拍泥棒――学園(仮)開校前夜の護衛行
朝のギルドは、湯気とパンの匂い。
黒板には「今日の名」に丸が増え、子どもたちのB0.6が廊下に薄く流れている。
扉の陰で俺たちは胸骨の前に二拍。
とん・とん――静けさは扉。
「短く点呼」
「ユウキ」
「よっしーや」
「クリフさん」
「ニーヤですニャ」
「リンク」――「キュイ」
「あーさん、相沢千鶴にございます」
「……カァ(ブラック)」
《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」
後詰はガロット・セレス、外縁はジギー・サジ・カエナとゴブリン若者隊。
「本日の任務は二つ」セレスが羊皮紙をひらく。
「一、ソラリスの塔・第146階(農業区)と147階(工業区)へ物資と人を護送。148階(都市区)・149階(開発区)を経て150階の学園(仮)へ。
二、北の帝国による拍干渉の妨害を排除。非致死、ほどほど。人は返す」
よっしーが虚空庫を開けて山を作る。
沈黙箱(細・中・太)、吸音布、静電ブラシ、耳栓、粘土団子、水袋、丸太束、鎖輪、チェーンブロック、スポンジ弾、そしてドヤ顔でブルーシート四枚。
「買いすぎニャ」
「要る」「いらんニャ」「要る」
いつもの応酬で、みんなの肩が少しほぐれる。平常は油だ。
『A-1〜A-5、白は太く維持。学び部屋は一限“名の授業”、二限“拍の授業”。三鈴法は温存』ミカエラの声が耳飾りに落ちる。
「戻る」俺は短く答え、門を抜けた。
⸻
1)渡し場まで――帝国の影
護送列は荷車二台に「塩」の印、里で合流した農具と苗木、工房向けの工具箱。
リリアーナが台帳を抱えて先頭に立ち、呼び戻し札の束を胸元のポケットへ。
「今日は渡し場まで。そこから塔へ直送します。白は三口開けますね」
「要る」よっしーが素直にうなずくと、リリアーナは目だけで笑った。
河へ下る松林の手前で、サジとカエナが影から飛び出す。
「帝国の拍兵がおる! 拍泥棒を持って、渡し場に先回りしとる」
「拍泥棒?」
あーさんが短く説明する。
「耳ではなく胸骨に触れる拍を盗んで倍拍に換金する装置です。B0.6を痩せさせ、B0.8を太らせる。——名が輪郭からずれやすくなる」
「ほどほどに座らせよか」
俺たちは胸骨の前に二拍。
とん・とん。
⸻
2)渡し場の罠――“名欠け”の風
河原は霧が薄く、渡し舟の小屋が一つ。
風がいやに軽い。
「名の輪郭が擦れてるニャ……」ニーヤの耳が伏せ気味だ。
渡し場の杭に、金属製の櫛のような器具が三つ括り付けられている。拍泥棒だ。
その脇に黒衣の拍兵四人と、長外套の帝国技官が一人。
「本日ここは帝国の臨時検問だ。名簿を——」
言い終える前に、拍泥棒がB0.8の細い震えを吐いた。胸の火がひゅっとしぼむ。
「静けさは扉」
あーさんが似せ印を拍泥棒の蝶番に浅く当て、俺が扉縫合(Lv.2)で角を点で折る。
ブラックが羽衣を一度震わせ、高域を熱に落とす。
よっしーは沈黙箱(細)を枝管にカチリ、吸音布を喉の裏へ。
拍泥棒の鳴きは遅れ、B0.8が痩せた。
「ほどほどにな」
スポンジ弾がぽすと拍兵の胸甲へ、リンクが肩の輪郭へちょんと噛み、フェイが裏拍で杖をとん・とん。
「座れ」ロウルが石突で二度。
拍兵は座った。
「朝ごはんは食べられる程度にや」よっしー。
