子供の巣――家は巣、罠は合図
朝の学園(仮)150階。
黒板の「今日の名」に昨夜の丸がひとつ増え、合唱鍵には薄布。
あーさん(相沢千鶴)が白墨でいつもの三行に二行を足す。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
家は巣。
罠は合図。
俺たちは扉の陰で胸骨の前に二拍。
とん・とん――B0.6。
静けさは扉。
「短く点呼」
「ユウキ」
「よっしーや」
「クリフさん」
「ニーヤですニャ」
「リンク」――「キュイ」
「あーさん、相沢千鶴にございます」
「……カァ(ブラック)」
《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」
後詰「ガロット」「セレス」。外縁「ジギー」「サジ」「カエナ」「ゴブリン若者隊」。
特記:リリアーナ(台帳・呼び戻し札)、バーグ兵士長(捕虜札「非致死捕虜/雑炊済」)は本日も口は元気、膝は素直。
「本部からの召喚状、詔告塔での取り下げ交渉だな」
「うむ、だが内郭は今、第四灯と第三鐘がつながり直している。声と光の押しが強い」セレスが氷地図の中央に指を置く。
「非致死、ほどほど、人は返す。いつも通りで行こう」俺。
よっしーが虚空庫からブルーシートとパッチ布、砂鉄袋、スポンジ弾をぼん。
そして――今日はなぜかコロッケサンドが箱で出てきた。
「買いすぎニャ」
「要る。腹から拍を揃える日や」
胸骨の前にもう一度二拍。
とん・とん。出発。
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1)内郭の路地で
王都内郭は、石壁の谷間に洗濯物のロープが渡り、香草と油の匂いが混じる。
詔告塔の光が薄く空に伸び、その足下へ向かう途中だった。
――ガシャーン!
「いまの音、前だ」
曲がり角の先、細い裏路地を大人が二人、小さな背中を追っていた。
片方は革手袋で棍棒を握る革手のムロ、もう片方は鼻が曲がったゼム。見れば袖章は聖教側の私兵。
小さな背中は角をひらりと曲がり、古い長屋に飛び込む。
俺たちは駆け寄り、入口で声をかけた。
「大丈夫か? 中に入っていいか」
「大丈夫だよ! 罠をたくさん仕掛けてるので!」
元気な声が返ってきた。
よっしーが「ええ子やけど、ええんかそれ」と俺の袖を引く。
あーさんが板を軽く揺らす。
「家は巣。巣には手順がある。入るなら拍に合わせましょう」
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2)子供の巣、開帳
戸口の蝶番に似せ印を浅く、俺の扉縫合(Lv.2)を角に点。
ブラックが羽衣で高域を熱に落とし、ニーヤが霧膜で喉を温める。
カチ。
扉を倒さず、座らせて開く。
「お邪魔しまーす」よっしーが先に足を――
ベチャッ。
床一面に塗ってある糖蜜に靴底が吸い付いた。
「うわっ、靴が! ええ粘りや。職人やでこの粘度」
「それ、アタシが塗ったんだ。手を拭かずに鼻をこすると辛いよ」
「え、なんで――ヒィッくしゃい!!」
よっしーの鼻先に唐辛子油が微量、ちゃんと注意書きが小さく貼られていた。親切設計だが容赦は無い。
さらに一歩踏み出したムロとゼムは、小豆とガラス玉の敷き詰めに足を取られ、
ズルッ! ゴロゴロッ!
見事に転ぶ。
上から――ぼすん。
梁から下がる袋が割れ、石灰粉が頭から。二人は真っ白。
「目がぁ!」「しょっぱ!」
どうやら塩も混ざっていたらしい。泣きながら廊下に突っ伏す二人の背を、天井からぶらさがる洗濯桶がゴンと叩く(中身は綿と布切れ、非致死)。
「よし、ほどほどにな」
よっしーがスポンジ弾をぽす。ムロが肩から座った。
廊下の奥、顔を出した小柄な子が笑う。
髪に布切れを巻いた、十歳くらいの男の子だ。
「ボク、カルロ。サジ兄とカエナ姉に罠の教えを受けたんだ。今日は巣に敵が入る日って聞いたから、合図をいっぱい作ったよ!」
「合図?」
「うん。ここ、罠=合図。倒すんじゃなくて、“座ってもらう”ための合図。ボクひとりじゃ押し返せないからね」
……里の教育、行き届いてるな。
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3)大人二人、裏口からも
「こっちは裏から回るぞ!」
ゼムが裏戸へ走る。
カルロが親指でそっちを指し、「三、二、一」と小声。
カンッ!
