復帰
伊丸岡の妻は相変わらず多忙だが、伊丸岡が家事育児に専念しているので休暇前より時間的にも肉体的にも精神的にも余裕が出来た。夫婦の会話も弾むようになった。息子もスッカリ心を開いている。親子との会話も弾むようになっている。
伊丸岡が休暇する前は家族がバラバラで一人一人が孤立していた。会話の代わりにスマホのSNSで連絡を取り合っていた。顔を合わせてじっくり会話する時間が互いになかった。
社会は相変わらず老人達に冷淡だが、情報収集を止めた伊丸岡は角が丸くなったように穏やかになった。社会を嘆くよりも今日明日の献立を気にするようになった。
伊丸岡の妻と息子は伊丸岡の変化を嬉しがると同時に不安にもなった。認知症治療を確立した伊丸岡の腕が鈍っていくのではないのかと、特に妻は心配した。伊丸岡は、
「僕は気にしない。別の先生でも治療出来るし」
妻は、
「貴方が本気を出せば『思い出し』以上の治療法が出来るはず。才能の浪費」
伊丸岡は苦笑いして、
「また無理をしたらまた家族がバラバラになる」
息子は不服そうに、
「僕と母さんに遠慮しているの?僕達は大丈夫だよ」
妻は頷き、
「そうね。私も仕事量を減らして家庭の事を振り返らなきゃ」
伊丸岡はうーんと唸って、
「やりたい事が特に無いんだよ。むしろ外科医を支える夫が性に合ってる」
妻が不安そうに、
「それが本気なら嬉しいけれど、やはり復帰した方が良いよ」
伊丸岡は腕を組む。復帰するならば病院に労働条件を守ってもらう。認知症が専門だが、精神科医として他の症状も診察してみよう。
「明日、病院に連絡して行ってみるか」
伊丸岡は決めた。