炉街、第三炉フォージ——鎚は手、炉は器
臨時の黒板を荷車から降ろし、工廠帯へ吹きおろす熱い風の上手に立てた。
あーさん(相沢千鶴)が白墨で三行に今日の二行をすばやく添える。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
鎚は手。
炉は器。
胸骨の前で二拍。
とん・とん——B0.6。
静けさは扉。
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1)炉街——焼印の名札、打ち付けられた職
北の工廠帯に入ると、レンガの煙突が林立し、鼓動のような槌音が大地を揺らしていた。
通りには鉄片が敷かれ、路肩に焼印機。番所の職吏が人の腕をつかみ、真紅の焼印で名を番号に焼き替えていく。
「354。役目は鋲打ち。笑わない。歌わない。休憩は槌八十打ごと」
「……ソウって呼んでやってください」
母親の声は槌音に溶け、職吏は耳を貸さない。少年の腕に354がじゅっと押し付けられ、かすかな焦げの匂いが漂った。
セレスが氷地図の炉街に炉印を落とした。
「主宰は第三炉フォージ。打ち付け/鍛接で“形を固定”。焼印は“火押し”。炉口の喉と鎚の口を座にできれば、火は器に戻る」
ガロットが槍尻で地をとん・とん。
「目的は三つ。
一、炉の喉(炉口蝶番・天井梁・煙道枠)と鎚の口(打面・柄継手)を倒さず座らせる(舌凧×2+風幕重ね+縦抱え帆柱+枡枕)。
二、火押鎖と鍛接鎖の直結をほどほどに解き、“押す火”と“押す鎚”を“置く火”“触れる鎚”へ戻す。
三、人は返す。非致死、ほどほど」
よっしーが虚空庫をぼん。
風幕二十、フェルト幕(厚)、濡れ麻布束、消し灰袋、沈黙箱(細・中・太)、舌袋、返火鍵、返鎚鍵、角布・拭い布、鎖輪、チェーンブロック、楔、枡枕。
今日の腹は——牛すじと根菜の煮込み、焼きおにぎり、べっこう飴、麦茶。
(黒板の端にリナが小さく「おやつは二個まで」と追記。ルフィは三つ目のべっこう飴に手を伸ばしかけ、そっと戻した。今日もほんとうにえらい。)
胸骨の前に二拍。
とん・とん。進発。
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2)段取り——五鈴法・炉版/四鈴法・鎚版
リリアーナが耳鈴で一の鈴——名をB0.6でちり。
ロウルが二の鈴——拍で地へとん・とん。
あーさんが三の鈴——火の札を掲げ、ブラックが四の鈴——炉口で羽をひと撫で。
五の鈴——返火はまだ。炉の様子を見て置きどころを決める。
並行して、セレスが指で合図。
「四鈴法・鎚版。
一——名、二——拍、三——鎚口(打面の喉に“座”)、四——返鎚(叩くを触れるへ)」
よっしーが風幕を炉口の風上にぱさ、フェルト幕が炎の高域を毛布に落とす。
俺は扉縫合(Lv.2)で炉口蝶番の角に点。
カチ。
火の鳴きが半拍座った。
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3)第三炉フォージ——鉗子の指、ふいごの胸、金床の笑い
母炉の影から、炉の形をした者が現れた。
胸はふいご、肩は金床、指は鉗子。胸元の小さな火口飾りがちり…と鳴る。
第三炉フォージ。
「名は柔らかすぎる。打てば形になる。焼けば忘れない」
フォージが鉗子で指示を出すたび、通りの焼印機がじゅっと鳴き、腕に354、228、619が増えていく。
あーさんが板を軽く立て、短く。
鎚は手。
炉は器。
「手は触れるため。器は置くため。押すためではありません」
フォージがかすかに笑い、ふいごをぶわと鳴らす。
「礼法は火を弱める。市場は強火を求める」
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4)火を“座”へ——舌凧×縦抱え×枡枕
「揚げる」
俺とニーヤの舌凧が炉口と煙道枠へふわ。
あーさんの似せ印を浅く、扉縫合で角に点。
ブラックの羽衣、ニーヤの薄膜で高域を熱へ落とし喉へ温。
カチ、カチ。
“噛む火”が“座る火”の姿勢に変わる。
ツグリの縦抱え帆柱が天井梁を抱え、よっしーの枡枕が金床の鳴きを丸める。
チトセが消し灰を薄くまき、火押しのキンを湯気にほどく。
白墨袋で通りに白の返口を二つ——休憩場と祠。
焼印機の針が一拍遅れて沈み、押す前に座が割り込む。
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5)鎚を“触れる手”へ——返鎚
職吏が大鎚を構え、少年ソウの肩へ振り下ろそうとする。
ロウルの裏拍、フェイのとん・とんが鎚の拍を外す。
俺は返鎚鍵で鎚口の角に点、あーさんが板で短く。
