ソラリスの塔・第三階層編「静謐の森にひそむ歯車」
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転送紋の光が消えた先は、不穏なほど静かな森だった。
梢はゆれているのに葉擦れの音がない。
小川は流れているのに、水音が聞こえない。
緑は瑞々しく、美しい。
けれど――世界ごと息を潜めているような、そんな「無音」の森だった。
「……きれいやけど、なんや胸騒ぎするな」
よっしーが盾を肩に乗せ、低くつぶやく。
「うむ。すべてが整い過ぎている。自然ではなく……計算の匂いがするな」
クリフは弓の弦を指で弾き、音のなさを確かめるように眉を寄せた。
ミカエラ――元L01は、指先に光糸を走らせ、空間に薄いパネルを呼び出す。
「環境音、全面的にノイズキャンセルが掛かっています。塔の管制層の“お行儀”がいい証拠ですね」
「お行儀……?」
よっしーが聞き返す。
「はい。私の頭脳はほぼAIですので☝️。塔の管理核と接続されると、こういう静寂演出をしてくるんです。みなさん、少しだけ静かに」
ミカエラの瞳が、一瞬だけ青白く“ちらつく”。
塔との同期だ。
直後――
《——訪れた者へ。第三階層・調律域。試練は“共鳴”。静けさを壊すな、静けさに触れろ——》
耳ではなく、脳の奥へ直接落ちてくるような声。
「今の……聞こえたニャ」
ニーヤは耳を伏せ、尾を揺らす。
ブラックは風を嗅ぐように空気をめくり、
リンクは「キュイ?」と首を傾げ、
リナは緊張を胸で押し返すように深呼吸した。
◆ 無音の森へ ◆
「ハッサン、先行索敵」
「まかせろ……透明化」
ふっと空気が揺れ、気配が掻き消える。
かつて下着泥棒をしていた頃の臆病さはもうない。
ハッサンの背には、小さな誇りが灯っていた。
森を進むと、風鈴のような実を吊るした巨樹群に出た。
実――いや、“薄い水晶の輪”が枝から揺れている。
触れれば、音はしないのに“音が鳴ったように感じる”。
目に見えぬ波紋だけが、空気に揺らぎをもたらした。
「これが……調律」
よっしーが反射的にギターを出しかけて、
オレと目が合い、そっと引っ込めた。
「音出したらアカン演出やな? はい封印っと」
ミカエラが輪の配列を確認し、指をさす。
「触れる順番は……ここ、ここ、それから奥の高枝です」
「高枝は任せて下さいニャ!!…風刃魔法」
ニーヤが風で枝を撫で、
ブラックが水の薄膜で波形を整え、
リナが隼の短剣で低枝の輪を軽く弾く。
サジとカエナは、鍛えた忍の脚力で残りの輪を正確にタッチした。
空気が、ふっと柔らかく“揺れた”。
音はない。
けれど――胸に“和音”が落ちる感覚。
次の瞬間、苔むす岩壁が左右へ割れ、
奥の聖域が顔を出した。
「開いた!」
「うむ、見事な連携だ」
◆ 聖域と番い守 ◆
聖域は広い林間の空き地で、中央に鏡のような池。
周囲を古木が取り巻き、苔光が淡く揺れている。
「……来るニャ」
池の水面が、逆さの星空のように波立ち、
ゆっくりと“人の形の樹”が立ち上がる。
胸に同心円の年輪紋。
腕は板金めいた樹皮装甲。
指先は槍の穂先のように鋭い。
樹装兵《ドライ=ラミナ》
ミカエラの声が低くなる。
対岸からもう一体。
番いの守護兵だ。
「まずはウチが受ける! 木こりタイムや!」
よっしーが前に出て盾を鳴らす。
「リナ、右を落とす。隼の短剣、活かせ」
「はい、主人マスター!」
無音の突きが迫る。
だがよっしーの新盾は衝撃を“滑らせる”性質を持つ。
ガギン、と鈍い手応え。
そこへクリフの矢が肘節へ吸い込まれた。
