学園開校日——合唱鍵の“試運用”
朝のギルドは湯気とパンの匂い。黒板の「今日の名」に丸が増え、子どもたちのB0.6が廊下に薄く流れている。
扉の陰で、俺たちは胸骨の前に二拍。
とん・とん――静けさは扉。
「短く点呼」
「ユウキ」
「よっしーや」
「クリフさん」
「ニーヤですニャ」
「リンク」——「キュイ」
「あーさん、相沢千鶴にございます」
「……カァ(ブラック)」
《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」
支援はガロット・セレス、外縁をジギー・サジ・カエナ・ゴブリン若者隊。
『A-1〜A-5、白は太く維持。学び部屋は一限「名の授業」から。三鈴法は温存のまま』
耳飾りにミカエラの声。
「戻る」俺は短く返し、肩を一度回した。
よっしーが虚空庫をバンと開ける。
沈黙箱(細・中・太)、吸音布、静電ブラシ、耳栓、粘土団子、水袋、丸太束、鎖輪、チェーンブロック、スポンジ弾、そして誇らしげにブルーシート五枚。
「買いすぎニャ」
「要る」「いらんニャ」「要る」
いつものやり取りで肩の力が落ちる。平常は油だ。
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1)開校式——“名は輪郭、境界は蝶番”
150階・学園(仮)。広い教場の壁に「静けさは扉」の額。天井の光はやわらかく、机の上には名札用の白札。
壇上でミカエラが一歩出る。
「長い話はしません。名は輪郭、輪郭は境界、境界は——蝶番。今日から、この蝶番に油を差す稽古を始めます」
拍子木がB0.6でとん・とん。
リナが生徒代表として黒板に三行を書き、子どもたちがゆっくり自分の名を呼ぶ。
「ソラ」「ミン」「イサル」「ミラ」
胸骨の裏で火がぽっと灯り、肩が一度落ちる。
ルフィが机の下からひょい。
「おやつは?」
「終礼の後二個まで」ミカエラ。
「要る」
笑いがB0.6で広がった。
そのとき、耳飾りがちり。
『北縁にて祈祷塔子機と帝国拍連結箱の直結を確認。聖教と帝国の拍が噛み合い始めています』
セレスが羊皮紙に印をつける。
「外で扉が増える。……でも今は、ここで開校式を終わらせよう」
俺は壇上に上がり、短く。
「朝ごはんは食べてから戦う。殺さず、縫って止める。人は返す。——それだけです」
とん・とん。
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2)外縁報──“拍噛み車列”接近
式が終わるや否や、サジとカエナが息を整えず飛び込んできた。
「拍噛み車列だ、祈祷塔子機を前に、拍連結箱を後ろに引いて、倍拍で押して来る!」
「中央に神歌隊の旗。帝国十逆騎士の槍も一本。市の外門で拍税を復活させようとしてる!」
「ほどほどに座らせる」ガロットが決める。「四段構え——鍵班/泥舌班/寝かせ台班/返送班。学園内は講話班と名呼び合唱で喉を守れ」
「講話班はアタシとユウキ殿、ニーヤ殿、ブラック殿」あーさんが軽く会釈。
「学園中庭で合唱鍵の試運用を行います」ミカエラが合図を送る。「三鈴法は未使用のまま。合唱鍵はB0.6の輪だけ使います」
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3)市外門——“舌袋”と“縦寝かせ”
外門の前は霧が薄く、石畳に共鳴杭が打たれている。
正面に祈祷塔子機、後方に拍連結箱を四つ連結した車、左右に雷条砲改と共鳴槌。
先頭の神歌隊が倍拍で詠唱を始め、十逆騎士は長槍を肩に担いだ。
「泥舌短、舌袋二段!」
よっしーが粘土と水で前段と後段に舌を敷き、水袋を割る。
「縦寝かせ、抱え鎖三重!」
ツグリが丸太枠を起こし、骸骨騎士が鎖を掛けて祈祷塔の喉を抱く支度。
鍵班は子機の鈴へ。
あーさんが似せ印を蝶番へ浅く当て、俺が扉縫合(Lv.2)で角を点で折る。
ニーヤの霧膜が喉を薄く覆い、ブラックが羽衣で高域を熱に落とす。
カチ。鈴の鳴きがためらい、B0.8は痩せた。
「寝かせ!」
祈祷塔子機の車輪が前段の舌で受けられ、後段の舌袋がふわと叩きを吸う。
縦寝かせが重みを抱き、塔は倒れず座った。
「朝ごはんは食べられる程度にしときや」よっしーのスポンジ弾がぽす、フェイの杖が裏拍でとん・とん。
