召喚の夜、黄昏の始まり
- 見知らぬ天井、そして絶望 -
真夏の夜、セミの鳴き声がやかましい、いつもの退屈な夜だった。
俺、相良ユウキは、コンビニ弁当を食べながら、スマホをいじっていた。就職氷河期に滑り落ちて、バイト暮らし。夢も希望もない、そんな平凡な毎日に、まさかこんなことが起こるなんて、夢にも思わなかった。
突然、部屋中が眩しい光に包まれた。
スマホの画面が真っ白になって、目を開けていられないほどの光。一瞬で視界が真っ白になって、意識が朦朧としてきた。次の瞬間、足元が床から抜けるようなフワフワした感覚に襲われて、俺は真っ暗な空間に吸い込まれていった。
「な……なんだこれ……」
気がついたら、そこは見慣れない場所にいた。さっきまでいた、生活感丸出しのワンルームとは全く違う、石造りの広々とした部屋。天井はとても高くて、シャンデリアがピカピカに輝いている。壁には精巧な彫刻が施されて、床には豪華な絨毯が敷かれていた。まるで、映画で観るような西洋の宮殿の一室だ。
硬い鎧で身を包んだ兵士たちが、槍を構えて俺を取り囲んでいる。奥には、弓を持った奴らもいる。尋常ではない緊張感が、部屋全体に張り詰めていた。
俺の目の前には、白くて長い髭を蓄えた、サンタクロースみたいなお爺さんが玉座に座っていた。その周りには、変なローブを羽織った男たちが何人かいて、水晶玉を覗き込みながら、何かヒソヒソ話をしている。
「な……なんだこれ? どっかのコスプレ大会か?」
現実離れした光景に、俺の頭は完全に混乱していた。そんな中、一番偉そうにしているローブのお爺さんが、大袈裟に両手を広げて、朗々と叫んだ。
「やったぞ! 二度目の召喚魔術、ついに成功した! 我らの祈りが、ついに勇者様をこの世界に招き入れたのだ!」
その言葉に、兵士たちからどよめきが起こる。
「勇者……?」
俺はポカンと呟いた。でも、その視線は俺の背後に向けられていることに気づいた。俺のわけがない。こんな冴えない、どこにでもいるような若者が勇者なんて、笑い話にもならない。
振り返ると、俺の後ろには数人の男女が立っていた。彼らもまた、俺と同じように困惑した顔で、辺りを見回している。
金髪の男は、眉間にシワを寄せて、とても警戒している。まるで、いつでも喧嘩を売ってやるとでも言いたげな、鋭い目つきだ。
隣にいる若い女は、着物姿だった。でも、その着物はボロボロに破れていて、汚れが付いている。彼女は、周りの兵士たちから身を隠すように、怯えた顔で俺の背中に隠れていた。
さらにその横には、リーゼントに分厚いサングラスをかけた、いかにも時代遅れな男が立っていた。彼は、イライラを隠しきれない様子で、舌打ちを繰り返していた。
そして、その少し離れた場所には、真っ白な軍服を纏った、背の高い男がいた。彼は周りの騒ぎにも動じず、ただ静かに、この状況を観察している。その瞳は、まるで遠い過去の記憶を辿るかのように、どこか虚ろだった。
「勇者探知の魔法石が輝いておる! 間違いなく、そなたたちこそが真の勇者じゃ! どうか、この世界をお救いくだされ!」
玉座の老人が、神々しい声で語りかける。でも、その言葉は、俺たちには響かなかった。
「ふざけんな! 俺が勇者? なんで俺が……」
金髪の男が、怒りに震えながら叫んだ。彼は、王様らしき男の前に詰め寄って、説明を求めた。
その前に立ちはだかった大臣風のお爺さんが、高慢な態度で語り始めた。
「ここはルーデンハイム聖教国。神の教えを絶対とし、人間至上主義を掲げる国である。貴殿ら勇者様は、この世界の平和を脅かす魔王を討伐するため、神の力によってこの世界に召喚されたのだ」
「はぁ? 魔王? そんなものいるわけないだろ、馬鹿か?」
リーゼントの男が、冷めた声で呟いた。
「いや、違うんだって!」
金髪の若い男が興奮した様子で、仲間らしき男に話しかける。
「ここでは日本の法律とか通用しないらしいぜ! 勇者様として贅沢三昧できるんだと!」
「マジですか! 俺、ここで女食べまくりたいです!」
「よし! 最高じゃん!」
彼らは、この状況をゲームか何かと勘違いしているようだった。自分たちが特別な存在になったとでも思っているのだろうか。
