北路の氷喉――北谷砦“内鈴”をほどほどに
夜の冷えが石の階に溜まり、吐く息が薄く白い。
150階・学園(仮)の黒板には昨日の「今日の名」が並んだまま、チョーク粉が朝の光で銀に光っている。
俺たちは扉の陰で胸骨の前に二拍。
とん・とん――B0.6。
静けさは扉。
「短く点呼」
「ユウキ」
「よっしーや」
「クリフさん」
「ニーヤですニャ」
「リンク」――「キュイ」
「あーさん、相沢千鶴にございます」
「……カァ(ブラック)」
《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」
後詰にガロット・セレス。外縁はジギー、サジ、カエナ、ゴブリン若者隊。
セレスが北縁図の羊皮紙をひらいた。
「目標は北谷砦。帝国学匠局の印が入り、内鈴が“学匠式”に改造。拍連結箱と直結で拍税の実証を行う兆候。搬送列に収容者多数、クリフの故郷筋の名が混じる」
クリフさんは矢羽根を二度撫でて、短く。
「叔母は返せた。——今度は従妹テッサと鍛冶のガンツだ。
人は返す。非致死、ほどほど」
「寒いとこ行くなら要るもん増えるで」
よっしーが虚空庫をぼんと開く。
沈黙箱(細・中・太)/吸音布/静電ブラシ/耳栓/粘土団子/水袋/丸太束/鎖輪/チェーンブロック/スポンジ弾。
そこへ、もこもこの真綿ちゃんちゃんこと湯たんぽ、爪付き草鞋、毛糸の頭巾がごっそり。
最後に満面の笑みでブルーシート六枚。
「買いすぎニャ」
「要る」「いらんニャ」「要る。風よけにも雪庇にもなる」
『A-1〜A-5、白は太く維持。学び部屋は一限「名の授業」。合唱鍵は二重輪で待機、三鈴法は温存のまま』ミカエラの声。
「戻る」俺は短く返し、フードを深くかぶった。
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1)北へ――氷点の用意
北門を出ると空気はきしむように軽い。
《蒼角》《炎狐》が荷駄を細く連ね、里製の干し肉と焼き餅、朝粥キットを二抱え。
リリアーナが見送りに来て、呼び戻し札の束を俺の胸元へ。
「渡し場は雪で流路が細いので、白は三口。私は台帳で追います。——ご安全に」
「ええ受付嬢や」よっしーが小声で言い、リリアーナは目だけ笑って踵を返した。
松の影を抜けるたび、風が頬の油を奪う。
ニーヤが指先で薄く凍膜をつくり、頬に撫で付ける。
「氷喉に熱声を当てると割れやすい。膜で拍を温めるニャ」
「明治の知恵も借りましょう」あーさんが小豆の入った懐炉を渡してくる。「拍は腹から。腹が冷えれば言葉も角立ちます」
胸骨の前で二拍。
とん・とん。
B0.6の拍を、喉の奥で小さな囲炉裏の火に変える。
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2)凍鈴の関――雪庇の上で“ほどほど”
雪線を越えると谷は白。
凍鈴が吊られた木橋が谷をまたぎ、下を雪折れ川が走る。
橋の袂に帝国の寒拍師と拍僧、それから金属の狼——雪狼機が三体。喉に細鈴を抱え、足裏は刃。
「拍税印の机もあるニャ。印判で名を押すつもりだ」
「鍵班、凍鈴の喉を丸め。泥舌班は橋脚下へ舌袋。寝かせ台班、縦抱えで橋を抱える。返送班は雪陰に白」セレスが短く配る。
あーさんの似せ印が鈴の蝶番へ浅く。
俺が扉縫合(Lv.2)で角に点。
ブラックが羽衣を一度震わせ、ニーヤの霧膜が喉を温める。
カチ。
鈴の鳴きはためらい、寒拍師の肩がわずかに落ちた。
「っ何を——雪狼機、行け!」
金の狼が刃足で雪面を切る。
「ほどほどにな」
よっしーのスポンジ弾がぽす、リンクが二段で梁を駆けて肩輪にちょん。
フェイが杖で裏拍を刻む。
とん・とん。
刃足がぺたっと糖蜜に吸われ(※よっしーがさっき撒いた)、雪狼機は座った。
「拍税は朝粥に変えとき」
リリアーナの竹札「非致死捕縛/朝粥済」が一枚、また一枚。
寒拍師は粥椀を両手で抱き、「……要る」とだけ言った。
橋脚下で舌袋がふわ、縦寝かせの鎖が抱え、凍鈴橋は倒れず座る。
白は雪陰に太く開き、行き交う荷駄の息が温かい湯気になって流れた。
