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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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坑口—祈祷動輪を“縦に寝かせる”

谷の息が上下するたび、胸骨の奥がわずかに震えた。

櫓の足元で祈祷動輪が唸る。ごううううという低い基音に、蜂の巣みたいに空いた鈴孔が微細な倍拍を混ぜている。


俺たちは土留めの影で胸骨の前に二拍。

とん・とん――B0.6。

静けさは扉。


「点呼、短く」

「ユウキ」

「よっしーや」

「クリフさん」

「ニーヤですニャ」

「リンク」――「キュイ」

「あーさん、相沢千鶴にございます」

「……カァ(ブラック)」

《蒼角》「ロウル」「ツグリ」/《炎狐》「フェイ」「チトセ」

後詰はガロットとセレス。外縁はジギーの骸骨騎士、サジとカエナ、それにゴブリンの若者らが草鞋で道の輪郭を消しながら回っている。


『A-1〜A-5、受け入れ太く。三鈴法は未使用。呼べば戻る』

耳飾りにミカエラの声。

「戻る」俺は短く返し、動輪を見た。



1)段取り——四方の扉


「鍵班」——あーさん・ニーヤ・セレス・俺。鈴孔の逆鍵と似せ印、扉縫合で角を折る。

「泥舌班」——よっしー・ロウル・フェイ・骸骨。“泥舌柱”を軸受の下に立て、水で眠らせる。

「寝かせ台班」——ツグリ・骸骨。“縦受け”に組み替えた寝かせ台で輪の体重を抱える。

「返送班」——チトセ・リンク・ブラック。白の入口を坑口脇に立て、呼び戻しを通す。


「非致死、ほどほど。人は返す」

「合図はとん・とん」

八つの首が一斉にうなずき、B0.6が胸骨の裏で揃う。



2)見張りを“座らせる”


