表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

235/404

「見えない門(後編)」

前書き(あーさん視点)


 わたくしが仕えてきた年月のなかでも、人々が足並みを止め、一様に息を呑む場所というものは、そう多くはございませぬ。

 道そのものに障壁があるわけでもなく、草は草、砂利は砂利にすぎませぬのに──ただ一歩、そこを越えることが叶わぬのです。


 見える形を持たぬ門。

 扉も、枠も、刻まれた紋もない。

 けれど、確かに「蝶番」だけが空気のなかに軋みを残し、人の名を揺らめかせます。


 先日の試みにて、呼び声に囚われた者たちは、己が名を唱えつつ深呼吸を重ね、ようやくこの見えぬ境を越えることができました。

 されど、それで“向こう側”が静まったわけではございませぬ。

 未来を覗く窓のような残響、呼び声の余韻──それらはなお拍を撓め続け、わたくしたちを試しているのでございます。


 わたくしたちは鐘を鳴らさぬ旅人。

 鍵穴を打ち破るのではなく、蝶番を見極め、なだめ、ほどほどに撓める。

 その心得があればこそ、この「見えない門」にも道理が通うと信じております。


 ただ──その蝶番には、わたくしたちの知りえぬ因子が絡み合っております。

 ときに人の名を攫い、ときに未来の幻を垣間見せ、いまなお軋みながら伏している。

 この蝶番を鎮めきるには、わたくしたちだけの力では及ばぬやもしれませぬ。


 ゆえに、今回の後編にて新たな来訪者が姿を現しましょう。

 それが吉兆か凶兆かは、まだわかりませぬ。

 けれど確かに、この「見えない門」の軋みは、彼らによって別の調べへと撓められ、物語はさらに異なる異境へと広がっていくことでしょう。




本編


 その場には風がなかった。

 けれど草木は揺れ、砂利はわずかに震えている。

 誰かが息を吸い込むだけで、見えない蝶番が軋むのだ。


 ユウキたちは輪を作り、それぞれ自分の名を声に乗せた。

 「ユウキ」

 「クリフ」

 「ニーヤですニャ」

 「リンク……キュイ」

 「よっしーや!」

 「あいざわ・ちづるにござります」

 「……カァ」


 声がひとつ響くたびに、蝶番の軋みは弱まり、空気は透き通っていった。

 だが──完全に静まるには至らなかった。


 そのとき、外縁から鈴のような音がした。

 振り向けば、そこに立っていたのは二人組の旅人。

 見た目は幼く、片やおかっぱ頭の少女、片や坊主頭の少年。

 背中には荷もなく、ただ足音と心音を響かせて、まっすぐに門へと歩み寄ってきた。


 「……サジ。聞こえる」

 「うん、カエナ。……門が、呼んでる」


 誰も言葉を挟めなかった。

 ふたりの目は澄んでいて、恐れも疑いもなく、ただ蝶番の軋みを見据えていたからだ。


 次の瞬間、彼らは声を揃えた。

 「オレの名は──サジ!」

 「うちの名は──カエナ!」


 響きが重なったとき、門は深く息を吐いたように揺らぎ、見えない蝶番がぱたりと折れた。

 その軋みは消え、道はまっすぐに伸びていく。


 ユウキが息を呑んだ。

 「……今の、見えたか?」

 クリフが頷く。「ああ。蝶番を外したのは、あの二人だ」


 あーさんはそっと二鈴を掲げ、深く頭を垂れた。

 「吉兆にござります。名を呼ぶ力が、門を鎮めたのです」


 サジとカエナは顔を見合わせ、にっと笑った。

 その笑みは幼さを残しながらも、確かな決意を宿していた。

 そして彼らの背後に、まだ誰も見たことのない道が広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