車輪工房、輪縁教室——工房は炉、教室は広場
朝の学園(仮)150階。
黒板の「今日の名」に昨夜の丸がまた増え、合唱鍵は薄布の下で静かに息をしている。
あーさん(相沢千鶴)が白墨で三行に、今日の二行を足した。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
工房は炉。
教室は広場。
俺たちは扉の陰で胸骨の前に二拍。
とん・とん——B0.6。
静けさは扉。
「短く点呼」
「ユウキ」
「よっしーや」
「クリフさん」
「ニーヤですニャ」
「リンク」——「キュイ」
「あーさん、相沢千鶴にございます」
「……カァ(ブラック)」
《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」
後詰「ガロット」「セレス」。外縁「ジギー」「サジ」「カエナ」「ゴブリン若者隊」。
特記:リリアーナ(台帳・呼び戻し札・本部復帰許可)。バーグ兵士長(捕虜札「非致死捕虜/雑炊済」)は本日も口は元気、膝は素直。
ミカエラの耳飾りがちり。
『輪縁教室の設計図と安全規格を配信。輪心プレス、スポーク治具、縁焼き締め輪、軸受洗浄台、軽荷車(二輪)試作、巡回蔵(四輪)改装案。——三段安全合図は“名→拍→輪”、走行時は“拍→輪”のみ』
リナが黒板のすみに小さく「おやつは二個まで」と丸を描き、ルフィは袖の三つ目をそっと戻した(今日もえらい)。
よっしーが虚空庫をぼん。
ブルーシート十五枚、フェルト幕(厚)、吸音布、沈黙箱(細・中・太)、融雪塩、砂鉄袋(濃)、楔、角布・拭い布(ありがたい頂き物)、鎖輪、チェーンブロック、舌袋どっさり。
工具は——輪心プレス用の油圧筒、木工鉋、鋸、木釘、鉄箍。
食は——カレーうどん、焼き芋バター、コロッケパン、甘酒、ほうじ茶。
「買いすぎニャ」
「要る。今日は輪を座らせて、腹でも拍合わせる日や」
胸骨の前に二拍。
とん・とん。出立。
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1)工房の据え付け——炉は息をし、床は拍を打つ
150階・東端の空き区画。
壁はまだ生木の匂い、床は広い。
ミカエラが描いた白線の上に、ジギーの骸骨騎士が輪心プレス台をずしと置き、《蒼角》が縦抱え帆柱で天井梁と抱えて固定。
よっしーはブルーシートとフェルト幕で防音帯を張り、床に吸音布をぱさ。
ブラックが羽衣で高域を熱に落とし、ニーヤの薄膜が空気を温める。
俺は扉縫合(Lv.2)でプレス台の角に点。
カチ。
息を始めた炉心の唸りは、すう……に痩せて自鳴に戻る。
「あらためて、講話は短く」
あーさんが板を掲げる。
「工房は炉。炉は作るための器。
教室は広場。広場は渡すための皿。
叱るためでなく、返すために火を焚き、輪を回す」
B0.6で二拍。とん・とん。
子ども達(孤児、救出組、ゴブリン若者、村の娘息子)が一斉に胸骨の前で二拍を真似る。
「安全合図」
リリアーナが一の鈴で名、ロウルが二の鈴で拍、あーさんが撚り輪を掲げ五の鈴の代わりに輪を示す——三段安全合図が工房に座った。
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2)輪縁教室——第一講「輪の口、軸の蝶番」
黒板の横に、丸太輪と鉄箍の見本。
セレスが粉チョークで、輪の断面、軸と軸受、スポークの交点を描く。
「輪は縁。縁は器の口。口を荒らせば器は欠ける。
軸は蝶番。蝶番は開いたり閉じたりじゃなく、“回すための芯”。
——今日は“座って回る”輪を作る」
実習——
《炎狐》チトセが木取り班を率い、年輪の向きに沿って厚板を輪材へ。
《蒼角》ツグリがスポーク治具の台に角布をとん、俺が扉縫合で角を点、ニーヤが薄膜で喉を温め、ブラックの羽衣が高域を熱へ。
カチ。
治具は倒れず、座。
よっしーが鉄箍を炭火の上で温め、拭い布で汗を拭きながら言う。
「焼き締めはほどほどやで。締めすぎると割れる」
「はーい」
「おやつは二個まで」リナが後ろから釘を刺す。
ルフィは焼き芋バターの三切れ目をそっと戻し、代わりにほうじ茶をすすった(今日もちゃんとえらい)。
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3)来客——輪の達人たちと、ギルドの札
昼過ぎ。
工房の入口に、磨かれた輪を腰に下げた第五輪リム、矩尺を胸に抱えた第二枠フレーム、そして学匠局長アウラント。
彼らは工房を見渡し、子ども達の拍に耳を傾け、短く会釈。