裏戸の金具に仕込まれた鉄の鍋ぶたが反動で跳ね、ゼムの額にコン。
踏み台にしていた桶がグニャっと沈む。よっしーが舌袋を密かに差し込んでいた。
ズバッと落ちた先は――羽目板の布鞘。
丸まった布に包まれ、ゼムはコロコロ転がって柱にぺたっと座った。
「倒さず包む、ええ手や」よっしーがうなずく。
「アタシも練習しました!」カルロは胸を張る。
そこへ、梁をつたってリンクが二段で落ち、ムロの棍棒の継手にちょん。
俺の扉縫合で角を点、ニーヤの薄膜、ブラックの羽衣。
カチ。
棍棒の叩きは柄に戻り、ムロの膝が落ちた。
「非致死捕縛/朝粥済」リリアーナが札を用意して首にかける。
「はい、雑炊はすでに別件で召し上がってますので、今日はコロッケサンドです」
「何その優しい地獄」ムロが涙目のまま座る。
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4)家の奥――“熱い取っ手”の代わりに
カルロが俺たちを手招きする。
「ここ、最後の合図。でも危ないから、ユウキさん達が座らせて」
奥の納戸は鍵がかかり、取っ手に真鍮が巻いてある。
カルロ曰く、「鍛冶屋のおじさんに借りたふいごと炭団で、取っ手を熱くする罠」を考えたが、火は禁止にしたという。えらい。
代わりに――胡椒粉と灰が取っ手内部に仕込まれており、強く引くと噴く仕掛けらしい。
「よし、ほどほどに座らせよう」
俺が扉縫合で角に点、ニーヤの薄膜で圧を逃がし、ブラックが羽衣で高域を熱へ落とす。
カチ。
取っ手は噴かず、座る。
戸の中から微かに紙の擦れる音。
リリアーナが耳を傾け、「呼び戻し札……それも王都本部の印」と小声。
「奪いに来たんじゃなく、奪った札を取り返しに来たのか」クリフさん。
カルロが顎を引く。
「ボクが拾ったの。詔告塔の使いが落としていった。“押捺で縛る詔告”に使うっておじさん達が言ってたから、先に先生のところに返したかった」
「えらい」あーさんが微笑む。
「家は巣。巣は“戻る場所”。罠は“待つための合図”。あなたは呼ぶべきを呼んだ。それで十分です」
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5)笑顔の合図と、飯テロが走る
ムロとゼムは非致死の札をかけられ、白の口で里の保守へ送られる段取りになった。
外では、よっしーがなぜか屋台を組み始めている。
「さぁさぁ、コロッケサンドにほうじ茶、そして焼き芋おまけ!」
「やめろよ、隊列が乱れる」俺。
「交差は合拍や、腹から合わせるんや」
列は乱れず、整うのがよっしー屋台の怖いところだ。
匂いにつられて近所の子どもが数人顔を出す。
「アタシここ一生いたい」
出た、今日も出た。
「出るために食べるのよ」あーさん。
「おやつは二個まで」リナ(耳飾り越し)。
物陰からルフィがぬっと現れ三つ目を手に取り、ミカエラの視線(想像)を感じてそっと戻す。えらい。
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6)二人の口と塔の影
ムロとゼムは白状した。
詔告塔の裏口で「偽詔告」を貼り出す役、捕らえた子どもに光を浴びせ恐怖を刷りこむ手伝い――「声で押す」側の雑用。
「明日の鐘の刻に、塔の北側小門が一度開く。そこで帳を押し直す段取りが……」
そこまで言うと、塔の方角から薄い光がひと筋、空へ伸びた。
「時間がない」セレス。
「カルロ、家族は?」
「母さんは工房。今日は遅番。ここにはボクひとり」
「なら白で里に送り、母さんには呼び戻し札で連絡。ここは座のまま閉じる」ガロット。
カルロは頷き、しかし少し足踏みした。
「……ボク、もうちょっとだけ合図を残していい?」
「ほどほどにね」あーさん。
カルロは戸口に小さな鈴を二つ結んだ。
ひとつはB0.6で鳴る合図、もうひとつはB0.8で鳴る警告。
「三鈴法の練習だね」リリアーナが目を細める。
「うん、先生に教わった通り。名→拍で呼べるように」
チトセが白を開き、カルロは「いってきます」と手を振って吸いこまれていった。
(大丈夫。巣は座ったままだ)