帝国技官は懐から棒状機器(拍測)を出しかけた。
ニーヤの水膜が手首に薄く載り、あーさんの木口楔が機器の蝶番へすっ。
「講話は短く」あーさんが板を掲げる。
境界は蝶番。
「名は?」
「……ヴォルク」
「ヴォルク」
胸骨の裏に火がぽっと灯る。
彼の肩が一度だけ落ちた。
「渡し舟は使わせて貰う。白は三口。非致死、朝粥は後で」
竹札に「非致死捕縛/朝粥済」と墨が走る。リリアーナの筆は早い。
⸻
3)連絡橋――“縦寝かせ”で橋を抱く
対岸へ渡ると、仮設の連絡橋が一本。
橋脚に共鳴杭、木端に拍泥棒が仕込まれている。叩けば橋そのものがB0.8で共鳴し、渡る者の拍を奪う仕掛けだ。
「橋ごと座らせるか」ツグリが鎖を肩に担ぐ。
「倒すんやない、抱えるで」よっしーがうなずく。
寝かせ台を縦に組み、橋桁に鎖を回して抱え込む。
泥舌短を橋脚の根に差し、水袋を割って眠らせる。
あーさんが似せ印で共鳴杭の蝶番を遅らせ、俺が針で角を折る。
ブラックの羽衣が高域を熱に落とす。
対岸の藪から拍兵が共鳴槌で橋を叩いた。
ふわ。
舌袋が息のように沈んで戻り、橋は抱かれたまま鳴かない。
「今」
フェイが裏拍でとん・とん。
リンクが梁を逆さで走り、共鳴槌の喉の輪郭へ踵をちょん。
拍兵は座った。
「行く」
俺たちは荷車を押し、橋を渡る。
B0.6。とん・とん。
渡り切ったところで、よっしーがブルーシートを橋脚の蝶番にぱさと被せた。
「喉が冷えると鳴きやすい。風邪引かんように毛布や」
「それ毛布じゃないニャ」
「要る」
⸻
4)帝国の“拍連結箱”――拍を返す輪
松林を抜けた先、開け地。
そこに木箱がいくつも積まれ、細い鎖で互いに繋がれている。
拍連結箱——蒐拍して倍拍に束ねる装置だ。
箱の上には鉄仮面の拍僧三人。B0.8×2を経由してB1.6みたいなむちゃをやり始めた。
「足は二本やって言うてるやろ……」よっしーが額を押さえる。
「拍を返す輪を作ります」あーさんが板拍子を掲げた。
ニーヤが混声具を置き、塔と学び部屋を直結。
『全館、B0.6で二拍。とん・とん』ミカエラ。
黒板の前でリナがチョークを握り、子どもたちが手拍子。
「名は輪郭。輪郭は境界。境界は——蝶番」
その言葉の拍が白を通ってこちらに戻る。
俺たちは円になり、板拍子をB0.6でとん・とん。
《蒼角》《炎狐》、サジ・カエナ・ゴブリン、骸骨騎士まで裏拍で息を合わせる。
拍連結箱はB0.8を太らせようとするが、B0.6の堰に吸われて丸くなり、箱は自分を鳴らし始めた。
「自分の腹に音が返ってるニャ」
「今や」
よっしーの沈黙箱(太)が箱列の枝管をまとめて噛み、俺の針が蝶番の角を二つ折る。
かち、かち。
拍連結箱は座った。
拍僧は杖を振り上げたが、リンクが肩の輪郭へちょん。
「朝ごはんは食べられる程度やで」
「……要る」
竹札が増えた。「非致死捕縛/朝粥済」
⸻
5)ソラリスの塔――146→150階の“扉”
渡し場を越えた丘の向こう、ソラリスの塔の側面扉が白に薄く縁取られて現れる。
呼び戻し札に「搬送・農具/工具/里子」と墨。
「開ける」
胸骨の前に二拍。
とん・とん。
扉は喋らず開いた。
146階:農業区
光天井の下、畝が規則正しく走り、灌漑路を水車がB0.6で回す。
リナが走って来て、里から来た老夫婦の手を取った。
「ここが畑、ここが水路、ここが名の教室(畑)です」