「輪は縁。——ここは口が良い」リム。
「枠は型。——型が檻ではなく台として機能している」フレーム。
「設計は対話。——火の息が穏やかだ」アウラント。
それからもう一組。
王都ギルド本部から感謝状と「巡回依頼板」の札を持った使者。
リリアーナが受け取って短く告げる。
「受付筆、本日も座で運用中。巡回蔵と軽荷車で里—街道—学園の受け渡しを定期便にします」
バルド隊長(Aランク)が顔を出して、炊きたてのコロッケパンをひょいっと。
「うまいなコレ。……非致死でほどほどに片付く仕事が増えるなら、うちの隊も肩が軽い」
「ほどほどが命です」俺。
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4)正午の事件——工房荒らし、座で止める
「火事だぁぁぁぁ!」
奥の木棚から声。
コウジという新入りの少年が慌てて指差す。棚の影で白煙が細く立ち、鳴子がちりっと鳴った。
(匂いが違う——油と麻紐、着火用の遅燃布)
セレスが瞬時に目で合図、サジとカエナが影へ滑り込む。
「忍び足」
撒菱……ではなく小豆をぱら、床に石鹸水をちょん。
「足元気を付けてニャ」ニーヤが薄膜で空気を遮り、よっしーがフェルト幕で煙を毛布に包む。
俺は扉縫合(Lv.2)で棚の角に点、ツグリの縦抱え帆柱で棚を抱え、倒れ止め。
カチ。
火はすう……と痩せ、煙は舌袋に吸われた。
「うわっ!」
滑った二人組の男がぎゃふんと尻もち。
靴底には小豆、頭上には丸太どーん……ではなく藁布がふんわり降って来て視界を塞ぐ。
サジの痺れ粉が“薄く”舞い、カエナが竹槍の石突で膝裏をちょん。
「非致死」
ブラックがスリープサークルを薄く敷いて膝だけ落とす。
「非致死捕縛/甘酒済」リリアーナの札が飛ぶ。
男たちは聖教国の私兵崩れ。遅燃布を棚に仕掛け、鉄箍に砂利を混ぜて輪を割らせるつもりだったらしい。
よっしーが鼻を鳴らす。
「苦味に魚油混ぜとんな。ようある小細工や」
「ほどほどにお灸据えときます?」
「ほどほどで」
スポンジ弾がぽす。
二人の額に小さな赤い丸が二つ——節度の印。
「アタシがやっつけたと言ってよい?」ルフィが手を上げる。
「非致死でほどほどにやっつけはした。……が、おやつは二個まで」リナ。
ルフィはコロッケパンの三つ目をそっと戻した(ほんとにえらい)。
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5)輪の仕上げ——焼き締め、名の焼印
工房はすぐ座に戻る。
焼き締め輪が頃合い。よっしーが鉄箍を輪材にはめ、皆でとん・とんと木槌。
ブラックの羽衣で高域を熱に、ニーヤが霧膜で乾き過ぎを防ぐ。
ぱきっと危うい音が鳴りかけたところに、俺の扉縫合で角へ点。
カチ。
ひびは座で止まった。
「ようし輪が座った」
仕上げは焼印。
あーさんが短く言う。
「名は輪郭」
救出された子らが交代で、小さな焼印に自分の一字を刻し、縁の裏へちょいと押す。
焦げの匂いが少しだけ甘い。
「名を押すんじゃない。名を置くの」
あーさんの声は相変わらず短く柔らかい。
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6)軽荷車と巡回蔵——初走行
できたての軽荷車(二輪)が二台、巡回蔵(四輪/屋台併設)が一台。
ロウルが裏拍、フェイがとん・とん。
三段安全合図——名・拍・輪。
車体の唸りはすう……に座り、輪が縁らしく回る。
第一便:里から届いた干し野菜と粉を軽荷車で。
第二便:王都ギルド本部に教材と呼び戻し札束を巡回蔵で。
第三便:北縁の村へ冬靴と毛布、それに焼き芋バター(おやつは二個まで!)。
「出発進行〜」
ルフィが御者台で元気いっぱい。
「節度」
みんなに一斉に言われて、御者台で正座した。
「……出発進行」
(それでも可愛いのがずるい)
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7)小さな再会——クリフ家の糸
輪縁教室の隅、ソフィア(クリフさんの母)が麻糸を撚り縄にしていた。
エリサ(妹)はスポークの角を拭い布で撫でる。
クリフさんは弓弦をとんと鳴らしてから、照れくさそうに腰を下ろす。
「軸が座ると、弦も座るな」
ソフィアが笑う。
「家の軸も、ようやっと座ったよ」
エリサはスポークの一本に小さくEの字を刻し、焼印の横へ。
「名は輪郭」
あーさんの言葉が近くなった。
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8)輪縁講義・応用——“走りながら座る”
