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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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131/369

商隊路の蝶番、帝国の十逆

霧は低く、石畳は夜露を吐いた。

スタロリベリオのギルド前で荷車二台、麻袋の山、丸太束、鎖輪。胸骨の前に二拍。

とん・とん――B0.6。

静けさは扉。


「短く点呼」

「ユウキ」

「よっしーや」

「クリフさん」

「ニーヤですニャ」

「リンク」――「キュイ」

「あーさん、相沢千鶴にございます」

「……カァ(ブラック)」

《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」

後詰はガロットとセレス。外縁はジギーの骸骨騎士とサジ・カエナ、それにゴブリンの若者隊。


セレスが地図を広げる。河に沿う一本の太い線――商隊路。

「帝国が関所台を三つ設置。通行のたびに“十逆”の詔書を読み上げ、物資を没収している。帝国査問官エッカートが現場指揮。矯正車と“律令車”という移動法廷を伴う。喉は宣告鐘、蝶番が記録鎖」


「十逆ってなんや」よっしーが鼻を鳴らす。

「“亜人を庇うを逆、異教を語るを逆、学びを広めるを逆……”十の禁条だそうです」あーさんが淡々。

「学びが逆とは……学園を狙う気満々だね」ニーヤが耳を伏せた。


「目的は三つ」俺は指を立てる。

「商隊路の蝶番を押さえて拍をB0.6にし、人と荷を返すこと。

エッカートを非致死で座らせ、宣告鐘の喉を丸めること。

それから――“十逆”の文言に穴があるなら、扉縫合で角を折って寝かせる」


「朝ごはんの前に終わらせるで」よっしーが虚空庫を開けてにやり。

吸音布、沈黙箱(細・中・太)、静電ブラシ、耳栓、粘土団子、水袋、丸太、鎖、チェーンブロック、そしてなぜか樽いっぱいの糖蜜。

「買いすぎニャ」

「要る」「いらんニャ」「要る。足裏がぺたっとなったら倍拍は踏めん」

リンクが俺の足首にとん・とん。

「キュ」



1)商隊路・霧梁野の“喉”