櫓の下、坑夫監督と祈祷機師が二人、鈴棒の箱を抱え、B0.8で足を鳴らしていた。

「巡回は倍や! 昨夜から逆賊が——」

最後の語尾に角。

ブラックが羽衣を一度震わせる。高域が熱に落ちて丸くなった。


「ほどほどにしとき」

よっしーのスポンジ弾がぽすと監督の胸甲に置かれ、リンクが二段で肩の輪郭に噛む。

「キュイ」

監督は座り、祈祷機師の手から鈴棒がからんと落ちる。

フェイが杖で地面をとん・とん。B0.6。

「朝ごはんは食べられる程度にね」

「い、いい匂いの粥なら——」

「後で出る」よっしー。



3)鈴孔の“喉”を丸める


あーさんが白墨で小板を掲げる。鈴孔の簡易図、喉と蝶番。

「喉は深い。似せ印は鳴き遅らせ止まり。角は扉縫合(Lv.2)で折る。高域はブラックで熱に落とす」

「了解だ」

ニーヤが光隠を薄く回し、俺は針のような意識で角へ点を置く。

カチ。鳴きがためらい、倍拍の枝が痩せた。

「もう一針」

カチ。

祈祷動輪の上に植えられた鈴の囁きが眠そうに沈む。



4)泥舌柱と縦寝かせ台


「舌、立てるで」

よっしーが粘土団子と麻袋から泥舌柱をこしらえる。

——泥舌を“柱”にする発想だ。水袋を割って粘土に呼吸を与え、舌の先を軸受にふわりと触れさせる。

「角度は手前浅、奥深。舌先は眠膜みたいに柔う」

骸骨騎士が梃で支え、ロウルが槍の石突でとんと二度利きを見る。

「B0.6で合う」


ツグリは寝かせ台を縦で組む。

丸太を束ねた受け床を縦柱に倒し、鎖で輪の外周を抱える。

「倒さず、抱える。寝かせの縦版だ」

「縦寝かせ、ええやん」よっしーが口角を上げる。



5)“とん・とん”の位相合わせ


低い雷鳴みたいな基音の上に、B0.8のせっかちが時々刺さる。

「合わせて、切るぞ」

俺は胸骨の前に二拍。

とん・とん。

リンクがそれに滑り込み、足裏で支柱をとん・とん。

泥舌柱が呼吸に同期し、縦寝かせ台の鎖がじわりと重みを受ける。

輪の拍がほどけていく。

B0.8がB0.6の懐へ落ち、うなりは息に変わる。


「——今」

ニーヤの水膜が軸受の刺にひとしずく。

あーさんの木口楔(音止め楔)が蝶番の角へすっと入る。

よっしーの泥舌柱がふわりと舌を上げ、輪の体重を縦寝かせが抱く。

ごううう……が、ふっと切れた。


祈祷動輪は止まらない。

座った。

非致死の座り方だ。

櫓の軋みが息の音に変わり、谷が吸って、吐いた。



6)坑口の扉——“似せ印”で遅らせ、“扉縫合”で折る


「鍵班、入る」

坑口の扉は共感鈴の大。喉はさらに深い。

ニーヤが光隠で輪郭を薄め、ブラックが高域を熱に落とす。

あーさんが似せ印を蝶番へ軽く押し、俺が角へ点を二つ。

カチ。鳴きはためらい、喉の奥で眠い音が丸くなる。

セレスが沈黙箱を枝管にカチリ。

扉は喋らず、開いた。


階段を下ると、巻き上げ機とケージ、その脇に看視の詰め所。

中には帳面、赤い印泥、そして——白い羽が一枚。

「アッシュの置き手紙だ」あーさんが微笑する。

呼び戻し札が束で残されており、端に癖字で静けさは扉。


「返送班、ここも白を」

「了解」チトセが白を立て、リンクが枠を走って輪郭を噛む。

「キュ」

ブラックが羽衣で縁の高域を熱にし、白は太くなった。



7)解放——名は輪郭


ケージの中、鉱夫たちがB0.75で肩を揺らしていた。

「名は?」

あーさんが札を掲げ、白墨で名を書く。

「ラグナ」「テモ」「ヴェル」

俺とセレスがゆっくり呼ぶ。B0.6。

火が灯り、肩が落ちる。

ニーヤの霧雨が首輪の穴だけを湿らせ、刺が眠る。

枷の芯を抜き、扉縫合で角を折る。

カチ。鳴かない。

「呼べば戻る。朝ごはんはある」

「要る」

笑いと涙がほどほどに混ざって、白の中へ。


返送は太い。

『学び部屋、今日の名を追加。ルフィはおやつまであと一限』ミカエラ。

「要る」と遠くで聞こえた気がして、誰かが小さく笑った。



8)“祈祷逆打ち”——予備輪の目覚め


そのときだ。

櫓の奥、岩壁に埋め込まれた副輪がひと呼吸遅れて目覚めた。

——ぐぅううん。

低域が倍になり、三重和音の歪が皮膚の下を這う。

「予備輪、祈祷逆打ちや!」よっしーが顔をしかめる。

「増拍で押し返す気ね」フェイが舌打ち。

祈祷機師が三人、詰め所から飛び出し、B0.8×2で鈴棒を構える。


「非致死で座らせる。ほどほど」

俺は胸骨の前に二拍。

とん・とん。

リンクが梁を走り、鈴棒の喉の輪郭に踵でちょん。

ブラックが羽衣を落とし、高域が熱になる。

ニーヤが土流アースフローで鈴足にぬかを作り、足を座らせる。

フェイの裏拍、ロウルの石突のとん・とん。

倍拍はずれ、鈴棒は膝から落ちた。


「輪はまだ回ってる」セレスが櫓の支柱を睨む。

「縦寝かせ、もう一呼吸」

ツグリと骸骨が鎖を二重にし、よっしーの泥舌柱が息をひとつ深くする。

あーさんの木口楔が第二角へすっ。

ぐぅうん……が、布に吸われたみたいに痩せた。



9)動輪師ゲルバ——短い“講話”


