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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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132/368

拍泥棒――学園(仮)開校前夜の護衛行

朝のギルドは、湯気とパンの匂い。

黒板には「今日の名」に丸が増え、子どもたちのB0.6が廊下に薄く流れている。

扉の陰で俺たちは胸骨の前に二拍。

とん・とん――静けさは扉。


「短く点呼」

「ユウキ」

「よっしーや」

「クリフさん」

「ニーヤですニャ」

「リンク」――「キュイ」

「あーさん、相沢千鶴にございます」

「……カァ(ブラック)」

《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」

後詰はガロット・セレス、外縁はジギー・サジ・カエナとゴブリン若者隊。


「本日の任務は二つ」セレスが羊皮紙をひらく。

「一、ソラリスの塔・第146階(農業区)と147階(工業区)へ物資と人を護送。148階(都市区)・149階(開発区)を経て150階の学園(仮)へ。

二、北の帝国による拍干渉テンポ・ハックの妨害を排除。非致死、ほどほど。人は返す」


よっしーが虚空庫アイテムボックスを開けて山を作る。

沈黙箱(細・中・太)、吸音布、静電ブラシ、耳栓、粘土団子、水袋、丸太束、鎖輪、チェーンブロック、スポンジ弾、そしてドヤ顔でブルーシート四枚。

「買いすぎニャ」

「要る」「いらんニャ」「要る」

いつもの応酬で、みんなの肩が少しほぐれる。平常は油だ。


『A-1〜A-5、白は太く維持。学び部屋は一限“名の授業”、二限“拍の授業”。三鈴法は温存』ミカエラの声が耳飾りに落ちる。

「戻る」俺は短く答え、門を抜けた。



1)渡し場まで――帝国の影


護送列は荷車二台に「塩」の印、里で合流した農具と苗木、工房向けの工具箱。

リリアーナが台帳を抱えて先頭に立ち、呼び戻し札の束を胸元のポケットへ。

「今日は渡し場まで。そこから塔へ直送します。白は三口開けますね」

「要る」よっしーが素直にうなずくと、リリアーナは目だけで笑った。


河へ下る松林の手前で、サジとカエナが影から飛び出す。

「帝国の拍兵がおる! 拍泥棒テンポ・リフターを持って、渡し場に先回りしとる」

「拍泥棒?」

あーさんが短く説明する。

「耳ではなく胸骨に触れる拍を盗んで倍拍に換金する装置です。B0.6を痩せさせ、B0.8を太らせる。——名が輪郭からずれやすくなる」


「ほどほどに座らせよか」

俺たちは胸骨の前に二拍。

とん・とん。



2)渡し場の罠――“名欠け”の風


河原は霧が薄く、渡し舟の小屋が一つ。

風がいやに軽い。

「名の輪郭が擦れてるニャ……」ニーヤの耳が伏せ気味だ。

渡し場の杭に、金属製の櫛のような器具が三つ括り付けられている。拍泥棒だ。

その脇に黒衣の拍兵四人と、長外套の帝国技官メカニストが一人。

「本日ここは帝国の臨時検問だ。名簿を——」

言い終える前に、拍泥棒がB0.8の細い震えを吐いた。胸の火がひゅっとしぼむ。


「静けさは扉」

あーさんが似せ印を拍泥棒の蝶番に浅く当て、俺が扉縫合(Lv.2)で角を点で折る。