霧梁野。川霧が路面高く浮き、柳が薄い影を落とす。

前方に帝国関所台。灰鉄の柵、宣告鐘の台、十逆旗。

「“学びを流布するを逆”って旗に書いてあるニャ」

「黙らせよか」よっしーが吸音布を柱の影に貼り、ブラックが羽衣で高域を熱へ落とす。鈴の鳴きが痩せた。


「鍵班、喉を丸める」

あーさんが似せ印を蝶番へ浅く押し、俺は扉縫合(Lv.2)を点で置く。カチ。

ニーヤが霧膜を薄くかけると、関所の鐘はためらい、B0.75がB0.6に落ちた。


そこへ査問兵が列を組む。先頭の旗手が羊皮紙を広げ、抑揚過剰に詔書を読み上げる。

「第一逆――亜人を匿う者」

「第二逆――異国の術を用いる者」

「第三逆――」

よっしーのスポンジ弾がぽす。

「読みすぎや。朝ごはん冷めるで」

「な、なんだその柔らかい弾はっ」

「ほどほど弾や」


「講話は短く」あーさんが一歩出た。

板に三行。

「名は輪郭。

輪郭は境界。

境界は――蝶番」

旗手がきょとんとした隙に、ニーヤが紙雨ペーパーレインを降らせる。

詔書は滲み、角が丸くなる。


「寝かせ台」

ツグリと骸骨が丸太を倒して受け床にし、よっしーの舌袋が車輪を受けた。

宣告車は倒れず、座る。

非致死。ほどほど。


「白を開くニャ」

チトセが路傍の柳の影に白の入口を立て、あーさんが呼び戻し札を配る。

「名を呼んでからくぐってください」

商隊の老爺が深く頭を下げた。

「わしはドロアン。――ドロアン」

俺たちとセレスがゆっくり呼ぶ。B0.6。

胸骨の裏に火が灯り、老爺の肩が一度落ちた。

「ケーキは終礼の後」白の向こうでリナが笑う声。

「要る」と即答がいくつも。



2)側面――サジとカエナ、ゴブリン若者


路傍の竹やぶ。

「カエナ、鈴糸はここ。鳴いたら裏拍で逆走させる」

「了解! ブルーシートは?」

「要る。法衣の角が丸くなる」

ゴブリンの若者たちが投げ縄を握り、草鞋で足跡を消す。

鈴糸がちり、巡回の足がもつれて座った。

「朝ごはんは食べられる程度に!」

「任せて!」



3)律令車――移動法廷、開廷ならず


関所の奥から灰鉄の箱車が現れる。

側面に十の刻印、屋根に小鐘。

帝国査問官エッカート。モノクル、黒衣、薄い笑み。

「帝国十逆の名のもと、ここに裁断を執行する」

小鐘が高くチンと鳴——らない。

ブラックが羽衣で高域を熱に落としていた。


「貴殿らは“第三逆――学びを流布する”者に相当する」

「学びは腹に落ちると力になりますよ」あーさんが優しく言う。

「たとえば――蝶番へ油を差す方法、とか」


よっしーが指を鳴らし、樽の栓を抜いた。

糖蜜が律令車の前にとろり。

「共鳴槌で叩けば拍は増える。せやけど靴底がぺたっやったら倍拍は踏まれへん」

「不潔だ!」エッカートが顔をしかめ、記録鎖を振る。

鎖の蝶番に俺は扉縫合を点で置いた。カチ。

角が丸くなり、鎖は力を失って床に座る。

「盾、受け」

よっしーの盾が輪郭を受け、リンクのバックスピンが肩の輪を噛む。

「キュイ」

エッカートの体勢がふらつき、ツグリの寝かせ台が抱えた。


「講話は短く」あーさんが板を掲げる。

「名は?」「……エッカート」

「エッカート」

胸骨の裏に火は灯らない。だが、彼の口角がほんの少し迷った。


「取引だ。宣告鐘の鍵、混風箱の路、帝国の補給。こちらは非致死で座らせ、朝粥を出す」

「……朝粥?」

よっしーが木椀を差し出す。

「要る?」

「…………要る」

エッカートがひと口すすり、モノクルの奥の目がすっと和らぐ。


「鍵は律令車の床板、喉に薄板が仕込んである。混風箱は大路の北側支流に三。補給線は帝国の宿営地・白杭野。――だが、帝国十逆はこれはこれとして、別に“十逆騎士”がいる」