午後の応用講義。
セレスが黒板に二つの曲線を描く。
ひとつは押しの曲線、もうひとつは座の曲線。
「走りながら座るとは——押しを座へ変換し続けること。
方法は三つ。
一、風幕で外押を毛布に。
二、舌袋で走る叩きを受け、枡枕で喉を丸める。
三、輪そのものの縁に座を仕込む(輪縁札)」
リムが腰の輪から一枚の薄札を取り出す。
「輪縁札。縁に座を置く。返す時は磨いて返せ」
俺は受け取って輪の内側へ一枚とん。
カチ。
子ども達の目がきらきらしてる。
(こういう時、未来が見える気がする)
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9)夕刻の便り——川の拍、春の兆し
耳飾りがちり。
『北縁の寒気がやや緩む。川筋から氷解の兆し。帝国学匠局が浮標灯と流路枠の試験を開始。第三渠という名の技師が関与』ミカエラ。
セレスが氷地図の川に青い線を引く。
「流れは拍、舟は器。
浮標灯は詔の残り火で押す危険がある。
次は——川路だ」
あーさんが板を抱え、柔らかく微笑む。
「講話は短く。
櫂は手。
舵は蝶番。
——明日の二行は、これにしよう」
よっしーが背伸びして、ブルーシートを肩に担ぎ直す。
「風幕は正義。毛布も正義。湯屋は……」
「節度」全員。
「はい」
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10)学園(仮)・広場——輪の祝祭と“二個まで”
日が落ちる前、広場で輪の祝祭。
軽荷車が一台、子ども達を乗せずに空のまま、ゆっくり輪の音を響かせて一周。
合唱鍵がB0.6でちり、リリアーナが名を読み、ロウルが拍を打つ。
輪は縁らしく回って、座を崩さない。
よっしーの屋台がカレーうどんを次々と出し、甘酒が湯気を立てる。
「アタシここ一生いたい」
「出るために食べるのよ」あーさん(本日四回目)。
「おやつは二個まで」リナ(譲らない)。
ルフィはコロッケパン二つで踏みとどまり、三つ目をそっと戻した(今日も最後までほんとにえらい)。
バーグが器のふちを指でとんと叩く。
「……座ってる。腹も」
「値のある重さや」よっしー。
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11)終礼——黒板の二行
夕刻の終礼。
あーさんが黒板に三行+二十行。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
道筋は地図。
重みは枡。
車輪は縁。
橋は手。
流れは拍。
舟は器。
港は掌。
門は蝶番。
鍵は歌。
広場は皿。
交差は合拍。
刃は道具。
鞘は布。
重さは値。
秤は器。
街は器。
恐れは影。
塔は柱。
声は橋。
鏡は面。
面は器。
鎚は手。
炉は器。
枠は型。
型は器。
箱は蔵。
蓋は布。
車は軸。
輪は縁。
そして今日の二行。
工房は炉。
教室は広場。
子どもたちがB0.6で自分の名を呼び、道具(槌・鉗子・ふいご・枡・車輪・橋・舟・櫂・筆・鍵鈴・小鈴・針・分銅・扇・笏・鎚・拭い布・矩尺・角布・箱蓋・輪縁札・輪心プレス)の名を撫でる。
黒板の「今日の名」に新しい丸が増え、リナが丁寧に色を変えて丸を付けた。
ガンツは「輪」の字をもう一度練習してから、枡に甘酒を注ぎながら笑う。
ルフィは焼き芋バター二切れで止まり、三切れ目をそっと戻した(ミカエラの視線は今日も鋭い)。
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12)屋上の夜——次の扉、“氷解の川、浮標灯と流路枠”
星が近い。風はまだ冷たいが、遠くの黒が少し薄い。
クリフさんが弓弦をとんと鳴らす。
「輪が縁なら、舟は器。川に橋を架けずとも渡れるように」
セレスが氷地図の川筋に指を置く。
「浮標灯と流路枠。第三渠が拍を水に変えて押す仕組み。
対処は——風幕で水面の押しを毛布に、舌凧で舵蝶番に点、縦抱えで梁ではなく櫂を抱える。三鈴に舵鈴を加えた“四鈴法・舟版”を試す」
あーさんが板を抱えて笑う。
「講話は短く。
櫂は手。
舵は蝶番。
——明日の黒板に、きれいに書こう」
よっしーがブルーシートを肩に担ぎ直す。
「風幕は正義。毛布も正義。湯屋は……」
「節度」全員。
「はい」
胸骨の前に二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
稽古は続く。
開ける。閉める。そして、返す。
(つづく)




