外交会談(戦後処理)
――中立国リヒトヘーゲン公国 首都ダルス・ブレト
山風が吹き抜ける高原の城館にて。
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◆外交会議
灰色の大理石の会議室。
天井の吊り燭台には昼でも明かりが灯され、
窓外には山の風が乾いた笛のように鳴っていた。
ダルス・ブレト公国の使者が低く声を張る。
「これより――
ユーゲンティアラ王国と
ルーデンス聖教国との停戦後協議を始める」
緊張が落ちた。
ヤコル将軍は沈黙のまま指を組み、
アルノー外相は書類を整え、
ジギーは湯気の立たぬ茶を前に視線だけで相手を観察する。
カトリーナ姫だけが、わずかに冷静な笑みを浮かべた。
対する聖教国側。
国王リューデル四世は、豪奢な外套を膨らませて細い笑みを作る。
「……いやまったく。
双方にとって不幸な衝突であったな。
この場を持てたこと、まずは喜ばしい」
アルノー外相が淡々と返す。
「不幸を生んだのはどちらか。
それが本日、明らかになります」
宰相ハルマンが眉を吊り上げる。
「我が国は、国境近くに潜む逆賊の討伐を――」
ジギーがパタン、と書類を置いた。
「まずは賠償の話からだな。
20万の軍を動かし、国境を侵略した理由――
それを説明してもらおうか。
ただの“逆賊討伐”で済むと思うなよ?」
ゼファード監察官が立ち上がる。
「貴殿らの民が、聖教徒を誘拐したのだ!
その報復として――」
「誘拐?」
カトリーナ姫の声が鋭くなった。
「その誘拐されたという“聖教徒の名簿”を確認したいのですが」
キリフ大神官が目をそらした。
アルノー外相は静かに書類を滑らせる。
「……では、こちらから提示しましょう。
聖教国が“誘拐された”と主張した人物の半数以上が――
『実在しない』」
会議室がざわついた。
ヤコル将軍が重く続ける。
「さらに――侵攻の大義名分としていた“被害の村”についても、
衛生兵の調査で燃やされた痕跡は内部からの処理と判明した」
宰相ハルマンが怒声をあげる。
「貴様ら、でたらめを!!」
「でたらめなら、もっとあるぞ?」
ジギーが立ち上がった。
革袋から数冊の古びた帳簿を取り出す。
その瞬間、聖教国側の高官の顔色が変わった。
「では見せてやる。
聖教国による亜人売買の帳簿だ。
買い手の名は北方帝国“皇族”の印、
売り手の名には……キリフ大神官。
そしてヘルツォ枢機卿。
お前たちの名が、しっかりと刻まれている。」
キリフ大神官の喉が音を立てた。
ヘルツォ枢機卿は震える声で否定する。
「そ、それは偽造だ! このような――!」
カトリーナ姫が容赦なく言い放った。
「本物ですよ。
押収した“位相鈴”に残った商談記録の残響と一致しています。
あなた方の手で消し損ねた“鐘の跡”まで、ね」
ドサ、と監察官ゼファードが椅子に崩れ落ちた。
「……まさか、すべて……漏れて……?」
ヤコル将軍が淡々と告げる。
「本日の主題は三つ。
一、戦争行為に対する巨額賠償。
二、亜人差別の法的撤廃。
三、奴隷解放および人身売買ルートの完全廃止。
受け入れられない場合――」
ジギーが指を鳴らした。
「我々にはまだ全部の証拠を出してない。
王都の印章が押された“最後の書類”も残してある。
ここで飲むなら破棄するし、飲まないなら公表する」
国王リューデル四世の顔から血の気が引いた。
「……交渉に応じよう。
すべて、聞こう……」
会議室に沈黙が落ちた。
その沈黙は――
敗北を飲み込んだ者たちの、冷たい沈黙だった。
カトリーナ姫は一度、軽く目を閉じた。
まるで祈るように。
(……これで、少しは“輪郭”が正される)
アルノー外相が書類にサインし、ヤコル将軍が静かに押印する。
ジギーは最後に枢機卿の方を見た。
「安心しろ。
お前らの“罪の記録”は、歴史がぜんぶ覚えてくれる。
消す暇なんて、もうやらねぇよ」
そして、調印は完了した。
会議室の外――
リヒトヘーゲンの山風が、
ようやく季節を変えるように静かに吹いた。
◆王都ユーゲンティアラ王城 ― 戦後の余韻