ブラックが羽衣を一度震わせ、高域を熱に落とす。

よっしーは沈黙箱(細)を枝管にカチリ、吸音布を喉の裏へ。

拍泥棒の鳴きは遅れ、B0.8が痩せた。


「ほどほどにな」

スポンジ弾がぽすと拍兵の胸甲へ、リンクが肩の輪郭へちょんと噛み、フェイが裏拍で杖をとん・とん。

「座れ」ロウルが石突で二度。

拍兵は座った。

「朝ごはんは食べられる程度にや」よっしー。


帝国技官は懐から棒状機器(拍測)を出しかけた。

ニーヤの水膜が手首に薄く載り、あーさんの木口楔が機器の蝶番へすっ。

「講話は短く」あーさんが板を掲げる。

境界は蝶番。

「名は?」

「……ヴォルク」

「ヴォルク」

胸骨の裏に火がぽっと灯る。

彼の肩が一度だけ落ちた。


「渡し舟は使わせて貰う。白は三口。非致死、朝粥は後で」

竹札に「非致死捕縛/朝粥済」と墨が走る。リリアーナの筆は早い。



3)連絡橋――“縦寝かせ”で橋を抱く


対岸へ渡ると、仮設の連絡橋が一本。

橋脚に共鳴杭、木端に拍泥棒が仕込まれている。叩けば橋そのものがB0.8で共鳴し、渡る者の拍を奪う仕掛けだ。

「橋ごと座らせるか」ツグリが鎖を肩に担ぐ。

「倒すんやない、抱えるで」よっしーがうなずく。


寝かせ台を縦に組み、橋桁に鎖を回して抱え込む。

泥舌短を橋脚の根に差し、水袋を割って眠らせる。

あーさんが似せ印で共鳴杭の蝶番を遅らせ、俺が針で角を折る。

ブラックの羽衣が高域を熱に落とす。


対岸の藪から拍兵が共鳴槌で橋を叩いた。

ふわ。

舌袋が息のように沈んで戻り、橋は抱かれたまま鳴かない。

「今」

フェイが裏拍でとん・とん。

リンクが梁を逆さで走り、共鳴槌の喉の輪郭へ踵をちょん。

拍兵は座った。


「行く」

俺たちは荷車を押し、橋を渡る。

B0.6。とん・とん。

渡り切ったところで、よっしーがブルーシートを橋脚の蝶番にぱさと被せた。

「喉が冷えると鳴きやすい。風邪引かんように毛布や」

「それ毛布じゃないニャ」

「要る」



4)帝国の“拍連結箱”――拍を返す輪


松林を抜けた先、開け地。

そこに木箱がいくつも積まれ、細い鎖で互いに繋がれている。

拍連結箱——蒐拍しゅうはくして倍拍に束ねる装置だ。

箱の上には鉄仮面の拍僧三人。B0.8×2を経由してB1.6みたいなむちゃをやり始めた。

「足は二本やって言うてるやろ……」よっしーが額を押さえる。


「拍を返す輪を作ります」あーさんが板拍子を掲げた。

ニーヤが混声具を置き、塔と学び部屋を直結。

『全館、B0.6で二拍。とん・とん』ミカエラ。

黒板の前でリナがチョークを握り、子どもたちが手拍子。

「名は輪郭。輪郭は境界。境界は——蝶番」

その言葉の拍が白を通ってこちらに戻る。


俺たちは円になり、板拍子をB0.6でとん・とん。

《蒼角》《炎狐》、サジ・カエナ・ゴブリン、骸骨騎士まで裏拍で息を合わせる。

拍連結箱はB0.8を太らせようとするが、B0.6の堰に吸われて丸くなり、箱は自分を鳴らし始めた。

「自分の腹に音が返ってるニャ」

「今や」

よっしーの沈黙箱(太)が箱列の枝管をまとめて噛み、俺の針が蝶番の角を二つ折る。

かち、かち。

拍連結箱は座った。


拍僧は杖を振り上げたが、リンクが肩の輪郭へちょん。

「朝ごはんは食べられる程度やで」

「……要る」

竹札が増えた。「非致死捕縛/朝粥済」



5)ソラリスの塔――146→150階の“扉”


