表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

234/404

幕間 見えない門(前編)

前書き(ニーヤ視点)


門があるわけではない。

けれど、人はそこで足を止めるですニャ。

誰も見ていないのに、見えない蝶番が開閉している気配があるですニャ。


市から街道へ続くただの道。

草も土も、昨日と変わらぬ。

けれど通りかかった商人は言いました。

「一歩を踏み出したら、十年前の自分を見た」

子どもは言いました。

「駆け抜けたはずなのに、まだ門の前に立っていた」


見えない門は、人の記憶や名を撓め、未来すら覗かせる。

鐘の鳴りに似ているけれど、音はない。

ただ蝶番のきしみだけが耳に触れるのですニャ。


わたしたちは、鐘を鳴らさぬために旅を続けていますニャ。

非致死・ほどほど。

鍵穴じゃなく蝶番へ。

剣ではなく、息と座と鈴で撓める。


ならば、この見えない門も──

叩いて壊すのではなく、

撓めて返すべき蝶番のひとつかもしれませんニャ。


次の幕間は「見えない門」。

通れば記憶が撓むという、誰も見たことのない扉を、蝶番から確かめる旅ですニャ。




小序──

門は見えぬ。

しかし、人はそこで立ち止まる。

記憶がたわみ、未来がちらつく境目にて、鐘は鳴らぬまま息だけが揺れる。

ならば、叩かず、切らず、蝶番へ。



I 境目


市の北側、畑と小さな用水路を越えた砂利道。

そこは昨日まで、ただの「通り道」だった。

けれど今朝、最初にそこへ来た車引きの老人が、不可思議なことを口にした。


「ここで一歩が出ぇへん。脚は前へ出たのに、心が置いていかれた気がする」


続いて、荷を抱えた商女。

「踏み出した瞬間、十年前の声が耳の横を通ったの。わたしを呼ぶ声。忘れてた名前で」


子どもは言う。

「走ったのに、同じ場所に戻ってきた」


道に筋目も杭もない。

草の生え具合も、昨日と変わらない。

それでも人々は、同じ位置で立ち止まるのだ。


ユウキは指輪の温度で境目を探った。

ぬくい。半拍遅れで胸へ合図が返ってくる。(ここだ。見えない“蝶番”がある)

