恐怖街マスカレード——街は器、恐れは影
朝の学園(仮)150階。
黒板の「今日の名」に昨夜の丸がまたひとつ増え、合唱鍵は薄布の下で静かに息をしている。
あーさん(相沢千鶴)が白墨で、いつもの三行に今日の二行を書き足した。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
街は器。
恐れは影。
俺たちは扉の陰で胸骨の前に二拍。
とん・とん――B0.6。
静けさは扉。
「短く点呼」
「ユウキ」
「よっしーや」
「クリフさん」
「ニーヤですニャ」
「リンク」――「キュイ」
「あーさん、相沢千鶴にございます」
「……カァ(ブラック)」
《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」
後詰「ガロット」「セレス」。外縁「ジギー」「サジ」「カエナ」「ゴブリン若者隊」。
特記:リリアーナ(台帳・呼び戻し札)同行。バーグ兵士長(捕虜札「非致死捕虜/雑炊済」)は今日も口は元気、膝は素直。
セレスが氷地図の内郭西側、塔の影が落ちる区画に墨印を置いた。
「仮面街。夜になると第四灯の補助灯と古い幻写堂(映写礼拝舎)が連動して、路地の硝子や水面に“恐怖像”を投射する。住民は貼り仮面を付けさせられ、鐘の拍と合わせて恐怖の儀を繰り返す。十逆の“第九幕ヴェイル”が管理」
ガロットが槍尻で床をとん・とん。
「目的は三つ。
一、街区の空喉と叫び管、幻写堂の喉を倒さず座らせる(舌凧×2+風幕重ね+縦抱え帆柱+枡枕)。
二、貼り仮面と恐怖像の連結鎖をほどほどに解き、“外せる飾り”へ戻す。
三、人は返す。非致死、ほどほど」
耳飾りがちり。
『A-1〜A-5、白は太く維持。合唱鍵は二重輪“名→拍”。三鈴法は“幻写堂前”で部分解禁。呼べば戻る』ミカエラ。
リナが黒板の空欄をとんと叩き、チョークをそろえる。「おやつは二個まで」
ルフィは袖の三つ目をそっと戻した(今日もえらい)。
よっしーが虚空庫をぼん。
沈黙箱(細・中・太)/吸音布/静電ブラシ/耳栓/粘土団子/水袋/砂鉄/丸太/鎖輪/チェーンブロック/スポンジ弾。
ブルーシート十枚、パッチ布、香草包み(カモミール・柚子皮・生姜)、蒸し布束。
食は――コーンスープ、焼き栗、あつあつポップコーン(塩・キャラメル)。
「買いすぎニャ」
「要る。恐怖は冷える。腹から拍を焚くんや」
胸骨の前に二拍。
とん・とん。出立。
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1)塔の影、硝子の目がこちらを見る
内郭西側、狭い石路地。窓硝子はどれも薄黒く、雨樋は叫び管に結ばれている。
曲がり角にさしかかると、硝子に歪んだ顔が映り――いや、“映され”た。
ザザ……ンと低いB0.9の鳴り。胸骨が冷える。
「風幕!」
よっしーのブルーシートが路地の頭上にぱさ、毛布のように喉へ。
ブラックの羽衣が高域を熱に落とし、ニーヤが薄膜で叫び管を覆う。
俺は扉縫合(Lv.2)で管の角に点。
カチ。
鳴きはすう……に痩せ、顔はただの曇りに戻った。
「ここ、貼り仮面が落ちてますニャ」
ニーヤが拾い上げると、薄い紙皮に黒い墨で口だけが大きく描かれている。裏に連結鎖の小印。
あーさんが似せ印を浅く当て、板で一言。
「恐れは影。影は表があるから生まれる。表を座らせましょう」
リリアーナが蒸し布を開き、柚子生姜の香りを仮面に通す。
墨の匂いが薄れ、紙皮は“飾り”へ戻った。
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2)幻写堂へ
街の中央に幻写堂。かつては芝居小屋、今は祈祷機の子機に繋がる“恐怖礼拝舎”。
扉の上に子機、脇に光笏、屋根裏に鏡筒。
「段取り」
一、鍵班:舌凧で子機と鏡筒の蝶番を浅く、風幕で喉に毛布。
二、泥舌班(よっしー・ロウル・フェイ・骸骨):土舌+舌袋で叫び管の叩きを受け、枡枕で連結を痩せさせる。
三、寝かせ台班(ツグリ・骸骨):縦抱え帆柱で屋根梁の落差を抱える。
四、返送班:白を三口、受け渡し・台帳・コーンスープ。
「講話班はアタシが入口で短く」
よっしーが紙袋を掲げる。「ポップコーン作戦、発動や」
「映画館じゃないんだぞ」
「恐怖の街には映画館が付きもんや」
