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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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142/404

北路の氷喉――北谷砦“内鈴”をほどほどに

夜の冷えが石の階に溜まり、吐く息が薄く白い。

150階・学園(仮)の黒板には昨日の「今日の名」が並んだまま、チョーク粉が朝の光で銀に光っている。

俺たちは扉の陰で胸骨の前に二拍。

とん・とん――B0.6。

静けさは扉。


「短く点呼」

「ユウキ」

「よっしーや」

「クリフさん」

「ニーヤですニャ」

「リンク」――「キュイ」

「あーさん、相沢千鶴にございます」

「……カァ(ブラック)」

《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」

後詰にガロット・セレス。外縁はジギー、サジ、カエナ、ゴブリン若者隊。


セレスが北縁図の羊皮紙をひらいた。

「目標は北谷砦。帝国学匠局の印が入り、内鈴が“学匠式”に改造。拍連結箱と直結で拍税の実証を行う兆候。搬送列に収容者多数、クリフの故郷筋の名が混じる」


クリフさんは矢羽根を二度撫でて、短く。

「叔母は返せた。——今度は従妹テッサと鍛冶のガンツだ。

人は返す。非致死、ほどほど」


「寒いとこ行くなら要るもん増えるで」

よっしーが虚空庫アイテムボックスをぼんと開く。

沈黙箱(細・中・太)/吸音布/静電ブラシ/耳栓/粘土団子/水袋/丸太束/鎖輪/チェーンブロック/スポンジ弾。

そこへ、もこもこの真綿ちゃんちゃんこと湯たんぽ、爪付き草鞋、毛糸の頭巾がごっそり。

最後に満面の笑みでブルーシート六枚。

「買いすぎニャ」

「要る」「いらんニャ」「要る。風よけにも雪庇にもなる」


『A-1〜A-5、白は太く維持。学び部屋は一限「名の授業」。合唱鍵は二重輪で待機、三鈴法は温存のまま』ミカエラの声。

「戻る」俺は短く返し、フードを深くかぶった。



1)北へ――氷点の用意


北門を出ると空気はきしむように軽い。

《蒼角》《炎狐》が荷駄を細く連ね、里製の干し肉と焼き餅、朝粥キットを二抱え。

リリアーナが見送りに来て、呼び戻し札の束を俺の胸元へ。

「渡し場は雪で流路が細いので、白は三口。私は台帳で追います。——ご安全に」

「ええ受付嬢や」よっしーが小声で言い、リリアーナは目だけ笑って踵を返した。


松の影を抜けるたび、風が頬の油を奪う。

ニーヤが指先で薄く凍膜をつくり、頬に撫で付ける。

「氷喉に熱声を当てると割れやすい。膜で拍を温めるニャ」

「明治の知恵も借りましょう」あーさんが小豆の入った懐炉を渡してくる。「拍は腹から。腹が冷えれば言葉も角立ちます」


胸骨の前で二拍。

とん・とん。

B0.6の拍を、喉の奥で小さな囲炉裏の火に変える。



2)凍鈴の関――雪庇の上で“ほどほど”


雪線を越えると谷は白。

凍鈴が吊られた木橋が谷をまたぎ、下を雪折れ川が走る。

橋の袂に帝国の寒拍師と拍僧、それから金属の狼——雪狼機が三体。喉に細鈴を抱え、足裏は刃。

「拍税印の机もあるニャ。印判で名を押すつもりだ」

「鍵班、凍鈴の喉を丸め。泥舌班は橋脚下へ舌袋。寝かせ台班、縦抱えで橋を抱える。返送班は雪陰に白」セレスが短く配る。


あーさんの似せ印が鈴の蝶番へ浅く。

俺が扉縫合(Lv.2)で角に点。

ブラックが羽衣を一度震わせ、ニーヤの霧膜が喉を温める。

カチ。

鈴の鳴きはためらい、寒拍師の肩がわずかに落ちた。


「っ何を——雪狼機、行け!」

金の狼が刃足で雪面を切る。

「ほどほどにな」

よっしーのスポンジ弾がぽす、リンクが二段で梁を駆けて肩輪にちょん。

フェイが杖で裏拍を刻む。

とん・とん。

刃足がぺたっと糖蜜に吸われ(※よっしーがさっき撒いた)、雪狼機は座った。


「拍税は朝粥に変えとき」

リリアーナの竹札「非致死捕縛/朝粥済」が一枚、また一枚。

寒拍師は粥椀を両手で抱き、「……要る」とだけ言った。


橋脚下で舌袋がふわ、縦寝かせの鎖が抱え、凍鈴橋は倒れず座る。

白は雪陰に太く開き、行き交う荷駄の息が温かい湯気になって流れた。



3)吹雪の走廊――“雪舌”と“囲炉裏拍”