「貴様ら——神に敵対する逆賊が!」

動輪師ゲルバと名乗った男が、油と灰で汚れた前掛けのまま躍り出た。

目は血走り、口はB0.8×3でまくし立てる。

あーさんが板を掲げ、白墨で三行。

「名は輪郭。

輪郭は境界。

境界は——蝶番」

「うるさい! そんな講話で——」

ブラックが羽衣を一度、フェイがとん・とん。

言葉の角が丸くなり、声は自分に返る。

「……何を——俺は、何を回していた?」

よっしーが粥椀を差し出す。

「朝ごはん、要るか?」

「……要る」

ゲルバは椀を受け取り、膝を折った。

「予備輪は誰に教わった?」

「十字の動輪師長、ソレル。——さらに下に“祈祷心臓ハート”がある。封鎖を動かし、毒風を流す備えだ」

「毒風……やめさせる」

クリフさんの声は静かで、B0.6の刃みたいに真っ直ぐだった。



10)下層へ——受け渡しと引き継ぎ


返送は続く。白の入口に名が並び、呼ぶ声が息を揃える。

「ミン」「ラグナ」「イサル」「ヘルツ」

塔の黒板には今日の名が増え、リナが丸を付ける。

『終礼の後、ケーキ』

「要る」ルフィ。

「全員分、要る」ミカエラの返しに、学び部屋が笑った。


坑口では、看視がほどほどに座らされ、朝粥済の竹札が増える。

ガロットが短く指示する。

「第一段、完了。——第二段、心臓へ。非致死、ほどほど。人は返す」

「鍵班は似せ印を更新。泥舌班は短舌を二本増し。縦寝かせは鎖を三重。返送班は白を一つ下層へ移設」

セレスが地図に三点——副輪室、封鎖扉、心臓窟。


ヘルツ(クリフ父)が白の光の向こうから振り返った。

「戻ったら——名を呼ぶ稽古を、ミラにも教える」

「よろしく」

クリフさんはうなずき、矢羽根を二度撫でる。



11)切通しに風——外縁の拍


外ではサジとカエナが罠を回収し、ゴブリンのグルが草鞋で足跡を消す。

「ほどほどって難しいけど、気持ちいいな」

「朝ごはんを食べられるくらいにしてるからな!」

二人はとん・とんと拳を合わせる。

骸骨騎士が首をぽきと傾げ、B0.6で頷いた。


ジギーは尾根筋で手印を結ぶ。

「非致死の帯は保て。扉は開け閉めの稽古だ」

骸骨竜が影を滑り、高所の見張りが眠る。

「お館様、里の火は——」

「絶えんよ。リナがおる。ルフィもな」

「ケーキ」

「後だ」



12)降下前——それぞれの二拍


櫓の影で小休止。

よっしーが虚空庫から毛布を出し、焼き餅を並べる。

「腹が減っては非致死もならんやろ」

「買いすぎニャ」

「要る」

「……要るニャ」

ブラックが一度だけカァ。

リンクは俺の足首にとん・とんと頭突きして、丸くなる。


「クリフ」

俺は横に並んだ彼に声をかけた。

「大丈夫か」

「大丈夫ではない。——だが、ほどほどに保てる。拍があるからな」

彼は矢羽根を二度撫で、B0.6で笑った。

「殺さず、縫って止める。人は返す。……それで足りるかと迷っていた昨日までの俺は、もういない」

「今は?」

「今は——名が輪郭に戻るのを、信じる」


あーさんが湯気の立つほうじ茶を配る。

「名の火が弱りませんように」

俺たちは胸骨の前で二拍。

とん・とん。

静けさは扉。



13)心臓窟へ——次の拍


谷の底から、低い雷がもう一度。

さっきより太い。

三重和音が岩の間で組まれ、祈祷心臓ハートが目覚めようとしている。


「——行く」

ガロットが槍で地を二度叩く。

「裏拍で歩け。非致死、ほどほど。人は返す」

「鍵班/泥舌班/縦寝かせ班/返送班、配置」セレス。

『A-1〜A-5、白の移設完了。学び部屋は四限へ』ミカエラ。

「ケーキは?」

『終礼の後。全員分』

「要る」


俺たちは坑の口に立ち、心臓のある方へ目を向ける。

扉はそこにもある。蝶番には油。

開ける。閉める。そして、返す。


胸骨の前に二拍。

とん・とん。

B0.6。


——降りる。


(つづく)

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