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3)入口の講話——街は器、恐れは影
あーさんが板を掲げ、声を柔らかく落とす。
「講話は短く。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
街は器。器は満たすためにある。
恐れは影。影は光の裏。裏は表があって座る」
胸骨の前に二拍。
とん・とん。
B0.6が入口の石へ沈み、扉の鳴きがためらう。
「揚げる」
俺とニーヤの舌凧が屋根へふわ。
似せ印を浅く、扉縫合を角に点。
ブラックの羽衣、ニーヤの薄膜。
カチ。
鏡筒の光はすう……と布に吸われ、風幕の毛布が小屋の喉を温める。
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4)中は満席——“恐怖の儀”の真っ最中
薄暗い客席。
舞台の白幕には、牙を剥く獣や崩れる家、友の顔が歪む幻がB0.9で揺れている。
座席の人々は貼り仮面を付け、膝を抱え、B0.8の呻きを合唱。
舞台袖に、濃紺の外衣に薄紗のヴェール――第九幕ヴェイル。
笏ではなく扇を持ち、開くたびに影が濃くなる。
「三鈴法・陰除け版」
合唱鍵の布が外れ、リリアーナが一の鈴で名――B0.6。
ロウルが板で二の鈴――とん・とん。
ニーヤが三の鈴で膜へ移し、ブラックが羽衣で高域を熱に。
三つの鈴が重なり、客席の拍が座りはじめる。
チトセが白を太く三口開け、受け渡しの列が滑り出す。
「貼り仮面外しますね。名を呼んでから渡ってください」
「イルマ」「イルマ」
胸骨の裏に火がぽっ。肩が落ちる。
リリアーナが蒸し布を顔にあて、柚子生姜で冷えを抜く。
よっしーがコーンスープを渡し、焼き栗が次々手に入る。
「アタシここ一生いたい」
「出るために食べるの」あーさん。
「おやつは二個まで」リナの声。
(どこからかルフィがキャラメルを三つ目に手を伸ばし、ミカエラの視線(気配)を感じてそっと戻した。今日もえらい)
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5)第九幕ヴェイル——“幕言”の駆け引き
ヴェイルが扇を半分だけ開き、声は柔らかい。
「恐れは戒め。影に従えば、ひとは逸れない」
あーさんが板を掲げる。
「恐れは影。影は裏、裏は表があれば座る。
戒めは道具。押す石ではありません」
ブラックの羽衣が高域を熱へ、ニーヤの薄膜が喉を温める。
俺は扉縫合でヴェイルの扇の蝶番に点。
カチ。
影がすう……に痩せ、客席の膝が落ちる。
よっしーのスポンジ弾がぽす。
「ほどほどにな」
ヴェイルは倒れず、舞台袖の椅子に座った。
「あなた方は光を消す者ではないようだ」
「毛布を掛けているだけ。光は標として残す」あーさん。
ヴェイルは扇を閉じ、目の奥を細くした。
「……儀の幕は下ろそう。だが幕はまた上がる。表が裏を生む限り」
「表の稽古は続けます」俺。
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6)叫び管の“走る叩き”——路地の恐怖を座らせる
幻写堂の外、逃げまどう人の拍がB0.8で走る。
叫び管は喉を鳴らし、角々の硝子に恐怖像を配っている。
「土舌いくで!」
よっしーが土舌を敷き、終端へ舌袋二段。
沈黙箱(中)を枡として喉にかぶせ、砂鉄をひとつまみ。
ロウルが裏拍、フェイがとん・とん。
ジャリがすうへ。
叩きは粘土に抜け、路地の鳴きが自鳴に戻った。
サジとカエナは屋根伝いに走り、鏡筒の緩み蝶番へ痺れ粉を“薄く”。
「効きすぎは禁止。ほどほどやで」サジ。
「わかってるってば」カエナ。
カチ、カチ。
投射の角が丸み、顔はもう怖く見えない。
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7)“恐怖の市”を“屋台の市”へ
広場では、さっきまで恐怖の儀に並んでいた人たちがまだ肩をすくめている。
よっしーが屋台を開き、ポップコーンとコーンスープの湯気が風幕の内側にたまる。
「はいはい、温かい匂いは正義やでー。名を呼んでから受け取ってな」
「名は輪郭。呼べば戻る」リリアーナが台帳を筆で走らせる。
