◆スタロリベリオ防衛戦 ――「光の柱の夜」
◆前書き
「ミカエラ=ヒラツカ、AF発進」
塔の最上階、
魔力でも祈祷でもなく、
ただ“科学”だけが支配する無音の格納庫。
壁のパネルが自動で光り、
白い霧が床を這うように漂う。
中央には――
全高五メートル、灰銀色の骨格をした《AF:アーマードフレーム》が静かに立っていた。
細身だが鋼。
肩と背のバックパックに、折り畳まれたスラスター。
手にはビームサーベルの柄。
腰には長銃――旧世代の宇宙コロニーで使われた“ビームライフル”。
機体番号はただひとつ。
【AF-01/HILATSUKA・MODEL】
「ミカ様、操縦席のシンクロ率、正常値です」
半透明のホログラムに映るのは、
金髪の自律機械。
ミカエラの秘書であり、
発進時の補助AIでもあり、
ヒラツカ博士が残した唯一の“家族”だった。
ミカエラは小さく息を吸い、胸に手を当てた。
「……はい。わたくしは、問題ありません。
我が主人に託された役目――果たして参ります」
ルメルが微笑むように光を揺らす。
「ミカ様、主人とは――ユウキ様のことですね?」
「ええ。
わたくしが“名”を得た日も、
塔の主になれたのも……
すべて、あの方のおかげですから」
静かな決意。
その裏で、
通路の奥からバタバタと困った声が近づいてくる。
「ルメルぅぅぅ!! 装着できんのだー!!!
わたしを一人でAFに入れるのはムリなのだ!!
なんか、こう、めんどくさいのだ!」
ピンク髪、赤い瞳。
ホムンクルスの“超存在”――ルフィアーナが、
子どもみたいにぐりぐりと頬を膨らませている。
「ルフィ様。
装着補助はすでに行いました。
あなたはただ、機体の中で“棒立ちでいてくだされば”結構なのですが」
「それがムズいのだ!!
じっとしてるの苦手なのだ!!」
ルメルは容赦なく言い放つ。
「……では、固定ロックを上げます」
「ぎゃーーー!! ちょ!! 動けんのだ!!」
ミカエラは小さく咳払いした。
「ルフィ様。
あなたはわたくしの後衛です。
どうか暴走だけは……控えめにお願いします」
「うむ! 努力はするのだ!
でも敵がいたらちょっとだけボコボコにしたいのだ!
ダーリン(ユウキ)も見てるかもしれんし!」
ミカエラは一瞬だけ沈黙し――
そっと目を閉じた。
(……分かっております。
どうせ“控えめ”は期待できませんわね)
そのとき、外部スピーカーが鳴る。
『ミカエラ・ヒラツカ殿。
スタロリベリオ方面、敵軍十万の動きに変化……!
緊急出撃、要請します!』
ミカエラは、無機質な格納庫にしっかりと響く声で答える。
「AF-01、出撃準備――完了です」
ギィィィィィン……!!!
足元のリニアレールが稼働。
機体は光に包まれ、
鋼の扉が左右に割れる。
ミカエラはルメルのホログラムに向かって小さく頷いた。
「ルメル。
帰ってきたら……ユウキ様たちと、ケーキをいただきましょう」
「了解。
《アフターアクション:ケーキ会》セットしました」
「……ふふ。完璧ですわ」
「ルフィ様、準備は――?」
「も、もう動けんけど……まぁいいのだ!!!
いくのだーー!!!」
◆AF発進!!
白い光が塔の外へ放たれた。
【ギルド騒動】
その報せは、
夜の冒険者ギルドの扉を蹴破るように飛び込んできた。
「城門前より緊急!!