夕刻。
王城の塔に灯る炎が、冬空に線を描いてゆく。
大広間では報告会が終わり、
騎士団、学院関係者、塔の面々が静かに胸を撫で下ろしていた。
ヤコル将軍は、報告書を置くと短く言う。
「今回の侵略阻止は――
里の者、塔の者、そして冒険者たちの働きによるものだ。
特に忍びの里の働きは計り知れん」
エリンが軽く頭を下げる。
隣でラッシ、ラセツ、ザインたちも照れ臭そうにしていた。
そこへ、カトリーナ姫が静かに入ってくる。
「……皆さん、よく戻ってくれました。
本当に、ありがとう」
その言葉に、里の子供たちまで顔を上げた。
ほんの僅かな涙ぐみを、エリンは袖で隠す。
一歩後ろでは、ジギーがゆっくり肩を回しながらグラスを置いた。
(……終わった。
でも、始まったばかりだ)
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◆ユーゲンティアラ側 裏会議
――「戦後の次の一手」
調印式翌日。
王城の作戦室には、歴戦の者たちがそろっていた。
•ヤコル将軍
•アルノー外相
•カトリーナ姫
•ジギー
•侍従長カルディナ
•魔道学院長ラフェル
中央の地図に、王都周辺、北部国境、聖教国のルートが描かれる。
ヤコル「聖教国は内部から崩壊する。
だが問題は――北方帝国だ」
ジギー「亜人奴隷の“買い手”の本丸があそこだ。
聖教国を捨て駒にしてたんだろうよ」
アルノー外相「帝国は、今回の失敗を“聖教国が勝手にやった”と言い張るはず。
そして、また裏で別ルートを探し始める」
カトリーナ姫「……つまり、まだ“戦いは終わっていない”」
ジギーが姫の言葉に頷く。
「ただ、こっちにはもう十分な材料が揃ってる。
帝国の裏帳簿、奴隷商のリスト、神殿の位相鈴の転送記録。
どれも“全部出す”必要はねぇ。
出すぞ?って言えば、帝国は勝手に動きを止める。
犯罪国家が一番嫌がるのは――“観測されること”だからな」
ヤコル「……お前は、本当に怖い男だ」
ジギー「褒め言葉として受け取っとくよ」
薄い笑いが広がる中、カトリーナ姫が深い息をつく。
「では、次の一手は……“帝国の内側”への監視と圧力。
ユウキさんたちの動きにも合わせて、
新しい冒険者制度、そして“塔”との連携を強化しましょう」
アルノー「それなら、学院も協力する。
里の子どもたちを含め、戦術と魔法の教育改革に入る」
(戦争の終わりは、改革の始まり)
小さな王国は、この日また一歩前へ進んだ。
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◆聖教国側 ― 国内崩壊の序曲
同じ頃、
ルーデンス聖教国の王都ルーデンハイム。
冷たい鐘楼の影で――
国王リューデル四世は、蒼白のまま宰相ハルマンに怒鳴っていた。
「どういうことだ!!
なぜ奴らがあれほどの証拠を握っていた!!
我が国は、完璧にやってきたハズだ!!」
ハルマン「おそらく……内部に裏切り者が……」
「裏切り者? あれが裏切りの規模か!!
これは……誰かが計画的に我らを“丸ごと狩りに来た”としか――!」
そこへ、侍従が震えながら駆け込む。
「そ、側近のバーグ将軍が失踪しました!!
部下たちの一部は……屋敷の地下で、異様な形で……」
「異様とは?」
「……影だけを残して、燃え尽きたような……
鐘片も、祈祷具もすべて破壊されて……」
宰相が蒼白になった。
「…………っ!!
“影殺し”が、動いている……」
国王「――アレは伝説上の存在だぞ!!」
「ですが……
ライオネル枢機卿の屋敷でも、同じ手口で死体が……」
会議室が凍りついた。
国王は、ゆっくりと椅子に崩れ落ちた。
リューデル四世「……我らは、本当に……終わるのか……?」
宰相ハルマンは、震える手を押さえながら呟いた。
「ユーゲンティアラに敗れたのではない……
“見えない刃”に処されているのだ……
我々だけが知らぬままに……すべてを見られていた……」
聖教国の夜は、静かに――
そして確実に崩壊へ向かっていった。




