鏡面回廊、第十口トング——言は橋、鏡は面
臨時黒板を荷車から降ろし、湖風の上手に立てた。
あーさん(相沢千鶴)が白墨で三行に今日の二行をすばやく添える。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
言は橋。
鏡は面。
胸骨の前に二拍。
とん・とん——B0.6。
静けさは扉。
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1)湖畔の“無言”——動く口、遅れて喋る影
北東の湖、朝凪。
水面は磨かれた刃のように静かで、湖岸から奥へ伸びる鏡面回廊が歪んだ四角をいくつも連ねていた。
回廊の入口で、村人が口を開ける。
「……(おはよう)」——音が出ない。
代わりに、回廊の二つ目の鏡の中で同じ口が開き、遅れて「おはよう」と喋った。
「言葉が盗られてるのですニャ」ニーヤが耳を伏せる。
「声は出とるのに、本人に返って来ん」よっしーが肩を竦め、虚空庫をぼん。
ブルーシート(風幕)/フェルト(吸音)/舌袋/返言鍵/言札/鏡覆い布/曇り粉/拭い布/角布……どっさり。
今日の腹は——きつねうどん、おにぎり、レモネード、バタークッキー。
(リナが端っこに小さく「おやつは二個まで」と書き足したのは言うまでもない)
セレスが氷地図に口印を落とす。
「主宰は十逆・第十口トング。“言盗り”。言を挟んで奪い、鏡面を通して移送する。回廊の角に“口蝶番”が仕込まれている」
ガロットが槍尻でとん・とん。
「目的は三つ。
一、口の喉(口蝶番・鏡梁・言口枠)を倒さず座らせる(舌凧×2+風幕重ね+縦抱え帆柱+枡枕)。
二、言押鎖と面鎖の直結をほどほどに解き、“奪う口”を“返す口(返言口)”へ戻す。
三、人は返す。非致死、ほどほど」
リリアーナの耳鈴がB0.6でちり。
『四鈴法・口版(名/拍/言口/返言)を現地解禁。呼べば戻る』ミカエラ。
胸骨の前で二拍。
とん・とん。出立。
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2)段取り——四鈴法・口版
入口の石に白墨で白の口を一口。
リリアーナが一の鈴——名。
ロウルが二の鈴——拍でとん・とん。
あーさんが三の鈴——言口の札を掲げ、ブラックが四の鈴——返言で羽をひと撫で。
四つが重なり、鏡面のキンが湯気にほどける。
「風幕一段」
よっしーのブルーシートが回廊入口をぱさ、フェルト幕が高域を毛布に落とす。
俺は扉縫合(Lv.2)で口蝶番の角に点。
カチ。
言葉の流れが半拍座った。
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3)第十口トング——言を挟む舌
鏡の奥から、銀の鉗子のような影が歩み出た。
痩せた顎、長い舌、指先は挟具。胸元に小さな舌骨飾り。
第十口トング。
「きれいな声だ。留めて瓶に入れよう。市場で高く売れる」
ぬめった声が鏡を滑り、回廊の二つ目と四つ目の角がかちりと嚙み合った。
「やれやれ、礼儀わるい」あーさんが板を立て、短く。
言は橋。
橋は渡す。
「橋は挟まないのです」
トングの指が空を挟むと、俺の喉の奥がひゅ、と冷える。
——胸骨の裏でとん。
あーさんの指が袖口に二拍。
静けさは扉。
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4)鏡を“面”に、口を“座”に——舌凧×縦抱え×枡枕
「揚げる」
俺とニーヤの舌凧が口蝶番と言口枠にふわ。
あーさんの似せ印を浅く、扉縫合で角に点。
ブラックの羽衣、ニーヤの薄膜。
カチ、カチ。
回廊の角が“喉”から“面の継ぎ”へ座る。
ツグリの縦抱え帆柱が鏡梁を抱え、よっしーの枡枕(沈黙箱・太)が鏡台座の鳴きを丸める。
チトセが曇り粉を薄く撫でて窓を作り、視線の逃げ場を用意。
白墨袋で進路に白の口をふたつ、市場と祠の方角へ。
回廊の二つ目の鏡から、先ほど盗られた村人の「おはよう」が遅れて戻り、本人の肩がほどけた。
「……帰ってきた」
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5)“言の罠”——反響の袋と舌袋
