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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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明治の乙女と語る夜、それぞれの故郷

主人公・相良ユウキ視点)


メルサローネたち冒険者と別れ、俺たちは再び旅路についた。

ゴブリンに襲われた村の光景が、頭から離れない。

特に、よっしーの優しさが通じなかったあの瞬間――

あの世界の厳しさが胸に突き刺さり続けていた。


日が暮れ始め、俺たちは森の奥深くで野営の準備を始めた。

よっしーの虚空庫アイテムボックスから取り出したテントは、魔法のように簡単に広がる。

焚き火がパチパチと燃え、赤々と揺れる光が闇を押し返した。


火を囲んで座ると、自然と誰も口を開かなかった。

昼間の出来事が、胸に重く沈んでいたからだ。


特に、あーさんはずっと俯いたままだった。


「……あーさん、大丈夫か?」


俺が声をかけると、あーさんはゆっくり顔を上げた。

その瞳は赤く腫れている。


「はい……。大丈夫では、ございませぬ……」


か細い声が震えていた。


「すまぬ、ユウキさん……。わたくし、ああした残酷な光景を、生まれて初めて見ましたゆえ……」


胸が締め付けられる。

あーさんの元の世界を思えば、それも当然だ。


「当たり前だよ。……あんなの、誰だって耐えられない」


クリフが静かに言う。


「千鶴殿の世界では、ああした蛮行は存在せぬのでしょう」


「……はい」


あーさんはこくりとうなずいた。


そんな様子を見て、よっしーが優しい声を出した。


「なあ、あーさん。あんたのいた世界って、どんなとこやったん?」


少し迷ったあと、あーさんは静かに語り始めた。



■ 明治の乙女、相沢千鶴の物語


「わたくしは……明治三十五年、東京にございました華族の家に生まれました」


あーさん――相沢千鶴は、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「父は陸軍の将校で、母は病弱でございましたが、優しい人でした。

 わたくしは女学校に通い、琴や三味線、華道や茶道を習い……

 その日も、女学校から人力車で帰る途中でした」


「突然、目の前が真っ白になって……気づけば、この世界に」


震えた声には、そのときの恐怖が滲んでいた。


「わたくしの時代では、電灯や瓦斯灯も、まだ限られた街にしかございませんでした。

 汽車や人力車はございましたが……よっしーさんが見せる『自動で走る車』など、夢のまた夢でございます」


よっしーは得意げに虚空庫からミゼットのミニカーを出して見せた。


「これがワイのとこの“車”やで。エンジンで動くんや!」


「え、えんじん……? 鉄の箱が、火の力で……?」

あーさんは、まるで妖精のいたずらでも見たような顔だった。


よっしーはさらに調子に乗り、携帯ゲーム、ファミコン、肩掛けのショルダーフォンまで取り出す。


「これが電話や! 肩にかけるやつな!」


「なんと……箱を肩にかけ、遠くと話せる……? 魔術の道具でございますの?」


「いや魔術ちゃう。電気や」


千鶴の口がまん丸になった。


俺は、あまりのギャップに苦笑しながら口を挟んだ。


「よっしー、そういえばスマホは? テレビは? ネットは?」


すると、よっしーは首をかしげた。


「スマホ? なんやそれ。ワイの平成元年のときには、そんなもんなかったで。

 肩にかける携帯電話とか、ブラウン管テレビはあったけどな。

 インターネット? そんな聞いたこともないわ」


「だよな……」


俺はわずかに混乱して、首をかしげた。


「平成元年〈1989〉って言ってたよな?」


「言うたで。ワイは1989年から来たんや」


「あ、いや……悪い。俺が勝手に“平成=最近”って思い込んでたわ。

 俺、令和2年(2020)から来たから、全部その基準で聞いてた……」


よっしーが笑った。


「ユウキのほうが三十年くらい未来なんやな」


あーさんはさらに目を丸くした。


「三十……年……未来……?

 では、ユウキさんは、わたくしより百年以上も後の……?」


俺は苦笑して頷いた。



■ 一〇〇年以上の時代差、そして――クリフの驚愕


この会話を聞いていたクリフが、ついに堪えきれず声をあげた。


「ま、待て待て待て!!

 お前たちは……本当に“同じ人間の世界”から来たのか!?」


よっしーが笑う。


「あーさんは明治三十五年。ワイは平成元年。ユウキは令和や。

 時代がぜんぶバラバラやねん」


「明治……平成……令和……?

 なんだその呪文のような言葉は!」


クリフは完全に混乱している。


あーさんが丁寧に答えた。


「わたくしの時代は一九〇二年でございます。

 よっしーさんは一九八九年。

 ユウキさんは二〇二〇年。

 ……わたくしから見れば、一〇〇年以上の未来のお二人でございます」


クリフの口が開いたまま閉じない。


「一、千……いや、百年!?

 千鶴殿より百年以上未来の文明……?

 蒸気で鉄の馬を走らせ、灯りを街にともすだけでも魔術級なのに……

 ユウキ殿の文明は……“空を飛ぶ鉄の鳥”だと……?」


「まあ、飛行機のことだな」


俺が言うと、クリフは両手で頭を抱えた。


「飛行魔法なしで空を飛ぶ鉄の鳥……!?