渡し場を越えた丘の向こう、ソラリスの塔の側面扉が白に薄く縁取られて現れる。

呼び戻し札に「搬送・農具/工具/里子」と墨。

「開ける」

胸骨の前に二拍。

とん・とん。

扉は喋らず開いた。


146階:農業区


光天井の下、畝が規則正しく走り、灌漑路を水車がB0.6で回す。

リナが走って来て、里から来た老夫婦の手を取った。

「ここが畑、ここが水路、ここが名の教室(畑)です」

「名の教室?」

「鍬や鎌にも名があるから。輪郭を返してから使うの」

老夫婦は照れくさそうに笑い、鍬の柄をB0.6でとん・とん撫でた。


147階:工業区


鈍い拍のハンマー音が裏拍で揃う。

よっしーが工房主に舌袋とブルーシートを渡して、油布の代わりに使い方を講釈している。

「買いすぎニャ」

「要る」

工房主は目を白黒させつつも頷いた。


148階:都市区


小さな市が立ち始め、粥屋の湯気と焼き餅の匂い。

竹札に「非致死捕縛/朝粥済」が並び、受け渡し窓で皿が返ってくる。

あーさんは短い講話を一つだけ。

境界は蝶番。

「名を呼んでから食べる。息が揃うから」


149階:開発区


ミカエラの声が直接落ちる試験場。

拍の流路図、沈黙箱の新しい形、合唱鍵の研究用棚。

「三鈴法は温存。でも、講話の拍は流通させます」ミカエラ。

「名の授業に拍の授業を足すのです」リナが黒板に丸を付ける。


150階:学園(仮)


広い教場、黒板、長机。壁に**“静けさは扉”の額。

ルフィが机の下から顔を出す。

「おやつは?」

「終礼の後」ミカエラ。

「要る」

笑いがB0.6**で広がった。



6)帝国の影(内側)――“名のないもの”


開校準備の合間、あーさんがふと眉を寄せた。

「……名の輪郭が薄い。塔内に“名欠け”が一」

「偽名かニャ?」

「違う。名が記されていない。人ではない」


巡回のリンクが梁から逆さに降り、黒板の上でとん・とん。

天井の梁の影から、小さな自動機械オートマトンが一体、静かに這い出して来た。

番号札だけ、名なし。帝国製の“数号機”だ。

「名の教室で無名は礼を欠くわね」ミカエラが指を鳴らす。

教場の鈴がB0.6で二拍。

とん・とん。

オートマトンの関節が一瞬ためらい、ブラックの羽衣が高域を熱に落とす。

あーさんの木口楔が蝶番へすっ。

「座って」

オートマトンは机の上で座った。

「朝ごはんは?」よっしー。

「それは要らんニャ」

「要る言うかもしれへんやろ」

「食べないニャ」


オートマトンの腹から、薄い紙片。

帝国語で指令が一行。

『学園の拍を奪え。合唱鍵を探せ』

「合唱鍵には触らせない。三鈴法も温存のまま」ミカエラが短く言い、紙片を封じる。



7)短い講話――帝国技官ヴォルク


護送列に戻る前に、渡し場の小屋で帝国技官ヴォルクへ椀が置かれた。

よっしーの朝粥、具は多め。

あーさんが板を卓に置き、短く講話。

境界は蝶番。

「名は?」

「ヴォルク」

「ヴォルク」

火が灯る。

「なぜ“拍を盗む”?」俺。

「上(帝国中枢)が速さを誤解している。速いほど強いと」

「足は二本や」よっしー。

「……覚えておく」

竹札に新しく墨。「証言協力」



8)里への返送――黒板の“今日の名”


