連結祈祷橋——偽勇者の“拍”を座らせる
夜の風は薄く甘い。学園の教室に残った黒板の粉が、光の中で白く踊っていた。
150階の終礼が済み、子どもたちが「おやつは二個まで」を守るか守らないかで小競り合いをしている頃——耳飾りが小さくちりと鳴った。
『北縁、祈祷塔二基が橋で連結。上空に天蓋の再展張準備。——そして偽勇者ヨシキの旗、確』ミカエラ。
「来たか」
俺たちは胸骨の前に二拍。
とん・とん——B0.6。
静けさは扉。
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1)敵側の“拍”——偽勇者、連結橋上にて
夕闇の連結祈祷橋。二つの祈祷塔の喉を鋼鉄の桁でつなぎ、その中央に拡声角が据えられている。
金髪の男——偽勇者ヨシキがマントをひるがえし、神官長ネイザン譲りの過剰な手振りで橋の上に立つ。
「世界の愛と平和を守る勇者、ヨシキ様の再臨である! 逆賊ども、学園とやらの無法教育はここまでだ。決闘を申し渡す!」
横で眼鏡の勇者ナオキがうんざり顔で呟く。
「昼間座らされてたやつが夜に倍拍で吠えてもな……疲れるだけだぞ、ヨシキ」
「ナオキ、きさまは黙ってろ!」
神歌隊の小隊がB0.8で和声を立ち上げ、拍連結箱が後列でうなり始める。橋の喉は、倍拍を太らせるために薄い金板で強化済み。
「座らされる前に叩き切るのだ!」ヨシキは宣告鈴を振りかぶった。
——叩けば叩くほど足は遅くなる。それをまだ知らない。
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2)編成——四段の扉、夜戦仕様
ギルド中庭。
「四段構え、夜戦仕様で行く」ガロットが槍で二度、石畳をとん・とん。
一、鍵班——あーさん・ニーヤ・セレス・ユウキ。
二、泥舌班——よっしー・ロウル・フェイ・骸骨。
三、寝かせ台班——ツグリ・骸骨。
四、返送班——チトセ・リンク・ブラック。
外縁はジギーとサジ・カエナ・ゴブリン若者隊。
「目的は三つ」セレスが羊皮紙に印を打つ。
•連結祈祷橋の喉を丸める(子機×2+橋桁)。
•ヨシキの拡声角と宣告鈴を座らせる。
•人は返す。非致死、ほどほど。
よっしーが虚空庫をぼんと開けた。
沈黙箱(細・中・太)、吸音布、静電ブラシ、耳栓、粘土団子、水袋、丸太束、鎖輪、チェーンブロック、スポンジ弾、そしてブルーシート六枚。
「買いすぎニャ」
「要る」「いらんニャ」「要る」
口の形が合えば、胸の拍も合う。平常は油だ。
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3)接近——“鈴管”を黙らせて橋下へ
連結橋に近づく谷沿いの“風道”には、鈴管が埋め込まれている。鳴けば増援が走る筋だ。
「沈黙箱、枝に細を二、太を一」
ニーヤが光隠で輪郭を薄め、ブラックが羽衣を一度。高域は熱に落ち、喉はためらう。
あーさんが似せ印を蝶番へ浅く、俺が扉縫合(Lv.2)を点で置く。
カチ、カチ。
鈴管は黙り、風だけが通る。ただの穴になった。
「裏拍で行く」ロウルが石突でとん・とん。
リンクは梁を逆さで走り、足の輪郭だけで板を踏む。
俺たちはB0.6で橋の下へ滑り込んだ。
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4)“橋”を抱く——縦寝かせ+舌袋
橋桁の喉は三つ。塔から塔へ拍を渡す共鳴骨みたいなものだ。
「舌袋を前後二段、縦寝かせは抱え鎖三重」
よっしーが粘土と水で舌を仕込み、ツグリが丸太枠を立てて鎖で抱く。
あーさんの似せ印が喉を遅らせ、俺の針が角を点で折る。
カチ。
橋はまだ倒れない——抱えたまま座る準備だけが進む。
「上、始まるニャ」ニーヤの耳がぴくっと動いた。
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5)橋上——偽勇者の“倍拍”
「見よ! 愛と平和の二拍子——倍加して四拍子!」
ヨシキが宣告鈴をがん・がん・がん。B0.8×2で、さらに無理にB1.6を狙っている。
神歌隊が合わせ、拍連結箱が束ねる。
足は二本だ。
列の前端がぺたっと糖蜜に吸い付いた——よっしーの補助線が効いたらしい。
「ほどほどにな」
スポンジ弾がぽす。フェイの杖が裏拍でとん・とん。
十逆槍レーヴィンが反射的に前へ出るが、リンクのバックスピンが槍柄の蝶番を噛み、膝が落ちた。
「鍵班、拡声角!」
あーさんが似せ印、俺が針、ブラックが羽衣、ニーヤが霧膜。
拡声角の喉がためらい、声は自分へ戻る。
「わ、我が尊い声が……内にこもる!?」
「ほどほどに座っとき」よっしー。
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6)“名”でほどく——ヨシキの輪郭
橋の中央で、ヨシキの口角が引きつる。
「決闘だ、名を名乗れ!」
「相良ユウキ。——お前はヨシキでいいのか?」
一瞬、彼の拍が揺れた。
あーさんが板を掲げる。
名は輪郭。輪郭は境界。境界は——
「蝶番」ヨシキの背後で、神官長ネイザンの声が被った。
「息子、名乗れ! 神の証しを!」
「……吉木良紀」