鎚は手。
手は触れる。
よっしーの濡れ麻布が鎚面をぴとと覆い、ブラックの羽衣が火花を湯気に変える。
カチ。
鎚は倒れず、座った。
ソウの肩は守られ、彼の胸骨の前で二拍がとん・とん。
「……ソウ」
合唱鍵がB0.6でちり。
焦げた「354」の縁が薄れ、皮膚の名が戻り始める。
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6)火の徒弟たち——スパークインプとスラグゴーレム
炉口の奥からスパークインプが飛び出し、火の粉を撒いた。
リンクが梁から二段で降り、継手へちょん、ちょん。
ニーヤの薄膜、ブラックの羽衣、俺の扉縫合が炉口の角に点。
カチ。
インプは倒れず、座って火消し桶へ。
スラグゴーレムが通りの真ん中でどすん。
サジとカエナが屋根から滑り、藁布ふわりと消し灰を“薄く”。
「効きすぎはナシ」
よっしーの沈黙箱(太)がゴーレムの胸にふわ、非致死捕縛/麦茶済。
「……温いのは正義」
「節度や」よっしー。
ルフィが桶を覗き、「アタシがやっつけたって言ってよい?」
「非致死でほどほどに、ね」リナ。
ルフィはべっこう飴二個で止め、三個目に手を伸ばしかけてそっと戻した(今日もほんとうにえらい)。
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7)フォージの“鍛接歌”——押しの節をほどく
第三炉フォージが金床を指でちんと鳴らし、鍛接歌を口ずさむ。
「赤で乗せ、橙で打ち、白で閉じる。
名は鋼、人は鋲。外れぬよう、打て、打て、打て」
通りの焼印機が歌に呼応し、押しのリズムで腕が次々焦げる。
あーさんが板を立て、短く。
流れは拍。
交差は合拍。
「合拍に礼をのせ、拍を座に落とす」
リリアーナが指を上げる。
「五の鈴——返火」
耳鈴がB0.6でちり。
俺は返火鍵を掌でとん、炉口の角に点。
ブラックの羽衣が火の高域を熱へ、ニーヤの薄膜が喉に温。
カチ。
歌の押しは湯気にほぐれ、拍だけが座へ残る。
焼印機の針は浮き、少年ソウの腕の354は縁の線だけになった。
「……名前、返ってきた」
母親の目が潤む。
ソウは胸骨の前で二拍、とん・とん。
「ソウ」
合唱鍵がちり、通りの数人がそれぞれ名を呼び直した。
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8)勇者(選ばれた側)の顔——“鍛治フェス”“永久保証”“ライン最適化”“次の鐘”
白天幕の上、勇者レンは自動記録器に向かって笑顔。
「“レン、鍛治フェスの火を演出!”」
——炉は座に。映えは湯気へ溶ける。
仮設窓口の勇者サリアは金の細紐を指に絡め、柔らかく囁く。
「永久保証契約に入れば、焼印は維持されます。社会的信用も優先通行も——」
人々が名を自分の声で置き直すと、紐は縁に戻り、サリアは微笑みながら舌打ち。
見晴台の勇者シュウは規律眼鏡の奥で工廠帯を見下ろし、図面に赤×。
「非効率。ライン最適化が最適」
図面の角にあーさんの一筆——秩序は座。
眼鏡は曇ったまま。
砂走りの狭間で勇者トウマは黒い栞を押さえ、短く記す。
「“火を座にされた……次は鐘だ”」
(——第二鐘ベル、来る)
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9)炉の奥座敷——“最初の火”と古い名の借り
母炉の背に奥座敷。小さなビード玉が棚に並び、ひとつずつに人の最初の火が封じられている。
「最初の火を止めれば、名は冷える。君の胸骨の古い名……借りたい」
第三炉フォージの鉗子が俺の胸を指す。
——胸骨の裏でとん。イシュタム。
(貸さない。返すために置く)
あーさんの指が二拍。とん・とん。
リリアーナが静かに合図。
「五鈴法・炉版、四——炉口/五——返火」
俺は返火鍵で玉棚の口の角に点、ブラックの羽衣、ニーヤの薄膜。
カチ。
封じられた火は押しを失い、灯へ戻る。
チトセが消し灰を薄く撫で、座に落ち着かせる。
ガロットが槍尻でとん・とん。
「戻り火、確認」
第三炉フォージのふいごが小さく息を吐く。
「返してばかりで、市場は退屈する」
「退屈は安心の別名」あーさん。
フォージは金床を指でちんと鳴らし、礼をひとつ置くと熱のむこうに薄れた。
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10)落としどころ——炉街は“座炉場”、鎚場は“合い拍工房”
セレスの声が短く速い。
「白を三口、市口・学童前・祠。炉街→座炉場、鎚場→合い拍工房。返火鍵/返鎚鍵の運用開始。非致死、ほどほど」
ツグリの帆柱が梁を抱え直し、よっしーが枡枕を角に置く。
