吊工廠の秤――空喉を包み、母の母型を返す
朝の学園は、粉チョークの白がまだ柔らかい。
黒板の「今日の名」に昨夜の丸が増え、合唱鍵には薄い布。
俺たちは扉の影で胸骨の前に二拍。
とん・とん――B0.6。
静けさは扉。
「短く点呼」
「ユウキ」
「よっしーや」
「クリフさん」
「ニーヤですニャ」
「リンク」――「キュイ」
「あーさん、相沢千鶴にございます」
「……カァ(ブラック)」
《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」
後詰「ガロット」「セレス」。外縁は「ジギー」「サジ」「カエナ」「ゴブリン若者隊」。
セレスが氷地図に淡墨で丸を打つ。
「目標は北縁氷棚の吊工廠。天蓋祈祷器の本枠を組む空中工房。子機三、空喉は極光で冷やされ、印の母型の母を子機に抱かせてる。
目的は三つ。
一、空喉を倒さず座らせる(舌凧×2+縦抱え帆柱+風幕)。
二、母の母型を返し、印と記録鎖の直結をほどほどに解く。
三、人は返す。非致死、ほどほど」
『A-1〜A-5、白は太く維持。合唱鍵は二重輪“名→拍”で待機、三鈴法は温存』ミカエラの声。
リナが「今日の名」の空欄をひとつ指先で叩き、終礼に備えてチョークを揃えた。
よっしーが虚空庫をぼん。
沈黙箱(細・中・太)/吸音布/静電ブラシ/耳栓/粘土団子/水袋/丸太束/鎖輪/チェーンブロック/スポンジ弾。
毛糸頭巾・真綿ちゃんちゃんこ・湯たんぽ。そして誇らしげにブルーシート七枚。
「買いすぎニャ」
「要る」「いらんニャ」「要る。今日は風幕が主役や」
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1)氷棚下の“索道鈴”を黙らせる
霜都ロージェンを抜けると、空に緑が薄く揺れ、氷棚の縁から索道が蜘蛛の巣のように伸びていた。
綱の支柱ごとに索道鈴が吊られ、拍が触れればB0.8で警鐘になる仕掛け。
「鍵班、喉と蝶番に浅く」
あーさんが似せ印を喉の裏へすっ、俺が扉縫合(Lv.2)を角に点。
ブラックが羽衣で高域を熱に落とし、ニーヤの霧膜が鈴の喉を温める。
カチ、カチ。
鈴は黙り、風だけが通る。
「裏拍で上がる」ロウルが石突でとん・とん。
B0.6の足並みで、俺たちは氷棚の影に舌袋を仕込み、橋脚の根に縦抱えの基礎を立てた。
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2)吊工廠の空喉
頭上、黒鉄の梁が格子に組まれ、その中央に空喉の枠が宙吊り。
三つの子機が、母の母型を背骨に抱いたままB0.8で微震し、極光が喉を冷やしている。
足場では白衣の学匠局員と鉱夫たちが、印判の母板を磨いていた。
「捕らわれの工匠も混じってるニャ……」
「人は返す。ほどほどにな」ガロットが頷く。
「四段構え」
一、鍵班:舌凧で子機の蝶番を丸め、母の母型を緩める。
二、泥舌班(よっしー・ロウル・フェイ・骸骨):梁の軸に舌短、床に舌袋。
三、寝かせ台班(ツグリ・骸骨):縦抱え帆柱で空喉の重みを抱える。
四、返送班:雪洞に白を三口、受け渡しと粥。
「講話班はアタシが下で短くやる」あーさん。
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3)舌凧×風幕×帆柱――倒さず座らせる
「揚げる」
俺たちは胸骨の前で二拍。とん・とん。
舌凧が極光の縁をかすめ、子機の蝶番にふわと触れた。
あーさんが似せ印を浅く、俺が針を角に点。
ブラックの羽衣が高域を熱に落とし、ニーヤの凍膜+霧膜が喉を温める。
カチ。
一子機、ためらい。
二子機、ためらい。
三子機は逆風で唸る。
「風幕、もう一枚!」
よっしーのブルーシートが空でぱさっと広がり、喉に毛布をかけるみたいに覆う。
「買い——」
「要る!」