「非致死捕縛/温粥済。呼び戻し札」
列は乱れず、整う。
「アタシここ一生いたい」
「おやつは二個まで」リナ。
ルフィは三つ目に手を伸ばしかけて、またそっと戻した(ほんとにえらい)。
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8)裏筋——“恐怖役者”たちの口
ブラックがスリープサークルを薄く敷いた路地で、黒衣の恐怖役者ら(仮面配りの私兵)を座らせ、非致死の札を掛ける。
彼らは口を割った。
「明晩、詔告塔の大写しで偽詔告を再開する手筈……第九幕と第四灯の連結、第三鐘が裏打ち」
ジギーの声が耳飾りから落ちる。
『外縁、座にて抑えた。骸骨騎士は毛布(布マント)着用、B0.6で鼻歌中。驚かせぬよう約束は守ってる』
(さすがジギー、気が利く。恐怖の街で骸骨が出ても平気なのは、あの鼻歌だけだ)
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9)幻写堂の留め——“幕を畳む手順”
舞台の白幕がまだ揺れている。
ヴェイルが最後のひと言を落とした。
「幕は道具。畳むときは手順を。……お前たちの講話は、手順を思い出させる」
あーさんが板で応じる。
「街は器。器は満たして返す。恐れは影、影は裏、裏は表があって座る。
表を手入れし続けましょう」
ヴェイルは扇を膝に置いて座り、薄紗を少し上げて笑った気がした。
よっしーのスポンジ弾はもう不要だ。
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10)撤収——跡は薄く、白は太く
風幕は一枚だけ細く残して風上へ括り、舌袋の水は抜いて粘土を路地へ返す。
枡枕は叫び管の喉に薄く残し、鏡筒の口には吸音布を一枚。
痕跡は薄く。
《蒼角》《炎狐》が受け渡しを引き継ぎ、白は太いまま。
幻写堂は倒れず、“物見小屋”くらいの穏やかさで座った。
耳飾りがちり。
『仮面街、座のまま保守へ。貼り仮面は“飾り”に戻り、恐怖像は自鳴に。……別線、詔告塔の大写しは明晩に延期。第四灯と第三鐘の連結を王都内郭が再調整。ギルド本部からリリアーナ宛の召喚は有効』ミカエラ。
「なら次は本部だ」俺。
リリアーナが頷く。「筆、取り返してきます」
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11)学園(仮)・終礼——黒板の二行
夕刻の終礼。
あーさんが黒板に三行+十二行。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
道筋は地図。
重みは枡。
車輪は縁。
橋は手。
流れは拍。
舟は器。
港は掌。
門は蝶番。
鍵は歌。
広場は皿。
交差は合拍。
刃は道具。
鞘は布。
重さは値。
秤は器。
そして今日の二行。
街は器。
恐れは影。
子どもたちがB0.6で自分の名を呼び、道具(槌・鉗子・ふいご・枡・車輪・橋・舟・櫂・筆・鍵鈴・小鈴・針・分銅・扇)の名を撫でる。
黒板の「今日の名」にイルマほか多数。リナが丸をつけた。
ガンツは「扇」の字を少し照れて書き、枡にコーンスープをよそいながら笑う。
ルフィは二個目のキャラメルで止め、三つ目をそっと戻した(ミカエラの視線は今日も鋭い)。
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12)屋上の夜——次の扉、“詔告塔・大写し”
星が近い。風は冷たいが、恐怖の匂いは薄い。
クリフさんが弓弦をとんと鳴らす。
「母は戻れた。……王都の声はまだ押しが強い。大写しの夜、第四灯と第三鐘を座らせる」
セレスが地図の塔に指を置く。
「光と鐘の合押。風幕で光を毛布に、舌凧で鐘口に帆、縦抱えで塔芯を抱える。三鈴法は短く、白は太く」
あーさんが板を抱えて笑う。
「講話は短く。
光は標、鐘は合図、紙は器。押すためじゃない、返すため」
よっしーがブルーシートを肩に担ぎ直す。
「風幕は正義。毛布も正義。湯屋は……」
「節度」全員。
「はい」
胸骨の前に二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
稽古は続く。
開ける。閉める。そして、返す。
(つづく)