「十逆が二つ……ややこしいな」フェイが額を押さえた。



4)中継――名は輪郭、輪郭は境界


返送班が忙しい。

白の縁で、子ども連れの商人が不安げに言う。

「名なんて、ここに来てから呼んでやれなくて」

チトセが微笑む。

「じゃあ今呼びましょう。名は輪郭です」

「ソラ」

「ソラ」

B0.6でとん・とん。

子の目に火が灯り、母の肩が落ちる。

白の向こうでリナが黒板に今日の名を書き足し、丸をつける。

『おやつは終礼の後二個まで』

「要る」ルフィ。


関所台の影で非致死捕縛の列が伸びる。

竹札「非致死/朝粥済」。

蒼角と炎狐が交代で粥を配り、ガロットがB0.6で短く注意を回す。

「裏拍で歩け。倍拍は膝を壊す」



5)帝国十逆騎士・第一槍「レーヴィン」


午後、白杭野への分岐で槍旗が立った。

灰鉄の鎧、槍頭は十の刻印。

「帝国十逆騎士、第一槍レーヴィン!」自ら名乗る。

「貴様らの非致死は甘い。帝国の秩序には苦味が要る」

「苦味は食後にコーヒーでええねん」よっしーが盾を肩にかけ、スポンジ弾を指で弾いた。


レーヴィンは合図なしで突進。

B0.9のせっかち。

「泥舌短!」

よっしーの舌が前輪を受け、舌袋が槍足の下でふわり。

レーヴィンの踵がぺたっと糖蜜に吸われ、膝が落ちる。

リンクが二段で肩の輪に噛み、ニーヤが膜で視界を薄くする。

俺の扉縫合が槍の蝶番に点。

カチ。

「ぐ……座らされた、だと……!」

「朝粥、要る」

「……要る、かどうかなど――」

よっしーが木椀をもう一段、そっと差し入れた。

「朝粥。薄塩、干し菜、すり下ろし生姜。倍拍は禁止」

レーヴィンは一拍遅れて喉を鳴らし、口元だけで負けを認めた。

「……要る」


あーさんが小さな板を掲げる。講話は短く。

「名は輪郭。輪郭は境界。境界は――蝶番」

「名は……レーヴィン・アール」

「レーヴィン」

B0.6。胸骨の裏に火は灯らぬが、肩の力が半拍抜ける。

リンクが「キュイ」と二度。ニーヤが膜を薄め、視界に余白を足した。

よっしーの舌袋がゆっくり槍を受けて寝かせ台へ移し、蒼角のロウルが竹札を掛ける。

〈非致死/朝粥済〉


セレスが霧を操り、路面の白をやわらかく延ばした。

「騎士殿、ここは“鐘は鳴らさない”場。拍はB0.6。帝国の秩序は置き石のごとく――蹴るより、据えて踏む」

レーヴィンは耳の奥で何かが変わるのを感じていた。小鐘は鳴らず、喉は丸い。彼のモノクルに薄く水滴がつき、それを脱ぐと視界が温い。


エッカートが律令車の陰で、木椀を抱えて頷いた。

「十逆は“逆”であり続けるために硬く書かれている。だが、蝶番は――柔くてもよい」



6)混風箱――三つの支流へ


「混風箱は北側支流に三。順に“黒藻の溝”“白杭の手前”“柳の曲り”」エッカートが白墨で地に印を打つ。

「班を割る」俺は指で拍を刻む。B0.6。


一つ目《黒藻の溝》は蒼角。ロウルが静電ブラシを箱の咽に当て、ツグリが丸太で受け床を掛ける。箱は低く唸っていたが、ブラシの一往復で帯電が抜け、鳴きは砂に落ちた。

「鍵穴じゃなく蝶番、ですな」ロウルが笑い、扉縫合の点を二つ、角に。


二つ目《白杭の手前》は炎狐。フェイが吸音布を四隅に置き、チトセが紙札で口付けを浅く似せる。箱の内から“恐れの文言”が漏れたが、紙雨を一枚落とすだけで角は丸くなり、裏拍で息を吐いた。


三つ目《柳の曲り》は若者隊とサジ・カエナ。ゴブリンの縄が枝から枝へ走り、箱をひっくり返すのではなく“座らせる”。カエナがブルーシートで視界の輪郭を直し、サジが鈴糸で拍を固定。箱は止まり、柳の葉が拍を数えた。