「名の教室?」
「鍬や鎌にも名があるから。輪郭を返してから使うの」
老夫婦は照れくさそうに笑い、鍬の柄をB0.6でとん・とん撫でた。
147階:工業区
鈍い拍のハンマー音が裏拍で揃う。
よっしーが工房主に舌袋とブルーシートを渡して、油布の代わりに使い方を講釈している。
「買いすぎニャ」
「要る」
工房主は目を白黒させつつも頷いた。
148階:都市区
小さな市が立ち始め、粥屋の湯気と焼き餅の匂い。
竹札に「非致死捕縛/朝粥済」が並び、受け渡し窓で皿が返ってくる。
あーさんは短い講話を一つだけ。
境界は蝶番。
「名を呼んでから食べる。息が揃うから」
149階:開発区
ミカエラの声が直接落ちる試験場。
拍の流路図、沈黙箱の新しい形、合唱鍵の研究用棚。
「三鈴法は温存。でも、講話の拍は流通させます」ミカエラ。
「名の授業に拍の授業を足すのです」リナが黒板に丸を付ける。
150階:学園(仮)
広い教場、黒板、長机。壁に**“静けさは扉”の額。
ルフィが机の下から顔を出す。
「おやつは?」
「終礼の後」ミカエラ。
「要る」
笑いがB0.6**で広がった。
⸻
6)帝国の影(内側)――“名のないもの”
開校準備の合間、あーさんがふと眉を寄せた。
「……名の輪郭が薄い。塔内に“名欠け”が一」
「偽名かニャ?」
「違う。名が記されていない。人ではない」
巡回のリンクが梁から逆さに降り、黒板の上でとん・とん。
天井の梁の影から、小さな自動機械が一体、静かに這い出して来た。
番号札だけ、名なし。帝国製の“数号機”だ。
「名の教室で無名は礼を欠くわね」ミカエラが指を鳴らす。
教場の鈴がB0.6で二拍。
とん・とん。
オートマトンの関節が一瞬ためらい、ブラックの羽衣が高域を熱に落とす。
あーさんの木口楔が蝶番へすっ。
「座って」
オートマトンは机の上で座った。
「朝ごはんは?」よっしー。
「それは要らんニャ」
「要る言うかもしれへんやろ」
「食べないニャ」
オートマトンの腹から、薄い紙片。
帝国語で指令が一行。
『学園の拍を奪え。合唱鍵を探せ』
「合唱鍵には触らせない。三鈴法も温存のまま」ミカエラが短く言い、紙片を封じる。
⸻
7)短い講話――帝国技官ヴォルク
護送列に戻る前に、渡し場の小屋で帝国技官ヴォルクへ椀が置かれた。
よっしーの朝粥、具は多め。
あーさんが板を卓に置き、短く講話。
境界は蝶番。
「名は?」
「ヴォルク」
「ヴォルク」
火が灯る。
「なぜ“拍を盗む”?」俺。
「上(帝国中枢)が速さを誤解している。速いほど強いと」
「足は二本や」よっしー。
「……覚えておく」
竹札に新しく墨。「証言協力」
⸻
8)里への返送――黒板の“今日の名”
白は太く、名が流れる。
「ミン」「ソラ」「ヘルツ」「ラグナ」「ユルグ」「ヴォルク」
黒板に今日の名が増え、リナが丸を付ける。
ミカエラが掲示板を指す。
「学園は明日、仮開校。一限“名の授業”、二限“拍の授業”、三限“道具の名”、四限“自由研究”」
「自由研究ってケーキなの?」
「要る」ルフィ。
「要る」子どもたち。
「買いすぎニャ」
「要る」
⸻
9)夜の打ち合わせ――帝国と聖教の拍
夕餉の後、屋上で風に当たる。
ガロットが星の位置を見て、短く言った。
「帝国は拍を盗み、聖教は拍で叩く。——どちらも扉を壊す側だ」
