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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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幕間 夢の共有(未来の鐘)・前編

前書き(ユウキ視点)


夢を見ることは、怖くない。

けれど、誰もが同じ夢を見るというのなら、それはただの夢ではない。


あの夜からだ。

市に残った人々が一様に語りだした。

「大きな鐘の下に立っていた」「光が割れて、街が沈んでいく」「最後に白い鈴の音を聞いた」と。

言葉は少しずつ違うのに、描かれる景色は同じだった。


俺も見た。

夢の中で、指輪が焼けるように熱くなって、二拍目が強く胸を打った。

鐘はまだ鳴っていなかった。

けれど、鳴り響く前の「沈黙」が、あまりにも鮮明だった。

目覚めても、その沈黙だけは身体に残っている。


仲間も同じ夢を見ていた。

よっしーは「平成の商店街が流された」と訳の分からない例えをしたし、ニーヤは「夢は糸にして結ばれたものですニャ」と言った。

あーさんは二すずを見せ、「鳴らさずとも形で効く夢もあります」と微笑んだ。

リンクはただ「キュイ」と一声、座を張って空気を撓めた。

ブラックは静かに天井を見上げ、まるで夢の残響を吸い込むかのようだった。


――夢を夢のままにしておけるなら、楽だ。

でも、もしこれが「鐘の未来予告」だとしたら。

俺たちは、その鳴りを止められるのだろうか。


次の幕間は「夢の共有」。

眠りの中で揃う呼吸に、俺たちは抗うことができるのか。




小序──

夢は個に属すもの。

されど、もしもすべての人が同じ夢を見たならば。

それは幻か、それとも鐘の予兆か。




I 同じ夢を語る市


「昨夜もまただ。巨大な鐘が揺れ、光が裂けた」

市場の露店主が額を押さえる。隣の娘も続ける。

「街が沈んでいくの。最後に白い鈴の音がして、目が覚めた」


市のあちこちで同じ夢が囁かれていた。

語る人々の表情は、夢に怯えているというよりも、まだ夢の余韻の中にいるようだった。


「全員、同じ夢を?」くりふの声が低く響く。

「未来の鐘を見せられているのかもしれん」


「鍵穴じゃなく蝶番へ、やな」よっしーが口の端を上げる。

「夢が鍵穴やったら、仕組みは蝶番。どっかで繋がってるはずや」


あーさんは二すずを手に、うつむいたまま。

「夢もまた、鈴のように鳴ることがございます。鳴らさずとも、形だけで人を揺らす」


リンクが「キュイ」と短く鳴く。

その瞬間、場に広がったざわめきが一拍だけ静まった。

座が夢の余波を撓めたのだ。


ブラックは屋根の上で微動だにせず、虚空を見つめていた。

彼の耳にだけ、まだ夢の鐘が響いているのかもしれない。



II ユウキの夢


夜。

ユウキはすぐに眠りに落ちた。

リングが熱を帯び、胸の奥で半拍が強く跳ねる。


夢の中。

街は白い霧に包まれ、広場の中央に巨大な鐘が鎮座している。

誰もいないのに、鐘は揺れている。

しかし鳴らない。鳴る直前の沈黙が、世界全体を圧している。


「ユウキ!」

振り返ると仲間がいた。

よっしーが紙コースターを振り、にーやが尾を揺らし、あーさんは二すずを掲げている。

リンクが「キュイ」と鳴き、ブラックが無音の波を放つ。

皆、夢の中に揃っていた。


「夢やけど……ここ、現実みたいや」よっしーの声はいつもより低い。

「夢は糸ですニャ。結ばれておるですニャ」ニーヤの言葉が霞に溶けた。


鐘が揺れる。

沈黙が深くなり、霧が割れる。

向こうに街が見えた。まだ起きていない未来の街。

人々が逃げ惑い、屋根が崩れる。

そして──鐘が鳴る。


その瞬間、二すずの音が重なった。

ちりん。

鐘の音は霧の奥に消え、ユウキは目を覚ました。



III 翌朝の検分


「……やっぱり見たか」

クリフの目の下には濃い影があった。

「あの鐘の前に立った。夢なのに、剣が重かった」


「ぼくも同じ夢を見た」りんくが短く告げる。

「キュイ」

ブラックも頷くように鳴いた。


「夢が“名付けの網”に引っかかってる可能性あるな」よっしーが唸る。

「座で拾った残響は、起きても消えんかったし」


「鐘は未来を鳴らすのか、それとも夢が鐘を鳴らすのか」ユウキが問いかける。

答える者はいない。

ただ、あーさんが二すずを胸に寄せ、静かに言った。

「夢を夢のままに撓めること。まずはそれが、蝶番でございます」



IV 余白


市の片隅で、老人が夢の続きを語っていた。

「鐘は鳴らなかった。代わりに小さな鈴の音がして、目が覚めた」


それは誰の鈴の音だったのか。

あーさんの二すずか。

少年ヨアンの声か。

あるいは──まだ現れていない誰かの名か。


夢は続いている。

眠りにつくたび、次の鐘の影が見えるかもしれない。

未来を夢で鳴らさせぬために。







後書き(しるし)


•今回は「夢の共有(未来の鐘)・前編」。

•市の人々が同じ夢を語り、ユウキたちも夢に引き込まれた。

•鐘は鳴らなかったが、沈黙そのものが圧力として描かれる。

•次回後編では、夢の縁をどう撓めるか、「座」と「二すず」「ブラックの周波」での対応が描かれる。


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