トングが挟具をぱちん。
回廊の三つ目の鏡に反響袋がぶら下がり、声がそこに吸い込まれていく。
「舌袋!」
よっしーが投げる。俺は返言鍵で袋口の角に点。
カチ。
吸い込まれた音節が粒になって舌袋へ落ち、リリアーナが名盆に音を並べる。
「一音一字で返します。順番にね」
サジとカエナは回廊の上に滑り込み、鏡覆い布を角にふわ。
「効きすぎはナシ」
鏡の目は塞がず、端だけ曇らせて言の逃げ道を作る。
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6)偽りの声——映り身の挑発
鏡の中に俺たちの姿が並んだ。
よっしーの映り身が花街の引き戸をガラリと開け、「湯屋は正義や!」
「節度」と同時に本物よっしーの頭にぴしゃりとルフィの扇が入る。
(ルフィはバタークッキー三枚目に手を伸ばしかけ、そっと戻した。今日も本当にえらい)
クリフさんの映り身は弓を反転して弦を逆に張り、「効率…」とぼそり。
本物のクリフさんは無表情で弦をとん、鏡の中の音を上書きする。
「矢名は自分で置く」
鏡の中の弓が萎え、反響袋が一つ萎縮した。
トングの舌先が楽しげに蠢く。
「お行儀、素晴らしい。だから壊したい」
「壊させません。座らせます」俺。
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7)口を返す——四鈴法・口版の“四”
リリアーナの耳鈴がB0.6でちり。
「四の鈴——返言」
あーさんが板で短く。
言は橋。
返しは礼。
ブラックが羽衣で高域を熱に、ニーヤが薄膜で喉に温を置く。
俺の扉縫合が口蝶番の角に点。
カチ。
返言口が一口ひらき、名盆の音が本人の胸に戻る。
「……ありがとう」
合唱鍵がちり、ロウルの拍が座る。
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8)第十口トングの“挟み”——沈黙箱で座に
トングが鏡の縁に鉗子を食い込ませ、白の口へ黒の歯を立てる。
よっしーが沈黙箱(細)をかぱっと開いて、トングの挟具にふわと被せる。
「非致死やで!」
俺は角布で四隅をとん・とん、拭い布で“押”の角を丸め、押し戻しタンポで**〈返〉の印へ差し替える。
カチ。
トングの挟具は閉じたまま座り、鏡の面は面**に戻る。
第十口トングは首をかしげ、薄く笑った。
「返ってばかりでは退屈だろう?」
「渡して返す。それが楽しい」あーさん。
言い終える前に、あーさんは板の端を軽く弾いた。
言は橋——橋は往復。
回廊の三つ目と四つ目の角が**すう……**と緩み、湖風がひと筋通る。
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9)勇者(選ばれた側)サイドの顔——“切り抜き”と“沈黙”
白天幕の上、勇者レンは自動記録器を構えて「“無言の街を俺が救っ—”」
録音は無音。鏡回廊の影響で言を盗られ、口だけが滑稽に動く。
「映えへん日もある」よっしーが小声で同情する。
仮設壇の勇者サリアは、金の細紐を指に絡めて囁く。
「契り名を私が代わりに発してあげる」
が、合唱鍵のちりで群衆が自分の声を取り戻すと、彼女の紐は縁に戻って静まった。
砂丘の向こうで勇者トウマは黒い栞を押さえ、「“次は面でなく秤だな”」とだけ書見台に記すと、姿を消した。
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10)落としどころ——鏡面回廊は“語り回廊”へ
セレスの声が低く早い。
「白を三口。市場・学童・祠。回廊は語り回廊として座に。返言棚を二段、言札は一音一字で運用。非致死、ほどほど」
ツグリの帆柱が鏡梁を抱え直し、チトセが曇り粉を“縁だけ”撫でる。
よっしーは枡枕を角に置き、俺は扉縫合で口蝶番の角に点。
ブラックの羽衣が最後のキンを熱に落とし、ニーヤの薄膜が喉を温め切る。
カチ、カチ、カチ。
回廊は倒れず、“語り回廊(言を返す面路)”として座った。
第十口トングは沈黙箱を抱えたまま、鏡の奥へ一歩退く。
「返す街……覚えた。また別の口で」
鏡は湖風で曇り、影は薄くほどけた。