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3)吹雪の走廊――“雪舌”と“囲炉裏拍”
関を越えると吹雪。
視界は手の甲ほど。風がB0.9で叩いてくる。
「拍を上げるな、腹で回せ」ロウルが近くでとん・とん。
ニーヤが雪面に雪舌を伸ばし、足場から叩きを吸う。
よっしーはブルーシートを二枚、風上に張って白の小口を庇い、「風幕や。喉が冷えると鳴くからな」
「買いすぎニャ」
「要る」
サジとカエナが吹雪の隙間から戻る。
「北谷砦んとこの内鈴、地面の下にも喉がある。八蝶で二重や!」
「脇に学匠局の試作“拍税印”が積まれてる。印判は黒くて、押されると名の輪郭が痩せる」
「講話の用意」あーさんが頷く。「名は輪郭。輪郭は境界。境界は——蝶番。印は名ではない」
俺たちは胸骨の前に二拍。
とん・とん。
吹雪は息に織り込まれ、拍の少し内側で丸くなった。
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4)黒い縁取り――北谷砦の“内鈴”
北谷砦は黒い縁取りの石が幾重にも重なり、門の上に四鈴、足元の地下に四鈴。
八蝶の鎖が二重に回り、脇に拍連結箱、その後ろに律令車と矯正車。
階段の上に白衣の男たち——帝国学匠局。
その中に紺縁の外套を羽織った若い技官がいて、手に黒い拍税印を持っている。
「学匠補チヌス」とヴォルクが耳飾りに低く。「昨夜の証言協力の続きだ。彼は印の作り手だが、名の扱いについては逡巡がある」
「四段構え」ガロット。
一、鍵班:上四鈴と下四鈴の喉を点で折る。
二、泥舌班(よっしー・ロウル・フェイ・骸骨):引き橋と床に舌と舌袋。
三、寝かせ台班(ツグリ・骸骨):縦抱えで門を倒さず座らせる。
四、返送班:白を雪洞に開き、収容房と受け渡しで往復。
「講話班はアタシが門前でやります」あーさんが板を持ち出て、雪の上に立った。
「講話は短く。名は輪郭。輪郭は境界。境界は——」
「蝶番」と、どこかからかすかに子どもの声。
150階の中庭から合唱鍵の名の輪が細く届いている。
ミカエラが二重輪の下段を少し太らせたのだろう。
「——では、蝶番に油を差します」
あーさんの似せ印が上四鈴の一つへ浅く、俺の針が角に点。
ブラックの羽衣が高域を熱に落とし、ニーヤの霧膜が喉を温める。
カチ。
一鈴、二鈴、三鈴。
四鈴目は親に繋がり、背面に薄板。
「鍵、いただくにございます」あーさんがすっ。
上はためらい、下に息が降りる。
「床、来るで」ロウルが石突でとん。
足元の石が薄く鳴く。
よっしーの舌短が軸に差さり、舌袋が床で叩きを吸う。
ツグリの縦抱えが重みを抱え、門は倒れず座った。
階段上で十逆騎士・第五氷弦フィルンが槍を立てた。
槍身に張られた薄い氷糸がB0.8で鳴り、氷片が空に生まれ始める。
「秩序は張力だ」
「ほどほどや」
リンクのバックスピンが槍柄の蝶番を噛み、フェイの裏拍で氷糸の和音が痩せる。
よっしーのスポンジ弾がぽす。
「……膝が落ちる拍だ」フィルンは苦笑して座った。
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5)印の机――“名”を守る談判
帝国学匠補チヌスが拍税印を胸に抱え、階段の中段で立ち止まる。
「名を印に閉じ込めれば、輪郭は裂ける」あーさんが板で三行。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
「蝶番に油を差すのは学び、印で止めるのは税。どちらが人を返す?」
チヌスは小さく、ほんの小さくB0.6で息を落とした。
「印は……撤収できる。記録鎖は二重だが、薄板を一枚、抜けば連結は座る」
「なら非致死でほどほどに座らせて、朝粥を」よっしーが椀を差し出す。
「要る」
チヌスは受け取り、薄板の位置を短く示した。
あーさんの似せ印、俺の針、ブラックの羽衣、ニーヤの膜。
カチ。
記録鎖の角が丸くなり、拍連結箱は自分を鳴らすだけになった。
竹札に新しい墨。「印撤収/証言協力」。
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6)収容房——“従妹テッサ”と鍛冶ガンツ
