ジョージ
伊丸岡は今まで報道陣からの取材を悉く断ってきた。「思い出し」の開発の時から時間が有れば研究と家庭の団欒に費やしたいと考えていた。現在も家庭と精神病や精神障害の研究に費やした方が良い。自己顕示欲が無いわけではなかったが、報道陣の無責任な態度を警戒していた。
しかし、復帰してから三ヶ月ほど経ったある日、宇宙開発で名を挙げたアメリカ人からSNSによる取材の申し込みがあった。名前はジョージ。日本最大の企業が何十個も入るほどの規模を誇る多国籍企業のCEOだ。ジョージは英語で都合の良い時間と場所を尋ねている。伊丸岡が確かめると伊丸岡のアカウントをジョージのアカウントがフォローしている。
伊丸岡は詐欺を疑ってSNSの運営とネットに詳しい職場仲間に相談した。やはり本物のジョージだった。ジョージは毎日一回ずつ、取材を頼んでいる。「思い出し」の素晴らしさを誉めたり、伊丸岡の社会への不満に同情したりしている。
伊丸岡は英語で返信してみた、
「僕は貴方の満足するような話は出来ません。僕は高齢者に冷たい社会に懐疑的です。失礼ですが貴方の専門もよく分かりません」
すると翌日、ジョージから反応があった、
「やっと返信したね。ありがとう。けれども世界的な医師の割には随分後ろ向きだ。俺は君と高齢者の幸福を語り合いたい。どうしても駄目だろうか」
伊丸岡は職場仲間や家族に相談した。息子と妻は興奮して取材に応じるべきだと答えた。職場仲間達も驚きながらも似た反応を示した。しかし伊丸岡は英語が苦手だった。特に聴き取りに自信がない。妻は通訳をかってでた。妻は英語を流暢に話せる。
伊丸岡は気乗りしなかったが、自分の勤める病院近くのレストランに来月来るように提案した。ジョージは快く承諾した。レストランは広くないが貸し切りにしてもらった。レストランで働く者達の大半は精神障害者で、伊丸岡と馴染みが深い。肉料理も有るがヴィーガン用の料理も有る。
アメリカで一二を争う大企業の経営者を日本の自分の地元に呼ぶのは伊丸岡は気が引けた。同時に本当に来るのか半信半疑だった。