十逆騎士の膝が落ちる。
「苦味が足りん……!」
「食後にコーヒーや」よっしー。
後列の拍連結箱がB0.8×2を束ねて押し返す。
ロウルが石突で地を二度。
とん・とん。
《蒼角》《炎狐》、サジ・カエナ・ゴブリンまで裏拍で足を揃える。
よっしーが沈黙箱(太)を枝管にカチリ、俺は喉の角にもう一針。
箱は自分を鳴らし始めて座った。
「返送班、白を内側へ」
チトセが門陰に白を立て、竹札「非致死捕縛/朝粥済」が一枚また一枚増える。
受け皿の粥釜に湯気。
「要る」と帽子を脱いだ若い拍兵。
「二杯目は要る?」
「……いらん」
「ほどほどにな」
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4)学園中庭——“合唱鍵”の輪
同時刻、150階・中庭。
円形の壇に合唱鍵の枠が置かれ、学び部屋から流れて来た子どもたちが半円に並ぶ。
ミカエラが指で三つの灯を点す——名の輪/拍の輪/境界の輪。
「三鈴法は使わない。B0.6の輪だけで喉を守るわ」
あーさんが板を持って一歩前へ。
「講話は短く。名は輪郭、輪郭は境界、境界は蝶番。……蝶番には油を」
胸骨の前で二拍。
とん・とん。
子どもたちがゆっくり続ける。
「名を呼ぶ輪」「拍を合わせる輪」「境界を結ぶ輪」
合唱鍵の枠に淡い光が巡り、B0.6が中庭を満たした。
その時、屋根の影から黒衣の神歌徒と帝国拍僧が一団、梁を渡って実験室へ向かおうとした。
「合唱鍵を奪え!」
ブラックが羽衣を一度震わせ、ニーヤが光隠で彼らの輪郭を薄くする。
リンクが二段で梁を走り、肩の輪へちょん。
「キュイ」
座る。
「講話は短く」あーさんが板を掲げる。
「名は?」
「……カンティクス……」小隊長の神歌徒がしぼり出す。
「カンティクス」
胸の火がぽっ。
「帝国の目的は?」
「鍵の所在と三鈴法の有無……そして天蓋祈祷器の目印」
「天蓋?」
「空から拍を覆う幕だ。子機と箱を空で繋ぐ……」
ミカエラが短く頷く。
「合唱鍵の輪を二重に。名の輪を先に広げ、拍の輪は後で重ねる」
子どもたちのとん・とんは揺れず、B0.6の帯が学園全体に巡った。
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5)市外門・後半——神歌隊と十逆槍
外では神歌隊が陣形を変え、和声で増拍を狙う。
フェイが杖で裏拍を刻み、ロウルが石突でとん・とん。
よっしーが板拍子を二枚つないで堰を作り、倍拍は痩せて自分へ戻った。
「ほどほどにしとこな」
スポンジ弾がぽす、寝かせ台が抱え、神歌隊は座る。
十逆騎士が最後に跳ね起き、槍を反転して突き出した。
「秩序には苦味が——」
リンクがバックスピンで槍柄の蝶番を噛み、ニーヤの霧膜が手首を冷やす。
俺は扉縫合で槍の角へ点。カチ。
「言葉の角も丸めておきますか」あーさんが微笑み、ブラックが羽衣で高域を熱に落とす。
「……朝粥はあるか」
「要る?」よっしー。
「……要る」
竹札に「非致死捕縛/朝粥済」。
受け渡し場では、リリアーナが台帳に印をつけながら白へ次々と送り込む。
「名……はい、こちらに輪郭を。呼んでから渡ってください」
手際の良さに、よっしーが小声で「ええ受付嬢や」と呟くと、リリアーナが目だけで「当然です」と返した。
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6)学園・合唱——“三限”の延長
中庭では合唱鍵の輪が安定し、名の輪と拍の輪が重なる。
ミカエラが小さく指を鳴らした。
「三限『道具の名』を延長。拍の輪に添えて、鋏や槌の名を呼ぶ練習を」
リナが黒板に鍬、鎌、槌の文字。
子どもたちがゆっくり呼び、道具をB0.6で撫でる。
合唱鍵の枠がきいとも鳴らず、蝶番に油が回るように静かだ。
梁の上で神歌徒カンティクスが薄く笑い、そして頭を下げた。
「敗けた。合唱は——奪うものではなかったな」
「朝ごはんを食べてから、歌えばいい」あーさん。
「要る」
湯気の立つ粥椀が差し出され、彼はそれを両手で受けた。
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7)里へ返す——黒板の“今日の名”
白は太く、名が返っていく。