「勇者様御一行には、豪華な部屋をご用意いたします。まずはそこで、旅の疲れを癒してくだされ」
大臣の言葉に、金髪の男たちは有頂天になっていた。でも、その言葉の続きを聞いて、俺たちの顔から笑顔が消えた。
「……だが、残りの者たちはどうするか……。召喚に成功したとはいえ、余計なものが混じってしまったようだ」
「なんだと!? 余計なものだと!?」
赤髪の男が、怒りに声を震わせた。彼は、大臣の胸ぐらを掴んで、激しく揺さぶった。
「俺たちは勝手にこんなところに連れて来られたんだぞ! それなのに、この扱いはなんだよ!」
その瞬間、兵士たちが一斉に槍を構え、リーゼントの赤髪の男に突きつけた。
「静まれ! 神に選ばれし勇者様ではない、ただの異世界人よ!」
大臣が、冷たい声で言い放つ。
「ふざけんな! 勝手に呼び出しといて、何が余計なものだ!」
上半身にタトゥーを入れた、眼光鋭い若者が、兵士に掴みかかろうとした。でも、その男は、隣にいた兵士の槍に刺されてしまう。
「ひぃっ!」
悲鳴を上げたのは、着物姿の女だった。兵士たちは容赦なく、男をめった刺しにした。その光景は、あまりにも残酷で、俺は目を背けた。
「そやつは、我らに、聖教国に反逆する者! 牢獄へ連れて行け!」
大臣の言葉に、兵士たちはタトゥーの男を引きずり、部屋から連れ出していく。床には、鮮血が飛び散って、生々しい血の匂いが部屋中に充満していた。
「我に逆らう者は、滅ぼすべき悪しき外敵と見なす! そやつらは、我が国の奴隷商人に売り飛ばせ!」
玉座の老人が、俺たちを睨みつけ、怒りをあらわにした。
俺たちは、兵士たちに城の外へと連れて行かれた。城門を出ると、そこには中世ヨーロッパを思わせるような、石畳の街並みが広がっていた。
まさか本当に、異世界に来てしまったのか。
俺の、あの平凡で退屈な日常は、もう二度と帰ってこないのか。
そして、この世界では、俺たちの命は、あまりにも軽すぎる。
そんな絶望感が、俺の心を深く沈ませていった。
奴隷の烙印
俺たちは、ボロボロの馬車に乗せられて、街の中心部へと連れて行かれた。
周りを見渡すと、見慣れない民族や獣の耳を生やした亜人が、重い荷物を運んでいる。彼らの首には、鉄の首輪がはめられて、手足には鎖が繋がれていた。彼らが、この国の「奴隷」と呼ばれる者たちなのだろう。
馬車は、やがて薄暗い路地に入って、錆びついた鉄格子の建物に止まった。そこは、奴隷商人の店だった。
「さあ、お前たち! 中に入れ!」
兵士の荒々しい声に、俺たちは馬車から降りた。店内は、薄暗くて、埃っぽい。そこには、何人かの奴隷商人が、俺たちを値踏みするような視線で見ていた。
「おい、こいつら、勇者召喚に失敗した奴らか?」
「ああ。どうせ使えねぇガラクタだろうが、少しでも金になればいい」
奴隷商人たちの声が、俺たちの心をさらに深く傷つけた。
「そこの男! お前、何ができる?」
俺は、奴隷商人から指名された。
「え……俺は、特に何も……」
「なんだと? 使えねぇな! じゃあ、そこの女は?」
着物姿の女が、怯えた顔で身を震わせる。
「わたしは……織物が……」
「織物? そんなもの、この国じゃ需要がないな。こいつら、全部まとめて、辺境の鉱山にでも売り飛ばすか」
奴隷商人の言葉に、俺は絶望した。辺境の鉱山。それは、この国で一番過酷な労働を強いられる場所だと、兵士たちが話しているのを耳にした。
「待ってください」
その時、軍服の男が静かに声を上げた。
「私は、この国に貢献できる」
彼は、懐から一枚の古びた地図を取り出した。その地図には、この世界には存在しない、奇妙な記号や文字が記されていた。
「これは、私がいた世界で、軍事的な機密情報として扱われていた地図です。これがあれば、この国の軍事力は、飛躍的に向上する」
男は、奴隷商人に、淡々と語りかけた。彼の言葉は、奴隷商人たちの興味を引いたようだった。
「ほう……面白い。お前、何者だ?」
「私は、旧日本軍の少尉だった者です。この地図は、太平洋戦争時代のものです」
彼の言葉に、俺は驚いた。旧日本軍。太平洋戦争。彼は、俺よりもさらに古い時代から、この世界に呼ばれたのか。
「面白い! その地図、見せてもらおう!」