「扉は開け閉めの稽古で上手くなる。蝶番に油」あーさん。
「非致死、ほどほど。人は返す」セレスが重ねる。
胸骨の前に二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
耳飾りがちり。
『北の帝国、商隊路に拍税を試行。明朝、里の市へ仕掛けが来る恐れ』ミカエラ。
「拍税やと?」よっしーが眉を吊り上げる。「拍は公共財やろ」
「講話の出番ニャ」ニーヤが尻尾を揺らす。
⸻
10)明け方前――拍税を“座らせる”支度
夜半、俺たちは再び倉庫へ。
沈黙箱を一段増し、板拍子を倍、舌袋に水を多め。
縦寝かせの鎖を三重に。
似せ印は帝国印に似せた木口をもう一組。
よっしーのブルーシートは……五枚目が出てきた。
「買いすぎ——」
「要る」
ブラックが一度だけカァ。
「短く点呼」
「ユウキ」「よっしー」「クリフさん」「ニーヤ」「リンク」「相沢千鶴」「ブラック」「ロウル」「ツグリ」「フェイ」「チトセ」「ガロット」「セレス」
外縁「ジギー」「サジ」「カエナ」「ゴブリン若者隊」
塔『A-1〜A-5、白は太く。三鈴法は未使用。呼べば戻る』
「行く」
胸骨の前に二拍。
とん・とん。
B0.6。
⸻
11)里の市――“拍税”の徴収所
市の入り口に臨時小屋、看板に『拍税徴収所』の字。
帝国徴税官と拍兵、そして拍連結箱が一つ。
通る民の胸から拍を取って印を発行するつもりらしい。
「名の輪郭が削れる。ダメ」リナが真顔になった。
「鍵班、喉を丸め。泥舌班、舌袋を台の下へ。寝かせ台、小屋ごと抱える準備」
よっしーが沈黙箱を連結し、板拍子をB0.6でとん・とん。
拍連結箱は自分を鳴らし始め、徴税官の言葉に角が出かけたところでブラックが羽衣をふわ。
「講話は短く」あーさん。
境界は蝶番。
「名は?」
「……フルガ」
「フルガ」
火が灯り、肩が落ちる。
「税は拍ではなく米で取ろう。朝粥を食べながら、計り直しだ」よっしーが粥釜をどん。
「要る」
拍税は座った。
竹札に新しく墨。「拍税撤収/証言協力」
⸻
12)学園(仮)開校――一限“名の授業”、四限“ケーキ”
日が高くなると、150階の教場に鐘が鳴る。
一限、「名の授業」。
あーさんが黒板に三行。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
子どもたちがB0.6でゆっくり呼び、名を輪郭へ返す。
二限、「拍の授業」。
板拍子でとん・とん、裏拍で歩く。
三限、「道具の名」。
鍬、鎌、槌、鉋。使う前に名を呼ぶ。
四限、「自由研究」。
よっしーが虚空庫から皿を並べ、リナが配膳、ミカエラが配列最適化。
「二個までニャ」
「要る」
ルフィは三個目に手を伸ばす。
「買いすぎ——」
「要る」
笑いとB0.6が天井まで満ちる。
そのとき、耳飾りがちり。
『北縁で十字と帝国の拍が噛み合い始めました。祈祷塔の予備輪が移設され、帝国の拍連結箱と直結を試行中』ミカエラ。
「扉が増える」セレスが息を小さく吐いた。
「開ける。閉める。そして、返す」俺は言い、胸骨の前に二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
終礼。
「おやつは二個まで」
「要る」
平常は強い。
――次の扉へ。
(つづく)