偽勇者ヨシキの本当の名が橋の上に落ちた。
胸骨の裏で火がぽっ。
B0.6がひと時、彼に灯る。
「——何だ、この軽さは……」
「朝ごはん前に倍拍で走ると倒れる。座っとけ」俺は短く言い、扉縫合で彼の宣告鈴の角を一針折った。
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7)“連結拍”の切替——橋を座らせる
後列の拍連結箱が苛立ってB0.8をさらに束ねる。
「板拍子、堰を上げる」
よっしーが連結沈黙箱を太→中→細の順で枝に噛ませ、堰を立てる。
ロウルとフェイが裏拍を刻み、《蒼角》《炎狐》、サジ・カエナ・ゴブリンが裏拍で足を揃える。
B0.8は痩せ、箱は自分を鳴らすだけになった。
「寝かせ」
舌袋がふわっと叩きを吸い、縦寝かせの抱え鎖が重みを受け切る。
連結祈祷橋は倒れず、座った。
神歌隊は息を飲む。
「な、なぜだ……四拍あるのに進めない……」
「足は二本や」よっしーが肩で笑う。
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8)混ざる旗——ナオキの“撤”
眼鏡の勇者ナオキが静かに手を上げた。
「撤退だ。秩序が壊れてるのは拍の方じゃなく、お前らの頭の方だ」
「ナオキ! まだ愛と平和が——」
「愛も平和も、朝粥を食ってからにしろ」
ナオキはB0.6で撤の合図を打った。
列の半分が座ったまま、残りは自分の拍を拾いなおして退いた。
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9)橋上の“短い講話”
橋は座り、拡声角は喋らず、宣告鈴はためらう。
あーさんが板を掲げる。
「講話は短く。名は輪郭、輪郭は境界、境界は——」
「蝶番」と、今度は吉木良紀自身が答えた。
胸骨の裏の火が、一度だけ大きくなった。
「朝ごはんを食べてから、戻って来い。扉は稽古で上手くなる。人は返す」
よっしーが木椀を差し出す。
「……要る」
吉木はひと口すすり、顔をそむけた。
「決闘はまた今度だ。今は膝が笑ってる」
「ほどほどにな」フェイが杖でとん・とん。
返送班が白を開き、非致死捕縛/朝粥済の札が増える。
カンティクス(神歌隊小隊長)とエッカート(帝国技官)の名も里の黒板に追加。
『おやつは終礼の後二個まで』ミカエラ。
「要る」ルフィの声が遠くから届いた。
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10)橋の“後始末”——喉に油、角を折る
「痕跡は薄く」セレス。
沈黙箱の太を外して細を残し、吸音布は蝶番に噛ませたまま布片だけに。
舌袋の水を抜き、粘土を崖下の耕土へ返す。
鎖は一重残し、抱え枠は丸太に戻した。
連結祈祷橋の喉は丸く、角は折られたまま。
倒れず、座っている。
非致死、ほどほど。
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11)忍びの報——次の扉
撤収の途中、サジとカエナが駆け戻った。
「里の北西、白杭野の奥から搬送列。鉱山経由の収容者を帝国の黒縁砦へ」
「名簿にクリフの叔母の名があったって」カエナが息を詰める。
クリフさんの眉が僅かに動いた。
「——行く」
矢羽根を二度撫で、彼はB0.6で続ける。
「人は返す。非致死、ほどほど」
「順序はこうだ」ガロットが短く指示する。
•学園に名の輪を残して防護を続ける。
•連結橋は座らせたまま監視。
•白杭野経由で黒縁砦の搬送路を鍵班先行で切る。
•受け渡しは《蒼角》《炎狐》に引き継ぐ。
「講話班は学園に残るニャ」ニーヤ。
「合唱鍵は二重輪で維持します」ミカエラ。
『A-1〜A-5、白は太く。三鈴法は未使用。呼べば戻る』
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12)学園へ一旦——黒板の“今日の名”
白を渡って150階の教場。
黒板の「今日の名」に、エッカート、カンティクス、レーヴィン、そして小さく吉木良紀の文字。
リナが丸を付ける手をひとつ止め、俺を見た。
「明日は何の授業ですか?」
「ああ。名の輪の復習と、拍の輪の復習。それと——地図の授業もな。黒縁砦までの」
「要る」ルフィが三個目のケーキを隠しながら言う。
「二個まで」ミカエラの視線。
「……要る(明日)」
笑いがB0.6で広がる。平常は強い。
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13)夜の屋上——偽勇者の“残響”
風が落ち、星が近い。
遠い橋の上で、吉木良紀が膝に手を置いて座っているのが見える気がした。
ネイザンは肩を怒らせ、ナオキは静かに列を整えているだろう。
扉は多い。拍は一つ。
「ユウキ」クリフさんが言う。
「叔母を返す。黒縁砦で座らせて、連れて帰る」
「行こう」
俺たちは胸骨の前に二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
谷はゆっくり吸って、ゆっくり吐いた。
稽古は続く。
開ける。閉める。そして、返す。
(つづく)




