アレクサル潜入編・第2話 影の入口・シャイニーハイド作戦
◆1 浅紫の丘陵にて ― 静寂の拍が揃う
アレクサル北鉱区は、遠くからでも“重い”場所だった。
丘陵の向こうに黒く沈む巨大施設。
塔のように立つ見張り台、油の匂いを含んだ風、
そしてなにより――あの不自然な“静けさ”。
「……音が、薄いな」
ユウキがつぶやく。
「祈祷式の防音膜を張っとるんやろ。支配の式でよく使われるやつや」
よっしーが盾の縁を軽く叩く。「……気ぃ悪い空気や」
クリフは黙って施設を見つめていた。
拳は固く握られているのに、声は不思議と静かだ。
「家族が……あの中にいる」
その“静かさ”が、火を灯すより重い。
あーさんがそっと俺たちの足並みを合わせるように、懐中時計をひらく。
「・ー・・/・・・・・/・・……“静・け・さ”
ここは、拍を乱さないのが肝要にございます」
ニーヤが尻尾を揺らし、息を合わせた。
「主人、シャイニーハイドいけるニャ」
「風の折り目はわたくしが合わせます」
ブラックが短く鳴く。「……カァ」
よっしーが虚空庫をごそっと漁り、ラジカセを取り出した。
が、今回はヘッドホンをつなぎ、片耳だけに当てる。
「侵入やし静かにな。でもテンションは要る。
……ガンズ、流しとく」
小さな音漏れで、Sweet Child O’ Mine のギターが薄く鳴った。
本人は真剣だ。
(いや、真剣だからこそガンズなのだろう)
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◆2 《光隠魔法シャイニーハイド》――影の影へ
「では、衣を変じますニャ……」
ニーヤの指先がわずかに震え、魔法陣が足元に敷かれる。
光隠魔法《輝幕シャイニーハイド》
風膜魔法《風紗ヴェール》
光の屈折と風の揺れを同時に制御する合成魔法だ。
空気が“たわむ”ように揺れ、
俺たちの輪郭が、水面に映る影のように薄くなっていく。
「……おお……すご……」
リナの体が半透明になり、背景と重なる。
よっしーは興奮ぎみに小声で言う。
「これ、敵さんから見たら“幽霊の影”くらいやろな」
「主人、声は出さずとも気配は散らせるニャ。
“無音歩法”、二拍で歩くニャ」
あーさんが補足する。
「風の縁を跨ぐときだけ、半拍ずらして。
“点で入って、点で出る”。よろしゅう」
俺たちは影の中へ滑るように移動した。
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◆3 北側搬入口 ― 眠りの輪
搬入口には警備兵が二人。
疲れ切った顔、金属の警棒、胸には聖教国の簡易祈祷装置。
「あの胸の装置、こっちの“影”に反応するやつニャ」
「ブラック、頼むわ」
「……カァ」
白いカラスが羽ばたく。
綿羽がふわりと舞い、地面に静電の薄膜を敷く。
広範囲眠魔法《眠り輪スリープサークル》
警備兵は一度だけ瞬きをし、
そのまま椅子にもたれて眠りに落ちた。
「完了ニャ」
「……ブラック、めっちゃ仕事できるやん」
よっしーが親指を立てる。
ブラックは誇らしげに「カァ」と一声。
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◆4 地下通路へ ― 祈祷装置の支配圏
錠前は古く、しかし魔術で固められている。
「未来の摩耗を一秒だけ借りるニャ」
ニーヤが指をひねると、金属が“老いたように”たわんだ。
扉は音なく開く。
中は……重い匂いだった。
油、鉄、汗、祈祷、恐怖。
そのぜんぶが混じり合った空気。
壁の上方には無数の導管が走り、
そこを“名”が流れていく。
ミカエラ
『沈黙箱ポータブルのスロット、右壁。
そこに差せば端切れの名は吸収される』
あーさんが金属箱を装着し、薄い吸引音が広がった。
「これで“混ぜ物”は落ちます。
名は名。似て非なるものは違う。……よろしゅう」
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◆5 子どもたちの収容房
地下へ降りると、冷気が肌を刺した。
角を曲がった先――
鉄格子の向こうに、幼い影がいくつも座り込んでいた。
尾のある子、耳の長い子、鱗の子、角の子。
三十人。
従属首輪で声も出せず、目だけがこちらを見る。
リナが息を飲み、膝をついて格子を握った。
「……大丈夫。大丈夫だから……」
ニーヤの声が震える。
「主人……早く……!」
俺は頷く。
「ミカ、開けられるか」
『無痛切断を使用します』
オートマタのミカエラが現れ、
白い陶器の指で鉄格子をつかむ。
ぎし……っ
だが、音はしない。
まるで粘土のようにゆっくり曲がっていく。
「怖がらないで。傷つけません」
子どもたちは震えつつも近寄ってくる。
あーさんが黒板サイズの板を取り出し、
白墨で丸い文字を書き始めた。
「お名前、教えていただけますか」
「……ミン」「ソラ」「タロ」「エイミ」
小さな声。
だが、その声のひとつひとつが
この地下の空気を震わせていく。
名は輪郭。
輪郭は境界。
境界は――扉。
「首輪、外します」
ミカエラの手刀が静かに動いた。
――スパッ。
金属だけが切れ、皮膚は一切の傷もない。
「……すごい……」
リナが涙をこぼしながら抱きしめる。
よっしーは虚空庫から昭和の粉ジュースを出していた。
「ほれ、甘いぞ。飲んどけ」
「甘い……!」
「おいしい……!」
ニーヤ
「主人、《風紗ヴェール》追加するニャ。子どもたちの足音を消すため」
ブラック
「……カァ(任せろ)」
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◆6 隣の房 ― 村人と稀人
隣の棟には十五人。
稀人が二名、村人十三名。
村人のひとりが弱い声で言う。
「村は……焼かれて……もう……帰るところが……」
ミカエラがしゃがむ。
視線の高さを合わせる仕草が、ひどく丁寧だった。
「今、住む場所を作っている。
畑もある。食堂もある。
まだ未完成だけど……あなたたちの“居場所”は必ず作る」
「……行きたい」
かすれた声で、ひとりが言った。
あーさんが名寄せ表を書き始める。
「稀人は仮の保護名。村人は本名で」
よっしー
「毛布も飲み物も出すで」
そのとき――
がしゃあああん!
