3話 昼休みは屋上で
「美琴。おはよー」
「おはよう、里美」
里美と呼ばれた女の子は美琴よりも背が高かった。
なにより、胸がデカい。もはや、スイカである。
「おはよーのぎゅー」
「はいはい」
美琴と里美は抱き合う。
友達同士の挨拶として普通なのか……!
私には一生できない気がする。
「そっちの小さい子は? もしかして……美琴の隠し子?」
「隠し子なわけないでしょ! この子は私のお義姉ちゃん。ほらお母さんが再婚する話したでしょ」
「おー……」
里美の視線が私に向く。私は咄嗟に視線を逸らした。
「……木村みかんです」
「みかん……先輩。美琴の恋人の岩永里美です」
「恋人……!?」
友達だと思っていたが、まさか恋人だったとは……!
さっきのハグは友達じゃなくて恋人のハグ……!
それに女の子同士で……!
膨大な情報量に脳処理が追いつかない。
「もう、冗談は言わないの! ほら、お義姉ちゃんが混乱してるでしょ」
「え? 冗談……」
「そんなー、私のことはー、遊びだったのー」
と、泣き真似をする里美。
どうやら、私はからかわれていたようだ。
「じゃあ……改めて。岩永里美。美琴とは小学生からの友達……です」
「き、木村みかんです……両親の再婚で、美琴の義姉になりました」
頭を下げて挨拶した後、里美が私を見て首を傾げた。
「……本当に年上?」
「……はい」
里美と比べると、私は完全に小学生だ。身長も胸も負けている。
「……」
無言で里美が私を見てくる。
正直、怖いな。もしかして、里美は怖い人だろうか。
「こら! あんま見ないの!」
「痛い……」
美琴が里美のおでこにチョップを食らわせていた。
「もう、里美は怖いんだから! お義姉ちゃんが怯えるでしょ!」
「っ……」
美琴が私の肩を抱き寄せる。距離感が近くて、身体が強張る。
「……わかった。ごめんなさい」
「……大丈夫」
里美は私に頭を下げると、一人学校へ向かって歩き始めた。
「私達も行こう!」
「うん」
私達は学校へ向かう。
昇降口で美琴と別れた。
教室に入り、自分の席に座る。
「……」
枕代わりに腕を机に置き、突っ伏した。
つ、疲れた……。
今朝だけで、一ヶ月分会話した気がする。
***
昼休み。いつもなら、弁当を食べた後、すぐに寝る。
それが私のボッチルーティンだったけど、今日は違った。
「お義姉ちゃん、いる?」
そう言って教室を覗いたのは美琴だった。
目立ちたくない私は身体を縮こませる。
「えーと……誰か探してるの?」
「はい、お義姉ちゃん……みかんを探しています!」
「みかん……?」
美琴に話しかけたクラスメイトが首を傾げている。
目立たない私はクラスメイトに名前なんて覚えられていないのだ。苗字くらいは覚えてるよね……?
と、不安に感じていると、美琴と目が合った。
「あっ! 発見!」
美琴は教室に入ってきて、私に近づいてきた。
「お昼、一緒に食べよ!」
「え、えーと……」
周りを見回すと、私達に注目していた。
うぅ、目立ってる……!
お腹が痛くなってきた。
「……い、いいよ」
私は美琴に連れられ、階段を登っていく。
一体どこにいくんだろう。
人気がなくなってきて、不安に思っていると、美琴が扉の前で止まった。
そして、ドアノブの鍵穴に、ヘアピンを差し込むと、鍵が開いた。
美琴は扉を開けると、
「屋上……」
今朝の曇り空は晴れ、青空が広がっていた。
屋上の端には緑色のフェンスが設置されている。
「ようこそ、私の秘密基地へ!」
美琴に手を引かれ、屋上へ踏み出した。
屋上なんて初めてきた。
漫画やアニメだと普通に開放されているけど、わたしの学校ではそんな話を聞いたことはなかった。
そもそも、そんな話をする相手がいない。
そこで、私はふとあることを思い出した。
美琴がヘアピンで鍵を開けていたことを。
「……美琴」
「うん? 何?」
「屋上て……入っても大丈夫?」
「……なんとかなるよ!」
「っ……」
不法侵入か……!
屋上から出て行こうと扉に手を伸ばすけど、美琴に掴まれてしまう。
「もう、逃げないの。天気も良いからね、ここでお昼食べよ」
「で、でも……」
「お義姉ちゃんは真面目だね!」
真面目じゃなくて、バレたら叱られると思っているビビリである。
「でも、今日だけは少し悪い子になろうよ! 大丈夫、私もついてるから!」
「……」
「それに、ここで青空を眺めながら、食べるお弁当は美味しいよ!」
「……」
私は悩んだ末、首を縦に振った。
美琴はニコリと笑った後、屋上にレジャーシートを敷く。
「ほら座って」
「うん」
美琴の正面に座り、弁当を開ける。
「お義姉ちゃんの手作り?」
「……うん、美琴は?」
「私も自分で作ったやつ。今日はサンドイッチにしたんだ。良かったら、一つ交換しない?」
「……いいよ」
「やった!」
美琴は私の弁当に手を伸ばし、唐揚げを一個取った。
「うん、美味しい!」
「っ……」
褒められて、つい恥ずかしくなる。
「お義姉ちゃんも好きなの選んで!」
「えーと……」
悩んだ末、私が取ったのはたまごサンドだ。
「ん……っ!?」
か、辛い……!
思わず咳き込む私に、美琴はお茶を差し出した。
「ふぅ……」
「もしかして、辛いのダメだった?」
「……ダメじゃないけど……びっくりした」
まさか、たまごサンドが辛いとは……これは辛子マヨネーズかな?
「味はどう?」
「美味しい……」
私がそういうと、美琴はなぜか私の頭を撫でてきた。
「……」
「あ、ごめん。つい手が出ちゃった」
犯罪者みたいなセリフだ。
それから、お昼を食べ終えた。
昼休みの時間はまだあるけど、教室に戻ることを考えていると、美琴が大きめの手提げバックから膝掛けを取り出した。
そして、寝転がると、自分に膝掛けを掛ける。
「ご飯を食べた後は、お昼寝でしょ!」
と、膝掛けをめくりながら私に手招きをする。
膝掛けは一人分には丁度良いが、二人で使うとなると、密着して使わないといけない。
それを想像して、顔が熱くなった。
「……眠くない」
「大丈夫! 子守唄歌うから!」
私は赤ちゃんか!
内心ツッコミを入れていると、美琴は歌い始めた。
しかも、結構音痴だった。
思わず笑ってしまうと、
「あ、音痴だと思ったでしょ!」
「……お、思ってない……独創的だと思った」
「それは遠回しで、音痴てことだよね?」
「……」
私は目線を逸らした。
「まあ、音痴なのは分かってるけどね」
と、美琴は笑った。
「ということで、音痴と告げられた私はショックを受けたので、責任を取ってもらいます!」
「せ、責任……!」
もしかして、お金を請求される……!
「身体で支払ってもらいます!」
「身体で……!」
私は一歩後退りをしたが、美琴に腕を掴まれ、引き込まれる。
そして、美琴は私を抱き枕にし、スヤスヤと寝ていた。
「……」
身体で払うとはこういうことか……。