クリフが地面に手をつき、砂利の締まり具合を確かめる。

「路盤に問題はない。だが、“拍”が噛んでいない」


「あ、これ“門クセ”出てますな」よっしーが目を細める。「スロープに見えん段差、音のない踏切……平成の町でもあったやつや」

あーさんが二すずを胸に寄せ、静かに頷いた。

「目に見えぬ蝶番が開閉しているのでしょう。鳴らさず、その形で整えられれば」


リンクが「キュイ」と短く鳴き、座が境目に薄くのびる。

ブラックは耳を立て、無音の周波をすこしだけ散らした。

風が変わる。草の穂先が一方向へ撓む。

座の輪郭に、扉の影がぼんやり浮かんだ。


「見えた気がするですニャ」ニーヤが尾を揺らす。「門は“名”を食べ、記憶を撓めてますニャ」



II 検分──記憶の撓み


「試しにひとりずつ、門の手前で息を合わせる。踏み出して“戻る”人は、共通して拍が早い」

ユウキの提案で、数人の往来者に協力してもらうことになった。


よっしーは’89アイテムボックスからチョークラインを取り出す。

ぱちん、と弦をはじくと、地面にまっすぐな青い粉線が走った。

「これが“通ってええ道”。次に、“深呼吸ライン”を一歩手前に」


市の若者がラインの前に立ち、息を整える。

リンクが「キュイ」。座が胸から腹へリズムを落としていく。

若者が一歩を出す──

その瞬間、目が泳ぎ、昔の笑顔を追うように視線がそらされた。


「戻ってきた、同じ場所や」

「過去の“呼び声”やな。門の片ヒンジが“名を呼ぶ役”を担ってる」よっしーがうなる。

「鍵穴じゃなく蝶番へ」クリフが短く言う。「呼び声を止めるのではなく、“返す”」


あーさんの二すずが、鳴らさず形だけで胸の前に持ち上げられた。

「名は鈴。鳴らさずとも戻せます。まずは自分の名、次に相手の名をゆっくり呼ぶのです」


ニーヤが手順の札を読み上げる。

「息→自分の名→相手の名→一歩ですニャ」


試行を繰り返すにつれ、戻される率は少しずつ下がっていった。

だが、完全ではない。

門はまだ、どこかで開閉している。



III 蝶番の所在


リンクの座が、地面の下へと「薄く」潜っていく。

ブラックが無音の波を縦に落とすと、砂利の奥でカチンと軽い金属音。

よっしーが耳をそばだてた。「今の、蝶番や。埋まっとる」


掘ってはならない。

掘れば、欠片が「別の門」になる。

(破壊ではなく、撓めて眠らせる)

ユウキが指輪を撫で、半拍をとる。


「ほどほど工事で、蝶番に“遊び”を持たせる」

よっしーが荷から防振ゴム片と可逆クランプ、ねり消し、ラミ札を取り出した。

「地表側で呼吸の遅延を作る。遅れた揺れは座に吸わせる」


リンク:「キュイ」

座が境目の上に膜を張る。

ブラックの周波が斜めに入り、地中の蝶番の軸を微かに緩めた。

あーさんの二すずが一度も鳴らないまま、形で支点を指す。

その座標に、よっしーが可逆クランプを地上の杭へ優しく咬ませ、ラミ札を添える。

《調律中につき静粛/外す前に深呼吸》


ニーヤが締める。「焦らず、ほどほどですニャ」


門の影は、ひとまず薄くなった。

往来の人が一歩を出す。

戻らない。

二歩、三歩。

振り返って笑う。


「通れた」


安堵が広がる一方で、あーさんの眉間にうっすら皺。

「まだ、“未来を覗く”側の蝶番が生きています」



IV 未来の覗き窓


日が傾く。

砂利道の先に、夕陽を逆光にして白い影が立った。

人影は微動だにしない。

リンクの座が触れた瞬間、ユウキの胸に冷たい映像が滑り込む。


(見知らぬ屋根。まだ建っていない市場の拡張棟。そこで誰かが鐘を──)