奴隷商人は、男から地図を受け取ると、興味深そうに眺めた。
「ふむ……確かに、これは我々には理解できないが、何やら凄いもののようだ。よし、お前は買い取ろう。そして、この地図を王様に献上すれば、俺も出世できるかもしれんな!」
奴隷商人は、興奮した様子で男を買い取った。男は、俺たちに一瞥もくれず、奴隷商人と共に部屋を出ていった。
「さあ、お前たち! 辺境の鉱山へ向かうぞ!」
奴隷商人の声に、俺たちは再び馬車に押し込められた。
「くそっ……俺は、こんなところで終わってたまるか……」
リーゼントの男が、悔しそうに拳を握りしめる。
「わたし……どうなっちゃうんだろう……」
着物姿の女は、涙を流しながら呟いた。
俺は、何も言えなかった。ただ、この理不尽な現実に、ただただ絶望するしかなかった。
辺境の鉱山
俺たちが連れて行かれたのは、ルーデンハイム聖教国の最果てにある、広大な山岳地帯だった。
そこには、巨大なクレーターみたいな穴が口を開けて、そこからいくつもの坑道が伸びていた。辺りには、奴隷たちが働く姿が見える。彼らは、皆、疲れ切った顔をして、重い岩を運び続けていた。
「さあ、お前たちも、さっさと働け!」
鉱山の監督官らしき男が、俺たちを鞭で叩きながら怒鳴った。
俺たちは、何の道具も持たされず、素手で岩を掘り続けなければならなかった。岩は硬くて、少し掘るだけでも、手から血が滲み出る。
「くそっ……こんなんやってられるか!」
リーゼントの男が、怒りに任せて岩を蹴りつけた。
「あなた、それはやめておかれませ。…」
着物姿の女が、か細い声で忠告した。
「じゃかましいわ! このままやとホンマに殺されてまうわ!」
リーゼントの男は、監督官に向かって突進していった。でも、監督官は、簡単に男をかわして、男の腹を蹴りつけた。
「ぐっ……!」
リーゼントの男は、地面に倒れ込んで、苦しそうに呻いた。
「さっさと働け! さもなくば、飯抜きだ!」
監督官の言葉に、俺たちはただ、黙々と岩を掘り続けるしかなかった。
日が暮れて、俺たちは、粗末な小屋に押し込められた。そこは、他の奴隷たちも押し込められている場所だった。
「あんたら、新入りか?」
一人の老人が、俺たちに話しかけてきた。
「はい……」
「ここは、地獄だ。誰も、ここから生きて帰った奴はいない」
老人の言葉に、俺は絶望した。
「おう、あんた。ここから脱出するで、あんたも一緒に行かへんか?」
リーゼントの男が、老人に話しかけた。
「無駄だ。この鉱山は、強力な魔法で守られている。脱出なんて、不可能だ」
老人の言葉に、リーゼントの男は肩を落とした。
「そんな……」
俺たちは、ただ、この地獄から抜け出す方法を探すしかなかった。
希望の光
ある日、俺は、岩を掘っている最中に、奇妙な模様の入った石を見つけた。
それは、他の岩とは違い、まるで生きているかのように、淡く光を放っていた。俺は、その石を手に取ると、不思議な温かさを感じた。
「なんだ、これ……」
その時、背後から監督官の声が聞こえた。
「おい、そこで何をしている! 早く働け!」
俺は、咄嗟に石をポケットに隠した。
夜になり、俺は、こっそりと石を取り出した。すると、その石から、奇妙な文字が浮かび上がってきた。
「これは……日本語か?」
俺は、浮かび上がった文字を読み上げた。
『我が名は、イシュタム。太古の時代より、この地に眠る者。汝、我が声を聞きし者よ。汝に、希望の光を与えよう』
その言葉と共に、石は、眩い光を放ち始めた。
「な……なんだこれ!?」
光が収まると、そこには、一冊の古びた本があった。
『太古の魔術書』
俺は、その本を手に取ると、中を読み始めた。そこには、俺がいた世界では考えられないような、色々な魔法が記されていた。
「これがあれば……俺は、この地獄から抜け出せるかもしれない……」
俺の心に、一筋の光が差し込んだ。
決意、そして脱出の果て
次の日、俺は、リーゼントの男と着物姿の女に、魔術書を見せた。
「なんだ、これ? 漫画か?」
「いえ、これは、本物です。この本を使えば、魔法が使えるようになるんです」
俺の言葉に、二人は信じられないといった顔をした。
「マジかよ……」
「……このような奇術を、私にも施せましょうか…」
