函の街、第五函チェスト——箱は蔵、蔵は座
臨時の黒板を荷車から降ろし、鉱峡に吹き下ろす風の上手に立てた。
あーさん(相沢千鶴)が白墨で、いつもの三行に今日の二行を添える。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
箱は蔵。
蔵は座。
胸骨の前で二拍。
とん・とん——B0.6。
静けさは扉。
「短く点呼」
「ユウキ」
「よっしーや」
「クリフさん」
「ニーヤですニャ」
「リンク」——「キュイ」
「あーさん、相沢千鶴にございます」
「……カァ(ブラック)」
《蒼角》ロウル/ツグリ、《炎狐》フェイ/チトセ。
後詰「ガロット」「セレス」。外縁「ジギー」「サジ」「カエナ」「ゴブリン若者隊**」。
特記:リリアーナ(台帳・呼び戻し札・受付筆リモート)。バーグ兵士長(捕虜札「非致死捕虜/雑炊済」)は本日も口は元気、膝は素直。
セレスが氷地図の鉱峡へ箱印を二重に落とす。
「函の街。人は保管番号で呼ばれ、名や所持が“預かり”の名で取り上げられている。中心に“母函”、主宰は——第五函チェスト」
ガロットが槍尻でとん・とん。
「目的は三つ。
一、箱の喉(枠蝶番・箱梁・箱口枠)を倒さず座らせる(舌凧×2+風幕重ね+縦抱え帆柱+枡枕)。
二、奪容鎖と枠鎖の直結をほどほどに解き、“奪う箱”を“置く蔵(座蔵)”へ戻す。
三、人は返す。非致死、ほどほど」
よっしーが虚空庫をぼん。
風幕、フェルト幕(厚)、遮光帆、沈黙箱(細・中・太)、舌袋、返蔵鍵、貸し借り帳、棚札、角布・拭い布、鎖輪、チェーンブロック、楔、枡枕。
今日の腹は——鉱夫スープ(豆と根菜)、じゃがいもパン、いも羊羹、麦茶。
(リナが黒板の端に小さく「おやつは二個まで」と書き添え、ルフィは三つ目の羊羹に手を伸ばしかけてそっと戻した。今日もほんとうにえらい。)
胸骨の前にもう一度二拍。
とん・とん。出立。
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1)鉱峡の函の街——“保管番号”で呼ばれる人々
鉱脈の切れ目に積み上がる倉街。通り沿いの戸口には鉄の番号札、軒ごとに投函口。
番所の役は帳面をめくり、並ぶ人々を指で数える。
「保管番号七‐十二、配給は小箱一つ。名? 番号で足りる」
母親が小声で言う。「……カナって呼んでやってください」
役人は眉をひそめ、子の耳に白に見える札を掛けた。角には小さな黒い膜。
(偽白。押すための札だ)
入口の柱に白の口を一口。
リリアーナが一の鈴——名をB0.6でちり、ロウルが二の鈴——拍でとん・とん。
あーさんが三の鈴——枠の札を掲げ、ブラックが四の鈴——箱口で羽をひと撫で。
四鈴法・函版、下準備。
鏡のように冷えた箱鳴きが、毛布の下へ半拍落ちる。
「風幕一段」
よっしーのブルーシートが母函の風上にぱさ、フェルト幕が金属のキンを湯気へ。
俺は扉縫合(Lv.2)で枠蝶番の角に点。
カチ。
母函の軋みが座に寄った。
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2)第五函チェスト——収めて奪う“奪容”
母函の陰から、四角い影が滑り出た。
袖は包み紙、指は留め金、胸元には小さな鍵舌。
第五函チェスト。
「持つのは不安、預けるのは安寧。君らの名も、不安を減らすため一括保管しよう」
その声と同時に、通りの木箱がぱたぱたと開閉し、子の玩具や手紙が吸い込まれる。
耳札の黒膜がじわと広がり、名が「保管番号」に書き換わる。
あーさんが板を軽く立て、短く。
箱は蔵。
蔵は座。
「蔵は返すために置くのです」
チェストが笑む。
「返す? 返すくらいなら集めない。市場は満ち、私の蔵は栄える」
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3)“箱の喉”を座へ——舌凧×縦抱え×枡枕
「揚げる」
俺とニーヤの舌凧が箱口枠と枠蝶番へふわ。
あーさんの似せ印を浅く、扉縫合で角に点。
ブラックの羽衣、ニーヤの薄膜。
カチ、カチ。
“飲み込む口”が“置く口”の姿勢に座り始める。
ツグリの縦抱え帆柱が箱梁を抱え、よっしーの枡枕が箱台の鳴きを丸める。
チトセが白を二口、返却口と受け渡し台へ太く落とす。
サジとカエナが仮止めクリップで“封紐”を一旦留め、効きすぎはナシ。
母函の金具がぴしりと鳴った。
「奪容の喉を——座にされたか」
