18話 里美とカラオケ
土曜日。
「今日は友達と遊ぶから……夜まで帰ってこない」
「そっか……今日は一緒に居られると思ったけど、残念……」
美琴がしゅんと悲しげな表情を浮かべた。
罪悪感が私に襲いかかる。
それでも、距離を置くと決めた以上、仕方がないことだ。
「今度、お義姉ちゃんの友達も誘って一緒に遊びに行こうね」
「えーと……うん」
困った。友達と遊ぶなんて嘘だ。そもそも、友達自体いない。
「約束だよ」
ニコリと笑う美琴。
美琴との約束を守るために友達を作らないと。
ということで、家を出た私は行き先も無く、ぷらぷらと彷徨っていた。
辿り着いたのは小さな公園。
ベンチに座っていると、遠くのベンチにくたびれたような男性が座っていた。片手に缶コーヒーを持ち、パンを食べていた。
もしかして、休日の家に居場所がないサラリーマンだろうか。
その虚しい気持ちが少し分かったような気がした。
近くの自販機で缶コーヒーを買い、一口飲む。
「さて……」
今の時間は朝の十時。帰る時間は十七時。
残り七時間もある。
どうしよう。
「みかん先輩」
「あ……」
私に声を掛けて来たのは、美琴の友達兼恋人の里美だった。
「今日は一人ですか?」
「え、えーと……うん」
里美は私の隣に座った。
「みかん先輩」
「な、なに?」
「暇なら私と遊びに行きます?」
「えーと……」
「カラオケとかどうですか?」
里美から誘われるが、正直断りたい。
だって、里美は美琴の恋人だし、私にとっては恋敵だ。
それに、美琴抜きで遊ぶのは、ちょっと抵抗がある。
「今日は……友達と遊ぶ予定が」
「わかりました。じゃあ、友達が来るまで、私と一緒にお話ししましょう」
「……そ、それくらいなら……」
ノー、と答えられない小心者の私。
里美と話すことになったけど、何を話せば……? そもそも、友達と遊ぶ予定も嘘だし、このままだと怪しまれる……?
「みかん先輩は部活とか入ってます?」
「入ってない……里美は……運動部とか入ってそう」
里美の運動神経はいい。大人の男性を軽々と投げ飛ばすほどだ。
運動系の部活なら大活躍だろう。
「中学までは陸上部だったんですけど、高校に入ってからは部活には入ってないです」
「え? どうして?」
里美は私から目を逸らした。
もしかして、言いにくいことだった……?
慌てて会話を逸らそうとしたけど、そんなコミュニケーションのスキルは持ち合わせがないので、言葉に詰まった。
「……部活よりも大切なことができたので」
部活よりも大切なもの……?
それって、まさか……!?
「毎日をぐーたら過ごすこと」
「……え?」
「学校終わりは買い食いしたり、休日は遊んだり、お昼寝をする。高校生にしかできないぐーたらタイム」
「……」
てっきり、美琴と過ごす時間が大切……て、思ってたのに。
「みかん先輩が、部活入らないのは、何か理由が?」
「……特に」
私の場合は学校生活でも、手一杯なのに、部活なんて入ったらパンクしてしまう。
「そうですか……」
私のスマホが鳴った。
迷惑メールだった。まったく。
やれやれと思いながらスマホをバックに入れようとし、手を止めた。
「……今、友達から連絡あって……風邪で来れないみたい、で……」
この迷惑メールの着信を利用して、ここを去る口実を作り上げる……!
「だから、帰」
「じゃあ、一緒にカラオケに行きましょう」
「…….」
里美は立ち上がる。
どうやら断れる雰囲気ではないし、断る建前もない。
諦めた私は覚悟を決めた。
ということで、里美とカラオケに行くことになった。しかも、人生初のカラオケである。
漫画やアニメだとラブホテル代わりに使用しているイメージだ。
「……っ」
もしかして、里美にエッチなことされる……!
いやいや、そんなことないよ。うん、里美には美琴がいるし。
受付を済ませて中に入る。
中にはL字型のソファーがあり、私は端の方に座った。
「みかん先輩は、カラオケ初めてですか?」
「……初めてです」
「なるほど……このタブレットで曲を入れられます」
タブレットを操作してみる。
曲の検索に……ジャンルでも探せる……そもそも、アニソンしか知らない。
「マイクです」
「ありがとう……っ」
て、私人前で歌うなんて絶対無理。
は、恥ずかしくて、死ぬ……!
「えーと……歌、下手だから……」
「大丈夫です。私も下手ですから」
「……」
歌わないという選択はできないの……?
マイクを持ちながら、困惑していると、里美が言った。
「よかったら、一緒に歌いますか?」
「……」
「緊張してるなら、一緒に歌った方がいいと思って」
「……実はカラオケ初めて……だから、一緒に歌ってくれる?」
「もちろんです」
***
「喉痛い……」
「私も」
カラオケが終わり、外に出る。
人前で歌うなんて、音楽の授業以外初めてだ。
まあ、音楽の授業も口パクだけだ。
「……楽しかった」
「それはよかったです。今度は美琴も誘って行きましょう」
「……うん」
里美はいいやつだ。
だから、美琴と付き合っていることは歓迎すべきことだ。
「里美……」
私はゆっくりと口を開いた。
「美琴と里美は……いつから付き合ってるの?」
「いつからって……付き合ってないですよ」
「う、嘘……だって、美琴と里美が屋上で……その……」
私が言い淀むと、里美は私の意図に気づいたのか、口を開いた。
「……あ、見られてましたか……美琴とエッチしてるとこ」
「うん、キスして……え?」
「キス……あ、今の無しで」
「……」
どうやら、キスよりも先に進んでいるらしい。
私の目から涙が溢れて来た。
「み、みかん先輩……!」
「ご、ごめん……すぐに泣き止むから……!」
涙を拭うが、涙は止めどなく溢れてくる。
「もしかして、みかん先輩は……美琴のこと好きなんですか?」
「……うん」
私が頷く。
里美にとっては面白くない話だ。
美琴に好意を持っている相手が、義姉で一緒に暮らしているんだから。
「その……美琴とは……本当に付き合ってないですよ」
「付き合ってない……」
あんなキスをしといて付き合ってない……! まさか、美琴との関係は遊びで、でも美琴は本気で里美のことを……!
「詳しい話は……美琴から聞いた方がいいと思います。私から話していいか、分からないので」
「わかった……」