関を越えると吹雪。

視界は手の甲ほど。風がB0.9で叩いてくる。

「拍を上げるな、腹で回せ」ロウルが近くでとん・とん。

ニーヤが雪面に雪舌を伸ばし、足場から叩きを吸う。

よっしーはブルーシートを二枚、風上に張って白の小口を庇い、「風幕や。喉が冷えると鳴くからな」

「買いすぎニャ」

「要る」


サジとカエナが吹雪の隙間から戻る。

「北谷砦んとこの内鈴、地面の下にも喉がある。八蝶で二重や!」

「脇に学匠局の試作“拍税印”が積まれてる。印判は黒くて、押されると名の輪郭が痩せる」

「講話の用意」あーさんが頷く。「名は輪郭。輪郭は境界。境界は——蝶番。印は名ではない」


俺たちは胸骨の前に二拍。

とん・とん。

吹雪は息に織り込まれ、拍の少し内側で丸くなった。



4)黒い縁取り――北谷砦の“内鈴”


北谷砦は黒い縁取りの石が幾重にも重なり、門の上に四鈴、足元の地下に四鈴。

八蝶の鎖が二重に回り、脇に拍連結箱、その後ろに律令車と矯正車。

階段の上に白衣の男たち——帝国学匠局。

その中に紺縁の外套を羽織った若い技官がいて、手に黒い拍税印を持っている。

「学匠補チヌス」とヴォルクが耳飾りに低く。「昨夜の証言協力の続きだ。彼は印の作り手だが、名の扱いについては逡巡がある」


「四段構え」ガロット。

一、鍵班あーさん・ニーヤ・セレス・ユウキ:上四鈴と下四鈴の喉を点で折る。

二、泥舌班(よっしー・ロウル・フェイ・骸骨):引き橋と床に舌と舌袋。

三、寝かせ台班(ツグリ・骸骨):縦抱えで門を倒さず座らせる。

四、返送班チトセ・リンク・ブラック:白を雪洞に開き、収容房と受け渡しで往復。


「講話班はアタシが門前でやります」あーさんが板を持ち出て、雪の上に立った。

「講話は短く。名は輪郭。輪郭は境界。境界は——」

「蝶番」と、どこかからかすかに子どもの声。

150階の中庭から合唱鍵の名の輪が細く届いている。

ミカエラが二重輪の下段を少し太らせたのだろう。


「——では、蝶番に油を差します」

あーさんの似せ印が上四鈴の一つへ浅く、俺の針が角に点。

ブラックの羽衣が高域を熱に落とし、ニーヤの霧膜が喉を温める。

カチ。

一鈴、二鈴、三鈴。

四鈴目は親に繋がり、背面に薄板。

「鍵、いただくにございます」あーさんがすっ。

上はためらい、下に息が降りる。


「床、来るで」ロウルが石突でとん。

足元の石が薄く鳴く。

よっしーの舌短が軸に差さり、舌袋が床で叩きを吸う。

ツグリの縦抱えが重みを抱え、門は倒れず座った。


階段上で十逆騎士・第五氷弦フィルンが槍を立てた。

槍身に張られた薄い氷糸がB0.8で鳴り、氷片が空に生まれ始める。

「秩序は張力だ」

「ほどほどや」

リンクのバックスピンが槍柄の蝶番を噛み、フェイの裏拍で氷糸の和音が痩せる。

よっしーのスポンジ弾がぽす。

「……膝が落ちる拍だ」フィルンは苦笑して座った。



5)印の机――“名”を守る談判


帝国学匠補チヌスが拍税印を胸に抱え、階段の中段で立ち止まる。

「名を印に閉じ込めれば、輪郭は裂ける」あーさんが板で三行。

名は輪郭。

輪郭は境界。

境界は——蝶番。

「蝶番に油を差すのは学び、印で止めるのは税。どちらが人を返す?」


チヌスは小さく、ほんの小さくB0.6で息を落とした。

「印は……撤収できる。記録鎖は二重だが、薄板を一枚、抜けば連結は座る」


「なら非致死でほどほどに座らせて、朝粥を」よっしーが椀を差し出す。

「要る」

チヌスは受け取り、薄板の位置を短く示した。


あーさんの似せ印、俺の針、ブラックの羽衣、ニーヤの膜。

カチ。

記録鎖の角が丸くなり、拍連結箱は自分を鳴らすだけになった。

竹札に新しい墨。「印撤収/証言協力」。