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11)学園式の昼餉——“二個まで”と舌ならし
「ほな、飯や」
よっしーの屋台がきつねうどんを配り、おにぎりを乗せ、レモネードを注ぐ。
「バタークッキーは二個まで! レモネードはおかわり一回!」
「アタシここ一生いたい」
「出るために食べるのよ」あーさん。
ルフィは三枚目のクッキーに手を伸ばしかけ、そっと戻した(今日も本当にえらい)。
バーグ兵士長はむくれながらおにぎり二つ目に伸ばしかけ、リナに見られて手を引っ込めた(ルール順守)。
「……温いのは正義だ」
「節度や」よっしー。
リリアーナが受け札を張り替える。
「鏡面回廊→語り回廊。口蝶番は座化。返言棚/言札の常設、返言口は常時一口」
ジギーは骨騎士に合図して、湖畔の並木の根元に針入れを埋める。
「言の針はここ。返す時は糸を一本、座の長さで」
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12)小稽古——“言置き”の練習
白が三口、語り回廊から学園広場へ。
「今日の名」が順に呼ばれ、子ども達は胸骨の前で二拍——とん・とん、一音一字を名盆に置く。
ロウルの拍が座り、合唱鍵がB0.6でちり。
喉の奥で固まっていた言がほどけ、笑い声が橋になる。
耳飾りがちり。
『王都学院評議より、口学/鏡学の常設承認。返言鍵/鏡覆い布の規格化通過。
追記:北西の峠で“量り場”の徴。第六衡スケール(値押し)の気配。重さと値に注意、五鈴法・衡版(名/拍/重/秤口/返値)の準備』ミカエラ。
セレスが氷地図に秤印を落とす。
よっしーがブルーシートを肩に担ぎ直す。
「毛布は正義、白も正義。湯屋は……」
「節度」全員。
「はい」
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13)終礼——黒板の二行
夕刻の終礼。
あーさんが黒板に三行+二十行を書き連ね、今日の二行を添える。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
道筋は地図。
重みは枡。
車輪は縁。
橋は手。
流れは拍。
舟は器。
港は掌。
門は蝶番。
鍵は歌。
広場は皿。
交差は合拍。
刃は道具。
鞘は布。
重さは値。
秤は器。
街は器。
恐れは影。
塔は柱。
声は橋。
鏡は面。
面は器。
鎚は手。
炉は器。
枠は型。
型は器。
箱は蔵。
蓋は布。
車は軸。
輪は縁。
工房は炉。
教室は広場。
櫂は手。
舵は蝶番。
港は掌。
舷は縁。
灰は跡。
跡は縁。
時は拍。
鐘は合図。
印は紐。
紐は縁。
砂は面。
面は器。
声は橋。
喉は蝶番。
影は跡。
路地は広場。
骸は器。
魂は名。
白は縁。
黒は格子。
そして今日の二行。
言は橋。
鏡は面。
子どもたちがB0.6で自分の名を呼び、道具(返言鍵・言札・鏡覆い布・角布・拭い布・沈黙箱・舌袋・風幕・曇り粉・枡枕)を撫でる。
黒板の「今日の名」に新しい丸が増え、リナが丁寧に色を変えて丸を付けた。
ガンツは「言」の字を指でなぞり、木枡にレモネードを注ぎながら笑う。
ルフィはバタークッキーを二枚で止め、三枚目をそっと戻した(今日も最後までほんとにえらい)。
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14)屋上の夜——次の扉、“量り場、第六衡スケール”
星が近い。峠の向こうに秤の皿のような月が昇る。
クリフさんが弓弦をとんと鳴らす。
「値を押されると、矢名が軽重で歪む」
セレスが氷地図の峠へ小さな秤印をもう一つ。
「第六衡スケール。重を値にすり替える。対処は——風幕で冷光を毛布に、舌凧で秤蝶番に点、縦抱えで梁を抱える。五鈴法・衡版(名/拍/重/秤口/返値)を用意」
あーさんが板を抱え、静かに微笑む。
「講話は短く。
重さは値。
秤は器。
——明日の黒板に、きれいに書こう」
胸骨の前に二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
稽古は続く。
開ける。閉める。そして、返す。