ツグリの帆柱が鎖輪で抱え、空の重みを受け止める。
極光の鳴きはすう……に落ち、空喉は座った。
梁の上で白衣の数名が手を止め、下では鉱夫が肩の力を抜く。
「朝ごはん前の一勝や」よっしーが親指を立てる。
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4)黒い外套の男と、“秤”
空の毛布の下、黒外套の男が梁の影から歩み出る。
肩章に十の刻印、手に天秤。皿の縁に細かい刻み、柱には衡印の金字。
「十逆騎士・第七秤バラン」セレスの囁き。
バランは皿を軽く揺らした。B0.6とB0.8の線が、皿の上で均ろうとする。
「秩序は釣合い。君達の拍が軽ければ、税として重くする。軽重を判ずるのが秤の役目だ」
よっしーが肩で笑う。
「ほな枡を持って来よか。測るなら器も温めな」
「買いすぎニャ(枡)」
「要る」
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5)門前の講話――地図の次は“枡”
あーさんが工床の端に立ち、板を掲げる。
「講話は短く。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
そして今日のもう一行。重みは枡。枡は返す器。人に押し付ける石ではない」
バランの瞼がわずかに動いた。
「枡は税を量る器でもある」
「粥を盛る器でもある」あーさんは静かに返す。
よっしーが沈黙箱(中)を枡型に仕立て、秤の下に枡枕として差し込む。
「秤の喉、鈴で鳴る構造や。枡で喉を包めば、鳴きは自分に戻る」
ロウルが石突でとん・とん。フェイが裏拍、ニーヤが薄膜。
バランの秤は、皿の上で自分の重みを量り出した。
リンクが梁から二段で降り、秤柱の蝶番にちょん。
俺は扉縫合(Lv.2)で角へ点。
カチ。
バランの膝がわずかに落ちる。
「膝が笑う拍だ」
「ほどほどにな」よっしーのスポンジ弾がぽす。
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6)母の母型――“上”から外す
子機の背骨に抱かれた母の母型へ、舌凧の縁に仕込んだ薄板鍵が届く。
あーさんの似せ印、俺の針、ブラックの羽衣、ニーヤの水膜。
カチ。
緩む。
ツグリの帆柱が子機を抱え、よっしーがチェーンブロックで落差を消し、ガムテ(買いすぎ)で緩衝を巻いて母の母型をぽいと虚空庫へ。
「買いすぎニャ」
「要る。角を傷めずに返すんや」
工床の端で、白衣の学匠補チヌスが安堵の息を吐いた。
「印が撤収できる……記録鎖は二重。薄板をもう一枚、秤の足元の床に」
あーさんが頷き、木口楔をすっ。俺が点。
カチ。
記録鎖は角を丸め、拍連結箱は自分を鳴らすだけになった。
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7)外縁の“ほどほど”――ジギーの鎮圧と受け渡し
氷棚の外縁では、ジギーが骸骨騎士を薄く展開し、非致死の座らせで周囲の巡回を柔らかく止めていた。
「眠れ、墓場の砂」
スリープサークル(ネクロ)に羽衣の熱が重なり、兵たちは毛布に頭を埋めるように座る。
サジとカエナは滑車に砂鉄をまぶし、索道を痩せさせる。
ゴブリン若者隊は焼き餅と粥を配り、札を読む。
「非致死捕縛/朝粥済」
受け渡しの白は三口、リリアーナの台帳が早い。
「名を呼んでから渡ってください」
「エイナ」「エイナ」
胸骨の裏に火がぽっ。肩が落ちる。
ルフィが白の縁からひょい。
「おやつは?」
「二個まで」ミカエラの声が耳飾りから落ちてくる。
「三個」
「明日の自由研究に回しましょう」
「要る(明日)」
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8)“第七秤”の留め言葉、そして長官
バランは秤を抱え直し、短く言った。