「エッカート」「ユルグ」「カンティクス」「レーヴィン(十逆槍)」
黒板の今日の名が増え、リナが丸を付ける。
『おやつは終礼の後二個まで』ミカエラ。
「三個」よっしー。
「買いすぎニャ」
「要る」
ルフィが三個目を摘み、ミカエラが静かに睨む。
「二個まで」
「……要る」
「明日の自由研究に回しましょう」
「要る(明日)」
笑いがB0.6で重なる。
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8)帝国技官ヴォルクの“短い講話”
受け渡し室の片隅。帝国技官ヴォルクが椀を持って座っていた。
あーさんが板を置く。
「境界は蝶番。名は?」
「ヴォルク」
「ヴォルク」
火が灯る。
「天蓋祈祷器は?」
「……夕刻、北縁の上空に展張。子機と箱の直結に空路を足す。拍を覆って税に変える気だ」
「拍税は座らせる。朝ごはんの後にな」よっしー。
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9)夕刻前——空の“喉”
鳩の羽音。セレスが屋上で空を睨む。
薄い白の幕が北縁に弧を描き、日差しが一段冷えた。
「天蓋」
ガロットが槍で石床を二度。
「四段構えを縦へ伸ばす。鍵班は空喉の似せ印と扉縫合、泥舌班は舌凧を、寝かせ台班は縦抱えの帆柱、返送班は白を屋上へ」
よっしーが虚空庫から凧枠と布と……ブルーシート。
「買いすぎ——」
「要る。喉が冷えると鳴きやすいって言うたやろ」
ニーヤが風膜を薄く張り、ブラックが羽衣で高域を熱に落とす。
リンクが梁から飛んで、凧の背骨にとん・とん。
舌凧が空へ揚がり、天蓋の端の蝶番にふわと触れた。
あーさんの似せ印が浅く、俺の針が角へ点。
カチ。
鳴きは遅れ、B0.8は痩せる。
ツグリの帆柱(縦寝かせの柱)が重みを抱え、空の幕は倒れず——座りかけた。
だが、天蓋の奥から新しい喉が目覚める気配。
三重の輪が縦に噛み合い、低い雷が胸骨の裏を撫でた。
「心臓核の空版か」フェイが眉をひそめる。
「合唱鍵」ミカエラの声が落ちる。「中庭の輪を一段上げ、名と拍を連結。三鈴法はまだ使わない」
中庭の輪が太くなり、B0.6の息が塔の帆柱を通って舌凧へ、さらに天蓋へ流れ込む。
倍拍は息に溶け、幕の角が丸くなった。
「今や」
よっしーがブルーシートを凧綱で引き上げ、天蓋の蝶番へぱさ。
ニーヤの水膜が端を接合、俺の針が角をもう一針。
天蓋は倒れず、寝た。
非致死、ほどほど。
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10)終礼——“二個まで”
日が傾き、黒板の「今日の名」に最後の丸が付く。
ヘルツとミラが並んで教室の窓を拭き、リリアーナが台帳の角を揃える。
終礼。
あーさんが板を掲げ、最後に三行。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は——蝶番。
胸骨の前に二拍。
とん・とん。
「おやつは二個まで」ミカエラ。
「三個目は明日の自由研究に繰り越し」リナ。
「要る(明日)」ルフィ。
よっしーが肩をすくめて笑い、ブラックが一度だけカァと短く鳴いた。
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11)夜の屋上——次の扉
風は静かで、星は近い。
遠い北縁に、祈祷塔と拍連結箱の点火がかすかに見える。
帝国は拍を盗み、聖教は拍で叩く。
でも俺たちは——開ける。閉める。そして、返す。
「クリフ」
「父は畑で笑っていた。妹は名を呼べている。……次は俺が返す番だ」
矢羽根を二度撫で、彼はB0.6で短く笑う。
「非致死、ほどほど。人は返す」
俺たちは胸骨の前に二拍。
とん・とん。
静けさは扉。
耳飾りがちり。
『北縁、祈祷塔二基が橋で連結し、天蓋の再展張を準備。……それと——偽勇者ヨシキの旗を一瞬探知』
よっしーが顎をさする。
「ややこしいの、混ざってきよったな」
「扉が増える」セレスが星を見上げる。
「蝶番に油。講話は短く。明日も朝ごはんを食べてから」あーさん。
俺たちは笑って頷き、B0.6で階段を降りる。
稽古は続く。
扉はたくさんある。
でも、拍は一つだ。