「戻れ!」クリフが短い号令。

座が引かれ、映像は霧に溶けた。

ブラックが「キュ」と低く鳴き、周波で余韻を飲み込む。


「未来の覗き窓ですニャ」ニーヤが目を細める。「呼び声ではなく、見せて引く蝶番ですニャ」


よっしーがあごを掻く。

「なら、視線の遅延を入れる。人は見てから反応する。反応が半拍遅れなら、網は噛み損なう」


’89アイテムボックスから、よっしーはサングラス(薄色)と紙コースター、透明フィルムを取り出した。

「見えすぎを防ぐ“昭和平成”のまぶしさ調整や」


あーさんが二すずを胸に当て、逆相の構え。

リンクが座を目線の高さへ上げ、ブラックが微波で視覚の鳴りをほぐす。

ユウキが半拍を打ち、クリフが人々へ短く告げる。


「正面を見すぎない。足元→一歩先→耳の順で」

「目でなく、呼吸で通るですニャ」ニーヤ。


試行。

夕陽の通り道を、商女が薄色サングラスで一歩。

紙コースターをこめかみに当て、深呼吸。

足元→一歩先→耳。

座が抱く。

通った。


「いけるやん」よっしーが親指を立てる。

「門は“見せて”引く。なら、見ない勇気と見えすぎない工夫で撓める」



V 名を呼ぶ声


ひととおりのほどほど工事が終わり、往来は落ち着きを取り戻しつつあった。

そのときだ。

道の向こうから、名が飛んできた。


「……ユウキ」


ユウキの喉がつまる。

忘れようとしていた響き。

半拍が乱れる。


「止まるな」クリフの声が低く強い。

「鍵穴じゃなく、蝶番へ。声ではなく、足を見ろ」


リンクが「キュイ」。

座が胸から腹へと呼吸を戻す。

ブラックが耳のまわりの余韻を軽く撓める。

あーさんが二すずを鳴らさず、形だけで**“ここ”**を示す。

ニーヤが寄り添って囁く。

「自分の名を、言うですニャ」


ユウキは、空気を吸って吐いた。

「……ユウキだ」


声に声が重なって消える。

門の向こうの名は、遠ざかった。

足は前に出ていた。

戻らない。



VI 小さな柵、大きな呼吸


日暮れの市境。

よっしーはラミ札を三点に掲げる。

《ここから先 深呼吸》《足元→一歩先→耳》《通行中 無用の呼びかけ禁止》

杭には可逆クランプ。

線はチョークラインでまっすぐ。

子どもたちには紙コースター二枚──「門通りごっこ」の遊び方を添える。


「ゲームやで。吸って、吐いて、自分の名。次に相手の名。足元→一歩先→耳。通れたら拍手」


リンクは座の端を生活の動線に沿って薄く延ばし、

ブラックは交差点の角でときどき「キュ」とごく短く鳴いて余韻を吸う。

あーさんは二すずを手に、往来の人々へ鳴らさぬ礼を配る。

ニーヤは締める。

「門は“祟り”にあらず。拍のずれですニャ。焦らず、返すですニャ」


往来は、ほぼ普通になった。

ただ、境目だけが、少し丁寧に通る場所になった。



VII 余白──向こう側


夜。

見張りの兵が焚き火を囲む。

ユウキはチョークラインの端にしゃがみ、粉を指で払った。

(門は眠った。けれど、向こう側はある)


風の向きが変わる。

一瞬だけ、TREIという遠い囁きが砂粒の間を抜けた。

リンクが座を広げかけ、すぐに畳む。「キュイ」

ブラックが首を横に振る。

「届かない。いまここには」


クリフが短く言う。

「明日、後編で蝶番を街道側からも見る」

「鍵穴じゃなく蝶番へ」

「非致死・ほどほど」

「鐘は鳴らさない」


あーさんが二すずを胸に当て、鳴らさず微笑む。

ニーヤが灯を落としながら、猫のような声で締める。

「見えない門も、撓めれば道ですニャ」



後書き(しるし)

•現象:市境に“見えない門”。一歩が「戻る」/過去の呼び声/未来の覗きが起きる。

•解析:地中の埋設蝶番+視線・呼称の撓み。鐘ではなく、境界の拍ズレ。

•対処(ほどほど工事):

リンクで呼吸の場をつくる

•ブラックの微波で“鳴らない鳴り”をほぐす

•二すずは鳴らさず形で支点指示/必要最小の逆相

•チョークラインで進路、ラミ札で手順、可逆クランプ/防振ゴム/ねり消しで“遊び”を持たせる

•紙コースター&薄色サングラスで視覚と耳の遅延

•手順=《息→自分の名→相手の名→足元→一歩先→耳》

•余韻:門は眠ったが向こう側は存在。遠い「TREI」は未だ健在。

•次回:**幕間その21「見えない門(後編)」**──街道側から蝶番を確かめ、封鎖せずに“生活の橋”として仕上げます。



用語ミニ解説

•見えない門

物理構造ではなく、境界の拍ズレとして現れる“開閉”。過去の呼び声/未来の覗き窓を誘発。

•埋設蝶番

地中に残置された金属片や撚線が「門の癖」を記憶し、通行者の名・視線・呼吸を“噛む”。

•視線の遅延

足元→一歩先→耳の順に意識を移し、見えすぎを避ける。薄色サングラス・紙コースターで補助。

•ほどほど工事

破壊ではなく可逆・調律・生活手順で撓める方式。外す前に深呼吸、合図は鍋ふち“とん”。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