「秤は敵ではない。重みを知るための道具だ。——枡の使い方を学び直す」
「粥を盛る器にもなる。朝ごはんを食ってから、戻って来い」よっしー。
バランはうなずき、静かに座った。
欄干に肘を置いて空を見ていたアウラントが、こちらに一瞥を寄こす。
「喉に布、秤に枡。……学びは美しい」
「印は?」あーさん。
「撤収だ。記録は帳に残すが、名は押さない。——今夜はな」
「扉は多い。拍は一つ」俺。
「覚えておく」
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9)吊工廠の撤収――喉に布、道に息
空喉の毛布(風幕)は一枚だけ細く残し、舌袋の水は抜いて粘土を耕土へ返す。
帆柱は一重の抱え鎖を残して柱に戻し、痕跡は薄く。
白は太いまま、《蒼角》《炎狐》が受け渡しを引き継ぐ。
工床の端で、学匠補チヌスが粥椀を持って頭を下げた。
「印は母から外した。帳は名を返すために書き直す」
「台帳ならうちの受付嬢が上手い」よっしーが笑う。
リリアーナは目だけで「当然です」と返し、竹札を追加した。
「印撤収/証言協力」
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10)霜都へ――湯屋は“節度”
氷棚を離れると、ロージェンの庇から垂れる氷柱が光った。
よっしーが湯屋の赤提灯を見て、未練たっぷりに立ち止まる。
「節度」
「はい」
「飯テロ・オーロラは成功やったしな……」
「最後の一言いらない」ニーヤ。
アーレンが梁の影で待っていた。
外套の襟を下げ、目の縁に疲れ。
「黒工房は?」
「母の母型を返した。印は撤収、帳は書き直す。朝粥は効く」
「……学園に行ってもいいか」
「朝ごはんを食べてから門を叩きなさい」あーさん。
「要る」
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11)学園の夕刻――「地図」と「枡」
150階・学園(仮)。
終礼。
あーさんが板に三行と一行。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
道筋は地図。
そして小さくもう一行。
重みは枡。
子どもたちがB0.6で名を呼び、拍を合わせ、道具(枡・鍋・槌)の名を撫でる。
合唱鍵は二重輪のまま、三鈴法は温存**。
おやつは二個まで。
ルフィは三個目を袖に隠し、ミカエラに無言で見つかり、そっと戻した。
黒板の「今日の名」に新しい丸。エイナ、シェナ、チヌス。
ガンツは「枡」の字を少し照れて書き、子らが拍で撫でた。
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12)忍びの報――次の扉
日が沈む頃、サジとカエナが雪の匂いを連れて駆け込んだ。
「北縁のさらに奥、吊工廠の補給路から搬送列が分岐。雪箋谷経由で帝国黒縁の奥へ収容者の移送開始!」
「名簿にクリフの伯父の名、鍛冶見習いの束も」
クリフさんは矢羽根を二度撫で、B0.6で短く。
「人は返す。非致死、ほどほど」
ガロットが地図に印。
「順序はこうだ。
•学園は合唱鍵で防護継続。
•雪箋谷へ鍵班先行、鈴管を黙らせ、搬送列を座らせる。
•印の残り鎖があれば角を折る。
•受け渡しは《蒼角》《炎狐》」
耳飾りがちり。
『氷棚吊工廠、天蓋の本枠は座ったまま。帝国学匠局長アウラントの動きは沈。十逆は第七秤を後方に、別番の第八車ラートの印を遠探知』ミカエラ。
「扉が増える」セレス。
「蝶番に油。朝ごはんは食べてから」あーさん。
「要る」よっしー。
俺たちは胸骨の前に二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
稽古は続く。
開ける。閉める。そして、返す。
(つづく)