天井から埃が落ちた。
ミカエラ
『……ルフィが通路を確保しています』
「ルフィ! 静かにしろ!!」
『伝えました。“ほどほどにする”との返事』
よっしー
「怪しいな……」
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◆7 巡察兵の小隊
足音が近づく。
「増援……六人」
クリフが静かに言う。「巡察兵だ」
「ブラック、眠りの輪もう一度いける?」
「……カァ」
綿羽がふわり――
六人は立ったまま崩れるように眠り込んだ。
「縫って止めるぞ」
ユウキが声を落とした。
リンクが影から跳び、足首に“軽い噛み”を置く。
よっしーの盾が受け台となり、
クリフの拘束矢が壁に“やさしく縫い付ける”。
ニーヤが凍霧で床の鳴きを冷まし、静寂を保つ。
非致死。
だが、“ほどほど”ではない。
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◆8 金ピカ――バーグ兵士長
そして――
重い足音が響いた。
よっしー
「来たで……金ピカや」
近づいてきたのは、金の甲冑、金髪の角刈り男。
バーグ兵士長。
「どっかで見たこと……」
よっしーが眉を寄せる。
「……あー!! あの時の騎士や!!」
バーグ
「……おい。そこにいるのは……
“裏切った新兵”か?」
視線はクリフに一直線。
クリフは静かに矢を一本、指にかけた。
その目は冷たいが、静かな怒りが底にある。
「家族の名を売ったのは……誰だったか、覚えているか?」
バーグが甲冑を鳴らしながら笑う。
「さぁな。
名なんざ、価値のある方へ流れるだけだろ?」
その言葉に、
あーさんの眉が“ほんの少し”だけ動いた。
「名は物ではございません。
輪郭であり、境界。
――あなたはそれを切り捨てたのです」
バーグ
「……クソが。女は黙ってろ」
その瞬間、
場の空気が一気に変わった。
よっしー
「……お前、今あーさんに言うたな?」
ニーヤ
「主人、スイッチ入ってますニャ」
ブラック
「……カァ(許さん)」
クリフは矢を下げ、静かに言う。
「こいつは――俺が行く」
矢羽根が小さく震えた。
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◆9 副官ヨレック、姿を現す
バーグが口笛を吹く。
「おい、ヨレック。出てこい」
影から、ひょろ長い男が歩み出た。
痩せているが、目だけぎらぎらしている。
「副官ヨレック。
補助魔法担当です」
手には祈祷式の符。
足元には強化陣。
「お前たち皆“女みてぇな顔”してるな。
俺の強化を受けた部下の兵士どもに勝てんぞ?」
――部下の兵士ども。
影から三人の兵が現れる。
筋力倍化。
反射強化。
痛覚低減。
ヨレック
「バフ三重。《鋼皮》《跳脚》《怒濤》」
バーグ
「殺す必要はねぇ。
女だけは俺によこせ。
後は売る」
その瞬間。
リンクが低く唸り、
リナが震え、
よっしーが完全にキレ、
ニーヤが尻尾をブワッと膨らませ――
ユウキの背筋が、
久しぶりに“スッ”と冷えた。
クリフは一歩前へ。
「……バーグ。
お前は、最初から間違っていた」
その声は低く、静かで、
けれど“折れた刃物”のように鋭かった。
ヨレック
「来いよ新兵。強化三重やぞォ?」
クリフ
「上等だ。まずは……お前からだ」
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◆10 影の中で火蓋が落ちる
よっしー
「ユウキ、作戦どおりや。
部下の兵士どもはウチとリンクでいく!」
ニーヤ
「風紗ヴェール展開! 敵の跳躍の軌跡、ずらすニャ!」
リナ
「私、後衛で回復……いや、サポートにも入る!」
ブラック
「……カァ(広域眠りは残り一回だ)」
ミカエラ
『従属首輪切断、いつでも対応可能』
ユウキ
「……よし」
胸の前で拍を合わせる。
静けさは扉。
扉の蝶番は――俺たちだ。
「行くぞ。
アレクサル潜入――本格戦闘開始だ」
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→ 次回:アレクサル潜入編・第3話
《クリフ vs ヨレック/よっしー&リンク vs 部下の兵士三名》
・凍霧球魔法の本格使用
・ヨレックの“狂化強化バフ”
・バーグの乱入
・クリフの剣技+弓+半拍ステップ
・ユウキの《扉縫合》が戦闘用に進化
・非致死戦闘の“限界値”