 魔神の仕業か!!?」


よっしーが大笑いした。


「ちゃうねんクリフさん、それが人間の知恵なんやって!」


「いやもう無理だ……理解が追いつかん……

 お前ら三人、絶対“未来の賢者の集まり”だろ!!」


クリフが本気で震えているのがわかる。


あーさんは、そっと微笑んだ。


「クリフさん。わたくしたちは、ただの旅の仲間にございますよ。

 時代が違うだけで、心は同じ人間ですわ」


クリフは胸を押さえながら、深く息をついた。


「……なんということだ。

 この世界の千年後かと思うほどの文明差だ……」



■ それぞれの想いと、イシュタムの魂


そこから俺たちは、それぞれの故郷の話をした。


よっしーはバブルの日本、カラオケ、ディスコの話を実演混じりに語った。

あーさんは鹿鳴館の華やかな舞踏会や、日本の伝統文化の美しさを語った。

俺はスマホやAI、インターネットを説明したが――

三人とも「???」で、少し寂しくもあった。


だが、不思議と胸が暖かくなっていた。


この世界の理不尽を目の当たりにし、心が折れかけていたあーさんも……

自分の世界の話をして、ほんの少し表情が柔らかくなっていた。


そしてクリフが静かに言った。


「千鶴殿の世界も、私の世界も、そしてユウキ殿、よっしー殿の世界も……

 すべて違う。しかし――

 我らが“守りたいもの”は、きっと同じなのだろうな」


その言葉に、あーさんは深く頷いた。


「はい……。もう二度と、あのような光景は見とうございません。

 わたくしは……強くなりとうございます。この世界のために」


俺は、心の奥が強く熱くなるのを感じた。


「俺もだ。イシュタムの魂の力を……あの魔女が言ったとおり、

 正しく使う。この世界を……変えるために」


夜の風が焚き火を揺らし、四人の影がゆらめく。


種族も、時代も、文化も違う。

けれどこの夜ほど――

“仲間”という言葉がしっくり来た瞬間はなかった。


挿絵(By みてみん)

◆ 後書き ――三つの時代と、一つの焚き火の夜(統合強化版)


今回のエピソードは、物語全体の“心の骨格”を形づくる重要な章でした。


ゴブリンに襲われた村の光景は、

ユウキ・よっしー・あーさんにとって、

ただのショックではなく――

「この世界は中世文明ゆえに、暴力と殺傷が日常の延長にある世界だ」

という現実との初接触でした。


冒険者たちは、魔物を殺す。

兵士たちは、戦争で殺し殺される。

クリフやその仲間たち現地人は、

それを“悲しいが避けられない現実”として受け止めて生きている。


だがユウキたち異世界人の心には、

それが容易に“正しい”とは思えなかった。


今回の章はまさに、

この価値観の断絶に最初のひびが入る瞬間であり、

のちに彼らが掲げる


『非致死・ほどほど』

(できる限り殺さず、しかし甘さだけにも寄らず)


という思想の萌芽が生まれた“夜”でもあります。



■ 文明の差が心理の差を生む ――あーさん・よっしー・ユウキの落差


あーさん(明治35年)、よっしー(平成元年)、ユウキ(令和2年)。

三人の文明差は100年以上。


蒸気や電灯すら珍しい明治の少女にとって、

今回の虐殺の光景は心を焼くには十分すぎる衝撃でした。


よっしーは、“暴力は映画の向こう側にあるもの”だった世代。

彼の持つ昭和末期の善良さでは、今回の現実はあまりに重い。


ユウキは高度な法治と平和を前提に生きてきた青年。

「殺すこと」が正当化される状況を飲み込むには、

経験も覚悟も足りていなかった。


――三人とも、“中世世界の当たり前”に心が追いついていない。


一方でクリフたち現地人は、

幼い頃から魔物との戦いを日常の危険として理解し、

仲間の死を“悲劇ではあるが現実”として受け止める世界に属している。


この落差が、今日の焚き火の沈黙の正体だった。



■ あの夜、語られた三つの原点


涙を拭ったあーさんは、自分の世界を語り、

よっしーはバブル末期の日本を語り、

ユウキはスマホやネットの世界を語る――。


どれもクリフには魔術か神の奇跡にしか思えなかった。


しかし文明の差を超えて、

三人は一つだけ共通した感覚を持っていた。


それは 「命は奪うより守るほうが良い」 という、ごくシンプルで人間的な願い。


クリフは混乱の末に気づく。


「……守りたいと思う心は、時代が違っても同じなのだな」


この一言こそが、

異なる文明の人間が“仲間”になるための最初の扉だった。



■ 非致死・ほどほど ――この夜に芽生えた価値観


村の惨劇を前にして、

ユウキたちは“殺すべきか、救うべきか”の葛藤に初めて立たされた。


・魔物は敵だから殺すべき

・村を守るには犠牲が出るのは仕方ない

・弱者を守るには力が必要

・だが殺してばかりでは何も変わらない


クリフたち中世民の価値観と、

ユウキたち未来の文明の価値観がぶつかり合う中で、

この夜、まだ言葉にもならない形で

『非致死・ほどほど』 の原型が生まれた。


完全には救えなくてもいい。

無意味な殺生はしたくない。

可能な限り、“生かす道”を探す。


この優しい矛盾こそ、

ユウキたち四人の旅が

他の冒険者とは違う道を歩んでいく理由になる。


そして――

イシュタムの魂を持つユウキが「力の使い方」を問われる場面は、

これから何度も訪れる。


だがそのたびに、

この焚き火の夜の会話と涙が、彼の指針になるだろう。



■ 最後に


中世レベルの世界に、

明治・昭和・令和という三つの文明が重なったとき、

その摩擦は悲しみも、優しさも、決意も生む。


今回の章は、

その三つが“ようやく一つの炎になる瞬間”だった。


残酷さの中で、

それでも殺しを正義にしない道を探す。

この夜の時間は、

仲間たちが“どう生き、どう戦うか”という軸を静かに変えていく。


次の章へ続く旅は、

戦いと哀しみの中で生まれたこの決意と共に歩いていくことになる。


――焚き火は消えても、心に残った火だけは、

  これからの旅をずっと照らし続ける。

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