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4)“返蔵”の棚をつくる——貸し借り帳と棚札
「五鈴法・返蔵版、開けます」セレス。
一の鈴——名。
二の鈴——拍。
三の鈴——蔵(置き場を座へ)。
四の鈴——口(返し口に“座”)。
五の鈴——返蔵(入出の礼を記す)。
よっしーが貸し借り帳と棚札を配り、リリアーナが受け札を釘に吊る。
「預けるなら名で置く。返す時は一音呼んで、二拍」
ロウルの裏拍、フェイのとん・とん。
子が胸骨の前で二拍。
「……カナ」
合唱鍵がB0.6でちり。
棚の引き出しがすると開き、リボンが戻る。
母は泣き笑いで受け取った。
チェストの指が留め金を弾く。
「返す仕組み? 効率が悪い」
「座が先。効率は後」あーさん。
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5)偽白ラベル——“預け”の顔をした“奪い”
番所の役が白に見える新しいラベルを配って回る。
角で黒膜が薄く光り、印には小さく∵(細点三つ)。
よっしーが拭い布で角を一撫で、俺が押し戻しタンポで印を**〈蔵〉に差し替える。
カチ。
ラベルは名札となり、棚の座に落ち着いた。
「検定印は正義や」よっしー。
「毛布も正義**」ブラックが羽衣をひらり。
(バーグが「湯屋は?」と口を開きかけ、リナに見られてそっと麦茶を飲んだ。節度。)
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6)梱包鬼と箱虫——非致死で“ほどほど”
路地の奥から梱包鬼が四体、箱虫がざらざら。
サジとカエナが屋根から滑り、藁布ふわりと痺れ粉を“薄く”。
「効きすぎはナシ」
リンクが梁から二段、梱包縄の継手へちょん、ちょん。
俺の扉縫合が箱口の角に点、ニーヤの薄膜、ブラックの羽衣。
カチ。
鬼は倒れず、座って荷台に。
ルフィが荷台を覗き、「アタシがやっつけたって言ってよい?」
「非致死でほどほどに、ね」リナ。
ルフィはいも羊羹二切れで止め、三つ目に手を伸ばしかけてそっと戻した(今日もほんとうにえらい)。
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7)第五函の“奥の間”——名を封じた小函
母函の奥、細かい小函が面で積まれ、ひとつひとつに名の最初の一音だけが刻まれている。
「返すには残音が要る。君の胸骨の古い名……借りよう」
チェストの視線が俺の胸へ。
——胸骨の裏でとん。イシュタム。
(貸さない。返すために置く)
あーさんの指が二拍。とん・とん。
「三の鈴——蔵」
リリアーナの耳鈴。
俺は返蔵鍵を掌でとん、小函の口の角へ点。
カチ。
刻まれていた一音が盆にぽとりと落ち、子の胸に返る。
「……ユ」
合唱鍵がちり、残りの音が自ずと座へ。
第五函チェストの口元がぴくり。
「返してばかりで蔵は満ちるのか?」
「満ちるよ。座と礼でね」俺。
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8)勇者サイドの顔——“開封”と“保管契約”と“倉庫効率”
白天幕の上、勇者レンが自動記録器に向かって笑顔。
「“レン、開封式をプロデュース!”」
——母函は語り蔵へ。開封の映えは座に溶ける。
仮設窓口の勇者サリアは金の細紐を指に絡める。
「契り名を私が預かれば、安全に保管できます」
人々が自分の名で置き始めると、紐は縁の役に落ち着き、サリアは微笑みながら舌打ち。
見晴台の勇者シュウは規律眼鏡の奥で蔵を見下ろし、図面に赤×。
「非効率。集中倉庫が最適」
図面の角にあーさんの一筆——秩序は座。
眼鏡は曇ったまま。
砂走りの狭間で勇者トウマは黒い栞を押さえ、短く記す。
「“函で座を作られた……次は枠だ”」
(——枠が来る)
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9)落としどころ——函の街は“蔵場”、母函は“寄せ蔵”
セレスの声が低く速い。
「白を三口。市口・学童前・祠。母函は“寄せ蔵”、通りは“蔵場”。貸し借り帳と棚札を常設。非致死、ほどほど」
ツグリの帆柱が箱梁を抱え直し、チトセが白を追加。
よっしーは枡枕を角ごとに置き、俺は扉縫合で枠蝶番の角に点。
ブラックの羽衣が最後のキンを熱に、ニーヤの薄膜が喉を温め切る。
カチ、カチ、カチ。
母函は倒れず、“寄せ蔵(返す前提の置き場)”として座った。