“幸運の靴”の微妙なずれが、最適角度を生んだのだ。
「ナイス!」
「うむ、運も実力のうちだ」
◆ 連携の嵐 ◆
「氷結弾フリーズ・ブリッド!」
ニーヤの霜弾が関節を凍らせ、
ブラックの風が霜を押し込み、
リンクのサマーソルトが顎を跳ね上げる。
よろけたところへ、リナとサジ、カエナの連撃。
左側の樹装兵は池を渡ってミカエラへ。
無音の突き――
「なら、こう」
飛び出したルフィアーナが、指先を分節化させ、突きを“回す”崩し。
樹装兵が浮いた瞬間、ルフィの体が一瞬だけ“ちらついた”。
「ルフィ!」
「ダイジョウブ……ダーリン見てる」
よっしーが鼻をかきながら「家族や家族」と小声で返す。
ミカエラが冷静に介入し、呼吸を整えさせ、
崩した敵へ矢と氷結弾が吸い込まれた。
右の樹装兵は、最後に花粉弾を爆ぜさせる。
ブラックが水のヴェールで包み、
よっしーの脚払い、リンクの踵で胸紋を砕く。
ふたつの番い守は、苔の粉となって消えた。
静謐が戻る。
◆ 森の鍵と、新たな匂い ◆
《——調律完了。来訪者の和へ、枝を一本。鍵印シギルを受けよ——》
池の底から光る種子が浮かび、
オレの掌へふわりと乗る。
「第三階層の“住人扱い”のパスですニャ。罠が反応しにくくなるニャ」
「助かる。……ルフィ、大丈夫か?」
「ウン。……でも腹減った」
よっしーが即座にタコ焼きを出し、
みんなで笑いながら頬張る。
サジとカエナは猫舌合戦、
ニーヤはフーフーしてから一口、
クリフは慎重派のはずが舌をやけどして悶絶した。
「神よ、なぜ私は学ばないのだ……」
「知らんがな」
張り詰めた空気がふっと緩む。
◆ 金属の森へ ◆
ハッサンが戻る。
「奥に転送門。けど、匂いが変わる場所がある。金属、油、熱……」
「工学セクターがめり込んでいますね」
ミカエラは端末に地図を浮かべる。
森の幹に人工的な継ぎ目。
葉の裏に薄い配線。
土の下にはパネルが走る。
「見えへん工場が地面の下におるみたいやな」
苔のカーテンを押し分け、
黒いメンテ扉を開ける。
“森の鍵”が光り、錠が外れた。
◆ 研究路の罠と敵 ◆
研究廃路は静かで、冷たい。
割れたタンク、転がるカプセル。
遠い機械音。
罠は多い。
金属の蔦はブラックとニーヤ&リナが切り抜け、
泥の魔物は“冷やす→焼く→射抜く”で撃破。
奥の制御室では、
塔の見取り図の数ヶ所が赤く点滅していた。
「“観測者”がいる……。実験を続行している眼です」
ミカエラの声が冷える。
ルフィの指先が再びちらつき、
よっしーの手を握って落ち着く。
扉が開き、第四階層への転送門が姿を現した。
「……誰か、最近通った形跡やな」
「微細な残留熱、数時間前です」
「追いかけるか」
「もちろんや」
オレは“森の鍵”を掲げ、光を受けた。
◆ 青鉄の回廊へ ◆
転送光がほどけると、
冷たく硬い金属の床が足裏に戻る。
遠い機械の鼓動。
第四階層――青鉄の回廊。
「ようこそ。“私のホーム”です」
ミカエラが小さく笑い、肩の力を抜いた。
よっしーがオレの頭をぽんと叩く。
「ほんなら行ってくるわ! ルフィたちはここで待っとり」
クリフも背中を叩く。
「うむ……全員、生きて帰るぞ」
あーさんは、柔らかな微笑で頷いた。
ルフィが「ダーリン!…オナカ減ったのだ!!」
よっしーが「はいはい、あとでラーメンな」と返し、
リナがくすっと笑う。
「ふむ…行くぞ。塔の“眼”と“声”が待ってる。
……気ぃ引き締めるぞ」
「「おー!!」」
俺たちは光の向こうへ踏み出した。
静謐の森で手に入れた一本の“枝”を握りしめて。