「大丈夫だ。俺が、あんたたちを助ける。俺たちで、ここから脱出しよう」
俺は、二人にそう告げた。俺の言葉に、リーゼントの男と着物姿の女は、少しずつ顔を明るくしていった。
「よっしゃあ! やってやるぜ!」
リーゼントの男は、力強く拳を握りしめた。
「えぇ、承知いたしました。精進いたします」
着物姿の女も、笑顔で頷いた。
俺たちは、その日から、夜中にこっそりと魔法の練習を始めた。俺は、魔術書に記された呪文を唱えて、火の玉を出す魔法を覚えた。リーゼントの男は、風を操る魔法を、着物姿の女は、水を操る魔法を覚えた。
俺たちは、少しずつ、この地獄から抜け出す力を身につけていった。
そして、ついに、俺たちは脱出を決行する夜を迎えた。
俺たちは、他の奴隷たちが寝静まった後、小屋を抜け出した。
「よし……行くぞ!」
俺は、リーゼントの男と着物姿の女に合図を送った。
俺たちは、監視の目をくぐり抜けて、鉱山の奥へと進んでいった。すると、そこには、巨大な魔法陣が描かれた、岩の壁があった。
「これが、この鉱山を守っている魔法陣か……」
「これを壊さないと、外に出られないってことか……」
リーゼントの男が、険しい顔で呟いた。
「大丈夫だ。俺が、これを壊す」
俺は、魔術書を取り出すと、そこに記された、強力な破壊魔法の呪文を唱え始めた。
「……天よ、地に落ちろ! 大地の力よ、我に集え! 破壊の炎よ、全てを焼き尽くせ!」
俺の呪文に、辺りの岩が震え始めた。そして、俺の掌から、巨大な火の玉が生まれて、魔法陣に向かって飛んでいった。
「うおおおおおっ!!!」
火の玉は、魔法陣に直撃し、轟音と共に、岩の壁が崩れ去った。
「やった!」
俺たちは、歓声を上げた。でも、その時、俺たちの背後から、監督官たちの怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめぇら! どこに行く気だ!」
俺たちは、逃げ出した。監督官たちは、俺たちを追いかけてくる。
「くそっ! 逃げろ!」
俺たちは、必死に走った。でも、監督官たちの足は速くて、俺たちはすぐに追いつかれてしまった。
「あぁ、もうこんな所に……」
着物姿の女が、絶望の顔で地面にへたり込んだ。
「まだや! まだ終わってへん!」
リーゼントの男が、叫んだ。
俺は、魔術書に記された、最後の魔法を唱え始めた。
「我が身を贄とし、全ての力を解き放て! 我が魂よ、炎となりて、敵を討て!」
俺の体に、激しい痛みが走った。全身の魔力が、まるで沸騰したかのように逆流し、意識が遠のいていく。視界が歪み、耳鳴りが激しくなる。これが、魔力切れの限界か。
でも、その代わりに、俺の体から、巨大な炎が噴き出した。
炎は、監督官たちを飲み込み、一瞬にして焼き尽くした。
「やった……やったぞ……!」
俺は、その場に倒れ込んだ。俺の体は、もう動かすこともできなかった。指一本動かすこともできず、ただ、地面に横たわることしかできない。全身の力が抜け落ち、意識の淵へと沈んでいく。
「ユウキさん!」
着物姿の女が、俺の元に駆け寄ってきた。その顔は、涙と安堵でぐしゃぐしゃだ。
「大丈夫か!? ユウキ!」
リーゼントの男も、俺の元に駆け寄ってきた。彼の顔にも、疲労と、しかし確かな達成感が浮かんでいる。
「大丈夫だ……俺は、大丈夫だ……」
俺は、かすれた声でそう答えた。だが、その言葉は、もはや自分自身に言い聞かせているようだった。視界が完全に闇に包まれ、意識が途切れる寸前、遠くから複数の足音が聞こえてきた。
「おい! 逃げた奴隷がいたぞ!」
「こいつだ! 魔法を使った奴だ!」
兵士たちの声が、俺の耳に届く。
リーゼントの男と着物姿の女が、俺を担ぎ上げようとするが、彼らもまた、魔法を使ったばかりで疲弊している。
「あかんっ、間に合わへん!」
リーゼントの男が、悔しそうに叫んだ。
俺の意識は、完全に途絶えた。
次に目覚める時、俺はどこにいるのだろうか。
そして、この地獄のような異世界で、俺の冒険は、一体どうなってしまうのだろうか。
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