「混風は切った。大路の蝶番、B0.6で維持」ガロットが短く告げる。



7)白杭野――補給の座替え


白杭野。帝国の小さな宿営。樽、乾餅、矢束、油。

「鐘は鳴らさない」セレスが霧で輪郭をほどく。

ジギーの骸骨騎士が門の蝶番を軽く叩き、骨の節で静穏輪を作る。音は熱へ落ちた。


よっしーがチェーンブロックを持ち上げ、荷車の脇に「寝かせ台」を三つ造る。ニーヤが白墨で“拍の帯”を描き、リンクが二段の噛みで止点を作る。

「キュ」

兵たちは驚き、しかし膝が拍に合えば、倒れずに座る。

「非致死/朝粥済」札がまた一列。


「補給は止めない。ただし拍を割る。半分はスタロリベリオへ返送。半分は帝国の兵の腹へ――今は冬の前、餓えは敵ではない」あーさんが静かに宣言する。

エッカートが見ている。否定の手は上がらず、モノクルのない目が少し笑う。



8)“十逆”の蝶番――一画の座繕い


関所台に戻る。十逆旗。黒い絵筆で強すぎる角。

「“逆”は立ち向かう気を固める字形。ならば今は、ほどほどに結わえる字へ」

あーさんが似せ印を細く運ぶ。俺は扉縫合を旗の裏打ちへ点で置いた。カチ。

黒の“逆”の右上、その引き足に小さく縫い目。セレスが霧で余白を増やし、チトセが白札を添える。

“逆”は“約”へ――縛る誓いではない、ほどほどに守る取り決めへ。旗は裂けず、ただ意味だけが角を寝かせた。

「“十約じゅうやく”……暫定だが、読み上げは変わる」エッカートが自ら声に出す。

「第一約――同じ場で腹を満たす者を匿ってもよい」

「第二約――学びは流布してよい。ただし拍を守る」

「第三約――異国の術は“鍵穴”を避け、“蝶番”へ用いよ」

兵たちの喉が止まり、胸骨に火が灯るのが見えた。


レーヴィンが槍を見下ろす。十の刻印。よっしーが槍の石突を撫で、俺が各刻印の蝶番に点で縫う。カチ、カチ。

「これで刺すより“支える”ほうが楽になるで」

「……秩序は、立っているために支えが要る」

レーヴィンは小さくうなずいた。



9)返送――白の路と名の帳


白の入口は三つに増え、呼び戻し札は尽きない。

「名は輪郭です。順にどうぞ」

「サーヤ」「ハン」「オルガ」「ノイ」「ミレ」

B0.6、とん・とん。

白の向こうでリナが黒板に丸を足し、〈おやつは終礼の後〉に小さく“ケーキは一切れまで”を追記。ルフィが「要る」とだけ言って親指を立てる。よっしーが「二切れ目は明日や」と返し、笑いが路に広がった。


「宣告鐘の喉は丸め、混風は止め、“十約”は立った。残り――」

俺が指を三本目から一に戻す。

「戻る。人と荷を返す」

ガロットが頷き、骸骨騎士が車列を組み、若者隊が縄を整える。蒼角と炎狐が前後の拍を刻み、ブラックが羽衣で高域を熱へ落とす。

鐘は鳴らさない。B0.6。



10)帰還――スタロリベリオ、終礼


霧はまだ低い。だが白は薄く晴れ、石畳は夜露を吐き続けていた。

ギルド前。荷車二台、麻袋の山、丸太束、鎖輪。朝だったのが、もう昼前。焚き火に粥の匂い。


「短く点呼」

「ユウキ」

「よっしーや」

「クリフさん」

「ニーヤですニャ」

「リンク」――「キュイ」

「あーさん、相沢千鶴にございます」

「……カァ(ブラック)」

《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」

「ガロット」

「セレス」

外縁は若者隊、ジギーの骸骨騎士、サジ・カエナ。


返送された面々が輪になり、名が呼ばれ、輪郭が並ぶ。白板に丸が増えるたび、胸骨の裏に灯がともる。

あーさんが二鈴を小さく合わせた。ちり――二拍の合図。

「終礼。講話は短く」

板に三行。

「名は輪郭。

輪郭は境界。

境界は――蝶番」

「鍵穴じゃなく蝶番へ」俺たちが続ける。B0.6。


レーヴィンとエッカートが少し離れて座っている。木椀は空。竹札〈非致死/朝粥済〉が膝の上。

「帝国の文は、今日から少しだけ丸く読み上げる」エッカート。

「秩序を支えることは、刺すことに限らぬ」レーヴィン。

よっしーが肩をすくめた。

「苦味は食後のコーヒーで、やろ?」


リンクが俺の足首にとん・とん。半拍。

リング(指輪)がひときわ温い。静けさは扉。胸骨の裏に灯が揺れ、拍はB0.6で落ち着く。


「ケーキは終礼の後」リナの声。歓声が上がった。

「要る」「要るニャ」「要る」「キュ」

よっしーが糖蜜の樽を指で弾く。

「せやから買いすぎちゃう言うたやろ?」

「要った」

「認めよったなぁ!」


笑いが回り、霧はさらに薄くなる。宣告鐘は沈黙したまま、蝶番だけが静かに油を差されている。


――朝ごはんの前に、とはいかなかったけれど。

人も荷も拍に戻り、鐘は鳴らさないまま。スタロリベリオの昼粥は、やさしい。


B0.6。扉は閉じず、ただ静けさを保った。



――了――




(後記・一言)

この回は“倒す”ではなく、“鎮めて座らせる”で喉(鐘)と文(十逆)を扱いました。角を折るのではなく、蝶番に油――が今回の要点です。

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