騎士が「ご武運を」と一礼した姿が、いまだ脳裏に残っている。
王の命として受けた北行──それがどれほど大きなものか、いまさらながら背筋に重みを感じた。
けれど俺たちは、ただの放浪者ではない。鐘を鳴らさせずに姫を救い、市を後にするこの道は、確かに“使命の道”だ。
あーさんの二鈴の音が、今も胸に残響している。
よっしーは得意げにアイテムを抱え、ニーヤは尾を揺らしながら空を睨む。クリフは黙々と歩み、ブラックは無言で気配を払う。
そして酒場で合流したハッサンが、陽気に「次はジャングルですぞ!」と笑っていた。
風が変わる。森が深まり、湿気と匂いが濃くなる。
──この先に、何が待つのか。
だが俺は、仲間たちとなら越えていける。
道中
市を出てしばらくは、緩やかな丘陵と畑が続いた。
人々の営みが残る一帯を過ぎると、やがて森の影が濃くなり、土の匂いに湿り気が混じる。
「うわぁ……空気が重なってきたな」
よっしーが肩を回しながらぼやく。
「これ、湿気やな。髪のセット崩れるわ」
横目で見れば、見事なリーゼントがすでに汗でしんなりしていた。
「フフ、旅は髪型との戦いでもありますニャ」
ニーヤがからかうように笑い、手のひらに小さな炎を灯す。
「炎壁魔法、ちょっと風向きを調整してみますニャ」
魔法の炎が湿気を押し返し、道の先に乾いた空気の帯を作った。
「おお、ちょっとマシになった!」
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ハッサンの旅案内
「さてさて!」
先頭で歩くハッサンが、陽気に両手を広げた。
「ここから先は“緑の回廊”と呼ばれる街道です。ジャングルへ至る主要な道でしてね、交易の商人もよく通りますが……油断は禁物ですぞ!」
「なんでや?」よっしーが首を傾げる。
「虫、獣、そして噂の“原始人”。ええ、妙な人々がうろつくそうで」
「げっ……」よっしーの顔が引きつる。
「だが心配はいりません。わたくしハッサンがいれば! 食糧調達、現地ガイド、交渉ごと──全部まとめて面倒見ますとも!」
ジョッキを片手にしているかのような調子で胸を張る。
「ただし追加料金が……」
「やっぱりかい!」よっしーが即座にツッコみ、笑いが広がった。
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仲間の掛け合い
道すがら、あーさんは行き交う農夫や旅人に丁寧に一礼していた。
「ごきげんよう、どうぞお健やかに」
その凛とした声に、相手も思わず背筋を正し、手を振って応える。
クリフは無言で剣の鞘を確かめ、周囲に目を配っている。
「……鳴き声が増えてきたな」
耳を澄ませば、確かに聞き慣れぬ鳥の声が混じり始めていた。
ブラックはただ一度、低く喉を鳴らし、後方へ視線を投げた。
リンクが「キュイ!」と短く鳴くと、不意に足元から大きな虫が飛び立った。
虹色の羽音を残して森の奥へ消える。
「うわっ! なんや今のトンボ!?」
「……ただの虫ではないですニャ。魔力が混じってますニャ」
道は確かに、異世界の深部へと踏み込んでいた。
夜営
その夜、一行は森の入り口に野営を張った。
木々が空を覆い、焚き火の光が葉裏を赤く照らす。
湿った土の匂いと、遠くから響く奇妙な鳴き声が、ここがもう別世界であることを告げていた。
「……虫、デカすぎやろ」
よっしーが焚き火の向こうで顔をしかめる。
足元を這っていたムカデめいた虫を、ブラックが爪先で弾き飛ばした。
「炎壁魔法──」
ニーヤが小さな炎の壁を展開し、周囲を囲んだ。
「これで虫は入って来ませんニャ」
「助かるわ……。寝てるとき顔に来られたら発狂するで」
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ハッサンの噂話
焚き火を囲み、ハッサンが声を潜めた。
「さて、皆さん。耳に入れた話をお伝えしましょう」
「北のジャングル、その奥に“祠”が眠っていると。
そこには水路を操る仕掛けと、石の守護者が立ちはだつ。
そして、その奥に……“水竜王”がいると」
クリフが焚き火越しに目を細める。
「水竜王……」
「さらに、その加護を受けし者がいる。“水竜王の騎士”と呼ばれるオルタ殿。
人か、あるいは……竜に選ばれた者か。定かではありませんが」
その名を聞き、仲間たちの間に沈黙が落ちた。
焚き火がぱち、と音を立てる。
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不穏な影
「……それだけではありませんぞ」
ハッサンの声がさらに低くなる。
「陰匿教会の連中も、北へ動いているとの報せがありました」
ユウキの胸に冷たいものが落ちた。
あの黒鐘を鳴らそうとした狂信者たち。
まだ、生きている。
「……競争になるかもしれませんニャ」
ニーヤの瞳が炎に反射して揺れる。
「でも、負けませんニャ」
あーさんは二鈴を取り出し、そっと鳴らした。
澄んだ音が夜を裂き、静けさを取り戻す。
「鐘は鳴らさせません。──次は、この森の奥で」
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締め
虫の声、遠くの咆哮、湿った風。
それらすべてが、明日からの試練を告げていた。
ユウキは剣の柄を握りしめ、心に刻む。
──いよいよジャングルの奥へ。
そこで待つものが何であれ、仲間たちと共に越えていく。