白は太く、名が流れる。

「ミン」「ソラ」「ヘルツ」「ラグナ」「ユルグ」「ヴォルク」

黒板に今日の名が増え、リナが丸を付ける。

ミカエラが掲示板を指す。

「学園は明日、仮開校。一限“名の授業”、二限“拍の授業”、三限“道具の名”、四限“自由研究ケーキ”」

「自由研究ってケーキなの?」

「要る」ルフィ。

「要る」子どもたち。

「買いすぎニャ」

「要る」



9)夜の打ち合わせ――帝国と聖教の拍


夕餉の後、屋上で風に当たる。

ガロットが星の位置を見て、短く言った。

「帝国は拍を盗み、聖教は拍で叩く。——どちらも扉を壊す側だ」

「扉は開け閉めの稽古で上手くなる。蝶番に油」あーさん。

「非致死、ほどほど。人は返す」セレスが重ねる。

胸骨の前に二拍。

とん・とん。

静けさは扉。


耳飾りがちり。

『北の帝国、商隊路に拍税テンポ・タリフを試行。明朝、里の市へ仕掛けが来る恐れ』ミカエラ。

「拍税やと?」よっしーが眉を吊り上げる。「拍は公共財やろ」

「講話の出番ニャ」ニーヤが尻尾を揺らす。



10)明け方前――拍税を“座らせる”支度


夜半、俺たちは再び倉庫へ。

沈黙箱を一段増し、板拍子を倍、舌袋に水を多め。

縦寝かせの鎖を三重に。

似せ印は帝国印に似せた木口をもう一組。

よっしーのブルーシートは……五枚目が出てきた。

「買いすぎ——」

「要る」

ブラックが一度だけカァ。


「短く点呼」

「ユウキ」「よっしー」「クリフさん」「ニーヤ」「リンク」「相沢千鶴」「ブラック」「ロウル」「ツグリ」「フェイ」「チトセ」「ガロット」「セレス」

外縁「ジギー」「サジ」「カエナ」「ゴブリン若者隊」

塔『A-1〜A-5、白は太く。三鈴法は未使用。呼べば戻る』


「行く」

胸骨の前に二拍。

とん・とん。

B0.6。



11)里の市――“拍税”の徴収所


市の入り口に臨時小屋、看板に『拍税徴収所』の字。

帝国徴税官と拍兵、そして拍連結箱が一つ。

通る民の胸から拍を取って印を発行するつもりらしい。

「名の輪郭が削れる。ダメ」リナが真顔になった。


「鍵班、喉を丸め。泥舌班、舌袋を台の下へ。寝かせ台、小屋ごと抱える準備」

よっしーが沈黙箱を連結し、板拍子をB0.6でとん・とん。

拍連結箱は自分を鳴らし始め、徴税官の言葉に角が出かけたところでブラックが羽衣をふわ。

「講話は短く」あーさん。

境界は蝶番。

「名は?」

「……フルガ」

「フルガ」

火が灯り、肩が落ちる。

「税は拍ではなく米で取ろう。朝粥を食べながら、計り直しだ」よっしーが粥釜をどん。

「要る」

拍税は座った。

竹札に新しく墨。「拍税撤収/証言協力」



12)学園(仮)開校――一限“名の授業”、四限“ケーキ”


日が高くなると、150階の教場に鐘が鳴る。

一限、「名の授業」。

あーさんが黒板に三行。

名は輪郭。

輪郭は境界。

境界は——蝶番。

子どもたちがB0.6でゆっくり呼び、名を輪郭へ返す。

二限、「拍の授業」。

板拍子でとん・とん、裏拍で歩く。

三限、「道具の名」。

鍬、鎌、槌、鉋。使う前に名を呼ぶ。


四限、「自由研究ケーキ」。

よっしーが虚空庫から皿を並べ、リナが配膳、ミカエラが配列最適化。

「二個までニャ」

「要る」

ルフィは三個目に手を伸ばす。

「買いすぎ——」

「要る」

笑いとB0.6が天井まで満ちる。


そのとき、耳飾りがちり。

『北縁で十字と帝国の拍が噛み合い始めました。祈祷塔の予備輪が移設され、帝国の拍連結箱と直結を試行中』ミカエラ。

「扉が増える」セレスが息を小さく吐いた。

「開ける。閉める。そして、返す」俺は言い、胸骨の前に二拍。

とん・とん。

静けさは扉。


終礼。

「おやつは二個まで」

「要る」

平常は強い。


――次の扉へ。


(つづく)

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