第五函チェストは包み紙の袖を正し、一礼。
「座る蔵……市場は退屈するだろう」
「退屈は安心の別名です」あーさん。
チェストは薄く笑い、「次は枠で」とだけ残して箱影へ沈んだ。
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10)学園式の昼餉——“二個まで”と“返す味”
「ほな、飯や」
よっしーの屋台が鉱夫スープをよそい、じゃがいもパンを配り、いも羊羹を並べる。
「羊羹は二個まで! 麦茶はおかわり一回!」
「アタシここ一生いたい」
「出るために食べるのよ」あーさん。
ルフィは三つ目の羊羹に手を伸ばしかけ、そっと戻した(今日も最後までほんとうにえらい)。
バーグはむくれてパン二つ目に伸ばしかけ、リナに見られて手を引っ込めた(ルール順守)。
「……温いのは正義だ」
「節度や」よっしー。
リリアーナが受け札を張り替える。
「函の街→蔵場。母函→寄せ蔵。返蔵鍵/貸し借り帳/棚札の運用開始、返口は常時一口」
ジギーは骨騎士に合図し、蔵場の外周に針入れを埋める。
「鍵も針も、まず座に仕舞え。返す時は糸を一本、座の長さで」
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11)小稽古——“しまう/出す”の礼法
白が三口、学園広場へ。
「今日の名」が順に呼ばれ、子ども達は胸骨の前で二拍——とん・とん、名盆に一音を置く。
ロウルの拍が座り、合唱鍵がB0.6でちり。
リナは返蔵の札を掲げ、「しまうと出すは同じ拍。押さず置く」。
笑い声が橋になっていく。
耳飾りがちり。
『王都学院評議より、函学/蔵学の常設承認。返蔵鍵/棚札/貸し借り帳の規格化通過。
追記:鉱峡の外れで“規格路”の噂。第四枠フレーム(型押し)の気配。枠と型に注意、四鈴法・枠版(名/拍/枠/返枠)の準備』ミカエラ。
セレスが氷地図の北端に枠印を落とす。
よっしーがブルーシートを肩に担ぎ直す。
「毛布は正義、白も正義。湯屋は……」
「節度」全員。
「はい」
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12)終礼——黒板の二行
夕刻の終礼。
あーさんが黒板に三行+二十行を書き連ね、今日の二行を添える。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
道筋は地図。
重みは枡。
車輪は縁。
橋は手。
流れは拍。
舟は器。
港は掌。
門は蝶番。
鍵は歌。
広場は皿。
交差は合拍。
刃は道具。
鞘は布。
重さは値。
秤は器。
街は器。
恐れは影。
塔は柱。
声は橋。
鏡は面。
面は器。
鎚は手。
炉は器。
枠は型。
型は器。
箱は蔵。
蓋は布。
車は軸。
輪は縁。
工房は炉。
教室は広場。
櫂は手。
舵は蝶番。
港は掌。
舷は縁。
灰は跡。
跡は縁。
時は拍。
鐘は合図。
印は紐。
紐は縁。
砂は面。
面は器。
声は橋。
喉は蝶番。
影は跡。
路地は広場。
骸は器。
魂は名。
そして今日の二行。
箱は蔵。
蔵は座。
子どもたちがB0.6で自分の名を呼び、道具(返蔵鍵・棚札・貸し借り帳・角布・拭い布・沈黙箱・舌袋・風幕・枡枕・仮止めクリップ)の名を撫でる。
黒板の「今日の名」に新しい丸が増え、リナが丁寧に色を変えて丸を付けた。
ガンツは「蔵」の字を指でなぞり、木枡に麦茶を注ぎながら笑う。
ルフィはいも羊羹を二つで止め、三つ目をそっと戻した(今日も最後までほんとにえらい)。
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13)屋上の夜——次の扉、“規格路、第四枠フレーム”
星が近い。鉱峡の外れに直線が伸び、地面に規格の溝が刻まれていく気配。
クリフさんが弓弦をとんと鳴らす。
「型で名を押されると、矢名が枠にはめられる」
セレスが氷地図の北端に枠印を重ねる。
「第四枠フレーム。型押しで輪郭を固定。対処は——風幕で硬冷を毛布に、舌凧で枠蝶番に点、縦抱えで梁を抱える。
四鈴法・枠版(名/拍/枠/返枠)と、五鈴法・型版(名/拍/型/口/返型)を用意」
あーさんが板を抱え、静かに微笑む。
「講話は短く。
枠は型。
型は器。
——明日の黒板に、きれいに書こう」
胸骨の前で二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
稽古は続く。
開ける。閉める。そして、返す。