俺は扉縫合で炉口蝶番の角に点、ブラックの羽衣が最後のキンを熱へ、ニーヤの薄膜が喉を温め切る。
カチ、カチ、カチ。
通りの焼印機は倒れず、返口の横で“印押し→印置き”の説明札に変わった。
ソウは母の手を握り、胸骨の前で二拍。
「……ソウ」
合唱鍵がちり。
バーグ兵士長はむくれて腕をさすり、牛すじ煮込みをおかわりに伸ばしかけ、リナに見られて手を引っ込めた(ルール順守)。
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11)学園式の昼餉——“二個まで”と舌ならし
「ほな、飯や」
よっしーの屋台が牛すじと根菜の煮込みをよそい、焼きおにぎりを配り、べっこう飴を並べる。
「べっこう飴は二個まで! 麦茶はおかわり一回!」
「アタシここ一生いたい」
「出るために食べるのよ」あーさん。
ルフィは三個目の飴に手を伸ばしかけ、そっと戻した(今日も最後までほんとにえらい)。
リリアーナが受け札を張り替える。
「炉街→座炉場。焼印→名札。返火鍵/返鎚鍵常設、返口は常時一口」
ジギーは骨騎士に合図し、工廠帯の外周に針入れを埋める。
「火箸も針も、まず座に仕舞え。返す時は糸を一本、座の長さで」
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12)小稽古——“打つ前の二拍”
白が三口、学園広場へ。
「今日の名」が順に呼ばれ、子ども達は胸骨の前で二拍——とん・とん、一音一字を名盆に置く。
ロウルの拍が座り、合唱鍵がB0.6でちり。
リナは炉学の札を掲げ、「打つ前の二拍。押さず、置く」。
チトセが濡れ麻布の使い方を示し、笑い声が橋になる。
耳飾りがちり。
『王都学院評議より、炉学/鎚学の常設承認。返火鍵/返鎚鍵/濡れ麻布/消し灰袋の規格化通過。
追記:北辺の鐘楼帯に“鳴り街”の徴。第二鐘ベル(鳴号/合図の独占)の気配。鐘と合図の押しに注意、四鈴法・鐘版(名/拍/鐘口/返鐘)の準備』ミカエラ。
セレスが氷地図に小さな鐘印を落とす。
よっしーがブルーシートを肩に担ぎ直す。
「毛布は正義、白も正義。湯屋は……」
「節度」全員。
「はい」
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13)終礼——黒板の二行
夕刻の終礼。
あーさんが黒板に三行+二十行を書き連ね、今日の二行を添える。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
道筋は地図。
重みは枡。
車輪は縁。
橋は手。
流れは拍。
舟は器。
港は掌。
門は蝶番。
鍵は歌。
広場は皿。
交差は合拍。
刃は道具。
鞘は布。
重さは値。
秤は器。
街は器。
恐れは影。
塔は柱。
声は橋。
鏡は面。
面は器。
鎚は手。
炉は器。
枠は型。
型は器。
箱は蔵。
蓋は布。
車は軸。
輪は縁。
工房は炉。
教室は広場。
櫂は手。
舵は蝶番。
港は掌。
舷は縁。
灰は跡。
跡は縁。
時は拍。
鐘は合図。
印は紐。
紐は縁。
砂は面。
面は器。
声は橋。
喉は蝶番。
影は跡。
路地は広場。
骸は器。
魂は名。
そして今日の二行。
鎚は手。
炉は器。
子どもたちがB0.6で自分の名を呼び、道具(返火鍵・返鎚鍵・濡れ麻布・消し灰袋・角布・拭い布・沈黙箱・舌袋・風幕・枡枕)の名を撫でる。
黒板の「今日の名」に新しい丸が増え、リナが丁寧に色を変えて丸を付けた。
ガンツは「炉」の字を指でなぞり、木枡に麦茶を注ぎながら笑う。
ルフィはべっこう飴を二つで止め、三つ目をそっと戻した(今日も最後までほんとにえらい)。
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14)屋上の夜——次の扉、“鳴り街、第二鐘ベル”
星が近い。北辺の鐘楼帯で、鐘が間欠にぼうんと鳴り、そのたびに街の人が同じ動きで立ち止まる。
クリフさんが弓弦をとんと鳴らす。
「合図を押されると、矢名は勝手に放たれる」
セレスが氷地図に鐘印を重ねる。
「第二鐘ベル。鳴号/合図の独占。対処は——風幕で残響を毛布に、舌凧で鐘口蝶番に点、縦抱えで梁を抱える。
四鈴法・鐘版(名/拍/鐘口/返鐘)と、五鈴法・合図版(名/拍/標/口/返標)の準備」
あーさんが板を抱え、静かに微笑む。
「講話は短く。
鐘は合図。
合図は礼。
——明日の黒板に、きれいに書こう」
胸骨の前で二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
稽古は続く。
開ける。閉める。そして、返す。