6)収容房——“従妹テッサ”と鍛冶ガンツ


門の陰を抜けると、石の廊が冷たい。

名欠けの首輪が並ぶ房。

「講話は短く」

あーさんが板を掲げ、チトセが白を房前に立てる。

名は輪郭。

輪郭は境界。

境界は——蝶番。

「名を呼んで、返ろう」


「……テッサ」

クリフさんの声に、やせた少女が顔を上げる。目はまっすぐ。

「クリフ兄さん」

胸骨の裏に火がぽっ。

首輪の蝶番にあーさんの木口楔、ニーヤの水膜、俺の針。

カチ。

「鍛冶のガンツは?」

「ここだ」髭の男が笑った。「槌の名は返ったか?」

「返る。道具の名は三限でやってる」

「なら明日から弟子を取るさ」ガンツが肩を竦める。


白が太くなり、竹札「非致死捕縛/朝粥済」が増える。

名が流れ、黒板の「今日の名」に空席ができる音がした気がした。



7)奥の小間——“氷室心核”を寝かせる


砦の奥、氷室の先に小ぶりの心拍窟が一つ。

壁に走る氷の筋がB0.8でかすかに鳴き、拍を奪う。

「眠らせて布。倒さない」

よっしーの舌袋が叩きを吸い、ツグリの縦抱えが重みを取る。

あーさんの似せ印、俺の針、ブラックの羽衣、ニーヤの水膜。

最後に——よっしーのブルーシートがぱさ。

「買いすぎ——」

「要る言うたやろ」

ごう……がすう……に変わり、核は座った。


棚に薄い紙片。

『北谷砦の次は氷橋砦。天蓋の極光版を試す』

セレスが短く線を引く。

「扉が増える。今日はここまで。——返すのが先だ」



8)撤収――喉に布、道に息


門喉の四鈴は布を噛み、蝶番の角は折れている。

舌袋の水を抜き、縦抱えの鎖は一重残して丸太に戻す。

痕跡は薄く。

白は一口を細く残し、受け渡しの列を《蒼角》《炎狐》に引き継ぐ。


前庭の端で氷弦フィルンが椀を抱え、ふうと息をついた。

「苦味は?」よっしー。

「……食後に少し」

よっしーがどこからか黒い液体(※たぶんコーヒー)を出す。

「買いすぎニャ」

「要る」


帝国学匠補チヌスは拍税印を箱に戻し、あーさんに一礼した。

「名を印で止める学びは、学びではなかった。——明日、学園の門を叩いてもいいか」

「朝ごはんを食べてから来なさい」あーさんが柔らかく笑う。

「要る」



9)白の帰路——黒板の「今日の名」


白を渡ると、学園の中庭は小さな陽だまり。

黒板の「今日の名」にテッサとガンツが並び、リナが丸を描く。

道具の名の黒板には槌と鉋。ガンツが少し照れて、それでもチョークで自分の槌の名を書いた。

「要る」ルフィがケーキを二個持ち上げる。

「二個まで」ミカエラの目。

「……要る(明日)」

笑いがB0.6で重なる。平常は強い。


一限「名の授業」の終わりに、あーさんが短く。

名は輪郭。

輪郭は境界。

境界は——蝶番。

子どもたちがゆっくり自分の名を呼び、胸骨の裏に火が灯る。



10)夜の屋上——極光天蓋の兆し


風は北から。星は近い。

遠い稜線に、薄く緑の帯が生まれた。

極光天蓋。

耳飾りがちり。

『氷橋砦上空に天蓋祈祷器・極光版の設置。子機と箱を空路で連結。学匠局の長官アウラントの印も探知』ミカエラ。


「扉が増える」セレスが息を白くした。

「四段構えは縦へ。舌凧を二張、縦抱えは帆柱に」ガロット。

「講話は短く」あーさん。

「名は輪郭。輪郭は境界。境界は——」

俺たちは胸骨の前に二拍。

とん・とん。

「蝶番」


よっしーがブルーシートを肩に担ぎ、笑った。

「北は寒いけど、朝ごはんはうまい。——行こか」

「買いすぎニャ」

「要る」


非致死、ほどほど。

人は返す。

稽古は続く。

開ける。閉める。そして、返す。


(つづく)

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