門の陰を抜けると、石の廊が冷たい。
名欠けの首輪が並ぶ房。
「講話は短く」
あーさんが板を掲げ、チトセが白を房前に立てる。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
「名を呼んで、返ろう」
「……テッサ」
クリフさんの声に、やせた少女が顔を上げる。目はまっすぐ。
「クリフ兄さん」
胸骨の裏に火がぽっ。
首輪の蝶番にあーさんの木口楔、ニーヤの水膜、俺の針。
カチ。
「鍛冶のガンツは?」
「ここだ」髭の男が笑った。「槌の名は返ったか?」
「返る。道具の名は三限でやってる」
「なら明日から弟子を取るさ」ガンツが肩を竦める。
白が太くなり、竹札「非致死捕縛/朝粥済」が増える。
名が流れ、黒板の「今日の名」に空席ができる音がした気がした。
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7)奥の小間——“氷室心核”を寝かせる
砦の奥、氷室の先に小ぶりの心拍窟が一つ。
壁に走る氷の筋がB0.8でかすかに鳴き、拍を奪う。
「眠らせて布。倒さない」
よっしーの舌袋が叩きを吸い、ツグリの縦抱えが重みを取る。
あーさんの似せ印、俺の針、ブラックの羽衣、ニーヤの水膜。
最後に——よっしーのブルーシートがぱさ。
「買いすぎ——」
「要る言うたやろ」
ごう……がすう……に変わり、核は座った。
棚に薄い紙片。
『北谷砦の次は氷橋砦。天蓋の極光版を試す』
セレスが短く線を引く。
「扉が増える。今日はここまで。——返すのが先だ」
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8)撤収――喉に布、道に息
門喉の四鈴は布を噛み、蝶番の角は折れている。
舌袋の水を抜き、縦抱えの鎖は一重残して丸太に戻す。
痕跡は薄く。
白は一口を細く残し、受け渡しの列を《蒼角》《炎狐》に引き継ぐ。
前庭の端で氷弦フィルンが椀を抱え、ふうと息をついた。
「苦味は?」よっしー。
「……食後に少し」
よっしーがどこからか黒い液体(※たぶんコーヒー)を出す。
「買いすぎニャ」
「要る」
帝国学匠補チヌスは拍税印を箱に戻し、あーさんに一礼した。
「名を印で止める学びは、学びではなかった。——明日、学園の門を叩いてもいいか」
「朝ごはんを食べてから来なさい」あーさんが柔らかく笑う。
「要る」
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9)白の帰路——黒板の「今日の名」
白を渡ると、学園の中庭は小さな陽だまり。
黒板の「今日の名」にテッサとガンツが並び、リナが丸を描く。
道具の名の黒板には槌と鉋。ガンツが少し照れて、それでもチョークで自分の槌の名を書いた。
「要る」ルフィがケーキを二個持ち上げる。
「二個まで」ミカエラの目。
「……要る(明日)」
笑いがB0.6で重なる。平常は強い。
一限「名の授業」の終わりに、あーさんが短く。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
子どもたちがゆっくり自分の名を呼び、胸骨の裏に火が灯る。
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10)夜の屋上——極光天蓋の兆し
風は北から。星は近い。
遠い稜線に、薄く緑の帯が生まれた。
極光天蓋。
耳飾りがちり。
『氷橋砦上空に天蓋祈祷器・極光版の設置。子機と箱を空路で連結。学匠局の長官アウラントの印も探知』ミカエラ。
「扉が増える」セレスが息を白くした。
「四段構えは縦へ。舌凧を二張、縦抱えは帆柱に」ガロット。
「講話は短く」あーさん。
「名は輪郭。輪郭は境界。境界は——」
俺たちは胸骨の前に二拍。
とん・とん。
「蝶番」
よっしーがブルーシートを肩に担ぎ、笑った。
「北は寒いけど、朝ごはんはうまい。——行こか」
「買いすぎニャ」
「要る」
非致死、ほどほど。
人は返す。
稽古は続く。
開ける。閉める。そして、返す。
(つづく)




