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車椅子の老女達

 当日に公園に行くと鈴原を含む七人の老女達が植木のそばで待っていた。五月だけれども暑い。伊丸岡は、

「皆さん、ちゃんと水分持ってますか。気を付けて下さいね」

 老女達は笑顔でうなづいた。七人中、三人は車椅子だ。その中の一人である田中美冴たなかみさえが満面の笑みで、

「先生のおかげで嫁と仲直りが出来ました」

 田中は治療を受ける前には必死に介護を続けてきた嫁に罵詈雑言を浴びせていた。伊丸岡をはじめとする医療従事者や介護士の前でも嫁に誹謗中傷を繰り返していた。嫁は涙を流しながら怒りに震えていた。しかし、三ヶ月もしないうちに回復し、嫁に詫びた。

「あのままですと、嫁と私は殺し合っていたでしょうね」

 田中は遠い目で言った。伊丸岡は、

「お嫁さんと仲直り出来たのは治療だけではありません。田中さんは自分の非を認める勇気も有ったのですよ」

 田中はクスリと笑い、

「相変わらず嫁の手を煩わせていますが嫁の愚痴を聴いて慰めるようにもなりました」

 田中の明るい顔には嫁との信頼関係が伺える。遠くで田中の嫁がベンチに座りながらこちらの様子を伺っている。


 田中の隣で車椅子に乗っている山村藤子やまむらふじこが、

「先生達のおかげで私は自立できるようになりました」

 山村は認知症になるまでは会社員の妻であり専業主婦として家事育児をこなしてきた。発症してからは暫く夫に介護してもらったが、鬱憤に耐えかねた夫は暴力を振るうようになった。娘一人息子二人いたが、三人の子ども達は自分達の仕事や家庭で忙しく、夫に山村を任せきりにしていた。何度も首を絞められたり殴られたり蹴られたりして、異変に気付いた隣人が呼んだ救急車に運ばれた事もある。夫とは離婚した後、一昨年に治療を受けた。今では生活保護を受けながら福祉に頼って生活している。家を開放して子ども達の休憩所にしている。


 治療を受ける前の山村は怯えた少女みたいで心を閉ざしていたが、回復するうちに元気を取り戻していった。山村には認知症の治療の他にも家庭内暴力ドメスティックバイオレンス用のカウンセリングを施した。


 現在の山村の顔は穏やかだ。田中の嫁の近くで遊んでいる子ども達が時々、山村を振り返る。山村を家から公園まで連れてきたのだ。


「今思えば私は甘えていたのかもしれません」

 山村の隣で車椅子に乗っていた江藤波江えとうなみえが呟いた。江藤は独身を貫いていたが高校教諭として熱心に教鞭を執っていた。寝る間も惜しんで面白い授業を追求し、非行しそうな生徒を見つけては説得していた。しかし定年して数年後、認知症を発症した。両親も兄姉も他界しており、身寄りは無かった。夜中に徘徊していたところを警察に保護されて施設に入った。他の利用者達を生徒達だと勘違いして過剰に説教して煙たがられた。


 治療を受けると車椅子に頼る老体に絶望し鬱になりかけたが、カウンセリングで立ち直った。


「今は少しだけ死ぬ覚悟が出来ています」

 江藤は涼しい顔で言った。意識がハッキリしている中で身体の老いを認めなければならない。認知症のまま死ねた方が本人の為なのかもしれない。伊丸岡はぼんやりと考えた。しかし江藤は微笑みながら、

「私は自然死を選択しています。ピンピンコロリが私の夢ですから」

 田中は江藤に振り返り、

「胃ろうは確かに嫌だけれど、早死には駄目ね」

 山村も、

「迷惑をかけたくはないけれど、簡単には死にたくはないわね」

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