南より――二万の聖教国軍が接近中!!!」
酒場スペースにいた全員が、文字通り固まった。
「……はい?」
「に、二万って言ったか今?」
「この街の兵、三百もおらんぞ!」
ざわつきは一瞬で広がり、
テーブルに置いていたジョッキが倒れ、
床にこぼれた酒の匂いが立ちのぼる。
その中心へ、
ギルド長ガロットがドン!と長靴で壇上を踏みならして現れた。
「静まれッッ!!」
その声だけで空気が凍った。
隣には副長セレス。
蒼銀の短髪、軍服風のローブ。
普段は冷静な眼だが――今日だけは違った。
「状況を説明する」
ガロットは地図を壁に叩きつけるように広げた。
「南街道にて、聖教国軍二万。
正規軍・祈祷隊・重装歩兵・魔術支援――全部揃っている。
目的は不明……いや、どう考えてもこの街だ」
一気に空気が重くなる。
「戦争じゃねぇか」
「ここで止めねぇと……王都に雪崩れ込むぞ」
セレスが一歩前へ出た。
瞳が、恐怖ではなく“覚悟”に光る。
「冒険者諸君。
各自、覚悟を決めてほしい」
その瞬間――
ギルドの一角で視線が交差した。
ユウキは、
冒険者の大群の向こうで
メルサローネ、ロディマス、ルーノ
――三人の姿を“視界の端”に捉えた。
向こうもこちらを見ている。
だが声を掛けることはない。
同じ空間で、同じ危機を前にしても――
今はそれどころではなかった。
すぐに視線は離れた。
それだけで充分だった。
「Aランク、前へ」
セレスの号令で三つのパーティが並ぶ。
◆蒼角の旗
◆愛の鞭団
◆銀環の歩哨
どれも“この街の看板”だ。
Bランクの面々も名乗りを上げる。
◆灰皮の四人旅
◆旅狼の縫い手
◆槌と盾の小隊
◆夜風の三羽
◆断崖の息吹
(……心強ぇな)
とユウキは思ったが、
胸は不安でいっぱいだった。
そんなユウキの肩を、
クリフが軽く叩いた。
「大丈夫。……俺たちはもうCじゃない」
「……うん」
緊張が少し和らぐ。
「おっしゃユウキ、ワイがついとるからな!」
横からよっしーがにゅっと顔を出す。
「いやお前の“ついとる”は信用できん!」
「ひどい!!」
……緊張はさらに和らいだ。
セレスは深く息を吸い、
ギルド全体を見渡す。
「皆。
――逃げるなら、今のうちだ」
誰も動かなかった。
セレスはわずかに笑う。
「立派だ。
では……胸を張れ。
この街を、守るぞ!!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
冒険者ギルドを揺るがす雄叫び。
決戦が、始まろうとしていた。
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【出陣】
街門を出ると、
冷えた夜風が頬を切った。
遠く、南の地平線には
焚き火の帯が揺れている。
二万が、動いている。
(……やべぇ。
これ、数字で聞くのと現物ぜんぜん違うんだな……)
ユウキの胃がキュッと縮む。
そんな彼の隣で、
よっしーが呑気に空を見ていた。
「星きれいやなぁ」
「いや落ち着きすぎ!!」
クリフが小さく笑う。
ニーヤは静かに足踏みの拍を整える。
リナは震えながらも、前を向いている。
あーさんはいつも通りの表情。
リンクは「キュイ」と短く鳴いた。
丘の上――
冒険者総勢四百名。
騎士団百名。
火の線が近づいてくる。
「……来るぞ」
ガロットが前に立ち、
セレスがその隣に槍を構える。
そのときだった。
ユウキは、
夜空の一点が“瞬く”のを見た。
「……ん?」
星じゃない。
流れ星でもない。
線だ。
細い、細い光の線。
「なぁ、あれ……なんや?」
よっしーも気づいた。
線はどんどん近づいてくる。
太くなる。
「みんな……あれ、なんか光って――」
ユウキがそう言いかけた瞬間。
【光の柱】
世界が、白くなった。
音が消えた。
風が止まった。
時間が凍った。
南の地平線から――
巨大な“光の柱”が垂直に立ち上がった。
ビームの幅は、数百メートル。
貫通した線は地表を削り、
炎でも雷でもなく、
ただ“光”だけで大地を塗りつぶす。
次の瞬間。
二万の焚き火が、同時に消えた。
「な……」
「え……?」
「いま……何が……?」
「軍……軍が……?」
「消えた……? 一瞬で……?」
誰かがつぶやいた。
答えは、誰にも分からなかった。
丘の上でただ一人、
ユウキだけが――
見覚えのある光の色を知っていた。
(……あれ、AFだ!!
ミカエラだ!!
あいつら来たんだ!!)
光の柱は二度、三度と走り、
地平線をなめるように横薙ぎに切り裂いた。
最後の光が消えたとき、
“南の地帯には何も残っていなかった。”
──────────────────────
【ラスト】
数分後――
風が戻り、
夜の音が帰ってくる。
「……勝った、のか?」
誰かが呟いた。
ガロットはゆっくりと、
震える声で言った。
「……諸君。
我々は……生き延びた」
セレスはその隣で、
震える槍を握りしめながら
「……スタロリベリオは、守られました……!」
冒険者たちは、
誰とも言えぬまま、
ただ空を見上げた。
星は、
何も知らない顔で
いつも通り輝いている。
(ミカ……ルフィ……
ありがとう)
ユウキは深く息を吐いた。
こうして――
スタロリベリオの長い夜はこうして終わった。
◆次話:
→祝勝の大酒席(よっしーのラジカセ/おつまみ乱舞)へ続く!