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7)詔告塔の手前、路地の交錯
塔の根元へ向かう大通りは警邏で固められていた。
俺たちは路地を抜ける。
洗濯ロープの間、屋根から屋根へリンクが二段、ブラックがカァと短く鳴く。
あーさんが板を掲げ、講話を短く。
「光は標、鐘は合図。どちらも器。押し付ける石じゃない」
胸骨の前に二拍。とん・とん。
B0.6が路地を満たし、焦りの拍が少し座る。
「行くで」よっしーがブルーシートを肩に担ぎ直す。
「風幕は正義。毛布も正義。湯屋は……」
「節度」全員。
「今日もええ返事や」
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8)塔の影で再会
詔告塔の内側通路。
暗がりからサジとカエナが現れ、親指を立てた。
「カルロ、やるようになったな。里の点数、満点や」
「合図は倒すためじゃない、呼ぶため――あの子、骨身にしみた顔してた」カエナ。
「家は巣、罠は合図」あーさんが黒板の二行をゆっくりなぞる。
「うん、巣を守った。次は塔の喉を座らせる番だ」
耳飾りがちり。
『小門が北で半開。第四灯の補助灯がB0.9で点灯、第三鐘がB0.8で連結。偽詔告の押捺机を確認。三鈴法――“短く”解禁』ミカエラ。
ガロットが短くまとめる。
「目的は三つ。
一、小門と押捺机の喉を倒さず座らせる。
二、偽詔告の記録鎖をほどほどに解き、筆に戻す。
三、人は返す。非致死、ほどほど」
よし、行く。
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9)塔前小門――“合図の毛布”
小門の上に小さな子機、脇に光笏。
俺とニーヤが舌凧をふわ、あーさんの似せ印で蝶番に浅く、俺の扉縫合で角に点。
ブラックの羽衣が高域を熱へ落とし、ニーヤの薄膜が喉を温める。
カチ。
小門の鳴きがすう……へ痩せた。
よっしーのブルーシートがぱさ――風幕が小門を毛布で包む。
「買いすぎニャ」
「要る。合図は寒がりや」
押捺机へ。
リリアーナが台帳を置き、「帳は筆」の札を立てる。
机の押捺印に沈黙箱(細)を枡としてかぶせ、砂鉄をひとつまみ。
カチ。
押す手は撫でる手に座った。
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10)“偽詔告”の鎖をほどく
壁に張る大きな紙――偽詔告。
〈明朝、王都民は義務として祈祷に参加し、名を押捺せよ〉
……嫌な文言だ。
あーさんが板を掲げる。
「名は輪郭。押し付けるな、呼んで渡せ。
罠は合図。この紙は合図ではなく押しだ。座らせよう」
俺が扉縫合で角に点、ニーヤが薄膜、ブラックが羽衣。
カチ。
記録鎖は痩せ、「告」は「案内」へ、強要の匂いが薄くなった。
リリアーナが筆で追記する。
〈参加は任意。呼び戻し札を持つ者は、各受け渡し口にて筆で名を返すこと〉
紙が器に戻る。
「ほどほどにな」よっしーのスポンジ弾が曲がり角から飛び出した私兵の肩でぽす。
ムロとゼムの仲間らしいが、彼らも座ってもらう。
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11)ひと区切り――巣へ帰す道
塔の小門は倒れず、座った。
白は太く、受け渡しの口は滑る。
カルロの鈴は路地の風にB0.6で鳴る――**「ただいま」と「いってきます」**の真ん中の拍。
リリアーナが息を整え、台帳を閉じた。
「王都本部の召喚状は、これで“話し合い”に置き換えられます。……よくできました」
「誰に?」俺。
「全員に」
あーさんが黒板の二行をゆっくりなぞる。
家は巣。
罠は合図。
よっしーが肩の荷を下ろし、コロッケサンドの箱をぽんと叩く。
「ほな、巣に帰る前に腹や。
おやつは二個までやで?」
どこからともなくルフィの気配がして、三つ目をそっと戻す。今日もえらい。
胸骨の前に二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
稽古は続く。
開ける。閉める。そして、返す。
(つづく)




