枕詞
枕詞を掘削し、そのまま埋め戻す。ただそれだけ。本当にただそれだけなのだ。もしかしたら雲に引っかかっているかもしれないし、波の間から半分顔を覗かせているかもしれない。それを……。それをしてどうなると言うのだ? 何の足しにもならないのに。被枕詞はシャボン玉の中に。白いワンピース、開かずの扉、セルビアの遊歩道。駅舎の裏手の風見鶏。牛車の横転。
「そんなことしたって……」
「そう、その通り」
「だったらなぜ……」
「……それの何が問題なんだ? 」
「えっ? 」
「だって……」
「ああ、そうだとも。それは痛いほどよく分かる。でも、いや、そうじゃない。だから、やるんだ。とにかくやるんだ。これは儀式なんだよ」
「……儀式? 」
「そう。儀式。取るに足らないように思える。何ともないように思える。実際取るに足らないのかもしれない。注力するに値するものではないのかもしれない。でもそれが何だって言うんだ。それをいくら束ねたところでこれを退ける理由にはならない」
「………それでも、やったってやらなくったってちっとも変わりやしないじゃないか」
「その通り。本当にその通り。正しい。本当に正しい。貴方が歌っているならば! でもそうではないんだ。どうか落ち着いて聞いてくれ。これは歌なんだ」
「はっ? 」
「歌。ほら、聞こえるか? 目を閉じて耳を限界まで澄まして」
「………」
「……らららら〜」
「君が歌うんかい。それは聞こえるわ」
「しっ、聞くべきはこれじゃないんだ。これはあくまでも呼び水に過ぎない。然るべき時に然るべき音を聞くんだ」
「………」
「………」
「……やっぱり聞こえないよ」
「あら、小さかったか。なら踊るんだ。今ここで。そうしたら上手く聞こえるかもしれない」
「ここで踊れ? 」
「そうだ。踊るんだ。踊らずに踊れ」
「???」
「それが儀式だ」
我々がついぞすれ違うことのない枕詞は、暗く濁った小さな湖の底でゆったりとした流れに揺られている。